チップは、を色んな場所へ連れて行った。
 その中で特に反応が良かったのが、ジャパニーズコロニーだった。
 大抵何処に連れて行ってもの反応は面白かったのだが、コロニーに行った時だけは違ったのである。

「何だか懐かしい」

 そう、言ったのだ。
 もしかしたら数百年生きているというのはの勘違いで、コロニーにを知る人物がいるかもしれない。ということも考えた。チップはを連れてコロニー中の市民に聞けるだけ聞いて回ったが、誰もを知る人物はいない。聞いているうちにの顔色が暗くなっていったこともあって、聞き込みはそれきりで終わった。
 しかしコロニー自体をは気に入ったようで、以来、チップは何かとジャパニーズコロニーへを連れて行った。
 コロニーはジャパニーズを法律の下に保護している地域である。ジャパニーズであろうにとって居心地が良いのは当然だった。しかしジャパニーズは保護の有無に関わらず、コロニー以外での生活を禁じられている。
 ――本来ならばはコロニーにいるべきなのかもしれない。
 アンサーがいつだったかそう零したときに、は顔をしかめた。

「コロニーに住む? チップとアンサーたちから離れなくちゃならないの? いやだよ」

 コロニーに入ったら二度と出られない、と聞いていたは、「この国を離れたくない」と言った。

「私はそう思ってるだけで、本当はジャパニーズじゃないかもしれないし。ここにいて良いでしょ?」

 追い出されるとでも思ったのか必死なに、アンサーは苦笑した。

「いつまでもいて良いんですよ」

 それを聞いてはほっとしたように胸を撫で下ろす。は本当に追い出されるのではないかと思っていたのだ。自分は大して強くもなく、役にも立たない。忍術の覚えも悪い。なにかとチップやアンサーの足を引っ張ってしまう。いつ「もう面倒を見切れない」と言われても可笑しくない、そう感じていた。

「お頭だって同じことを言いますよ、必ずね」

 だからアンサーの答えは、を大いに安堵させた。
『プレジデント』テントに掲げられている『一日一膳』の文字を見つめながら、は、そろそろ昼食の時間だと思い至る。今日も今日とてチップは何処かへ行っていていない。戻って来るという話も聞いていない。法力通話を試してみたが電源が切ってあるのか、通じなかった。

「お昼てきとうに作るね」
「ああ、お願いします」

 軽い昼食を済ませた後、二人はチップが触れずに残していった事務仕事の片付けに追われた。
 その際、はコロニーについての書類があったことに気づく。こんな小国(未承認)でもやはりコロニーは気になるところなのだろうか。ちらちらとが気にしているのを見て、アンサーはコロニーに関する書類をまとめてに渡してきた。

「もう粗方片付きましたし、気になるならどうぞ」
「ありがとう!」

 は座って書類を読み始めた。その表情がどんどん曇っていくのをアンサーは見逃さなかった。

「……どうかしましたか?」
「え? ああ、うん……」

 アンサーが尋ねると、は寂しそうに微笑んだ。

「本当に日本ってなくなっちゃったんだなあ……って……」

 2074年、およそ100年以上前に日本列島は消滅している。にとっては故郷の島は今はもう無くなっているのだ。
 だが……ここでは奇妙なことを口にする。

「でもおかしいなあ、私、その頃は日本にいた気がするんだよなあ」
「え……?」
「多分、私の記憶違いなんだろうなぁ……。ぼんやりしてるもの」

 もし日本にいたら死んでるはずだものね、とは笑う。
 しかし、アンサーは、の言葉が妙に引っかかり、笑い返せずにいたのだった。
 ……チップが戻り、が寝静まった頃。アンサーは今日のの様子をチップに伝えていた。

「……ということがあったんですよ。は少しずつ記憶が戻ってきているのかもしれません」
「そりゃあ良いことじゃねえか。……けど、ちょっと気になるな」
「でしょう? 何がというか、こう、何となく……」

 アンサーが上手く言葉にできず言い淀むと、チップはこんなことを言い出した。

「もしかするとは、違う世界から来たのかもしれねぇな」

 あまりにも突拍子もないことを言うので、アンサーは目を丸めた。
 ――違う世界って、何だ? お頭は何を言っている?
 しかしチップは真面目な顔で腕組みし、ぶつぶつと呟き始める。

