結局が目を覚ましたのは病室のベッドの上。傍らには椅子に座り祈るように俯くヤマブキの姿があった。「ヤマブキさん……?」のか細い声に反応してヤマブキが顔を上げる。その瞳は今まで見たことが無いほど揺れていた。よほど心配をかけてしまったのだろう。は大きく後悔し、同時に酷く安心した。家族同然、第二の親ともいえる彼の存在はにとって大切なもの。無事に再会できて嬉しくないわけがない。

ちゃん、良かった、目を……!!」
「ヤマブキさん、ご無事で何よりですわ……無事ですわよね?」
「それよりも今は自分の体の心配をしないか、全くもう……」

 ヤマブキの口調は、が幼い頃のそれになっていた。お嬢様と呼ばれる以前、の両親の良き友人として接していた頃の。彼は当時から、を娘や妹のように可愛がってくれていた。今では執事と令嬢という立場を意識するようになったが、根底にあるものは変わらない。ヤマブキにとってもは家族なのだ。
 はゆっくりと体を起こした。話したいことが沢山ある。けれどどこから手を付けたら良いのか判らなかった。
 それを察してか、ヤマブキが口を開く。

「今のところ異常はないと言われたが、後日改めて精密検査をするべきだと思う」
「はい……」

 は意を決して、一番気にかかっていたことを口にした。

「――お父様とお母様は、どうなったのですか」

 ヤマブキの顔が歪んだ。出来ればその話題には触れずに済ませようとしてくれていたのだろう、何かを口にしようとして、しかし、押し留まる。唇を噛み締めながら、彼は、感情の整理をつけようとしていた。

「……イノベーターに捕まってから、行方が知れない。檜山さんが何とか行方を追ってくれたんだが、何処かへ連れていかれる途中でイノベーターとは別の何者かの襲撃を受けたということだけは判明している」
「つまり、無事かどうかもわからないんですね」
「ああ」

 悩みながらもヤマブキは嘘を吐かなかった。檜山の助言もあって自分は神谷重工に忍び込み、の両親についての情報も得られた。しかし十分と言えるものに辿り着くにはあまりに敵が強大すぎた。
 の両親がイノベーターの元で得た情報を、シーカーや今は亡き宇崎悠介に流し続けていたことを、あの日会社にやってきた連中は知っていたようだ。だとすれば、二人の安否は。
 わからないのはイノベーターとは違う第三者の襲撃という点だ。少なくとも、イノベーターやシーカーとは違う存在を確認したことになる。襲撃者の狙いが何だったかは不明だ。更に恐ろしいのが、イノベーターの通信から襲撃事件であったのは明白にも関わらず、世間では事故として処理されたことだ。イノベーターが手を回したのか、それとも別の何かが作用したのか……それも判らない。判らないことだらけだった。
 はヤマブキの報告に、ゆっくりと頬を緩めた。

「じゃあきっと、無事ですよね?」

 とてもぎこちないながら、精一杯の笑顔を作ろうとしていた。不安でいっぱいの胸を押さえながら、涙をぐっと堪えて。
 ヤマブキは唇が裂けるだけ強く噛んだ。どうしようもない無力さを感じていた。何か、自分が彼女を元気づけることは出来ないか。そう思った時、彼の足がコツンと硬い何かに当たる。そうだ、これだ。ヤマブキは足に当たったもの……床に置かれた小さなアタッシュケースを手にした。

「屋敷がイノベーターの監視下になる直前、二人に頼まれて持ってきたものがあるんだ」
「お父様たちに?」

 頷き、ヤマブキはの手へケースを渡した。受け取ったは、ケースをシーツの上に置いた。そんなに重くもない。中身は何だろう。

「いつかちゃんにプレゼントするために二人が用意していたものだそうだよ」

 そう言ってヤマブキは立ち上がった。「少し出てくるよ」CCMを持ちながら、申し訳なさそうにを見るヤマブキ。は今度こそしっかり微笑んで彼に頷いて返し、病室を出ていく彼を見送った。
 ひとり取り残されたと、その膝の上に乗せられたアタッシュケース。
 しばらく彼女はケースに視線を落としたまま、ぼうっとしていた。体が酷く重たい。
 ――私は結局コウスケくんの言う通り、無駄なことをしていただけなのかしら。
 安否の知れぬ両親を想うと、涙が滲んできた。ケースを手繰り寄せ、抱き締め、嗚咽を堪えながらは静かに泣き始めた。どうしようもなく心細い。ヤマブキが早く戻ってこないだろうかと祈った。そして祈りが届いたかのように、病室の扉が開く。

