帝都ザーフィアスの街中に、珍しくは一人でいた。両手で小さな袋を抱えて、不安そうな、恥ずかしそうな様子で俯き気味に歩を進めていく。ちらちらと袋を確認しては頬を緩め、かと思えば泣きそうなまでに眉尻を下げる。
そんなやや不審な彼女の姿に、同じように街を散策していた仲間――エステルとリタが気付いた。
「、どうしたんでしょう」
「さあ。何か変な人にしか見えないけど」
はそのまま下町の方へと下りていく。「気になります」呟きながら、エステルがを追いかけ始めた。
リタも慌ててエステルに続いた。
建物の影に隠れながら、エステルはのことを窺っている。
「……宿屋へ行ったみたいです」
「買い物済んだから戻ったんじゃないの」
「それにしては、の顔、きらきらでした」
更に後を追った二人が、宿屋へ入ると、すぐにがいた。ユーリも一緒である。ただ、の様子がいつもと違う。別人のように表情が明るかった。
「ありがとうユーリ!」
「判ったから、落ち着けって、近いって」
「やったぁぁあ……!」
普段の物静かさは何処へやら、満面の笑みでユーリの手をとり叫ぶ。
対するユーリはやれやれと言いたげに苦笑している。ユーリの言葉通り、二人の距離は大層近い。
二人のそばのテーブルには、が大事そうに抱えていた袋が置かれていた。
全く状況が掴めない。リタは盛大に溜め息を吐いた。
「何事よ、あんたら」
「デート、していいって言ってくれたの! 許可をくれたの!」
「デートです!?」
の言葉にエステルが目を見開く。両手で口元を覆い、とユーリを交互に見ながら「そうだったんです!?」などと、何やら早合点したままで発言しだした。
いつの間に、などと喋りたてるエステルに、に手をとられたままのユーリが静かに返す。
「ラピードとデートしたいって言うから、したら良いだろってな」
「なんだ、ラピードです……?」
「なんだって何だよ……」
あからさまにエステルは勢いを無くした。そしてユーリは何か不機嫌そうにぼやいた。
呆れたリタの眼差しを受けてなお、舞い上がるだけが晴れやかな顔をしていた。「じゃあ早速ラピードさん誘って行く!」ひとしきり舞い上がったのち、彼女は嬉々として宿屋の二階で休むラピードの元に向かった。
確かにはラピードに惚れているのだろう。宿屋に来るまでの不思議な一喜一憂ぶりも、きっと全てラピードとのデートを考えるあまりのことだったのだ。この現状で彼らは再確認していた。
しかし――。
「犬とデートってどうすんのよ」
リタの呟きは尤もであった。
が大事に抱えてきた袋の中身は、ユーリにデート交渉するためのお菓子だったらしい。ユーリは遠慮なくそれを受け取り、のんびり食していた。
その間にデートの支度を済ませたが、ラピードと共にやって来た。
「じゃあユーリ、行ってきます!」
「ワンッ!」
「おー、気を付けてな」
律儀に挨拶をしにくるところも彼女らしい。
そして宿屋を出ていくたちを、ユーリが見送った後のことだった。
「行きましたね」
「目の前で出ていったじゃない」
「行ったわね」
エステルとリタが呟くなか、何処からともなくジュディスが現れた。更にジュディスの後ろから、カロルとレイヴンまで出てくる。
「本当に、ラピードとデートに行ったんだね」
「おっさん、犬に負けたなんて認めたくない」
仲間たちの妙な様子から、ユーリはすぐに察した。
こいつら後つけるつもりだな。
エステルは兎も角、ジュディスの目付きの真剣さは何だろう。リタは呆れを通り越して悟りに近い表情だ。カロルは子供の好奇心満載で、レイヴンは衝撃のあまり若干魂が抜けたような顔をしていた。
「おまえらな、間違ってもあいつらの邪魔とかすんなよ」
「保証しかねるわね」
「何でジュディがいの一番自信満々に答えるんだよ」
一番厄介な人間がやる気になっている。ユーリは不安になった。
――話すことが不得手なが、更に不得手なデートをしたいとユーリの元に来たときの事が蘇る。
期待と不安がない交ぜになった乙女の健気さに、ユーリは「何でラピードとのデートの許可をオレに求めるんだ」という言葉を引っ込めた。代わりに、もっとソフトで彼女に優しい言葉を必死に出した。
