八神を先頭に、次々とサターンへ降りていくバンたち。
 サターン内部は非常事態を知らせる橙色の非常灯がついていた。ハープーンを繋がれ敵の侵入を許したことを咎めるように、威圧的な光と音がする。
 全員が降り立ったその時、通路先のシャッターが開いた。武装したイノベーターとLBXが駆け付けたのだ。シャッターが開く前から物音が近づいていたのは皆気づいていた。だから慌てることなく対処に移る。

「行け。ここは私が守る!」

 CCMを構えた八神が、イノベーターたちの前に立ちはだかる。
 それを見て郷田はニッと笑う。「頼んだぜ!」彼の声を合図に、背中を八神ひとりに任せてバンたちは駆けだした。
 敵をきつく睨み、愛機ジェネラルを出陣させる八神。かつての仲間である者同士の戦いが始まった。



 淳一郎を先頭にバンたちは通路を駆けていた。アミ、カズヤ、郷田、仙道、の他に、真野と矢壁もサポーターとしてついて来てくれている。走りながら口早に淳一郎は語った。

「サターンの行く先を変えられるのは、管制室かコックピットだ。私たちは管制室に向かう。お前たちはLBXを回収して、コックピットを目指せ!」
「はい!」

 頷く息子を確かめた淳一郎と、真野、矢壁は通路を曲がり管制室へ向かった。残るバンたちはコックピット方面へと向かう。その道中、アミとカズヤ、郷田と仙道とは、それぞれ通路を曲がり、LBXの回収へ走った。
 バンとジンのもとにその時連絡が入った。淳一郎からである。サターンの行く先は変更不可能になっており、Nシティを守るにはサターンを自爆させるしかないことが判明したという。その指示を出せるのもコックピットだけで、恐らくそこにはレックスがいる。
 バンとジンは改めてレックスとの対峙を強く意識し、走り続けた……。
 そのころ郷田たちは、LBXの回収ポイントに到着していた。

「ここか……」
「幸い、敵はいませんね」

 郷田がCCMを見ながらLBXの元へ近づく。その後ろを、きょろきょろと周囲を忙しなく見渡す、無言の仙道が続いた。非常灯は相変わらず点灯していたが不思議と人の気配はない。
 急いで三人は停止した相棒を回収する。CCMとの接続も復活し、異常がないことを確かめる。コックピットへ向かわんと意気込んだ瞬間――機械の兵士の行進が近づいてきた。
 背筋がぞっとするほどのLBXの大群。
 その量に、思わずは後ずさった。小さなおもちゃではなく、今この瞬間LBXたちは『兵器』と化している。殺意とも呼べる険しいものが無機質なロボットから滲み出ている気がして、心臓がどくんどくんと跳ねてしまう。

「ちっ、やるしかねえか」
「そうだな」

 怖気づくをしゃんとさせたのは、郷田と仙道のいつも通りの声だった。目に見える劣勢でありながら、二人の戦意と精神はぶれることなくここにあった。お陰で、も心新たにCCMを握り締められた。

「死神に魅入られたのは俺たちか……それとも――ナイトメア!」
「ハカイオー絶斗!」
「パラスアテナ!」

 仙道、郷田に続いて、も改めて愛機を出撃させる。動けなくなった自分たちの代わりに、他の誰かがコックピットへ辿り着くことを祈るばかりだ。
 エクリプス内では各メンバーの動きがしっかり把握されていた。
 襲撃を受けているアミとカズヤ、郷田と仙道とは応戦中。淳一郎たちも管制室から動けずにいた。バンとジンが奥へと進み、スパークブロード通信を妨害するシステムを止め、コックピットへ向かっている。
 その間、たちはじわじわと敵LBXに押され始めていた。さすがの数に対応しきれず、道を引き返しながら戦闘回数をなるべく減らす。LBXのみならず彼女ら自身の消耗と疲労も蓄積されていた。
 引き返す途中、突然通路のモニターに映像が流れた。映っているのはジンと海道義光。LBXバトルの真っ只らしい。思わずはジンの勝利を祈った。しかしそれ以上に、義光の戦いを見てイノベーターの士気が上がってしまう。
 道を戻り続け、遂にたちは八神のいるところまで戻される羽目になった。

