「テメェ、まだ兄弟に起こして貰ってんのか」

 皆より遅めの朝食をとっているの耳に、呆れたような怒っているような低い声が届く。
 のろりとが顔を上げると、声の主……大和田とばっちり目があった。
 三白眼の鋭さに怯むことなく見上げてくるに、大和田は指をさしながら口を開いた。

「前髪が味噌汁に漬かりそうだったぜ」
「ん……危なかった。いっそ君のようなリーゼントにしてしまうか」
「それはテメェの勝手だがよ……」

 は「だな」と頷き、味噌汁を飲み干した。丁寧に両手を合わせて、ごちそうさま、と頭を下げる。
 何か消化不良でも起こしたような顔の大和田の横を通り過ぎ、は空になった食器を抱えて厨房に姿を消した。

「――兄弟?」

 親しみある呼び声に、大和田が顔を上げる。不思議そうに目を丸めた石丸がそこにはいた。

「どうしたのだ、元気がないぞ」
「……あー、ちっとな」

 大和田は悩んだ。
 ルーズなの面倒を進んで見ている石丸は、どういう気持ちでを見ているのか。
 端から見ると、子を躾る親に似た印象がある。
 この閉鎖された空間で他人をそこまで世話する余裕は本当にあるのか。無理をしているのではないか。
 ……などともっともらしいことを考えてはみたが、どれもしっくりとしない。
 ――のヤロウも、男ならもうちょいしゃっきりしろってんだよ。
 この一言に尽きた。

「ん? ああ、くん!」

 石丸の声に反応して大和田も振り返る。
 食器の片付けを済ませたらしいが、何時もの覇気のない顔で厨房から出てきたところであった。

「今日はしっかり食べたかね」
「用意してもらった分は平らげた」
「そうかそうか!」

 あの石丸の様子を見る限り、嫌々世話をしている訳ではなさそうだ。しかし。

よぉ、テメェ、もうちょいしゃきっとできねえのか?」

 つい、積み重ねてきたものがぽろっと口をついて出た。
 石丸がきょとんとしている。当人であるは、普段の表情を崩さない。しかし視線はしっかりと大和田を捉えていた。

「……私は石丸に頼り過ぎだということだよな?」
「判ってんじゃねぇか」
「申し訳なさはずっとあるからね」

 は大和田の眼光を真っ直ぐに受け止めている。

「私は……朝日を浴びて起きる習慣がついているせいで、日が入らない此処での生活になかなか慣れないんだ」

 そしては、のんびり語り始めた。

「だからかな、モノクマのアナウンスだけではなかなか起きれなくて。石丸に部屋のチャイムを鳴らしてもらってるんだ。そうしてるうちに体が、起きる時間を覚えてくれるんじゃないかと……」
「そんな兆しは一向に見えねぇようだがなぁ」
「ああ。そうなんだ。起きる時間うんぬんではなく、石丸に起こして貰うことに慣れて、習慣になってしまっているみたいなんだ」

 困った、と腕を組み首を傾げる
 大和田は何とも言えないもやもやがこみ上げて来るのを感じた。
 は尚もぽつりぽつりと語り続ける。

「あー、でも、家にいたころはヨハンが私を起こしてくれたし……。根本的に私はひとりで起き上がれないようになっているんだろうか」
「ヨハン?」
「飼っていたシェパードの名前だ」

 そこで大和田のもやもやは一気に吹っ飛んだ。
 ――こいつ犬好きか!
 誰にも話してはいないが、大和田はかなりの犬好きなのである。
 の口から犬のことが飛び出した瞬間、つい大和田は反応してしまった。
 犬好きに悪い奴はいねえ。大和田はそう思うのである。

「そうか、オメェ……犬飼ってたのか」
「今も家にいるなら9歳になってるはずだな。……やはり大和田も犬好きなのか」
「やはり?」

 思わず聞き返すと、は得意げに笑ってみせた。

「前々から大和田は犬好きだと思っていたんだ。不二咲さんや石丸が犬っぽいから一緒にいる大和田は犬が好きに違いないと」
くん!? ぼ、僕が犬っぽいとは、えぇっ!?」

 どういうことだね!! と訴え揺さぶってくる石丸を横目には話す。

「いやぁさっぱりした。やっぱり犬好きだったんだね。話の論点をずらしたようで申し訳なかった。私の怠惰な生活習慣の話だったよね」

 揺さぶられながらも淡々と話すに、大和田は呆気にとられつつも何とか答えた。

「お、おう。男なら、もうちょいビシッと筋入れてだな……おい兄弟揺さぶりすぎだ! が酔っちまうぞ!」
「ハッ! 僕としたことが……!! すまないくん!」
「大丈夫だ」

 当人であるは笑っていた。石丸か大和田か、笑みを向けた相手は定かではないが、状況を純粋に楽しんでいるようだ。

「……ん、男ならもう少ししっかりしなくてはな」

 言い聞かせるような、淡い呟き。
 はまた笑うと、二人に「じゃあな」と手を振った。するすると滑るような歩みで食堂から出て行くを、大和田たちはただただ見送った。

「何時もより、くんが楽しそうだったな」
「判んのか、兄弟」
「ああ! くんは今や僕にとって弟のような存在だからな!」

 それから石丸はのことを饒舌に語った。まるで我が子を自慢する親のようである。
 そして大和田は、は早起きが出来ない代わりに食事の後片付けを一手に引き受けていることを知ったのだった。

「アイツも何だかんだでやってんだな……」

 今度、話したら謝ろう。
 ひっそりと大和田は心に決めた。

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