「ラピードなら、喜んでお前と散歩なり買い物なりすると思うぜ。安心して誘ってこい」
そう返した途端の満開の笑顔。が珍しく感情を露に舞い上がる姿を見て、まるで兄のような心境でユーリは思ったのだ。
目一杯デート楽しんでこいよ、と。
だがそのデートに、水を差しかねない奴がいる。しかも複数。それを知ったユーリの内の――彼自身は自覚が無いかもしれないが――面倒見のよさに火がつけた。
リタとパティ以外の仲間たちは既に宿屋を出ている。リタは興味がないらしい。ちなみにパティは宿屋につくなり台所へ向かった。「腕によりをかけたうちの愛妻料理をユーリに振る舞うのじゃ」とやる気満々だった。
二人はこのままで大丈夫だろう。それを確かめ、食べ終わった菓子の袋をゴミ箱に捨てると、ユーリは席を立った。
「頑張って申し込んだデートなんだ、邪魔されたら可哀想だよな」
そう自分に言い聞かせながら、ユーリはデート尾行隊の後を追った。
◆◆◆
今だかつてないほどには舞い上がっていた。世界が薔薇色に見える、とはまさしくこのことなのだと実感していた。
何度も訪問したことがあるはずのザーフィアスの街並みが新鮮かつ美しさを増しているようで、すれ違う人々の視線が気になるどころか、みんなも幸せそうでいいことだ、なんて思ってしまえる。
理由はもちろん、隣を歩くラピードの存在であった。
人生において初めての恋、初めてのデート。愛しい存在とふたりきりの時間。すべてを噛み締めれば噛み締めるほど、はたまらなく嬉しかった。
「いつ来ても素敵な街ですねぇ、ラピードさんっ」
「ワンッ」
の笑顔にラピードは同調するように一鳴きした。するとの笑みは更に深くなり、歩みも軽やかさを増していく。
そんなに当たり障りのない対応をしつつ、ラピードは寄り添い続けた。しかしラピードはほど無警戒に散歩を楽しんではいなかった。
自分達の後をつけてくる人間の存在に気付いていたからである。
幸いにもそれが自分達にとっては敵ではないことも気付いていた。だからこそラピードは、尾行者の存在をには告げず、いつになく幸せそうな彼女の気持ちに水を差さないようにと勤めていた。しかし、気になるものは気になるのである。
には知られないように、ラピードはそっと後ろを振り返った。
見覚えのある面子たちがハッとしたようにラピードを見、慌てて物陰へと引っ込んだ。
ばれていないつもりだったらしい彼らにひっそりと嘆息してから、ラピードは視線を前に戻したのであった。
「ねえ、やっぱりバレてない?」
――物陰に隠れたまま、カロルはそう言って、エステル、ジュディス、レイヴンを見た。
「もしかしたらラピード、にボクらのこと言っちゃうんじゃない?」
「大丈夫よ。あんなに楽しそうなに水を差すような真似、ラピードならしないわ」
「それ、後つけてるボクらが言えたことじゃないよね?」
けろりとした顔で言ってのけるジュディスにカロルが指摘するも、聞き流されてしまう。
その間も果敢にとラピードの様子を窺っていたエステルも、「早く追いかけないと見えなくなっちゃいます」と、やはり尾行を止める様子がない。
好奇心でついてきてしまったカロルは、今更ながら思っていた。とラピードの邪魔をしてはいけないのではないか、と――。
しかし自分以外の仲間たちは躍起になっており、何をどう言ってもしばらく落ち着く様子がない。
「お父さんは認めないわよ……」
「いつのお父さんになったの、レイヴン」
すっかり過保護な父親のような心情のレイヴンに、カロルがぼやく。
その間にエステルとジュディスが動き出していた。「ボクらも行こう」そう言ってカロルはレイヴンを急かし、共にエステルたちの後を追いかけたのであった。
……そんな自分達のことをユーリが追ってきているとは、知る由も無かった。
「今のところは大丈夫そうだな。ラピードもあいつらに気付いてるし」
ひとまず安心か、とユーリは息を吐いた。
このまま宿屋に引き返そうかとも考えたが、念のため、もう少し見守ることにしてまた歩き出す。
エステルやカロルはともかく、レイヴンやジュディスもユーリの存在に気づいていない。普段は要らないぐらいに警戒心のある二人が、それだけたちに集中していることを考えると少し笑えた。