「ヤマブキさ……」

 反射的にそう口にして、は扉の方を見る。が、途中で声は詰まってしまった。
 病室に入ってきたのはヤマブキではなかった。医師でも看護師でもない。
 ……シーカー本部に行ったはずの仙道だった。

「せ、せ、仙道くん!? どうしてここに……」
「前もってヤマブキに聞いといた」

 ポケットに手を突っ込みながら仙道はベッドへと歩み寄ってくる。先までヤマブキが座っていた椅子に腰を下ろすと、呆然と泣き続けるを見た。

「具合は? ……って、良いはずが無ぇよな」
「シーカーは、拓也さんたちとは、お話は……」
「ンなもん気にしてる場合かよ」

 仙道の視線の意味を考えていてははたとした。未だ零れ続ける涙。彼が見つめているのはこれなのではないか。慌てて涙を拭うも、なかなか止まりそうにない。「あ、あれ?」泣き止もうと自分に言い聞かせれば言い聞かせるほど、その涙はぽろぽろと零れた。大好きな人の前で情けない泣き顔を晒すなんて。恥ずかしさと情けなさで、の柳眉はどんどん下がっていく。

「おかしいですわね、と、止まらない……。ごめんなさい……」
「謝る必要があるかい? 泣くのも生理現象、アンタみたいな感情に正直なタイプなら尚更だろ」

 フンと鼻を鳴らして仙道は笑った。

「泣ける時は泣いときな、

 ……優しくの胸を締め付ける笑みだった。
 はい、とは小さく頷く。その頭を、仙道がやはり優しく撫でる。仙道に頭を撫でられながら、は静かに泣いた。泣いてもいいんだと言ってもらえた。不安や混乱が消えたわけではない。けれど……傍らの仙道が、を苦しめるものたちを鎮めてくれた。心細さも寂しさも苦しさも全部、小さくなっていた。それほどにとって仙道ダイキとは光であり、希望であり、愛おしい存在だった。
 程なくして涙の止まったは、いつものように笑みを浮かべ、仙道を見つめる。

「ありがとう、仙道くん。私、だいぶ落ち着くことが出来ました」
「俺ァ何もしてないけどねぇ」
「そう言いつついっぱいしてくださってるのが仙道くんなんですよ」

 ずっとそうだった。初めて出会った時からずっと。
 心躍る瞬間を、眩しい時間を、誰かを想う力の強さを、彼はにくれた。
 仙道がいなかったら、今の自分は無くて。絶望に塗りつぶされて何もかも潰えてしまっていた。涙を流すことすら忘れてしまっていた。戦うことなど選べなかった。ただただ強大な闇に呑まれていくだけだったに違いない。
 ――でも、あなたがいてくれるから。
 は涙を流し、気持ちを落ち着けることができた。そしてこんな時に尚更、自分が仙道ダイキという人へ抱く想いの強さをひしひしと痛感していた。
 ――あなたがいてくれるから、ちゃんと泣ける。そして前を向ける。
 笑みを深めるに、仙道も自然と微笑み返していた。皮肉めいたそれとは違う、もっと深い情からくるもの。
 勇気づけられ、励まされたは、アタッシュケースへともう一度視線を落とした。仙道も倣うようにケースを見る。

「何だい、そりゃ」
「両親が私にプレゼントするために用意してくれていたものらしいんです。屋敷に手が及ぶ前に、ヤマブキさんが取って来てくれたそうで」

 その蓋に手をかけながら、は仙道へと尋ねた。

「もしよかったら、一緒に中身を確かめてくれませんか。一人だと……開けづらくって」
「仕方ないねえ」
「有難うございま……」

 が礼を言い終わるか否かという時、仙道は立ち上がり、にぴったりと寄り添った。え、とが瞬きしているうちに、彼はがケースにかけていた手に自分の手を重ねる。急な接近と接触は大いに少女の心を動揺させた。みるみるうちに体温が上がっていき、血が沸騰するような感覚を覚え、はふらつきかける。どうやら“心境的に一人では確認しづらい”という意味のの発言を、仙道はそのまま“蓋が頑丈で開けづらい”と受け取ったらしい。の手に触れつつ蓋の簡易的な鍵を外し、「もう開くと思うが」と真面目な顔でを見た。
 何だかはおかしくなって、笑い声を抑えることができなかった。

