公園って良い。
久しぶりに俺は眠気に身を委ねてうとうとしていた。
知らない親切な人が「雨が降りそうですよ」と声を掛けてくれたけれど、眠気で答えられない。俺は、ありがとうも言えずに意識を手放した。
そして気が付いたら見たこともない場所にいた。
何処だここ。
清潔ではあるが生活感の無い部屋だ。俺はベッドに寝かされていた。壁を切り抜いてガラスをはめたような窓の外では、ひっきりなしに雨が降っている。
……おかしい。
とりあえずまた横になる。まだ眠りたかった。我ながら図太くなったもんだ。
うつらうつらとしていると、途切れがちな視界が不意に陰った。慌てて目を見開く。
見たこともない青年が、俺を見下ろしていた。
「起きたか」
「……どなた?」
「ふ、なかなか肝が据わった奴だな」
重力に逆らった灰というか白っぽい髪に、鋭い赤色の眼光。右目にはごついアイパッチがついていて、一目で普通じゃない人だと判った。
けどだいぶドッキリに慣れてしまった俺は、「そうですか」と呑気な声で返していた。
青年はますます可笑しそうに笑う。
「一度世界を跨ぐとこうまで鈍くなるものなのか」
「はあ……」
「オレは貴様に興味が湧いた」
今更になって思い出した。公園で声を掛けてくれたのは、この青年じゃないか? この声は確かにそうだ。
「公園では……ありがとう」
「覚えていたのか?」
「眠すぎて……返事できなくって」
恐らくここに連れてきたのも青年なんだろう。なんて親切なんだ。見ず知らずの人間を雨から助けてくれるなんて。
「貴様の名は?」
「えと、」
「そうか、か。オレはプラシドだ」
寝ぼけたまま、プラシド、と復唱する。プラシドは満足げに笑っていた。
「ふふ、貴様は変わった奴だな。警戒心の欠片もなく、愚かなほど無防備だ」
「最近寝れてないもんで……」
「いくらなんでも運ばれている間に起きるものだろうに」
「やっぱ運んでもらってたんすか……ありがとうございました……」
プラシドは驚いたように目を丸めた。それから可笑しそうに声を上げて笑い始める。確かに笑いたくもなるだろう。彼の言うとおり、今の俺はバカみたいに無防備だ。知らない場所、知らない人の前で眠りこけるなんて、普通はなかなかない。
笑いを引っ込めたプラシドは、白い手を俺の額へと伸ばしてきた。
「貴様の頭の中が気になって仕方ない。一体どんな経験をすればこうなるのだ」
プラシドの手は冷たくて気持ちよかった。
なんか顔が綻んでしまった。最近くつろげないせいだ。申し訳ないくらい、俺は初対面の人間の前でリラックスしてる。
「貴様、馬鹿だろう」
「図星で痛い……」
「まあオレからすれば皆愚かだ」
フォローになってない。
「黒曜石を知っているか」
急にプラシドは石の話を始めた。とりあえず頷く。なんか学校で習った気がする。
「黒曜石は、魔を跳ね返すと人々は信じてきた。貴様の黒は、その黒によく似ている」
合点が行かない俺の髪を撫でながら、プラシドは笑った。
「美しいと言っているのだ」
「うえっ」
「情けない声を上げるな」
ぺちりと額を叩かれる。さすがに俺も覚醒せざるを得なかった。
俺は生まれてこの方、“美しい”と誉められたことは一度もない。ただただびっくりで、言葉もなくプラシドを見上げた。 不意にプラシドが、俺の手を引いた。引かれるままに体を起こす。俺たちは向かい合った。
「顔の造形も格好も、貴様は特別秀でている訳ではない」
自覚していることを他人に言われるとこうもへこむものなんだろうか。
さいですか、と力無く答えるしかない俺。
プラシドの手が、俺の顎に触れた。嫌にゆったりした手つきに思わず肩が跳ねる。
「だが、それが良い」
くいっとプラシドは指先で俺の顎を持ち上げた。
よくよく見るとプラシドはかなり整った顔立ちをしていた。この世界はイケメン率が高すぎやしないだろうか。
「何故だ。異世界の住人だからというだけではない何かが、貴様にはあるように思える」
「え……っ!?」
プラシドは、俺がこの世界の人間ではないことを知ってるのか!?
どうして、と問い詰めるつもりで口を開いた。けれど、俺が喋ることは叶わなかった。
「ふっ、んー!?」
プラシドは俺の顎を押さえたまま、強引に唇を重ねてきた。遠慮も無しに舌を滑り込ませてきて、俺の口内を蹂躙していく。
なのに内側をなぞられるように舌を這わされるとどうにも体が熱くなって、俺はプラシドの服にしがみついて耐えるしかなかった。
わざわざ音を立てて人の舌を絡め取ってくるプラシドは、きっといわゆるS側の人間に違いないと思った。言葉もなんか偉そうだったし。
震える手が、プラシドの服をしわくちゃにしてる。申し訳ないと思ったけど、いきなりこんなことしてくる方が悪いんだ。
苦しくて身を引きかけた時、俺の顎を押さえていたプラシドの手が頭の後ろへと回され、もう片手は俺の腰に回された。逃げられない。
「ふぁっ、まっ、ん!」
待って、本当に死ぬ。
離れる事を許されず、プラシドの思うがままに繰り返される深いキスに、俺は酸欠へ陥り掛けていた。くちゃくちゃと嫌な音が恥ずかしくて、しかも俺の情けない顔を見て、プラシドは妖しく笑っていて。
腰を撫でる手が、こわい。
俺は無様に泣いた。
プラシドがようやく唇を離してくれた。唾液が糸を引くのを舐めて、プラシドはにぃっと口元を釣り上げた。
「、今日はもう帰してやろう。だが何時までも貴様をあいつらの所へ置くつもりはない」
プラシドが俺の目尻にキスをした。触れるだけのそれは、まるで涙を掬うように優しかった。息を切らし泣き続ける俺。
不意に、プラシドの手が、俺の両目を塞ぐ。
「必ずオレのものにしてやる」
俺の意識は、あっさりと遠のいていった。
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