神様というのがいるんだったら聞いてください。助けてください。
俺はもう泣きそうです。
事態がまったく好転しないし、話し合いは平行線どころか互いにそっぽ向いて突き進む感じだし、クロウは何だか辛そうだし。
自分が我慢して監禁されていればよかったんですか。でもそんなの無理です。遊星とブルーノがただの犯罪者になるし俺もじっとしてられません。箱入り娘ならぬ箱入り息子なんて勘弁です。
そこまで病んだ種をほっぽってきた罰ですか。じゃあどうすりゃよかったんですか。ヤンデレを下手に刺激したら大変なことになるって皆言いますよ。誰かヤンデレ必勝マニュアルでもくれよ。いや必勝って何に勝つんだよ。
そんなときに、ジャックまで来てしまった。
「話は聞いた」みたいなこと言ってたから、おそらく俺の監禁事情を知ってるってことだ。
俺は身動きできなかった。ジャックがこっちに来るのを見守るしかなかった。
「遊星、ブルーノ」
ジャックは眉を上げて二人に詰め寄った。
二人を目前にすると、ジャックは右手をぎりっと握りしめ、その拳を――遊星の頬目掛けて振り抜いた!
「ぐぅっ!」
鈍い音と共に吹っ飛ぶ遊星。床に転がるというより、ぶつかると言った方が正しいような、そんな痛そうな倒れ方だった。
ジャックは続いてブルーノも殴り飛ばした。彼も遊星同様勢い良く吹っ飛ばされて、床に倒れ込んだ。
あまりにあっという間の出来事で、誰も身動きできなかった。
かろうじて俺が視線を動かすと、離れた場所でこちらを窺うプラシドさんが目に入った。プラシドさんは笑っていた。
いや、笑いごとじゃねーんですけど!?
我に返った俺とクロウとアキは、慌てて殴られたふたりに駆け寄った。
「二人とも大丈夫か! かなりの音と飛距離だったけど!?」
アキに支えられて遊星が立ち上がり、クロウの助けを借りてブルーノも起き上がる。
腕を組み、仁王立つジャックは、遊星とブルーノを見下ろしていた。その顔を見れば、まだ彼が怒っていることがすぐに判った。
「貴様ら、判っているのか! 監禁は立派な犯罪行為だぞ、どうしてそうなったのだ!」
「判っていないのはジャック、お前の方だ……」
そう返す遊星の口の端から、血が伝っている。口の中を切ったんだろう。ジャックのあのパンチを受けてその程度で済んだのは奇跡的だ。俺も喧嘩ぐらいしたことあるけれど、この世界の皆とは次元が違うと改めて実感させられた。
遊星は続ける。
「を守るためには、の居場所を知る人間は最小限にするべきだと思ったんだ。何処から情報が漏れるか判らない」
「それに、異世界から来たを、シグナーの戦いに巻き込んでしまうのは可哀想だったから……。どこか安全なところで、元の世界に帰るまでゆっくり休ませてあげたかった」
次いでブルーノがそう言うと、やっぱりジャックは顔をしかめた。
「この大馬鹿者どもが。いつがそう願ったというのだ」
「は優しいから、気を遣って本当のことを言えないんだ。だからその気持ちを汲み取って俺たちは行動したまでだ」
遊星が驚くほど淡々と言うから、俺は唖然とした。ヤンデレは周りが見えなくなる……。そうは知っていたがここまでとは。
遊星の言葉を聞いて、ジャックは俺の方を向いた。
「。本当にそうなのか」
「へ?」
「お前は、本当に願ったのか。誰にも居場所を知られない場所で、元の世界へ帰る時を待ちたい……。そう願ったのか」
ジャックの言葉は、さっきまで怒ってた人とは思えないぐらい優しくて静かだった。
……カーリーがベタ惚れになっちゃうのも仕方ない男前だ。
「、どーんと言ってやれ」
ぼーっと突っ立ってる俺を心配してくれたクロウが、そう言って背中をぽんと叩いてくれた。
クロウのこういうとこもカッコいいよなあ。
最後の一押しをクロウがしてくれたお陰で決心を固めた俺は、おそるおそる口を開いた。
言うべきことは決まっていた。
「遊星やブルーノが心配してくれるのはありがたい。けどな、ジャックやクロウやアキ、龍亞や龍可たちともいっぱいいっぱい過ごして、皆と一緒に頑張りたいんだ。皆がでっけえ戦いで頑張ってるのに、俺だけイリアステルどうの異世界どうのって、ハブられんのは勘弁だ……!」
一度言い出したらもう止まらなかった。
「バイトだって楽しいし、Dホイールだって折角乗れるようになったし、デュエルも覚えてきたし、だから……もっと皆と過ごさせろ! 俺ぁこれでも日本男児だぞ、自分の身は自分で守らぁ! 遊星とブルーノ、お前らと思い出作ったりなんだりするにも、あんな箱部屋のなかじゃ限界があるんだよ! 外でもっと生き生きとした思い出を作らせろ! 皆といっぱい頑張って色々乗り越える手伝いを俺にもさせてくれよ! あとお日様浴びれないの絶対いやだ! 太陽のもと、ありったけの風を浴びないと俺はダメなんだ、枯れちまうんだあああ!」
もう後半はだだっ子みたいになってしまった。でも言いたいことが言えた。
ちょっと感情が高ぶりすぎて半泣きになったけど、すっきりした。
ぽかーんとした顔で、遊星とブルーノが俺を見ている。ようやく、俺の気持ちが届いたのだろう。おそらくヤンデレメカニックたちは、自分の考えと俺の意志が食い違っていることに混乱し、呆然としているのだ。
この調子なら、いけるぞ!
