判っている。
判っているから。
――僕は、赦されない。
どうか咎めるならば、この幸せが終わった後にして下さい。
それからならば、幾らでも罰は受けますから。
「かあ、さま」
空は無言でを見下ろしたまま、変わらぬ顔をしていた。薄い雲たちが、僅かにそよぐ風に身を任せて流れていく。
「僕は、竜族の誇りを忘れてしまったようです」
は呟いた。
もとから、脆弱な自分には誇りなんて無かったのだ。有るのは生きる為の悪知恵と、他者への依存、そして人間への尽きる事無い憎悪の念。
なのに。
「僕は……」
の胸の中を、靄のようなものが埋めていく。重たくて、生あたたくて、心臓を取り巻くそれ。靄は次第に、のよく知る人間の姿へ変わっていった。
気さくに笑う、ひとりの青年――。
(僕は人間が嫌いなんだ。殺したいくらいに。なのに、どうして僕は)
は俯いた。
あの散歩が決定的だった。“彼”は、が人間を嫌っていると知っている。が人間とは相容れぬドラゴンだと知っている。
全てを理解した上で、笑っていたのだ。真っ直ぐなその笑みに、は上手く返す術を知らなかった。彼よりずっと長く生きてきたはずなのに、のほうがずっと子供だった。何も返せずに、服の上から心臓を押さえつけることしかできなかった。
(素直に、なれたら)
は眉を潜めた。
本当はすべて判っている。この苦しみの正体も、たゆたう想いの名前も、すべて。だが、素直に彼と向き合う訳にはいかなかった。
そんなことをしたら、今までの自分自身を否定することになってしまう気がした。
「――?」
不意に名前を呼ばれ、は、「ひっ」と情けない悲鳴を上げてしまった。
おそるおそるが振り返る。その双眸に、一番会いたくて一番会いたくない人物の姿が目に入った。
「ユーリック、さん」
「散歩……にしては様子がおかしいな。何かあったのか?」
誰のせいだと思ってるんですか、と胸の中で吐き捨てて、はまた俯いた。
――見たくない。
あなたを見てたら、僕はまたおかしくなりそう。
は膝を抱えて、口を閉ざした。じっと待ち続けた。そして祈っていた。ユーリックが早く立ち去ってくれることを。
「?」
だがユーリックは、なかなか立ち去る気配が無い。それどころかの前に腰を下ろし、気遣うようにその名を呼んできた。
は体が熱くなるのを感じた。氷竜の身には、熱すぎる熱だった。混乱が早く収まるように祈る。
「具合でも悪いのか?」
「違い、ます」
「それじゃあ……」
ユーリックは少し間を置いてから、続けた。
「この間の俺の言葉の意味が、判ったからか?」
はびくりと体を震わせた。図星だった。
どうしてこの人は心を見透かすようなことばかり言うのだろう。まさか何かの化物なんじゃないか。
観念したようにがそっと赤い顔を上げると、面白そうに笑うユーリックと目が合った。
「な、何笑ってるんですか」
「図星らしいな?」
「そんな訳ないでしょう!」
むきになっては声を荒げる。判りやすく強がるの頭をぽんぽんと撫でて、ユーリックは言う。
「君は好意を受け取るのが大の苦手だからな。本当は誰よりもずっと、誰かに好かれて生きたいのに」
ユーリックの言葉は真実だった。は声を詰まらせた。彼の言葉がの動揺に拍車を掛け、思考を妨害する。そんなを笑うように風が吹いていた。
どうせならこの人の声も聞こえないくらいに吹き荒れたら良いのに――。
の願いは届かない。
口ごもるを、ユーリックは大層楽しそうに見つめていた。
「本当に判りやすいなぁ」
「放っておいてよ……」
「放っておける訳無いだろ。今言っておかないと駄目な気がするんだ」
今までの声音と、ほんの少し違うものが滲んだ。
はっとしたが顔を上げると、やはりユーリックの笑顔があった。しかし、いつもと違う、何処か影を帯びた、辛そうな顔。ただならぬ何かを感じ取ったは、呆然と相手を見つめた。声を掛けようとしたが、喉が凍えたかのように動いてくれない。
が難儀しているうちに、ユーリックは話し始めた。
「、ちゃんと聞いてくれよ?」
「なに、を」
「今から言うことを、さ」
止めて、止めて。
聡いは首を振った。
せっかく一生懸命に塞き止めていた想いが、このままでは零れてしまう。
あなたの言葉を聞いたら、きっと戻れなくなってしまう――。
声にならぬの懇願は、ユーリックには届かなかった。
「好きだ、」
の瞳は、涙で滲んだ。
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