「お前たち……!」
「駆け付けた、と言いたいところだが……」

 郷田が言葉を続けずとも、そこまで迫っているLBXの群れを見て八神は状況を察した。

「ここまで押し戻されたか……」
「ですが、ここからは絶対に押されません!! 何としても死守致しますわ!」

 エクリプスへ繋がる唯一の道を守るため、は意気込む。
 防衛線を守る決死の戦いの間に、エクリプスでは幾つもの運命が加速し、展開していた。
 ――ジンは遂に義光を撃破した。その途端、イノベーターたちは、今までの奮起が嘘のように投降を始めた。義光がアンドロイドであることを知り、戦うよすがを失ったのである。八神たちの訴えが本当だと知ったイノベーターたちを、八神たちはエクリプスへと避難させた。もその手伝いをする。

「……おまえは、の娘か?」
「え?」

 その時、ひとりのイノベーターがに声を掛けてきた。見慣れた白衣を着た人物だった。顔には……残念ながら見覚えが無い。負傷したイノベーター兵士へ手を貸していたは、兵士を八神へ託すと、自分を呼び止めた男の元へ駆けていく。「、気を付けろよ」という郷田の台詞に振り返り微笑んでから、改めてイノベーターの男へ向き直る。

「おまえに伝えておかなくてはならないことが、ある」
「わたくしの父と母にまつわることでしょうか?」

 男は声を詰まらせた。の指摘通りらしい。

「どんな内容でも構いませんわ。あなたがわたくしに伝えてくれようとしたこと、ちゃんと受け止めます。だから話してくださいませんか?」

 こんな状況で、と思われるかもしれないが、にとっては藁にも縋る思いだった。行方どころか安否の知れぬ両親。その手掛かりが数ミリでもあるのならば。
 白衣の男は、震えながら告げる。

「おまえの両親は、イノベーターを去った。いや、とっくの昔にイノベーターから離反していたんだったな……。だが、そういう意味じゃない。本当に二人はイノベーターを去ったんだ」
「脱出したということですの? それとも……」
「二人は我々の監視を潜り抜けた。脱出した。それは事実だ。だがそこで何者かから襲撃を受けた」
「襲撃!?」

 は混乱した。イノベーターから抜け出した両親を、一体“誰が”襲撃するというのだろう?
 男の語りようは、まるで、イノベーターでもシーカーでもない、見ず知らずの存在があることを示唆していた。
 ――何者か。
 の胸の中で、重くこだまする。

「何者かからって、そんな、一体……」
「通信がたったひとつ、入った。その内容をおまえに、いや、君に伝える」

 白衣の男は重たい口を開いた。

「――の頭脳は“ワールドセイバー”が有効活用する」

 ひときわ大きい爆発が起きて、サターンは機体ごと大きく揺らいだ。ふらつくを、男が支える。ここまでの激戦を、退院から間もない体で耐え抜いていた少女の限界だった。今でさえ錯綜する情報に翻弄されているのを、間際のLBXバトルに集中することで、誤魔化すように潜り抜けてきた。それでも、もう限界だ。
 少女の震えが手から伝わってくる。顔色も酷く悪かった。今にも泣きだしそうな様子であった。
 男はシーカーの面子にを託そうと顔を上げた。
 ……声を掛けるまでもなく、紫の髪を跳ねさせた少年が来たので、男は彼にを任せ、エクリプスへ乗り込んだ。

、大丈夫かい」

 声を聞いて初めては、自分を支えてくれているのがいつの間にか仙道になっていることに気付いた。仙道くん、と口を動かすも、声を絞り出す力が無い。立っているのがやっとだった。眉をひそめた彼が差し出した飴玉を口にして、ようやく、少女はぽろぽろと涙を溢した。