うっすら笑えてきた俺の背中を、「よく言ったぜ!」とクロウが叩いてきた。ちょっと痛いが嬉しい。
「が、そんなに私たちのこと考えてくれていたなんてね。有り難う、一緒に戦いたいとまで言ってくれて」
「そりゃあ、仲間や友達の力になりたいのは当然だろ?」
「そうね……。ふふっ、やっぱりはだわ」
アキちゃんもすっかり表情が和らいでいた。そうそう、女の子はこういう風にふわっとした笑顔が一番なんだよ。
ジャックもうんうんと頷いてくれている。
今だ呆然中のメカニック二名に向き直ると、ジャックは言った。
「イリアステルという驚異から、たった二人でを守れるという考えが甘いことは十二分に判っただろう。そしての意志も聞いたな?」
「ああ……」
「うん……」
「お前たちの考えた手段では、の体は守れるかもしれん。だがその心を死なせることになるのだ。をたらしめる心が無くなっては何の意味もない」
ジャックの表情には様々な感情が込められていた。俺だけでなく、遊星やブルーノに対する想いも満ちていて、語る口調も穏やかになっている。
「有事の際にはオレたちが全員でを守れば良いのだ。もちろんにも、守られるだけではなく、ある程度自衛が出来るようになってもらう」
「おうともよ!」
ジャックってこんなに頼れる男だったんだな……。俺はもう感激していた。
正直、俺よりジャックたちの方がよっぽど危ないだろうに。俺が目をつけられているって言われても、それは皆だって同じだ。というか俺が来る前から色々なトラブルや戦いがあったらしいし、皆のが絶対大変だ。
俺のことはそんなに心配しなくてもいいと思うんだよな。
そんな気持ちを込めて、俺はジャックに答える。
「ひとりはみんなのために、みんなはひとりのためにって言うしな! 俺も誰かが危ないときは全力で助けるぜ!」
「その前にお前はもうちょっとデュエルの腕をあげねーとな」
「クロウ、痛いとこ突かないで……」
俺が大袈裟に項垂れると、クロウ、アキ、ジャックは声を上げて笑った。
その間も沈黙し続ける遊星とブルーノ。
何だかいたたまれなくなって、俺は二人へと歩み寄り、その目の前に屈んだ。
不思議そうに俺を見つめてくる二人へ、俺は話す。
「そういう訳だからさ。二人の気持ちは有り難いけれど、もう少し俺を信じて、自由にさせて欲しい。あの部屋より、こうやって皆といるとこの方が、遊星やブルーノと過ごす楽しさが増すからさ」
そういうわけだからよろしく! と満面の笑みで両手を差し出した。二人と握手しようと思ったのだ。
遊星とブルーノが顔を見合わせる。それから俺に向き直る。
二人は俺の手を掴んだ。
そして握手を――とはいかず、遊星とブルーノは揃って俺の手を引っ張り、二人がかりで俺を抱き締めに来た。
二人のその素早さに反応しきれず、俺は「ふごっ」と残念な悲鳴を上げて遊星とブルーノの間に埋まってしまう。抱き締められることに慣れてしまったのか、思ったより動揺しない自分が何だか悲しい。
「すまなかった、。の優しさに甘えていたんだな、俺は……。これからはもっと外を一緒に楽しもう」
「ごめんね。僕、これからもっとを大事に想うから。いっぱい一緒に過ごして楽しもうね……」
「お、おう……」
しばらくぎゅうぅっとされてから、ようやく俺は解放された。
とりあえずこれで一段落したのだ。
説得してくれたジャック、心配してくれたアキ、支えてくれたクロウたちの顔を見渡し、誰からともなく朗らかに笑い合う。
それから俺は、ずっと様子を見守っていてくれたプラシドさんへお礼をした。
「プラシドさん、助けてもらったり色々ありがとうございました」
「貴様たちの間に不和を齎すつもりだったが……まあ良い。が良しと思える結末になったのであればな」
フッとプラシドさんは笑った。今までに見たことのないぐらい、優しい笑顔だ。
意外なその表情にどきっとしたのも束の間、またプラシドさんは意地悪そうな笑みを浮かべていた。
「次に何かあれば、この程度では済まないぞ。不動遊星とその仲間たちよ!」
まるで悪者のように翳した手には、いつぞや拝見した空間切り裂き能力のある剣があった。
プラシドさんはその剣で空間を切ると、開いたその空間の割れ目に颯爽と飛び込み、あっという間に姿を消してしまったのだった……。
「なっ、イリアステルがいたのか……」ジャックがぼやいたのが聞こえる。話聞いてたわりにそこ気付かなかったの!? それだけ遊星とブルーノに怒り心頭だったってことか……。
俺は、色んなものを含んだ大きな溜め息を吐いた。
「空間移動ってあの剣の能力じゃなくプラシドさんの能力なのかな……」
「どうでもいいじゃない、そんなこと」
俺のぼやきに対するアキちゃんのツッコミは的確だった。
何はともあれ、こうして俺は、ヤンデレメカニックによる監禁生活を脱し、最悪の事態を免れることができた。
助けてくれたプラシドさん、俺を探し回ってくれたクロウやアキちゃん、龍亞と龍可。それから、ヤンデレの説得をほとんどこなしてくれたジャック。
皆には感謝してもしきれない。
持つべきものはやはり友である。そう実感した出来事であった……。
(プラシドさんまで友呼ばわりして良いのかどうかは、また別の話だ)
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