今日の宿屋は、ユーリ一行の訪問により大にぎわいであった。
まず尾行隊を連れ戻したユーリを、パティお手製みそおでん風味の様々な料理が待ち構えていた。
その後帰ってきたにより、特製の犬用フルコースがラピードへ振る舞われ、それでも余った食材は仲間たちへの料理と昇華した。更に余ったものは、その場に居合わせた人々へ配られていく。
そうして皆でテーブルを囲み、会話を弾ませながらの食事は、まるで一家団欒の風景だ。
「本当に僕もまざって良かったのだろうか……」
「が“荷物を届けてもらったお礼がしたい”って言ってましたし、わたしたちは仲間なんですから大丈夫です」
「そういうこった、気にすんな」
エステルとユーリの言葉を受け、フレンもほっとしたような笑顔で食事を始める。
その間にパティが大きなパフェをユーリへと持ってきていた。一見何ら変わりないパフェに見えたが、どんと聳えるおでん串――こんにゃく、大根、ちくわが刺してある――を見て、ユーリは青ざめた。
パティは笑顔で胸を張っている。
「改良みそイチゴおでんチョコパフェなのじゃ」
「ちょ、ちょっと待てパティ。みそとおでんが余計な気がするんだが……」
「以前のものとは違うのじゃ。との共同開発なのじゃ」
その言葉を受け、ユーリは無言でを見た。ラピードに料理を振るまい、ラピードが美味しそうに料理を平らげていく様を眺め、ふやっふやの笑顔を浮かべるその少女を。
今はデレッデレでどうしようもないが、パティと共に件のパフェを作ったときはまだ正気だったはず。以前は、エステルがヴィシソワーズを作った際、その料理の名前をわざと呼ばずにエステルをからかったユーリを叱咤したことがある。料理に対してはそのぐらい真面目なところがあるのだ。
そしてパティは、料理上手なのに時たま発想が突飛で、とんでもないものを産み出すことがある。いつかの船上でのパフェのように。
今回はがいたならば、彼女がきっと事故を未然に防いでくれたはずだ。だがしかし、おでん串の存在はかなりの事態である。
どうしてそこをなんとかしてくれなかったのだろうか……。
悩みながらもユーリは意を決した。
「パティ。なんつったっけ、これ」
「みそイチゴおでんチョコパフェ」
「……いただきます」
スプーンで一掬いしたパフェを、無我の境地で口へと放る。ユーリは相応の事態に備えて心を静かに保った。
……しかし、予想していたような衝撃はやってこない。むしろ普通……いや、かなり美味しい。
「おお、これ……。旨いな!」
「と共に改良を重ねたからの! みそ要素を減らし、おでん串はお菓子で再現、あくまでみそおでんっぽいものが詰まっただけで、頭の先から尾びれまでびっしりパフェなのじゃあ!」
自慢げなパティと、絶品デザートに、ユーリは顔を輝かせた。
「そうか、これ良いぜ、パティ! 助かった!」
「えっあっ、うん? どういたしまして!」
唐突なユーリの呼び掛けには驚いていた。が、お互いそんなに気にしなかった。ユーリはパフェ、はラピードに夢中なのである。
そんな彼らを見ながら、今日は一日本を読んでいたリタがおもむろに口を開く。
「で、どうだったのよ。ラピードとのデートは」
尾行組が僅かに肩を震わせたのに気づきながら、リタは止めない。
「ちゃんと二人きりで楽しんできたわけ?」
「うんっ、すごい楽しかったよ! フレンが荷物を届けてくれたお陰でじっくり散策しちゃった、本当に助かったよ」
「それは良かった」
名前を呼ばれ、フレンが朗らかに笑ってみせる。
それからは、今日一日ラピードとどんなところを回ったのか、のびのび自由に、楽しそうに語り始めた。
街の中を回り、会話を楽しみ、買い物をし……。一生懸命に語る様は、親に今日の出来事を聞かせる子供かのようだった。
しかし、街の外に出たことは口にしなかった。
「最後のとっておきは、ラピードさんとの秘密ですからね!」
「ワフッ」