「……みんな、戻ってきましたのね。バンくんとレックスさんはまだですの?」
「ああ。俺たちは一足先にエクリプスへ戻ってろって八神が言ってる」
「わかりました」

 涙の理由は語らない。問われない。今ではない、と互いに分かっていた。
 サターンでは更に爆発が広がっていて、その振動がエクリプスにも影響を及ぼしている。
 エクリプスに戻ると、拓也が乗組員たちに檄を飛ばしていた。

「バンたちが戻ってくるまで待機だ!」
「わかってますがね! このままじゃ、こっちも危ないですよ!」

 エクリプスの主要な操作を任されている細井が、細心の注意を払ってモニターと向かい合っている。
 その時。

『拓也! 乗ったぞ! 二人とも無事だ!』

 聞き覚えある声が通信で響く。レックスの声だった。爆発音に紛れながらも、その声は力強く、懐かしく、鼓膜を揺らした。拓也の指示で細井がハープーンを切り離す。また爆発。揺れるエクリプス。仙道に抱きかかえられながらは振動を耐えた。涙が散る。
 ……この日、この夜、涙を散らしたのはだけではなかった。
 通路を戻ってくるバンの姿に、アミたちは歓喜した。しかし。

「バン、レックスは……?」

 ――戻ってきたのは二人ではなかった。バンひとりだった。
 バンは、レックスとの激闘を語り始めた。そして、サターンの出口間際まで一緒だったことも明かした。最後の最期にレックスがバンのみをハープーンからエクリプスへと押し戻し、自分だけはサターンに残ったことを一同に伝えたのだった。
 ――バン、お前なら作れるかもな。新しい世界を……。
 レックスの最期の言葉を思い出して、バンは涙を堪えることが出来なかった。
 沈むバンの肩を叩く父。
 コックピットに、朝日が差し込んでくる。夜通し続いた戦いが終わりを迎えた。
 明日が、来た。



みんな一生懸命
光に向かって羽ばたいたはずなのに
いつのまにか……

小さなボタンの掛け違いが次第に大きなシワとなって
人の心に影を落としていった

でも 俺は信じてるよ
レックスが望んでいた世界は……きっと
あの空の向こうにあるはずだって……



 今日が、来た。
 珍しく今年の雪は積もるほど降った。窓の外を眺めてはゆっくり瞬く。
 ただでさえ広かった屋敷が更に広く感じられるようになった。
 あの激戦から数か月。両親の安否は未だ知れず。執事ヤマブキのサポートを受けたは、カンパニーの社長となった。
 昨日は新しいラボの視察へ行った。そして今日は久々のオフ、休日だ。
 CCMを開き、約束の時間を確認する。待ち合わせまではまだまだ時間がある。
 約束は以前から取り付けてある仙道とのもの。確かめるだけで少女の頬は緩んだ。

「ああ~~久々に仙道くんとお会いできますわ! はぁ~~卸したての服、気持ちいいですわ! 仙道くんに褒めてもらえたりなんかしたりして……うっふふふふ!! 想像だけでお腹いっぱい、褒められなくても全然構いません」

 社長としてカンパニーを継ぐことに、当然車内では反発があった。新社長にヤマブキを推す声が多かったがそれはヤマブキ自身が断固拒否してしまった。もヤマブキになら、と思っていたが、そう告げると盛大に叱られてしまったのである。

「あなたが、あなたの両親の思い出のある会社を手放してどうします?」

 その時、は改めてこの会社が自分の支えの一つであると痛感した。行方不明の両親がいつか戻ってくるときの場所を守らねばと、強く決意した。そして心配をかけ通しだった両親に、少しでも成長した自分の姿を見せるのだと。
 この会社と成長した娘の姿をしるべに戻ってきた二人へ、彼女はこう言ってみせるつもりなのだ。

