のいる病院へ来る前に、仙道がシーカーで見聞きしたことは、いまだに壮大過ぎて実感が伴わないところもあった。
――イノベーターの最終目的が分かった。エネルギープラント『タイラントプレイス』を強襲し世界中をエネルギー危機に陥れる。そのうえでエターナルサイクラーを使い、世界支配を目論んでいる。
檜山……レックスがバンへ宛てたメールだ。大陸間弾道ミサイル型のLBX母船『サターン』に、ドングリを搭載した自立稼働型LBX『フェアリー』を積み込み、世界のエネルギー事情を支えるタイラントプレイスを襲う。強力な防備システムが整ったタイラントプレイスとはいえ、超小型メガトン爆弾を搭載したLBXの大群が相手では分が悪すぎる。人々が混乱に陥るのを笑いながら、イノベーターはエターナルサイクラーを手に、自らを救世主かのように世界へ発信する……。
これがイノベーターの指していた『フェアリーテイル計画』だった。
サターンの発射は明日の20時だとハッキングで判明した。そこ拓也は今一度バンらに作戦参加への意思を確かめるよう告げて解散させた。成り行きで話を聞いてしまった仙道は、もやもやとする心境をぶつけるようにタロットカードを引っ張り出す。
現れたのは、『運命の輪』の正位置。
「この俺が世界の危機に立ち向かうだって?」
らしくない、と仙道は鼻で笑った。
「笑えない。勝手にやってろよ。……まったく、どこでねじ曲がっちまったんだか……」
そうだ。どこで、一体、いつ、運命は変わったのか。
……山野バンたちと出会ったとき。あの時から何かがずれていった気がする。こんな大ごとに巻き込まれたきっかけは間違いなくそれだろう。
嘆息する少年の脳裏に次々と巡る思い出。ゲームセンターでの戦い、アングラビシダス、アルテミス、アキハバラキングダム……と、一通り巡ってもう一度改めて『始まり』を探った時、
――す、すみません魔法使いの方!
懐かしい少女の呼び声が蘇った。と初めて出会ったときの記憶。名前を知らなかったとはいえ仙道を『魔法使い』と呼び、名前を確認すると真っ赤になって何度も足をもつれさせながら去っていった。あの時からどこかのろまでドジで危なっかしいところは変わらない。
今思うと、仙道にとってとの出会いもまた、ひとつの始まりだったのだ。
まさか彼女を案じてこんなにも心が落ち着かなくなる日が来るとは思いもしなかった。
「せ、せ、仙道くん!? どうしてここに……」
「前もってヤマブキに聞いといた」
も仙道が来るとは思っていなかったのだろう。仙道が病室に入った際にヤマブキと間違えたぐらいだ。自分でも意外だと考えたが、もう少しは此方に期待をしてくれてもいいのではないか。理不尽かもしれないが仙道はそう思った。
ベッドで上体を起こしていたは、泣き続けていた。早く泣き止んで欲しいと思った仙道は、そのために思いきり泣くように彼女へ促した。
「泣ける時は泣いときな、」
「……はい」
仙道の励ましに、は微笑んでみせる。そのうち涙が止まると、は仙道のおかげで落ち着いたと主張した。何もしたつもりのない仙道は心底不思議だったが、はひとりで納得してしまっている。それで彼女が満足なら、そうさせておこうと思った。
何かくれたというのなら、きっと、そう主張すべきは自分の方なのに、はいつも「私は貰い過ぎている」と言って聴かないのだから。
は抱えていたアタッシュケース――両親からの贈り物を一緒に開けてほしいと頼んできた。当然のように仙道は応じ、彼女と手を重ねてアタッシュケースを開いた。
真新しいCCMと見たことのないLBX、そして手紙。ケースにしまわれていたそれらを確認したの瞳が揺らいだのを仙道は見た。彼女が必死に押し寄せるものをこらえようとしているのを分かち合おうと肩を抱き寄せ、「うんと泣きな」と声をかける。
決壊した彼女の涙腺が落ち着くまではしばらくかかったが、仙道に守られながら泣いたはうんと晴れやかな顔をしていた。新しいCCMに残されていた以前のCCMのデータに歓喜し、新たなLBXに目を輝かせる。いつもの彼女が帰ってきた、と仙道の心も和らいだ。
がすっかり笑顔を取り戻した頃に執事のヤマブキが戻ってきた。
