希望ヶ峰学園の教室は独特だ。この音楽室も例外ではない。
 音楽室というよりは何処かのホールのような印象を受けるのは、その広さのせいだけではなく、規模の大きい照明のせいもあるだろう。
 そんな音楽室で、はマイペースにピアノを叩いていた。何か音を模索しているような、ぼんやりとした調子である。

「十神も音楽室に用なのか?」
が音楽室に行った、と聞いたからな」
「そうか」

 十神は広い音楽室に設置された席のひとつに陣取り、足を組みながら、本を読んでいた。少なくともにはそう見えた。
 がひとりで音楽室にいると、十神は何処からともなくやってくる。
 が誰かと一緒に音楽室に来た時は、その誰かがいなくなってから、少しの間を置いて来る。
 どうやら彼は、音楽室に通っていることを知られたくないらしい。

(そこまでして来るなんて、物好きだな)

 そんな物好きに、はささやかなサプライズを送ることにした。
 いつぞや彼が饒舌に語り、“好きだ”と話していた曲。自身も気に入っているその曲を、披露してやろうではないか。
 不規則に動いていた指先は、そのメロディを奏でるために鍵盤の上を滑り始めた。
 十神の肩がぴくりと震える。本を閉じ、何となく嬉しそうな笑みを浮かべながら彼はを見た。

「やはり本物は違うな」
「CDとは比べものにならないだろう?」
「ああ。……黙って弾け」

 緩みかけた空気は、十神が何時もの調子を取り戻したことにより再度引き締まる。
 の奏でるピアノの音だけが、音楽室を満たしていく。空気は緩く震えて痺れ、鼓膜を揺らす。
 5分弱の旋律はあっという間に終わった。
 そして気が付くと、音楽室の人影はひとつ増えていた。

「……何故お前が此処にいる」
「えっ……」

 十神が振り返り、巡らせた視線の先。長いふたつの三つ編みを垂らした、陰気くさい顔の女子がいる。
 腐川冬子。十神に好意を抱く、超高校級の文学少女である。
 十神は席を立った。かなり不機嫌そうだ。

「あ、あの、アタシはただ白夜様の……」

 腐川の訴えを気にすることなく、十神は彼女の横をすり抜けていく。
 はそんな光景をぼんやりと見つめていた。
 一瞬静まり返った空間に、がたりと音が響く。席を立った腐川が、をじろりと睨むように見つめていた。

「あ、あんたのせいで……っ」
「そうなのか? すまない。……想い人を追わなくていいの?」
「あっ……」

 の指摘に、腐川はばたばた駆け出し、音楽室を出て行った。
 ついに独りきりになった空間は、びっくりするほど冷たい。

「恋する乙女は輝いて見えるな」

 の指は、暇を持て余すように鍵盤をいじり始めた。
 それからは、「夕食だ」と石丸が呼びに来るまで、ピアノで遊んでいたのだった――。

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