「っ、ふふ……。有難うございます」

 不思議そうな仙道に今度こそしっかりと礼を述べ、

「じゃあ、せーの、で開きましょ」
「あ? ああ」
「じゃあ……せーの!」

 共にアタッシュケースの蓋を開ける。
 まず目についたのは『へ』と書かれた淡いピンクの花柄の封筒だ。それをが取ると、このケースが本当に守っていたものが露になる。

「これは……」
「LBX……だな」

 収められていたのはナイトフレームと思われるLBXと、CCMだった。LBXの白を基調としたカラーリングやデザインは、壊れてしまったヴァルキリーを彷彿とさせる。CCMは女の子らしい赤色で、やや紫がかっていた。
 LBXとCCMへの興味はひとまず押さえ、は封筒を開く。
 あまりに無防備に手紙を広げていくものだから、傍にいる仙道が戸惑った。

「俺にも見えそうなんだが」
「大丈夫ですわ! 全然平気です!」
「それもどうなんだ……」

 笑顔で押し切られ、結局、仙道はと共に手紙を読むことにする。何より、彼女がそうして欲しそうだったから、そうしようと思った。ゆっくりベッドへと腰掛け、体をの方へと向ける。
 はそっと、手紙を声に出して読み上げた。几帳面な父の字を、ゆっくりと……。


 ――へ。お誕生日おめでとう。
 正直、誕生日プレゼントは毎年とても悩んでしまう。いつもお前は、プレゼントは何が良い? と聞いても「一緒に食事が出来れば十分」で終わってしまうから。でも今年は違った。お前はLBXが大好きになっていたから、今年はLBXをプレゼントしようと早いうちから母さんと決めていたよ。それと、CCMも随分と長い事同じものを使っているね。この際だから、新しいCCMも用意してみた。
 このLBXは、父さんと母さんが作った、お前の為だけのLBXだ。色んな人たちに相談して試行錯誤したから、ヴァルキリーとは違ったものに仕上がったと思う。勿論、操作性のほうもまだまだLBX初心者な向けに優しくしたつもりだ。名前はパラスアテナ。ギリシャ神話に登場する女神さまからとったんだ。なら知っているかもしれないね。軍神としても有名だから、LBXバトルでこれからもっと強くなれるようにと応援の気持ちも込めてみた。友達とバトルするときにもっと貢献したい、とよくぼやいていたから。
 父さんと母さんは、が楽しみながらLBXの腕前を上げていくことを楽しみにしています。色々あったから苦労をかけてしまったし、今の輝かんばかりのの姿はとても嬉しく思う。夢中になれることを見つけられて、たくさんの友達にも恵まれて。本当に良かった。
 、改めて誕生日おめでとう。そして、父さんと母さんのもとに生まれてきてくれてありがとう。これからもずっと、大切な家族同士、助け合って幸せに過ごしていけるよう、父さんたちは頑張るよ。もめいっぱい、毎日を楽しんでください。そして来年もまた、一緒に誕生日を祝わせてください。
 ――父さん、母さんより。


 ……――手紙を読み終えたの手は震えていた。また涙が溢れそうになっていた。生きているかすら知れぬ両親からの贈り物。イノベーターの襲撃さえなければ予定通り誕生日に贈られるはずであったもの。これをヤマブキが護り届けてくれたこと、両親の込めた想いに、はたまらなくなった。
 仙道は、そんなをじっと見つめた。手紙を読むうちに彼女の声が震えていったのを聞いていて、彼は何となく察してしまった。

