「おー、珍しいなー」

 間延びした声に、は顔を上げた。
 声の主は、重力を物ともしない強烈かつ個性的な髪型の、一応同級生。葉隠だった。しかし彼は留年しているので、同級生とは言いつつ年上である。

っちがひとりで此処にいるとは思わんかったべ」
「私が独りなのが珍しいのか? それとも植物庭園にいるのが珍しいのか?」
「ずばり、どっちともだべ」

 鶏小屋を見つめるに歩み寄った葉隠の手には、鳥の餌らしき袋が握られていた。
 独りが珍しい、と言われ、はひっそり悩む。
 確かに独りでいるのは久しい。自分のだらしなさを見かねた石丸に付き添われたり、音楽室にいると何時の間にか十神がいたり、ぶらぶらしていたら山田や舞園に声を掛けられたり……。
 別にひとりが好きな訳ではないが、だからといって、常に誰かといるのが好きなわけでもなかった。

「私は、極端に受け身なだけだよ」

 流れに、任せているだけ。
 そっとは目を伏せた。

「あと、基本的に何も考えていないからな」
「此処に来たのも気紛れってことか」
「ああ」 じっと鶏小屋を見つめるの横顔を、葉隠はぼんやりと見つめていた。

「好きなんか?」
「何が?」
「鶏」
「ささみが好きだ」
「食うなって! 駄目だかんな! 肉なら食堂にいっぱいあるべ!」
「卵は貰っていいのか?」
「それは……鶏に聞いてくれ……」

 は小屋の扉に手をかけた。なるべく静かに、中へと入る。何故か葉隠もついてきた。一気に、小屋の中は狭くなる。
 しかし何も言わずには屈んだ。コッコッと喉を鳴らす一匹の鶏と目線を合わせ、じっと見つめ合う。
 葉隠はそれを見守りながら、持っていた餌を撒き始めた。ばざばさ羽ばたきながら鶏が餌と葉隠に群がっていく。敷かれた草や鶏から抜けた羽が舞って、鼻をくすぐる。
 しかし、と見つめ合う鶏だけは微動だにしない。

「本当に話してる……んか?」

 しばらくしてから、は立ち上がった。話は終わったらしい。見つめ合っていた鶏も、我を取り戻したように動き出し、仲間たちに混ざって餌を貪り始めた。
 は、葉隠に視線を移した。うっすら困ったような笑みを浮かべている。

「あまりとってほしくないそうだから、諦める」
「は、話してたんか!?」
「判らない。なんとなくだ。……私も餌、やってみていいか?」

 が差し出してきた右手に、葉隠は一掴み分の餌を乗せてやった。が小さな声で「ありがとう」と呟く。
 その時、の学生服の袖口から覗いたものがあった。

「怪我、したんか?」

 葉隠の言葉に、は目を丸めた。

「え……?」
「腕に包帯してるべ?」
「ああ、これか」

 何時も以上にの声が沈む。鶏に餌をまきながら、は静かに口を開く。

「人に見せられる状態じゃないんだ。困ったことに、原因も判らなくてな。とりあえず包帯を巻いた」
「じゃあ痛いとかは無いんか?」
「痛かったら、ピアノも弾けない」
「なら良かったべ」

 ありのままに葉隠がそう零すと、は大層不思議そうな顔で彼を見た。
 鶏が、ぱらぱらと零れる餌に群がり、小屋の埃がふんわり舞い上がる。

「ぶえっくし!」

 ひときわ大きなくしゃみを響かせた葉隠に、はついに笑いを堪えきれなくなったのだった。

(葉隠は、楽しいな)
(うぅ? そりゃ良かった)

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