それなりの量が詰まった紙袋を抱え、意気揚々とは歩き続ける。並ぶラピードは、彼女が歩きにくいのではと心配だった。の笑顔と軽快な足取りを見る限り、大丈夫そうではある。
ラピードからすると、仕方ないとはいえ自分が手ぶらで歩き、女性に荷物を持たせた状態というのは忍びなかった。も、自分たちの後を追ってくる仲間たちも、誰一人気にしていないだろう。それでもラピードは気になった。
だが、安定性に欠ける買い物袋を自分の背に乗せるのは不安がある……。
考え込むラピードの鼻が、とある匂いを捉えた。慣れ親しんだ匂いだ。ぴんと立てた耳は聞き覚えある足音を拾う。
それが誰なのか、ラピードはすぐに判った。
「こんにちは。ラピード、」
帝国の騎士でありユーリの親友、フレンである。
「ワンッ!」
「こんにちは、フレン」
フレンが声を掛けると、ラピードは一鳴きした。もラピードに続くように笑って返す。
「もしかして見回り中? こっち、下町の方角だし」
「ああ、下町の皆の様子が気になってね。何か変わったことが無いか訊きにいくところなんだ」
そうフレンは答えながら、の抱える買い物袋に視線を落とした。溢れんばかりに食材の詰まったそれを眺めながら、彼は続ける。
「随分買い込んだみたいだね、。それに二人だけだなんて珍しいけれど……」
「ワンワンッ!」
「へえ、デートか! ラピードも隅に置けないな」
悪戯っぽく笑うフレンとラピードのやり取りに、は恥ずかしそうに頬を染めていた。
ラピードと他愛ない会話を楽しんだのち、「そうだ」とフレンがを見る。
「もし良かったら、その荷物、僕が宿屋に届けておこうか?」
「えっ、良いの?」
「だってその荷物じゃデートも大変だろう? 下町に行くし、ついでにね」
「あ、ありがとう! お言葉に甘えさせてもらいます」
「ワウッ!」
は嬉しそうに頷いた。「お願いします」とフレンに荷物を預け、また丁寧に頭を下げる。ラピードもホッとしたように吠え、フレンに感謝の意を伝えた。
気にしなくて良いよ、と笑うフレンに見送られながら、再び二人きりの散歩へと赴いた。
フレンも彼らの姿が見えなくなると、下町に向けて歩き始めた。それはちょうど、たちを追うエステルらが隠れている方向でもあった。もちろんフレンは、エステルたちがデートを尾行していることなど知らない。
慌ててエステルたちは物陰へ身を引っ込める。
息を潜め、静かにフレンが過ぎるのを待つ一行。
預かった紙袋を大事に抱えながら歩いていくフレン。
……フレンは、エステルたちに気づくことなく下町へと向かっていった。
「緊張しました……」
「間一髪だったわね」
胸を撫で下ろすエステルに、ジュディスが頷く。
もう後をつけるのを止めたいカロルは、何処と無くぐったりした様子である。呆けた顔で、少年はぼやいた。
「今更だけど、ボクらって隠れる必要あったの?」
「デートを見張ってるなんて知られない方が良いでしょ」
レイヴンの言う通りではある。フレンがもしこの事を知れば、きっと自分達を止めるだろう。
ここまで来るとバレないまま二人のデートを見守り通すしかない。
静かに項垂れるカロルは、また歩き出した三人の後に遅れて続く。
とラピードは会話――と言っても良いのか判らないが、他に適切な表現が思い当たらない――を楽しみながら、街の外を目指して歩いていた。
「このままだと、ふたりとも街を出てしまうわね」
「まあ、帝都周りの魔物は強くないし、ちゃんとワンコなら余裕だろうけど……何しにいくつもりかね」
いち早くジュディスが言い、それを受けてレイヴンが考え込む。
確かに何をするつもりだろう。
同じ疑問を、エステルたちを追うユーリも考えていた。
「人に見られたくないことでもあんのか? ……見られたくない……。まさか!」
一体何に思い当たったのか、ユーリは目を見開いた。が、すぐに「無い無い」と首を振る。
「オレの考えすぎだよな……。おっさんじゃあるまいし」
自分で自分に呆れたような乾いた笑みを浮かべながら、一人そう雫す。
その頃、お節介な仲間たちはとっくに、とラピードを追って帝都を出ていたのだった。
◆◆◆
とラピードは、帝都から少し離れた丘にやって来ていた。その頂上にはのびのびと育った大きな木があり、ふたりを見下ろしている。
「バウッ」
この丘を、振り返らずに前だけ向いて登るように。ラピードはそうに言った。
はラピードの言葉を不審がることなく、素直に従う。こくりと小さく頷き、足を動かし始めた。
黙々と丘を登っていくふたり。見た目よりも距離がある。
……ようやっと木の真下に辿り着いた。ふう、と息を吐き、は、目の前にある木の幹に手を伸ばした。丘を登る前から大きいとは思っていたが、触れることでその大きさを改めて実感する。
「おっきいですね、この木」
「ワンッ」