「お父様、お母様……」

 小さなちいさな呟きが、仙道の予測を確信へと変えていく。大事な娘が入院しているというのに両親が側にいない意味。両手で顔を覆って泣き出したが置かれている現状。
 仙道は無言で、の手から滑り落ちていった手紙を拾い上げ、封筒へとしまい、彼女の膝へ戻した。それにすら気付かず彼女は泣き続けている。
 このまま悲しみに暮れさせる訳にはいかなかった。



 仙道は彼女の肩を抱き寄せた。力強い腕に引かれるまま、は彼の胸に寄りかかる。

「うんと泣きな」

 はその厚意に甘えた。ちゃんと心の整理をつけるための涙を流し続けた。しっかりと抱き締めてくれる仙道に体を預け、その温もりに言いようのない安堵を覚えた。こんなにも心が傷ついたはずなのに、折れずに乗り越えるための涙を流せる。この強さをくれる彼に、改めては深い愛情と感謝を覚えた。
 ひとしきり彼女が泣き終えると、仙道は「落ち着いたかい」と声をかけてくれた。はこくりと頷き、

「お陰様で、とっても落ち着きました」
「そりゃ良かった。何だかんだでアンタは笑ってた方がこっちも落ち着くんでね」

 仙道は素直にそう述べた。が恥ずかしそうに頬を染めるのを間近で見ながら、ふと自分の行動を振り返る。……が赤くなるのも無理はないものだった。仙道自身、無意識かつ無我夢中だったとはいえ、とんでもないことをしたと気付かされる。だが羞恥で赤くなるよりも、目の前のが落ち着きと元気を取り戻しつつあることへの安堵や喜びが勝り、大して動揺せずに済んだ。どんなことをしてでも彼女の力になりたいと思っていたから。
 それでも相変わらずの顔が赤かったので、仙道は苦笑しながらケースを指した。

「折角の新しいLBXだろ。見てみたら良いんじゃないか?」
「そ、そうですね!」

 はうんうんと頷き、早速新たなLBX――パラスアテナと、CCMを手にする。基本設定は既に済ませてあるようだ。それどころか、は驚くものを見つけた。
 何と、以前のCCMのデータがコピーされていたのである。アドレス帳、受信・送信したメール、そして画像や動画ファイル。アキハバラキングダム以前のデータ全てがそっくりそのまま存在していた。混乱しつつも、受信メールの一番上にある『お嬢様へ』というメールを開いてみる。ヤマブキからのものだ。
 そこには、うっかり者のの為に一足先に以前のCCMのデータをコピーしておいた旨が記されていた。『勿論オート機能によるもので私はデータを一切合切拝見しておりませんのでご安心ください』ともある。仙道だらけのデータを見られずに済んだことは安心したが、それでも些か恥ずかしかった。そして――とても嬉しかった。自ら壊してしまった以前のCCMのデータが、思わぬ形で復活したのだ。

「私の秘蔵仙道くんキラメキフォルダが生きてますわ……!! 嘘みたい、有難うヤマブキさん……!」
「どういうこった」
「私のCCMのデータをヤマブキさんが既にこちらに移してくれていたみたいなんです!」
「いや、俺が聞きたいのはその変なフォルダについてだったんだが」

 興奮しているに仙道の言葉は届かない。仙道に寄り添ったまま、は自慢のフォルダにしまわれている画像や動画を眺める。「これ、仙道くんがカード出した瞬間を初めてキッチリ捉えた写真です!」「ああ、ジョーカーさんと仙道くんのツーショット!」「仙道くんのミステリアスな笑みを横からバッチリ撮った時の!」落ち込んでいたのが嘘のように少女の声は晴れやかだ。自身が被写体のそれらを見せられて、仙道は正直反応に困っていた。今更になって思い出したように首をもたげる羞恥心をどうにか押さえつける。

「あ、この時の仙道くん本当に素敵で!」
「LBXを見てやれよ……」

 恥ずかしさと戦う仙道、すっかりいつもの元気を取り戻したように見える
 そんな二人の仲睦まじい様子は、部屋に入るタイミングを見失い扉の側に立ち尽くすヤマブキの耳にもしっかりと届いていた。仙道の訪問によってが笑えるまでに回復したことに、彼は目頭を押さえる。
 ――本当に良かった。
 仙道ダイキという少年との巡り会わせに、深く感謝しながら。 結局が目を覚ましたのは病室のベッドの上。傍らには椅子に座り祈るように俯くヤマブキの姿があった。「ヤマブキさん……?」のか細い声に反応してヤマブキが顔を上げる。その瞳は今まで見たことが無いほど揺れていた。よほど心配をかけてしまったのだろう。は大きく後悔し、同時に酷く安心した。家族同然、第二の親ともいえる彼の存在はにとって大切なもの。無事に再会できて嬉しくないわけがない。