「お嬢様、シーカーからの報告を……よろしいですか? 仙道君は既にご存知かと思いますが」
「はい、聞かせてください」
「復習がてら聞いとくよ」
ここではヤマブキから、イノベーターの『フェアリーテイル計画』の真相を初めて聞いた。あまりの恐ろしさにの顔は青ざめていく。しかし、ただ怯えるだけの彼女ではない。明日の20時に研究所へ乗り込むことなどを聞いて、ぎゅっと拳を握る。
「バンくんたちが潜入し、私たちはエクリプスで待機……。良かったです、一緒に行けそうで」
「本当に大丈夫ですか、お嬢様」
「潜入を任されたバンくんたちに比べたら、このぐらい!」
ベッドからするりと降り、しゃんと立ちながらは笑った。
「仙道くんはいかがなさいますの?」
わかりきったことを訊ねるに、タロットカードを取り出しながら仙道は口元を吊り上げる。
「『月』の正位置……真実を照らし出す。仕方ない、付き合ってやるか」
の笑みが、より一層深くなった。
*****
――翌日、シーカー本部にやってきたは、仙道たちと共にエクリプスへと乗り込んだ。エクリプスは元はイノベーターが所持していたステルス指令機であり、イノベーターを抜ける際、八神達が使用したものだという。流石イノベーターの所有機だっただけあり、設備は充実しており、シーカーとの協力のもとコントロールポッドも多数導入されていた。
サターン発射を阻止するために研究所へと潜入したバン、アミ、カズヤ、ジン、拓也、里奈たちの無事を祈りながら、はLBXの調整を行っていた。
両親から贈られたLBXパラスアテナ。今までの相棒ヴァルキリーと違い、ストライダーフレームからナイトフレームとなったことで防御力は明らかに高くなっている。の技量のせいもあるだろうが、ヴァルキリーより扱いやすく、スピードもある。
手伝ってくれた郷田と仙道のおかげもあり、は短時間でバラスアテナの操作感覚を掴み始めていた。
「いい感じじゃねえか! 病み上がりとは思えねえぜ」
「ありがとうございます、郷田くん。これもお二人の完璧なアドバイスのおかげですわ」
がにこにこと答えると、それを聞いていた仙道がハンと鼻を鳴らす。
「郷田のアドバイスが完璧かどうかは賛同しかねるね」
「ケッ、言ってろ」
相変わらずのやり取りも以前に比べて険がとれたような気がする。こうして二人が肩を並べている時点で、大きな進歩だった。やはり想像通り、ふたりの番長はとても気が合うのだとは笑みを深める。
しかし、ずっと笑っているわけにもいかない。イノベーター研究所へ侵入しているバンたちを案じては天井を仰いだ。バンたちの身に何かあれば、すぐにエクリプスでピックアップする手はずになっている。何事もないのが一番だが、敵の本拠地でそれは甘すぎる期待だろう。
「サターンの打ち上げ阻止、できますわよね?」
「ああ、大丈夫に決まってんだろ。レックスがせっかくくれた情報を、バンたちが無駄にするわけがねぇ」
「そういえば……レックスさんもそんなに大きな情報を手に入れられる場所にいるというのは危険なんじゃないでしょうか」
「あのレックスだぜ? きっと上手くやってイノベーターを出し抜いてるに決まってら」
が不安を口にするたび、力強い笑みで郷田が答えた。楽観的だな、と呟きながらも彼の意見を否定しない仙道。
不安を感じているのは、みな同じ。それを上回る信頼があり、仲間を元気づけたい思いがあるから、誰かが怯えればその背を叩いて励ます。共に歩む。ここは、そんな優しく強い心を持った同志の集まり。
――きっとバンくんの影響が強いのでしょうけれど。
「そうですわよね。私ったら、すぐわかることを何度も聞いちゃってごめんなさい」
微笑みながらが頭を下げると、よせよ、と郷田が彼女の肩を叩いた。仙道も淡く微笑みながらを見つめている。
「わからねぇこと聞かれるよりずっと良いぜ、気にすんなよ」
「だな。今のあんたが気にするべきなのはまだ未知数の自分のLBXのことだ」
「あっ……そうでした」
慌ててCCMを構えて、はパラスアテナに向き直る。ヴァルキリーの想いを継いだこの機体には、特別なプログラムが搭載されていた。プレイヤーの操作を補助するシステムである。AIがプレイヤーの操作技術を分析し、機体のバランスや出力をプレイヤーのレベルに合わせて抑え、最低限の調整で最低限の動きを保証する。しかし同時にこのシステムが機能するうちは、機体の性能を十分に発揮できない。より巧みに操るためには調整と練習が必須だ。