この丘に行こうと提案したのはラピードであった。
最後にへどうしても見せたいものがある――。そんなラピードの誘いに、もちろんは二つ返事で答えた。
何ら変哲の無い場所に見えるが、どうして彼はここを選んだのだろう。
が不思議がっていると、察したようにラピードはこの丘について語り始めた。
此処はユーリと何度か来ており、いわばお気に入りの場所であること。そして、此処からでなければ見ることの出来ない最高の景色があること。それが、にどうしても見せたいものであること。
ラピードの言葉に、は感激した。
「ら、ラピードさん……!」
感極まったの声は震えている。
どことなく穏やかなラピードの眼差しと、内気な少女は、しばし見つめ合った。
「……バウッ!」
沈黙を破るようにラピードが鳴いた。くいっと頭を動かし、に同じ方向を向くように告げる。
は彼の言うままに、そちらを見て――息を呑んだ。
視界いっぱいに広がる、夕陽に染まった海。
きらきらと輝く水面の光ひとつひとつが、燃える宝石のようだった。
陽は海のみならず、山も草原も……視界に広がる全てを彩っていた。
「ラピードさんが見せたかったのって……この夕焼けだったんですね」
「ワンッ」
ラピードは彼女の言葉に頷いた。
美しい夕焼けに見惚れ、ラピードの計らいに惚れ直し、は破顔した。
どうこの感情を表現したら良いのだろう。もしかしたらこの世界にあるどの言葉でも、自分の感情を表しきれないのではないだろうか。
潤みに潤んだの瞳は、ついに堪えきれずに一滴の涙を落とした。
「私、こんなに幸せでいいのかな……」
「ワン、ワウッ」
「ありがとう……ラピードさん」
とラピードが再び見つめ合い、共に笑う。
――そんな彼らの様子を、離れた場所からエステルたちも見守っていた。念には念を入れて、風下を選んで身を隠す徹底ぶりだ。だがろくに障害物のないところなので、下手をすれば気付かれそうではある。
エステルは、ラピードの演出に感心したように頷いている。
「ラピードって結構ロマンチストなんですね」
「お礼に景色をプレゼントとか、ボク絶対出来ない……」
そんな状況を想像するだけで恥ずかしい、というような含みのカロルの呟きが続く。
ジュディスも何かに負けたような顔でたちを見ている。
「今回は完敗だわ……。ラピード」
何がどうなって負けたのかと色々疑問であったが、カロルにはわざわざジュディスに問い質す気力はない。
レイヴンに至っては言葉すら出ないようだった。呆然と成り行きをただ見つめている状態だ。
最初は犬と人間がデートだなんて……という思いに駆られていた面々も、ここまで来ると何も言えなかった。むしろ、そこらの男よりよほどラピードは気が利くのではないだろうか。それともの反応がオーバーなだけなのか。
なんにせよ、ふたりが今幸せであることは間違いない。
そんなかけがえの無い二人きりの時間を、盗み見ているこの居心地の悪さ。
「ね、帰ろうよ……みんな」
いたたまれなくなったカロルが思わずそう雫した。
「え? もう帰っちゃうんです?」とエステルはまだふたりが気になるようだ。
ジュディスとレイヴンも微妙な表情をしている。
渋る彼女たちにどう促せばいいのか、悩むカロル。
そこに思わぬ助け船がやってきた。
「お前ら、いい加減帰るぞ」
「ユーリ!?」
それまで黙ってエステルたちを追っていたユーリが姿を現したのである。
腰に片手を当て、呆れたような顔でエステルたちを見るユーリ。
その顔を見て、彼らは自分達も後をつけられていたことに気づいたらしかった。
普段こういうことにはいち早く気づくジュディスやレイヴンも驚いているところを見ると、相当たちに集中していたようだ。
エステルたちは揃ってユーリのいる方へ向かっていった。
彼女たちを見て、ユーリは嘆息した。
「お前らがふたりの邪魔しやしねーかとヒヤヒヤしたぜ。もう良いだろ」
「街から離れた場所で二人きりって正直危ないんでない?」
「おっさんと二人きりよか安全だって」
レイヴンの訴えを一蹴し、ユーリは改めて彼らに促す。
「ほら、先に帰るぞ。ちゃんと二人きりにさせてやんねーと」
「うん、帰ろう帰ろう!」
「仕方ないです……」
カロルの表情がようやく晴れ、エステルも渋々これ以上の観察を諦める。
ジュディスも仕方ないと言いたげに笑い、レイヴンもしょんぼりしながら歩き出した。
そんな彼らの静かなる攻防を、丘の上にいるラピードは気づいていた。
相棒が尾行隊を引っ張っていってくれたことに、胸中で感謝を告げる。
本当の意味で二人きりになった今、ようやくラピードは、純朴な少女との時間を心から楽しむことが出来るようになった……。
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