ちゃん、良かった、目を……!!」
「ヤマブキさん、ご無事で何よりですわ……無事ですわよね?」
「それよりも今は自分の体の心配をしないか、全くもう……」

 ヤマブキの口調は、が幼い頃のそれになっていた。お嬢様と呼ばれる以前、の両親の良き友人として接していた頃の。彼は当時から、を娘や妹のように可愛がってくれていた。今では執事と令嬢という立場を意識するようになったが、根底にあるものは変わらない。ヤマブキにとってもは家族なのだ。
 はゆっくりと体を起こした。話したいことが沢山ある。けれどどこから手を付けたら良いのか判らなかった。
 それを察してか、ヤマブキが口を開く。

「今のところ異常はないと言われたが、後日改めて精密検査をするべきだと思う」
「はい……」

 は意を決して、一番気にかかっていたことを口にした。

「――お父様とお母様は、どうなったのですか」

 ヤマブキの顔が歪んだ。出来ればその話題には触れずに済ませようとしてくれていたのだろう、何かを口にしようとして、しかし、押し留まる。唇を噛み締めながら、彼は、感情の整理をつけようとしていた。

「……イノベーターに捕まってから、行方が知れない。檜山さんが何とか行方を追ってくれたんだが、何処かへ連れていかれる途中でイノベーターとは別の何者かの襲撃を受けたということだけは判明している」
「つまり、無事かどうかもわからないんですね」
「ああ」

 悩みながらもヤマブキは嘘を吐かなかった。檜山の助言もあって自分は神谷重工に忍び込み、の両親についての情報も得られた。しかし十分と言えるものに辿り着くにはあまりに敵が強大すぎた。
 の両親がイノベーターの元で得た情報を、シーカーや今は亡き宇崎悠介に流し続けていたことを、あの日会社にやってきた連中は知っていたようだ。だとすれば、二人の安否は。
 わからないのはイノベーターとは違う第三者の襲撃という点だ。少なくとも、イノベーターやシーカーとは違う存在を確認したことになる。襲撃者の狙いが何だったかは不明だ。更に恐ろしいのが、イノベーターの通信から襲撃事件であったのは明白にも関わらず、世間では事故として処理されたことだ。イノベーターが手を回したのか、それとも別の何かが作用したのか……それも判らない。判らないことだらけだった。
 はヤマブキの報告に、ゆっくりと頬を緩めた。

「じゃあきっと、無事ですよね?」

 とてもぎこちないながら、精一杯の笑顔を作ろうとしていた。不安でいっぱいの胸を押さえながら、涙をぐっと堪えて。
 ヤマブキは唇が裂けるだけ強く噛んだ。どうしようもない無力さを感じていた。何か、自分が彼女を元気づけることは出来ないか。そう思った時、彼の足がコツンと硬い何かに当たる。そうだ、これだ。ヤマブキは足に当たったもの……床に置かれた小さなアタッシュケースを手にした。

「屋敷がイノベーターの監視下になる直前、二人に頼まれて持ってきたものがあるんだ」
「お父様たちに?」

 頷き、ヤマブキはの手へケースを渡した。受け取ったは、ケースをシーツの上に置いた。そんなに重くもない。中身は何だろう。

「いつかちゃんにプレゼントするために二人が用意していたものだそうだよ」

 そう言ってヤマブキは立ち上がった。「少し出てくるよ」CCMを持ちながら、申し訳なさそうにを見るヤマブキ。は今度こそしっかり微笑んで彼に頷いて返し、病室を出ていく彼を見送った。
 ひとり取り残されたと、その膝の上に乗せられたアタッシュケース。
 しばらく彼女はケースに視線を落としたまま、ぼうっとしていた。体が酷く重たい。
 ――私は結局コウスケくんの言う通り、無駄なことをしていただけなのかしら。
 安否の知れぬ両親を想うと、涙が滲んできた。ケースを手繰り寄せ、抱き締め、嗚咽を堪えながらは静かに泣き始めた。どうしようもなく心細い。ヤマブキが早く戻ってこないだろうかと祈った。そして祈りが届いたかのように、病室の扉が開く。