昨日出会ったばかりの機体を完璧に扱えるほどに技術はない。それでも何もしないよりはずっと良いはずだと仙道が言ってくれた。郷田も付き合ってくれたのは恐らく彼の予想になかっただろうが、にとっては三人でLBXを囲むことが幸せだから、有難い申し出だった。
(それに、昨日の今日で仙道くんと二人きりになったら私はどんな顔をしたらいいのか……)
優しく自分の涙を受け止めてくれた仙道の姿がよみがえり、はつい赤くなる。
パラスアテナの動きも同時に止まり、不思議に思った郷田はを見た。
「ん? どうした、? やけに血色良いな」
「そ、そうかしら? ちょ、ちょっと集中しすぎたのかもしれません」
誤魔化すの言葉を受けて、まっすぐな郷田が「そりゃ良くねえ」と目を細めた。
「そんなに根詰めすぎても上達しねえぞ? 今はシーカーも大事な時だからな。少し休め」
「でも……」
「休むのも訓練のひとつなんだろ?」
郷田の言葉には瞬きする。そういえばアキハバラキングダムへ向けての特訓中、郷田と仙道にそんなことを言った覚えがあった。ぽかんとするに、仙道がパラスアテナを回収して差し出す。
「あんたの場合、集中が過ぎると問題だしねぇ」
「……じゃあ、一度八神さんのところに行ってみませんか。バンくんたちと何か連絡が取れているかも」
郷田も「そうしてみっか」と頷き、腰を上げる。すぐに管制室へ向けて歩き出した彼に続こうとが踏み出しかけた時、
「待ちな」
仙道がそっと手を掴んできた。
え、とが振り返ると同時に、仙道は何かをの唇に押し当てる。瞬きしながらはそれが何かを確かめた。……淡い紫色の飴玉だった。ふわりと甘い葡萄の香りが鼻腔をくすぐる。
「口開けろよ」と言われ、素直にがあーんと口を開けると、飴玉はすぐに口の中へと押し込まれた。口の中でころころと飴玉を転がしてから、はて、とは首を傾げる。
「どうして飴を?」
「いつまた目が光るかもわからないからねぇ、集中して疲れたなら糖分補給するにこしたこたぁないだろう」
「まぁ……ありがとうございます」
自身の突然発動してしまう例の力のことを気にかけてもらえていたことが嬉しくてくすぐったくて、緩みそうになる頬に両手を当てては礼を述べた。
仙道はフンと鼻を鳴らしてさして気にした風もなくそっぽを向くと歩き出す。
このまま止まっていると郷田が心配して戻ってくるかもしれない。それ以上何も言わずに、は仙道に続くことに決める。自分の唇へ触れてしまったことに少年が動揺しているなど全く気づきもせずに、甘い葡萄の飴玉に勇気をもらいながら、小さく駆けた。
――管制室に行くと、隊員たちが真剣な顔でコンソールに向かっていた。八神が彼らに細かく指示を出していて、たちにも何かが起きたことが知れた。
「一体何事だよ?」郷田の疑問は尤もだった。仙道もも同じ思いだった。しかしとても八神たちに話しかけられる雰囲気ではない。三人が戸惑っている間にエクリプスはどこかへ向かって発進し、到着する。そしてしばらくすると、管制室の扉が開いた。
バンたちが戻ってきたのである。
「まあ、ご無事で良かった……!」
思わずは胸を撫で下ろす。しかし、バンたちの表情は暗かった。まるで問題が悪化でもしたかのように沈痛で重たい空気。は戸惑いながら仙道と郷田を見る。郷田も困ったように首を振り、仙道は肩を竦める。
一体何が、と意を決してが問おうと口を開いたとき、またもや管制室の扉が動く。
「事情を説明しよう」
――現れたのは、山野淳一郎博士。バンの実の父親であった。
……まず知らされたのは、サターンが発射されてしまったこと。司令室にバンたちは辿り着いたものの、管制システムは別所からコントロールされており、一切の介入が出来なかった。そして、そのことをすぐに八神たち待機班に伝えようとしたが、司令室に閉じ込められ、電波も遮断され、一切連絡がとれなかった。
そしてもう一つ。重大な事実が齎される。
