追っかけができた。
 あまりに唐突だった。正直、未だによく判らない。いきなりファンだとか言われた。笑えた。とにかく笑えた。
 ストリートバトルをしていた時、見慣れない顔が野次馬に混ざっていることには気付いていた。明らかに育ちの良さそうな身なりで、付き人らしい大人と一緒で。馬鹿みたいに口を開けて、バトルに釘付けになっていた女。つまりそいつは、浮いた存在だった。
 真っ赤な顔で俺を「魔法使い」と呼んだ。いくら名前が判らないからって、そりゃないだろ。しかも何もないところですっ転んで、逃げるように帰ってった。
 あれは、珍しい人間だ。全て素でやっていたのだとしたら、間違いなく絶滅危惧種に入る。


 唐突に出来た追っかけは、たびたび俺のバトルを見に来るようになった。
 俺はいつも決まった場所でバトルする訳じゃない。それでも三回に一回くらいは追っかけが現れたと思う。俺はバトルしようと思うと、似たような場所に行ってしまうのかもしれない。それをあの追っかけは察知しているのかもしれない、――女の勘とかで。
 そう思うと些か鳥肌ものだった。が、何分こんな経験は初めてだった。追っかけへの対処なんて知らない。
 だが、無害のそいつに、対処を考える必要はないなと気付いた。
 邪魔をされる訳でもない。あのとき以来、話し掛けられることもなかった。
 集中を乱される訳でもない。歓声を上げる時にもそいつは口元を抑えてなるべく声を殺していた。
 ヤジを飛ばすことは勿論無い。きらきらした目で、バトルを見ているだけだった。
 ――少し面倒くさそうだが、見ている分には退屈しなさそうだねぇ。
 俺も追い払うほど鬼じゃないから、そいつの好きなようにさせておこうと思った。気分も悪くない。別に褒められたいと思ったことは無いが、あれだけはしゃがれると誰だって少しは嬉しいんじゃないかと思う。
 だから俺は、ある日そいつに聞いたんだ。

「なぁ、あんた。ちょっと良いかい?」

 いつものように俺のバトルを見届けた追っかけが踵を返したときだった。呼び止めてみると、追っかけは真っ赤な顔で震えながら俺を見た。

「わ、わたくしですの?」
「ああ、そうだよ」
「ま、まあ! な、何かご用でしょうか?」

 緊張しているらしい追っかけは、どもりながら尋ねてくる。可笑しくて、俺は、笑いを堪えきれなかった。それでも相手は気分を害した風もなく、何故かますます顔を赤くするだけ。

「バトルを見てて楽しいかい?」
「は、はい! 仙道くんのバトルは何度見ても息を呑んでしまうくらいに魅力的ですからっ」
「そうかい、物好きな奴だね。あんた」
「そ、そうでしょうか? す、好きなものは好きなんですもの。どうしようもありませんのよ」
「なるほどね」

 結構恥ずかしいことを言われてるような気がする。
 俺は少し呼吸を整えると、改めて追っかけに向き直った。

「あんた、名前は?」
「えっ!?」
「あんたは俺の名前を知ってるのに、俺はあんたの名前を知らない。不公平だろ?」
「な、なるほど、それもそうやも……」

 追っかけは、しばらく一人でもたつき、悩み、唸っていた。恥ずかしいのか何なのか。俺は気長に待ってやった。
 そうして、ようやく納得したらしい追っかけは、決心したように口を開く。

「わたくし、と申します! どうぞ宜しくお願い致しますわねっ」

 大層はきはきした声だった。
 ――去る間際まで、顔はずっと赤いままだったけれど。

、ねぇ」

 バカ正直そうな奴だ。暇潰しには良いかもしれない。
 またバトルを見に来るであろうあいつの姿を思い返し、俺はつい笑ってしまった。

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