「ヤマブキさ……」

 反射的にそう口にして、は扉の方を見る。が、途中で声は詰まってしまった。
 病室に入ってきたのはヤマブキではなかった。医師でも看護師でもない。
 ……シーカー本部に行ったはずの仙道だった。

「せ、せ、仙道くん!? どうしてここに……」
「前もってヤマブキに聞いといた」

 ポケットに手を突っ込みながら仙道はベッドへと歩み寄ってくる。先までヤマブキが座っていた椅子に腰を下ろすと、呆然と泣き続けるを見た。

「具合は? ……って、良いはずが無ぇよな」
「シーカーは、拓也さんたちとは、お話は……」
「ンなもん気にしてる場合かよ」

 仙道の視線の意味を考えていてははたとした。未だ零れ続ける涙。彼が見つめているのはこれなのではないか。慌てて涙を拭うも、なかなか止まりそうにない。「あ、あれ?」泣き止もうと自分に言い聞かせれば言い聞かせるほど、その涙はぽろぽろと零れた。大好きな人の前で情けない泣き顔を晒すなんて。恥ずかしさと情けなさで、の柳眉はどんどん下がっていく。

「おかしいですわね、と、止まらない……。ごめんなさい……」
「謝る必要があるかい? 泣くのも生理現象、アンタみたいな感情に正直なタイプなら尚更だろ」

 フンと鼻を鳴らして仙道は笑った。

「泣ける時は泣いときな、

 ……優しくの胸を締め付ける笑みだった。
 はい、とは小さく頷く。その頭を、仙道がやはり優しく撫でる。仙道に頭を撫でられながら、は静かに泣いた。泣いてもいいんだと言ってもらえた。不安や混乱が消えたわけではない。けれど……傍らの仙道が、を苦しめるものたちを鎮めてくれた。心細さも寂しさも苦しさも全部、小さくなっていた。それほどにとって仙道ダイキとは光であり、希望であり、愛おしい存在だった。
 程なくして涙の止まったは、いつものように笑みを浮かべ、仙道を見つめる。

「ありがとう、仙道くん。私、だいぶ落ち着くことが出来ました」
「俺ァ何もしてないけどねぇ」
「そう言いつついっぱいしてくださってるのが仙道くんなんですよ」

 ずっとそうだった。初めて出会った時からずっと。
 心躍る瞬間を、眩しい時間を、誰かを想う力の強さを、彼はにくれた。
 仙道がいなかったら、今の自分は無くて。絶望に塗りつぶされて何もかも潰えてしまっていた。涙を流すことすら忘れてしまっていた。戦うことなど選べなかった。ただただ強大な闇に呑まれていくだけだったに違いない。
 ――でも、あなたがいてくれるから。
 は涙を流し、気持ちを落ち着けることができた。そしてこんな時に尚更、自分が仙道ダイキという人へ抱く想いの強さをひしひしと痛感していた。
 ――あなたがいてくれるから、ちゃんと泣ける。そして前を向ける。
 笑みを深めるに、仙道も自然と微笑み返していた。皮肉めいたそれとは違う、もっと深い情からくるもの。
 勇気づけられ、励まされたは、アタッシュケースへともう一度視線を落とした。仙道も倣うようにケースを見る。

「何だい、そりゃ」
「両親が私にプレゼントするために用意してくれていたものらしいんです。屋敷に手が及ぶ前に、ヤマブキさんが取って来てくれたそうで」

 その蓋に手をかけながら、は仙道へと尋ねた。

「もしよかったら、一緒に中身を確かめてくれませんか。一人だと……開けづらくって」
「仕方ないねえ」
「有難うございま……」

 が礼を言い終わるか否かという時、仙道は立ち上がり、にぴったりと寄り添った。え、とが瞬きしているうちに、彼はがケースにかけていた手に自分の手を重ねる。急な接近と接触は大いに少女の心を動揺させた。みるみるうちに体温が上がっていき、血が沸騰するような感覚を覚え、はふらつきかける。どうやら“心境的に一人では確認しづらい”という意味のの発言を、仙道はそのまま“蓋が頑丈で開けづらい”と受け取ったらしい。の手に触れつつ蓋の簡易的な鍵を外し、「もう開くと思うが」と真面目な顔でを見た。
 何だかはおかしくなって、笑い声を抑えることができなかった。

