が出掛けた屋敷で、ヤマブキはCCMを見つめていた。
 CCMの画面には、から届いたメールが開かれたままだ。

『ストリートバトルを楽しんで来ます! いつも通りの時間に戻る予定です』

 彼女が出掛ける際、今日の予定と帰る時間を必ず告げるようにヤマブキは言っている。滅多なことは起きないだろうと思うし、そういう事態に備えたものをには持たせている。
 しかし用心するには越したことがない。一番良いのは何時でも彼女に同行することだったが、そうは行かないときもある。自分がずっと一緒ではやりづらいこともあるだろうし、影から見守ることに彼は徹した。

「今頃、お嬢様はバンくんたちとLBXバトルを楽しんでいるんでしょうね」

 溌剌としたの笑顔を思うと、ヤマブキはまるで自分のことのように嬉しくなった。引きこもる以前の明るい少女だった彼女が甦りつつあることは、大きな喜びだった。
 しかしそんな思いの傍ら、ヤマブキは一抹の不安を抱え続けていた……。


 カンパニーは様々な事業に取り組んでいる。
 アスカ工業の強化ダンボール研究に協力し、強化ガムテープを開発したことが企業の名を大きく世に知らしめたのは間違いない。だがその技術力と多様性は、以前から海道義光の目に留まっていた。
 カンパニーの前社長――の祖父は、海道と何らかの繋がりがあったと噂されていた。そして海道の助力を得て、カンパニーは急成長していったそうだ。真偽を問おうにも、肝心の祖父は既に事故で亡くなっている。
 強化ダンボールを開発したアスカ工業でさえタイニーオービット社に吸収されたことを思うと、当時はまだ小さかったカンパニーが生き残った理由には裏があると考えても可笑しくなかった。

「家族を危険に巻き込むぐらいならば、会社が潰れていた方がマシだったと思う。けれどもう、私は引き下がれなくなってしまったんだ……」

 ヤマブキは執事になる前に――の父・孜郎と友人であるという繋がりだけだった頃――、孜郎が悲しみや怒りでいっぱいの声でそう漏らしていたのを、聞いたことがある。
 原因は、幼いが誘拐されたことだった。
 世間の報道では、騒がれたわりに彼女が誘拐された理由も手口も明かされなかった。しばらくしてから“無事に彼女が戻ってきた”と伝えられて終わっだけだ。しかし、の両親の様子から察するに、彼らは娘が拐われた事情を知っていた。
 ――が拐われた理由は、孜郎たちへの警告だった。
 祖父と海道の関係をよく思わなかった孜郎たちの行動に対し、海道傘下にある組織が起こしたのだ。
 孜郎は、海道のとある計画から自分の会社を撤退させようとした。しかしそれを組織は許さなかった。
 撤退と同時に海道を告発するための準備をしていた孜郎たちを脅すため、を誘拐し、彼らに脅しを掛けた。
 脅しには屈しない、と両親は訴えた。同時に、無関係である娘の解放を求めた。
 だが、そんな両親のもとに、組織は“とある映像”を送った。

 彼らの幼い娘が、幾つもの管によって機械に繋がれている姿だった……。

 を誘拐した海道の組織では、あらゆる研究に取り組んでいた。アンドロイド臓器、機械と人体の同調、他にも様々ある。その中のひとつであろう研究の被験体に、を利用しようとしていたのである。
 両親の決意は瞬く間に崩れた。
 彼らの目的が孜郎たちへの警告である限り、娘の命までは奪われないだろう。しかし、このままでは無事には済まない……。
 離反を諦め、カンパニーは再び海道義光の傘下に下った。
 娘をこれ以上、辛い目に遭わせないために。

 両親のもとへ戻ったは、実験により衰弱していた。
 幸いにも後遺症も無く回復したが、それは体だけの話である。の心は、その輝きを閉ざした。事件のショックで彼女は酷く塞ぎ込み、屋敷から出られなくなってしまった。
 事件の詳細は思い出せなくても、とてつもなく恐ろしいことがあったことを、は覚えていた。
 そのトラウマのために小学校も中学校も通えず、屋敷で過ごすことになった。
 ヤマブキが執事になったのはその頃である。両親を通して彼を知っていたは、なんとか彼には心を開くことができた。
 ヤマブキは彼女に色んなことを教えた。勉強や一般常識だけでなく、護身術や家事、とにかくたくさんのものに触れさせた。何年も掛けてはそれらを覚え、次第に立ち直っていった。

 以前の彼女を取り戻しつつあった去年の夏、へ婚約の話が舞い込んだ。
 海道直々に紹介してきたその相手は、カンパニーより大きな企業の息子だった。カンパニーを吸収合併しようとしていることはでも気づいただろう。
 同時に、その婚約から逃れられないことも悟ったはず。とその家族が無事で在る為には、そうするしかないのだと――。
 海道に従うことを選んでいるからこそ、はこうして外を出歩くことが出来るのだ。

「しかし、お嬢様は……」

 呟くヤマブキの表情は暗い。
 傍目に見てもの想いは明白だった。毎日幸せそうに同じ少年の名を口にする彼女を見て、気付かないはずがない。寧ろ日を追うごとに増しているであろう想いぶりだ。
 破棄できぬ婚約と、ようやく少女が少女らしい心で抱いた想いと、複雑に絡み合う状況。
 ――どうすれば良いのだろう、自分は。
 誰にも相談できずに、ヤマブキはひとり悩み続けていた……。

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