警戒心がないと言えばもそうだ。人見知りで人一倍怯える彼女が、ラピードとのデートというだけで警戒心を投げ捨て、心の底からラピードとの時を楽しむことだけに必死で、夢中になっている。
あんなに屈託ないの笑顔を見たのは初めてだ。その笑顔を引き出すラピードの人徳ならぬ犬徳に、ユーリは感心していた。
さすがオレの相棒、ただもんじゃねえ。
「も普段からあの調子で笑ってくれりゃあいんだけどな」
ラピードが引き出したの明るさを、自身が気負うことなく表せるようになることをユーリは願った。
◆◆◆
ラピードは、「ラピードさんにとびきりの手料理を振る舞いたい」というの言葉により、彼女の買い物に付き合っていた。
旅を始めた頃は“とにかく火を通しておけば平気”というようなシンプルかつワイルドな腕前であったの料理も、日々の料理当番を務めるうちに向上していった。今では仲間たちの好みも把握し、気を配れるほどである。なかでもお菓子作りに精を出す彼女の姿は楽しそうだった。
「本を見てね、いろいろ勉強したんです。ラピードさんでも食べられるお菓子! 今日はフルコースですよフルコース! ラピードさんのためにお肉も奮発してガッツリ行きますよ!」
財布を片手には満面の笑みを浮かべた。「食べたいものじゃんじゃんいってくださいね!」の申し出に、ラピードはこう答える。
「ワンワンッ!」
どんな料理でもが心を込めて作ってくれるだけで十分だ。の料理の腕前はどんどんよくなってきているし、自分のことを想ってくれているが作ってくれた料理ならばどんなものだって嬉しいし美味しい。あえて何かリクエストするとしたら、がっつりと肉を食べたい、ぐらいだろうか。
そんなラピードの返答に、は顔を真っ赤にした。嬉しいのか恥ずかしいのか、何かひとりでもごもごと呟きながらそれらをやり過ごし、落ち着いてからようやく頷く。
「ラピードさんってどうしてそんなに優しくてかっこいいんですか……もう」
すっかりふやけたの顔を見て、ラピードも和んだように目を細めていた。
そして、そんな二人を物陰から見守るエステル、ジュディス、カロル、レイヴンの様子はというと……。
「とラピード、もしかしてお似合いです?」
「いやでも、ラピード犬だし……」
エステルの呟きに素早くカロルが返すと、ですよね、とエステルは頷いた。しかしその眼差しには、の恋路を応援しようという輝きが満ちている。年頃の少女らしく、恋愛事に対する興味は大いにある様子だ。
できればカロルも素直に応援したいところではあるが、やはり人と犬、越えられない種族の壁がある。
「クリティアと人なら大丈夫よね」
「と、唐突だねジュディス」
沈黙を破るようにジュディスはそう呟いた。普段は色っぽい赤色の瞳が、今はまるで獲物を狙っているかのようなぎらりとした鋭い光を放っている。戦っているときは別のその鋭さに、カロルは戸惑った。
対してレイヴンは、意味ありげなジュディスの言葉に身を乗り出す。
「まさかジュディスちゃん、傷心の俺様を癒そうとしてくれてる!? おっさん大歓迎よ? ジュディスちゃんとならおっさん、きっとこの傷を癒せる!」
「それは私から丁重にお断りしておくわ」
舞い上がった途端に撃沈されたレイヴンを不憫に思いつつも、かける言葉が見当たらないカロル。ただ哀れむような眼差しを向けることしか出来なかった。
そうこうしているうちにとラピードの買い物は終わり、店から離れていく。
「ね、ねえ。そろそろ追いかけるの止めない?」
勇気を振り絞りカロルがそう提案すると、エステル、ジュディス、レイヴンは揃って振り向いた。
「何言ってるんですカロル! 二人の愛を見届けるのも仲間のつとめです!」
「いざとなったら、色々止めなくちゃいけないもの。ここで帰れないわ」
「おっさんはね、ちゃんにはおっさんのような紳士と添い遂げて貰いたいのよ!」
三人が全くもって聞く耳持たずであることを思い知ったカロルは、それ以上何も言えなくなってしまった……。
そして、そんなカロルたちを物陰から見つめるユーリもまた、無言で額を押さえていたのであった。
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