「っ、ふふ……。有難うございます」

 不思議そうな仙道に今度こそしっかりと礼を述べ、

「じゃあ、せーの、で開きましょ」
「あ? ああ」
「じゃあ……せーの!」

 共にアタッシュケースの蓋を開ける。
 まず目についたのは『へ』と書かれた淡いピンクの花柄の封筒だ。それをが取ると、このケースが本当に守っていたものが露になる。

「これは……」
「LBX……だな」

 収められていたのはナイトフレームと思われるLBXと、CCMだった。LBXの白を基調としたカラーリングやデザインは、壊れてしまったヴァルキリーを彷彿とさせる。CCMは女の子らしい赤色で、やや紫がかっていた。
 LBXとCCMへの興味はひとまず押さえ、は封筒を開く。
 あまりに無防備に手紙を広げていくものだから、傍にいる仙道が戸惑った。

「俺にも見えそうなんだが」
「大丈夫ですわ! 全然平気です!」
「それもどうなんだ……」

 笑顔で押し切られ、結局、仙道はと共に手紙を読むことにする。何より、彼女がそうして欲しそうだったから、そうしようと思った。ゆっくりベッドへと腰掛け、体をの方へと向ける。
 はそっと、手紙を声に出して読み上げた。几帳面な父の字を、ゆっくりと……。


 ――へ。お誕生日おめでとう。
 正直、誕生日プレゼントは毎年とても悩んでしまう。いつもお前は、プレゼントは何が良い? と聞いても「一緒に食事が出来れば十分」で終わってしまうから。でも今年は違った。お前はLBXが大好きになっていたから、今年はLBXをプレゼントしようと早いうちから母さんと決めていたよ。それと、CCMも随分と長い事同じものを使っているね。この際だから、新しいCCMも用意してみた。
 このLBXは、父さんと母さんが作った、お前の為だけのLBXだ。色んな人たちに相談して試行錯誤したから、ヴァルキリーとは違ったものに仕上がったと思う。勿論、操作性のほうもまだまだLBX初心者な向けに優しくしたつもりだ。名前はパラスアテナ。ギリシャ神話に登場する女神さまからとったんだ。なら知っているかもしれないね。軍神としても有名だから、LBXバトルでこれからもっと強くなれるようにと応援の気持ちも込めてみた。友達とバトルするときにもっと貢献したい、とよくぼやいていたから。
 父さんと母さんは、が楽しみながらLBXの腕前を上げていくことを楽しみにしています。色々あったから苦労をかけてしまったし、今の輝かんばかりのの姿はとても嬉しく思う。夢中になれることを見つけられて、たくさんの友達にも恵まれて。本当に良かった。
 、改めて誕生日おめでとう。そして、父さんと母さんのもとに生まれてきてくれてありがとう。これからもずっと、大切な家族同士、助け合って幸せに過ごしていけるよう、父さんたちは頑張るよ。もめいっぱい、毎日を楽しんでください。そして来年もまた、一緒に誕生日を祝わせてください。
 ――父さん、母さんより。


 ……――手紙を読み終えたの手は震えていた。また涙が溢れそうになっていた。生きているかすら知れぬ両親からの贈り物。イノベーターの襲撃さえなければ予定通り誕生日に贈られるはずであったもの。これをヤマブキが護り届けてくれたこと、両親の込めた想いに、はたまらなくなった。
 仙道は、そんなをじっと見つめた。手紙を読むうちに彼女の声が震えていったのを聞いていて、彼は何となく察してしまった。

