くんの朝は遅い。
モノクマによるモーニングコールもとい校内放送は意味を成さない。集合がかかってもくんが来るのはいつも一番最後だ。
「起きたまえ、くん!」
何度も何度も部屋のチャイムを鳴らし、叩いて揺らし、それからドアノブに手をかける。荒々しく思えるがくんはこのぐらいしないと反応しないのだ。
ドアは何時も通り鍵が掛かっていない。手応えからしてしっかり閉めてすらいなかったようだ。いくら何でも不用心すぎだ、これは。
あっさり開いたドアから部屋を覗くと、ベッドの上でぼんやりしているくんと目があった。着替えは済んでいるようだ。
「石丸おはよう」
「ああ、おはよう! さあ朝食会の時間だぞ」
「わかった」
いつもの如くくんの手をとり、部屋を出る。ぽつりぽつりと言葉を交わしながら、皆が待つ食堂へと着いた。
食事の用意にも一週間交代の当番制を採用した僕たちは、今日も今日とて賑やかにかつ滞りなく食事にありつく。
くんにも最初は食事当番を割り当てたのだが、やはり朝の弱い彼には厳しいらしかった。本人自ら、“食後の片付けを引き受けるので準備は任せたい”と提案され、了承し、今に至る。
「ごちそうさま」
くんは食が細い。苗木くんぐらいには食べて欲しいものだ。茶碗に半分も盛られていなかったご飯を、彼はやはり誰より遅くに平らげる。
しかし、用意した分を食べきってはいるのだから誉めるべきか。最初の頃は一口食べただけで「もういい」などと言っていたからな。
のんびりと片付けを始めるくんの成長ぶりに、ついつい笑みがこぼれた。
「なんだか嬉しそうだね、石丸クン」
「ああ、苗木くん!」
よくぞ聞いてくれた苗木くん。
「確かに僕は嬉しい。見たまえ! 今のくんは、以前とは別人のように動いているではないか」
「石丸クンが毎日のように言ったからじゃないかな…」
「そう思うだろう? だが僕はあくまで彼の背中を押しているだけにすぎず、彼自身が“変わろう”とした結果なのだとも思うのだ」
そう。いくら僕が言ったとて、本人に意志がなければいけない。くんという今までに接したことのないタイプの人間と関わったことで、僕はそれに気付いた。
最初の頃、僕が彼を起こしに行った時はもう散々だった。
『うるさい。“自分”を他人にまで押し付けないで』
『な、何だと!?』
『人には人のペースがあるのだ。私は努力を怠っているわけではない。こうやって生活してきたのだ。これが私の常識なんだ』
戸口できっちり断られ、ドアを閉ざされたあの日。常識や努力という、今まで幾度となく使用してきた言葉たちの意味を、僕は取り違えていたのだろうか。静かな彼の声はやたら頭に響いた。
くんの声は、不思議だ。
僕はそれでも毎日彼を起こしに行った。…彼が部屋から出たところを、誰も見ていなかったからだ。食事はどうしているのかと心配になった。
僕の不安どおり食事もしていなかったらしい彼は、とりあえず僕の呼び掛けに答え、渋々ながらも朝食会に参加するようになった。
『石丸はお節介だな』
『君に接する場合は、このぐらいが丁度良いことに気付いたのだ。食事とは、もっと自主的にとるものだぞ』
くんは不思議そうにしていた。珍しく表情のある顔だった。
『初めて私を起こしにきた時、私は君に反論の余地を与えたのに』
『え?』
『あんなの屁理屈だぞ。私が人に比べてだらしのない生活をしていることに変わりは無かった。それを石丸は指摘しなかったな。どうしてだ?』
気付かなかった。あの時は、頭の中で反響するくんの声にばかり気を取られていた。
困った僕は、のろのろと口を開いた。
『へ、屁理屈も理屈だ!』
『……え』
『まだまだ、僕も勉強中の身だからな。き、君の常識と僕の常識に相違があるのも仕方ないと思ったのだよ!』
ボロボロの返答だった。
しかし。
『なるほどな』
くんは、気に入ってくれたようだった。
初めて見た彼の笑顔に、ようやく努力の成果が見えてきた気がして、それはそれは嬉しかった――。
あの会話から、くんも心を開いてくれたように思える。すんなり起きるようになったし、表情も柔らかくなった。
部屋にもよく招いてくれて、その時に彼が「超高校級の音楽家」であることも知った。
入学したてでまだ風紀委員にも入っていない僕に比べて……いや、止めておこう。
「石丸」
振り返ると、くんが立っていた。
「ど、どうした?」
「音楽室は何処だったか」
いつの間にか手には紙の束を握っている。おそらく楽譜だろう。
僕が沈黙していると、彼はまた口を開いた。
「音楽室」
案内をしろ、ということなのだろう。
じっと見つめてくる視線に耐えきれず、僕は席を立った。
頼られるのは、悪い気がしないしな!
いつの間にか僕たちだけになっていた食堂を出る。
「新しい曲が出来たのか?」
「うむ。いの一番に石丸に聴かせようと思った」
「そうか、それは光栄だな!」
前と違って、笑えば笑い返してくれる。
彼との友情に確かなものを感じつつ、僕は歩き続けた。
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