クンは不思議な人だ。
 この閉鎖された空間で特に文句を零すこともなく、誰かと喧嘩することもなく、まるで透明な空気のように馴染んでいる。
 あの十神クンも、クンのファンらしくて、あまり突っかかることがない。
 前に何となしに十神クンにクンのことを聞いたら、「あいつは余計なことを言わないから楽なんだ」とかそれっぽいことを言っていた。納得ではあるけど、十神クンはただクンの音楽が聴きたいだけだよな…。
 クンは、音楽でさえあれば、ジャンルも業界も問わずに仕事を引き受けるらしい。
 クンが山田クンと話しているのを見ながら、ボクはその言葉を強く理解した。

「いやぁ、主人公がヒロインにバームクーヘンを差し出すシーンに流れたあのオルゴール。最高でしたー」
「ありがとう。自分でも上手くできたと思っている。最後までピアノとオルゴールで迷ったんだが、良かった」
殿のBGMが無かったら、シュールなギャグで終わってしまうとこでしたぞ! 偉大ですな!」
「私の音楽は、そういう風に受け止めてくれる人がいるからこそ高まる。光栄だよ」

 バームクーヘンを渡すシリアスってどんなだよ……。
 興奮しながらアニメやゲームの話を展開する山田クンと、静かに答えるクンの会話は、否応なくボクの耳に届いていた。
 生々しい単語がたまに飛び出していて、……いわゆるエロゲーにまで飛び込むクンの仕事ぶりはすごい。未成年なのにエロゲーとか、良いのか。ただ曲を提供するだけなら構わないのか。
 今更つっこんでも仕方ないか。なんてったって“超高校級”なんだもんな、みんな……。

「大丈夫ですか、苗木君」
「舞園さん」

 呼ばれて顔を上げると、カップをふたつ持った舞園さんがいた。彼女は“超高校級のアイドル”だ。この学園に来なかったら、こうやって話すことなんて無かったろうな。

「ちょっとぐったりしてますよ。はい、紅茶どうぞ」
「あ、ありがとう」
「ふふっ、どういたしまして」

 しかも舞園さんが、ボクに紅茶を淹れてきてくれるとか。
 こんな可愛い子に優しくされて時めかない人間なんていない。少なくともボクはドキドキしている。隣に座る舞園さんを見れないくらいに。

君と山田君は仲が良いんですか?」
「山田クンの見たアニメとかの音楽も、クンが作ってるの多いらしいよ」
「凄いですね!」

 素直に目を輝かせる舞園さんはなんだか眩しいくらいだ。

「私、実は君とはお仕事で何回か会ったことあるんですよ」
「そうだったんだ……」
「あんなに物静かですけど、快く曲を提供してくれて。歌唱指導もしてもらいました」

 舞園さんがクンを見る視線は、やっぱりきらきらしている。尊敬とか、そんな感じの輝きだ。

「凄いんだね……、本当に。提供してもらった曲って?」
「“フェアリィ・ビート”です」
「ぼ、ボクも買ったよそのCD! そっかぁ……。あんな可愛い曲も作るんだ、クン……」

 ヒートアップする山田クンに何時ものローテンションであっさりついていくクンの、意外な一面を思わぬ形で知った。
 音楽に関するクンの姿勢は、すごい。情熱も、ボクなんかには計り知れないくらいにあるんだろう。

くん! 君、また食事を抜いただろう!」
「何故バレた石丸」
「霧切くんから聞いた!」
「ごめん、曲書いてました」
「僕が見ていないからと言って、生活に必要な行動を欠いてしまうとは…本当に困ったさんだな!」
「すいませんすいません」

 ……ただ、その情熱や意欲を、もう少しだけ生活に向けても良いんじゃないかなぁと、ボクは思うんだ。

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