アンサーの指導はとても丁寧だ。を急かすことは無いし、なかなか出来ないからといって痺れを切らすこともない。調子が悪そうならば無理に指導を続けないし、もう一度丁寧に内容を反芻してくれる。そのおかげでは諦めずに法力の勉強を続けることができていた。
 しかし、今回ばかりはアンサーの熱の入りようが違う。
 遂には法力通話を覚えるための練習を始めたのである。

「通話が出来れば便利も便利。離れた距離で何かがあっても通話が出来れば助かります」
「うん。迷子になっても平気だね」
「まず迷子にならないでほしいのですが……まあそれはそれとして、やってみましょう」

 法力通話の形成。維持。そして実践もとい通話。は繰り返しくりかえし、法力を用いた。法力のほの字も知らなかったころに比べたら格段な進歩だ。だが、あと一歩、法力での通話に至らない。は額に汗が滲むまで何度も法力通話を試みる。そして……。

「ね、ねえ、これって出来てる?」
「ええ、ええ! 恐らく!」
「や、やった……」

 練習を始めてからおよそ一週間。は法力通話を会得するまでに至った。かなりの時間と労力を要したが、これでようやくとも遠距離でのコミュニケーションが可能になったのである。
 試しにアンサーがダイヤルしてみると、は嬉しそうに応答した。

「はい、です~!」
「アンサーです。無事に繋がりましたね」
「うん!」

 両手で大事そうに通話を維持するを見て、アンサーはつい笑った。
 目の前にいるのに通話するというのも不思議な感覚だったが、まだ慣れないはそんなことを気にしている様子はない。
 通話を一旦切ると、アンサーはに提案した。

「試しにお頭にかけてみますか。アイツが出るかどうか分かりませんけど」
「かけてみる通話してみる~!」

 アンサーに教えられながら、はチップの法力通話へとかけてみた。チップはあまり法力通話を使わないと聞いていたので正直出ないだろうと思っていた。しかし、奇跡的に繋がる。

『おう、か?』

 しかも繋がった瞬間、名乗りもしていないのにを名指しして。

「なんでわかったの!?」
『最近通話の練習してただろ。出来るようになったら俺にもかけてくるんじゃねえかと思ってた』
「すごいのね……」

 またもや勘を働かせるチップには感心しきりだ。
 そんなの横で、アンサーが舌打ちまじりに呟いている。

「普段からこのぐらいの調子で出やがれって思いますね」
『アンサー、聞こえてんぞ』
「聞こえるように言いましたから」

 けらけらと笑うチップの声が通話の向こうから聞こえてきて、は一緒に笑った。
 アンサーは「まったく……」と溜息を吐いている。
 それからはしばらくチップとの通話を楽しんだ。どこにいるのか分からないが、チップもチップでのんびり通話が出来るような場所に今はいるようである。国で変わったことは無いか、困っていることは無いか、そんな質問のあとに、彼は「暗くなる前には帰る」と言って、通話を切った。
 は大層満足げだ。

「ありがとうね、アンサー」
「はい?」

 面と向かって感謝を伝えられ、アンサーは気の抜けた返事をする。どうしたのだろうと思っていると、が続けた。

「覚えが悪い私に、根気強く教えてくれたでしょう。本当にありがとう」
「……いいえ。頑張ったのはですよ」
「ううん。教えてくれる人がいなかったら頑張りようもなかったもの」

 の控えめなしおらしい態度に、アンサーはどきりとした。いつもの活発な姿とは印象が変わって見える。よほど今回、はプレッシャーを感じていたのだと見える。一週間粘りに粘っているあいだ、いつ自分は法力通話を行えるようになるのか、不安に駆られていたのだろう。アンサーがつきっきりで教えている間、努力の実らない自分に苛立ったり悩んだりもしたのだろう。
 の手は、安堵からか少し震えていた。

「本当に、諦めずに教えてくれてありがとう」

 ……震えるの手を、アンサーはぎゅっと握った。

「諦めなかったのも、ですよ」
「……そうかな」
「そうですよ。が諦めていたら私だって教えてません」

 たかだが法力通話かもしれない。しかし、一から法力を学び始めて日の浅いにとってはハードルが高かっただろう。この世界の誰もが当然のように学ぶ法力についての記憶が一切なかった彼女が、新たに身に着け始めた知識。覚えることを基本的に楽しむの性格があったからこそここまで続いた。
 小さなの手を握りながら、アンサーは微笑んだ。