「違う世界にいたから、法力を知らなかった。違う世界にいたから、日本の壊滅を知らなかった。違う世界にいたから、記憶が混濁していた……」
「お頭、SF小説でも読み込んだんですか?」
「有り得ねえ話じゃねえと思うぜ」

 肩を竦めながらチップは言った。

「この世界、何が起きたって不思議じゃねえんだからな」
「だからと言って別世界の存在だなんて、信じられるわけないでしょう。そんな場所があるってことも、そんな場所から誰かが来るってことも!」

 のことを思い出しながらアンサーは言う。どこにでもいるような平凡な少女。確かに怪我はすぐに治るし、自己申告のみで確認は取れていないが長命者であるし、やたら変なものを作り出す……。それでもはそれ以外普通の人間だ。忍術も未だに上手く扱えないし、出来ることは書類仕事と料理その他家事だけ。
 アンサーの訴えに、チップは冷静に答える。

「そんなこと言ったって、異世界は確かにあるぜ」
「お頭が言うと冗談に聞こえねえんですよ……」
「大真面目だからな」

 それ以上アンサーは聞く気になれなくて、「……先に休みます」とテントを後にした。
 チップはその後もずっと、と異世界の関係について考えていた。
 異世界は飛躍しすぎたかもしれないが、時空を越えたとなればどうだろう? そうすればが結果として長命者になっている理由にもなる。だがには長い時を生きてきた実感のようなものが少なからず存在しているようでもある。
 一体は何者なのだろう? 何処からやって来たのだろう?
 今更ながら気になって、しかし、考えるのを止めた。今更だからだ。今更がどういう存在であっても、東チップ王国の住民であることに変わりはない。何があろうと、これからも。

「明日は久々にをコロニーに連れてってやるか!」

 そう決めて、チップも早めに就寝した。
 翌朝。が朝食を準備している最中にチップは彼女の元を訪れ、コロニーに行くことを提案した。は大いに喜んだ。

「梅喧に会いたいの! 新しい漬物持って行きたいの!」

 そう言っては、大切そうにカバンの中から漬物壺を取り出した。チップに掲げて見せてから丁寧にまたカバンにしまう。
 朝食の際、それと同じものが食卓に並んだのだが、実に美味しかった。
 コロニーに通ううちに、は、コロニーに住む梅喧という女剣士と親睦を深めていた。最初は素っ気なかった梅喧も、のあまりにも間の抜けた姿に毒気を抜かれていったらしい。
 彼女のもとに通うたびには、何かと酒の肴になりそうなものを差し入れしていた。

「楽しみだなぁ」

 食事を終え、準備を済ませると、はチップに背負われた。いつもの移動方法である。チップの驚くほどの健脚により、つきだというのに、ジャパニーズコロニーには三日もすれば到着した。東チップ王国からコロニーまでの距離を人間の足だけで駆けるのは、なかなかないだろう。
 コロニーに着くや否や、二人は梅喧の元へ向かった。

「よーっす!」
「こんにちはー!」
「騒がしいねぇ」

 チップとを迎えた梅喧の声は冷ややかだ。いつものことである。気にせずは梅喧へ近づいた。

「今日は新作の漬物を持ってきたよー! お酒のおつまみにぴったし!」
「そりゃあ良い、ありがたく頂くよ」

 いつの間にか壺から便利な保存容器に移した漬物を、は梅喧に渡した。素直に梅喧も受け取る。
 その光景を、チップは何度見ても笑わずにはいられなかった。
 孤高の女剣士もの手にかかれば、こうなのだ、と。
 それからは、梅喧に様々な話を振った。最近どうだとか、東チップ王国では何があっただとか。まるで女子会だ。それを梅喧も、大人しく答えて、聞いて、対応している。
 同じジャパニーズだからなのだろうか。梅喧と対するは、いつも以上にリラックスしているようにも見えるのだ。
 こういう光景を見ていると、チップも「はコロニーにいた方が幸せなのではないか」と考えることがある。
 しかしアンサーからが「東チップ王国にいたい」と主張していることを聞いているので、口にはしない。言ってしまったら、きっと、は、王国に自分の居場所が無いと勘違いしかねない。

(オマエが望む限り、東チップ王国はお前の居場所だ)

 と梅喧の会話を見守りながら、チップは胸中で呟いた。

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