「お父様、お母様……」

 小さなちいさな呟きが、仙道の予測を確信へと変えていく。大事な娘が入院しているというのに両親が側にいない意味。両手で顔を覆って泣き出したが置かれている現状。
 仙道は無言で、の手から滑り落ちていった手紙を拾い上げ、封筒へとしまい、彼女の膝へ戻した。それにすら気付かず彼女は泣き続けている。
 このまま悲しみに暮れさせる訳にはいかなかった。



 仙道は彼女の肩を抱き寄せた。力強い腕に引かれるまま、は彼の胸に寄りかかる。

「うんと泣きな」

 はその厚意に甘えた。ちゃんと心の整理をつけるための涙を流し続けた。しっかりと抱き締めてくれる仙道に体を預け、その温もりに言いようのない安堵を覚えた。こんなにも心が傷ついたはずなのに、折れずに乗り越えるための涙を流せる。この強さをくれる彼に、改めては深い愛情と感謝を覚えた。
 ひとしきり彼女が泣き終えると、仙道は「落ち着いたかい」と声をかけてくれた。はこくりと頷き、

「お陰様で、とっても落ち着きました」
「そりゃ良かった。何だかんだでアンタは笑ってた方がこっちも落ち着くんでね」

 仙道は素直にそう述べた。が恥ずかしそうに頬を染めるのを間近で見ながら、ふと自分の行動を振り返る。……が赤くなるのも無理はないものだった。仙道自身、無意識かつ無我夢中だったとはいえ、とんでもないことをしたと気付かされる。だが羞恥で赤くなるよりも、目の前のが落ち着きと元気を取り戻しつつあることへの安堵や喜びが勝り、大して動揺せずに済んだ。どんなことをしてでも彼女の力になりたいと思っていたから。
 それでも相変わらずの顔が赤かったので、仙道は苦笑しながらケースを指した。

「折角の新しいLBXだろ。見てみたら良いんじゃないか?」
「そ、そうですね!」

 はうんうんと頷き、早速新たなLBX――パラスアテナと、CCMを手にする。基本設定は既に済ませてあるようだ。それどころか、は驚くものを見つけた。
 何と、以前のCCMのデータがコピーされていたのである。アドレス帳、受信・送信したメール、そして画像や動画ファイル。アキハバラキングダム以前のデータ全てがそっくりそのまま存在していた。混乱しつつも、受信メールの一番上にある『お嬢様へ』というメールを開いてみる。ヤマブキからのものだ。
 そこには、うっかり者のの為に一足先に以前のCCMのデータをコピーしておいた旨が記されていた。『勿論オート機能によるもので私はデータを一切合切拝見しておりませんのでご安心ください』ともある。仙道だらけのデータを見られずに済んだことは安心したが、それでも些か恥ずかしかった。そして――とても嬉しかった。自ら壊してしまった以前のCCMのデータが、思わぬ形で復活したのだ。

「私の秘蔵仙道くんキラメキフォルダが生きてますわ……!! 嘘みたい、有難うヤマブキさん……!」
「どういうこった」
「私のCCMのデータをヤマブキさんが既にこちらに移してくれていたみたいなんです!」
「いや、俺が聞きたいのはその変なフォルダについてだったんだが」

 興奮しているに仙道の言葉は届かない。仙道に寄り添ったまま、は自慢のフォルダにしまわれている画像や動画を眺める。「これ、仙道くんがカード出した瞬間を初めてキッチリ捉えた写真です!」「ああ、ジョーカーさんと仙道くんのツーショット!」「仙道くんのミステリアスな笑みを横からバッチリ撮った時の!」落ち込んでいたのが嘘のように少女の声は晴れやかだ。自身が被写体のそれらを見せられて、仙道は正直反応に困っていた。今更になって思い出したように首をもたげる羞恥心をどうにか押さえつける。

「あ、この時の仙道くん本当に素敵で!」
「LBXを見てやれよ……」

 恥ずかしさと戦う仙道、すっかりいつもの元気を取り戻したように見える
 そんな二人の仲睦まじい様子は、部屋に入るタイミングを見失い扉の側に立ち尽くすヤマブキの耳にもしっかりと届いていた。仙道の訪問によってが笑えるまでに回復したことに、彼は目頭を押さえる。
 ――本当に良かった。
 仙道ダイキという少年との巡り会わせに、深く感謝しながら。

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