「頑張りましたね、

 改めて、彼女の努力を賛美しながら。
 は大きな瞳を潤ませて、うん、うん、と頷いた。

「本当はね、ずっと出来ないかもって不安だったの……。せっかく教えてもらってるのにね、なかなか上手くいかないから……」
「ええ、何となくの焦りは伝わっていました」
「そっか……。でも焦ったら更に上手くいかないと思って、でもでもやっぱり動揺して……本当に難しかった」
「まだ法力を学び始めて数か月で、よくやりましたよ」

 法力の存在も知らない状態からここまで来れたのは頑張っている方だろう。
 素直にアンサーが感想を述べると、はますます瞳を潤ませ、ついにはひとしずくの涙を落とした。
 まさか泣いてしまうとは思わず、手をぎゅっと握りしめてしまうアンサー。

「うう……。本当に良かったぁ……。アンサーが教えてくれた時間、無駄にしちゃうんじゃって……。良かったぁ」

 の方は、手を握り締められていることをさほど気にしていないようだ。

「アンサーに手握ってもらってたら、何か安心して涙腺が……」

 アンサーは何だか照れくさくなった。そして手を離すタイミングを完全に見失った。がこの状態で安心しているのならば、落ち着くまでこうしていた方が良い気がした。
 でアンサーの手をきゅっと弱々しくながら握り返してくる。親の手にすがる幼子のようだ。

……」

 そろそろ落ち着きましたか、と尋ねようとした瞬間、一陣の風が舞った。

「何してんだお前ら」

 チップが帰って来た。
 アンサーは恥ずかしくなって慌てての手を離す。
 は離された手で、静かにしたたる涙を拭い始める。それを見たチップは、待て待て、との手を掴んだ。

、擦んな。腫れるだろ」

 ほら、とチップがハンカチを取り出してへ渡す。彼女は素直に受け取り、涙を拭きとる。
 アンサーはと言うと、チップがハンカチを取り出したのを見て目を剥いていた。彼がハンカチなんて、そんなものを持っているようには見えない。というか持っていなかったはずだ。どういう心変わりだろう。
 凝視するアンサーの視線に気づいて、チップは言った。

「んだよ。俺がハンカチ持ってちゃ悪いか」
「いえ、意外だったので……」
「最近が泣き虫だって気づいたからな、持たせてやろうと思って買ってきたんだ」

 よく見ればハンカチは可愛らしい花柄をしている。確かにこれは女性ものだ。の年齢を考えると可愛らしすぎるかもしれないが、外見を考えればぴったりだろう。アンサーは納得した。そして自分ならハンカチを持っていることを今更思い出した。が泣き出したときに渡すべきだった、と少しばかり後悔する。
 二人の話を聞いていたが、ハンカチを両手で大切そうに握りながら尋ねる。

「チップ。これもらっていいの?」
「お前に買ってきたんだから貰ってもらわなきゃ困るだろ」
「そっか、うん、ありがと!」

 泣き止んだらしいは、ハンカチをそっと服のポケットへとしまった。満面の笑みを咲かせるあたり、相当嬉しかったらしい。
 その笑みを見てチップとアンサーも笑った。

「何だかの笑顔を見るとこっちまで笑顔になりますね」
「おお? そうか?」
「そうか? って、お頭もすっかりニコニコじゃあないですか」
「そういやそうだな」

 けらけら笑いながらチップは言った。

「なんかな、が笑うと釣られちまうんだよなァ」

「わかります」アンサーが眼鏡を上げながら頷いた。
 チップは続ける。

「まるで子どもが出来たような気分っつうか……」

 恥ずかしそうに二人の話を聞いていただったが、チップの「子ども」発言に眉を上げる。

「子どもはそっちでしょー! の方が年上なんですから。子どもどころか孫のようなものなんだからね! 孫からプレゼント貰ったら、そりゃあ、おばあちゃん嬉しくて笑いもするでしょうよ。物覚えの悪いおばあちゃんを見捨てずに孫が根気強く教えてくれたら感動もするでしょうよ。そういうことだもん!」

 ……どうしてもは自分の方が年上であることに強いこだわりを持っているらしい。その割に言動が伴っていないのだが。
 チップとアンサーは顔を見合わせて、互いに肩を竦める。

「そりゃあ悪かったな、おばあちゃん。肩でも揉むか?」
「若い者にはまだまだ負けないよ!」
「いやだって実際、あなた若いでしょう……」
「年上! です!」
「ああハイ、ハイ……。すみませんでした」

 の意地というか気迫というか、それは思いのこもった主張を聞いてアンサーが静かに謝る。
 すっかりいつもの調子に戻ったの頭をぽんぽんと叩き、チップは笑う。

「若いって言われて怒る奴、初めて見たわ」
「若いの意味や定義によりますぅ~」

 その割に自分の頭を撫で続けるチップの手を、は退けようとしなかった。

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