「とっておき? まあ良いけど……。楽しめたなら何よりなんじゃない」
途中からではなく尾行組の面々を見つめながら、そうリタは答える。
あんたら邪魔はしなかったのね……と言いたげな眼差しであった。
エステルは気にしないようにしているようだが目が泳いでいる。カロルはいささかしょんぼりしていた。
ジュディスはいつもと変わらぬ微笑みをたたえている。
「本当に良かったわね、。今度は私とデートしてみる?」
「え、えっと、そうだね! 女の子同士で買い物とかしてみたいなぁ」
「ふふ、じゃあ約束よ」
「うん、楽しみだね」
然り気無くと約束をとりつけてしまうあたり、やはりジュディスは侮れない。
とラピードのデートにあれやこれやと愚痴っていたレイヴンも、すっかり酒が回りハイテンションになっている。リタの刺ある視線を気にも留めていない。
いささか空気の重いエステルとカロルを心配したのだろう、ジュディスとの会話を終えたが二人のところにやって来た。
「エステル、カロル。大丈夫?」
「えっ、だ、大丈夫ですよ、はい。なんとも全然です!」
「ボクもいつも通りだよ、元気元気!」
「そっか、なら良かった。ご飯終わったら、デザートにケーキあるからね」
「わあ、楽しみです!」
「ご飯、八分目に抑えとかなきゃ!」
エステルとカロルがようやっと笑う。それを見ても安心したようである。ゆっくりとまた、ラピードのもとへと戻っていった。
ラピードとは、既に食事を終えていた。料理がよほど気に入ったらしいラピードは、興奮ぎみにその感想をへ伝えてくる。
「ワンワンッ!」
「そうですか、良かったです! 腕によりをかけた甲斐がありました」
ラピードが珍しく褒めちぎってきたせいか、は顔を赤くした。恥ずかしさと嬉しさがまざった笑顔とふにゃふにゃぶりは、何時もの彼女とはまるで別人である。
そんなに、ラピードは小さく鳴いて伝える。
――もう少し外が暗くなったら、またあの丘に行かないか?
が目を丸めると、ラピードは続けた。
――あの丘から見える帝都もまた綺麗なのだ、と。
は勿論頷いた。
「……判りました。みんなに内緒で夜のお散歩ですね!」
「ワフッ」
ふたりは顔を見合わせて楽しげに笑う。
不意にふたりの上に影が差した。とラピードが何事かと反射的に顔を上げる、と……。
「……ちゃん」
何時のまにやら、レイヴンが仁王立っていた。片手にコップ、もう片手には酒瓶を持って、じとっとした目でふたりを見下ろしている。
どうやら会話を聞いていたらしいレイヴンは、どっかりとその場に座り込むと、口を開いた。
「夜中に男とふたりで外行くなんて、お父さん許しませんよ!」
「い、いつ私のお父さんになっちゃったんですか」
「クーン……」
「気分的にそうなのよっ!」
どうやら飲み過ぎているらしい。
がどう対応すべきか困っていると、無言でユーリとフレンが近づいてきていた。
レイヴンを挟むように並んだ青年ふたりは、コップと酒瓶を没収した。「ああっ、おれさまの酒があ~」ぼやくレイヴンの腕を掴んだ二人は、また静かに立ち上がる。
「おっさん飲み過ぎだっての」
「レイヴンさん、ここはふたりを見守りましょう」
「い、いやだ~、おっさんはまだ飲むぅ~! 若いふたりに言わなきゃならんことがいっぱいあんのよぉ!」
「はいはいそうですか大変だね」
「今日はもう飲まないほうが良いですよ……」
ユーリとフレンは肩越しにたちを顧みた。
どちらも小さな笑顔を浮かべている。
(楽しんでこいよ)
(応援してるよ)
穏やかなユーリとフレンの眼差しを受け、は「ありがとう」と呟いた――。
その後、とラピードは再びあの丘に訪れた。
街を包む結界魔導器と、星空の織り成す幻想的な夜景。
その美しさを、ふたりは身を寄せ合いながら堪能した――……。
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