「全くもう、ふたりとも、私とっても心配しましたのよ! ってね」
「そりゃおまえにゃ出来そうもないね」

 仙道にばっさり切り捨てられ、はがくっと肩を落とした。
 ミソラシティで予定通り合流を果たした二人は、クリスマスムードの街を散歩していた。何故か男女の二人組とすれ違うことが多いのはの気のせい、もしくは気にしすぎなのだろうか。
 今日は仙道の妹・キヨカへのクリスマスプレゼントを二人で選びに来た。は当初、自分からは個別にキヨカへプレゼントをと申し出たのだが、そうなるとキヨカが気を遣うからと仙道に諭され自粛を決めた。そして、二人からひとつのプレゼントを贈ることで決まったのである。

「キヨカちゃんの好きなものは何かしら? タロット? 新しいLBXのパーツ? お洋服? ジョーカー? ナイトメア? お兄ちゃん?」
「もうちょっとマシな選択肢を出せよ……」
「あら、私かなりマジメでしたのに」

 社長になってからのは、どこか大人の余裕をたたえていた。仙道は口にしないが、それが何となく悔しかった。近くになったものがまた遠くに行ってしまったような思いがして寂しくなった。当然気のせいだし、仙道がどれだけ疎遠に感じてもは仙道にべったりなのだが。
 ちょっとやそっと仙道がからかっても、以前のように真っ赤になって卒倒したりしない。あたふたと走り回って転んだりしない。どこか遠くに意識を飛ばしたようなへにゃへにゃ顔をしない。耐性がついた、とでも言うべきか。今も自然と繋いだ手をきゅっと握り返してきて、逆に驚いた仙道が、ふふっとに笑われるさまだ。

「仙道くんと手を繋ぐの、好きです~」
「……そうかい」
「仙道くんは私と手を繋ぐの、好きですか?」
「……嫌なら掴みやしないよ」
「そうですか~、それは光栄ですわぁ」

 ふにゃっとが笑う。しかし、以前より少し大人へ進んだ顔で。
 大人へ進んだは、仙道の知らない間に色々なことを進めていた。
 まずは社長への就任。これは親が行方知れずになったのだから、子が継ぐのは当然と言えば当然だ。
 次に縮小していたLBX開発部の再開、展開。たまに社長権限で試作機を堂々持ち出してくる。
 そして……婚約の破棄。

「うーん、キヨカちゃんは髪が長いから髪飾りも良いかも」

 仙道に婚約を破棄したことを打ち明けた時も、のんびり呑気なこの調子だった。
「私、婚約無かったことになりましたの。会社がドタバタしてますしお互いイノベーターのせいで結ばされたものだったし、イノベーターが無くなったらどーにでもなりますよねぇ。お相手もホッとなさってましたわ」……と。
 ちなみに打ち明けられたのはついさっきなので、実は内心動揺が収まらない仙道だった。
 くいくいっと手を引かれて、仙道はを見る。は近くの雑貨屋を指さしていた。

「いつもとラインナップが変わっているご様子。キヨカちゃんにふさわしい装飾品が見つかるかもしれません」
「じゃあ覗いてみるか」

 二人は手を繋いだまま店内へ入った。オルゴール調にアレンジされたクリスマスソングをBGMに、きらびやかな店内は淡いライトで照らされている。は少しだけ目を細めた。

「ちょっとサターン思い出しちゃいました」

 ぽつりと呟くや否や、は仙道の手をすり抜けていった。
 行き場を失った手を知られないように引っ込めて、仙道もまた目を細める。
 ……サターンで、イノベーターの男から、彼女は自身の両親が攫われたことを知った。エクリプス内で、レックスの死という衝撃を受けて、更に彼女の心は傷ついた。打ちのめされたはその後しばらく食事も摂れずに自室に籠っていた。困り果てたヤマブキが仙道に連絡してきたときは、すっかり萎れた花のようにの輝きは失われていた。
 もっと早く連絡を寄越せとヤマブキを怒鳴りながら、それまでそっとしておくことを選択した自身にも憤り、仙道は全力で彼女へ寄り添ってくれた。
 その日のことを、は思い出していた――……。

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