「イノベーターとシーカーの戦いを操っていた者がいる。それは檜山蓮、レックス……。シーカーのメンバーであるはずの男だ」
「そんな……レックスが? 嘘だろ!?」
「残念ながら事実だよ」
郷田は思わず淳一郎に詰め寄ったが、答えは変わらなかった。バンも小さく頷く。
「レックスは、この世界には命を懸ける価値があるのかを知るために、シーカーとイノベーターを戦わせた。そしてわかったんだって……そんな価値、無いんだって、言ってた」
「彼は、自分の手で世界を作り直すと言った。そのためにサターンに乗り込み、計画を実行すると」
沈むバンの言葉にジンが続いた。
「今日、Nシティで開催されている国家首脳会議。そこに集う世界中のリーダーを彼は抹殺するつもりだ」
「サターンごと会場に突っ込むってことですの!?」
は恐ろしさのあまり震えた。そんなことをすれば、Nシティにいる人々はどうなってしまうのか。考えるまでもない。……みんな死んでしまう。
冷酷にも思えるレックスの計画と悪夢は、過去に起きた事件から始まる。
18年前、次世代エネルギー研究所の建設中に起きた事故。死傷者数万人に及ぶ大惨事だった。この悲劇に関して、政府は会見を開き、研究所建設を請け負った建築会社の担当者に全責任を負わせた。その人こそレックスの父親、檜山丈志だった。
何度も丈志は『私は……間違ったことはしていない。信じてくれ』と口にしたという。彼自身も事故で重体となっており、これが最期の言葉でもあった。
まだ10歳だったレックスは父の死後も世間からのバッシングを受け、罵られ、遂には残った家族もバラバラになってしまったのだそうだ。
数年後……父の無実信じ続け調査を続けていたレックスは真の黒幕を突き止めた。それが、海道義光だった。実際の責任は、政治権力を得ようと躍起になっていた義光が、無理に研究所の工事を急がせたことにあったのだ。
――俺は親父に誓った。俺たち家族の人生を破壊した奴に、俺たち以上の苦しみを与えてやる、と。それから俺は、ヤツへの復讐のために人生のすべてを捧げた……――。
自分自身の呪われた運命と俺たち家族の運命を捻じ曲げた人間たちを恨みながら、レックスはそう語ったと、バンたちはらに告げた。
バンたちは当然問いただした。その復讐は既に終わったのではないか、海道義光は既に死んでしまった、と。
レックスは首を振った。「海道は世界の歪みのほんの一部に過ぎなかったんだ」と。
……話を聞きながら動揺するたちに、ゆっくり、噛み砕くように静かな声音で淳一郎は告げた。
「世界には、経済や外交、戦争すらも管理し支配する悪意たちが存在するんだ」
「戦争までも管理する者とされる者がいる、ねぇ……」
仙道の笑みも流石に険しいものになっていた。冷静な彼にとっても耐え難い事実だった。も同じだった。戦争の犠牲になる人、それを分かったうえで管理する人、そんなものが存在するなど、考えるだけで苦しい。
「レックスの敵は世界そのものだったのよ。国の中枢が消え去れば、人は再生のために再び考えるはず、だから世界に『考える』チャンスを与えるって言ったの」
「そうすれば、この国に新たな秩序が生まれるかもしれないってな。もちろんバンもオレたちも『そんなことは許されない』って言ったぜ」
レックスとの付き合いが長いアミ、カズヤの声も酷く落ち込んでいる。
バンの声も決して明るくはなかった。それでも、彼の意思はとうに固く決まっていた。
「けどレックスは俺たちに宣言した。リーダーを失った世界に向けて、世界を変えるメッセージを送るんだ、って……。だから俺は絶対にレックスを止める。世界を守ってみせる!」
決意の滲む告白は、レックスとの対話を思い出しながら語る姿は、まるで少年とは思えなかった。大きく熱く強い決心に満ちたバンの声は、聞く側にも大きな勇気をくれる。
決意を分かち合い、信じがたい事実を必死に噛み締めるバンたちに、八神が告げる。
「……既に時間がない。離陸後にブリーフィングを始める。これがシーカーとして最後のミッションとなるだろう」
――最後のミッション。
行方知れずの両親が目指した平和のため、ぼろぼろだった自分を励ましてくれた仙道のため、彼女は、自らを奮い立たせた。
prev
Top
next