一通りの説明を受け、自身の決意を表した後、は自宅へ戻っていた。
自宅と言っても、学園近くのマンションである。訳あって両親を頼らず、自身のバイト代と祖父母からの支えで、は一人で生活していた。
部屋の解約や違約金、寮への荷物の運送もろもろは、美鶴が引き受けてくれることになっている。桐条グループ様々である。
最低限の荷物は、今日の影時間頃、自身で寮に持っていくことになっていた。既にの部屋を用意してくれているらしい。
つまり実質この時間が、この部屋で過ごす最後の時間であった。
不思議な気分だ。
黙々と荷物を纏めているうちに、時刻は夜中の11時を過ぎていた。日付が変わろうとしている。
「いっけね、遅れちゃう」
影時間――12時前には寮に来るように告げられている。
慌てて準備を済ませると、はマンションを飛び出した。
寮へ向かううちに時間は進み、不意に世界が一変した。
――影時間だ。
大きな月。棺桶のようなシンボル。
どれもこれもやはり、夢じゃない。
は内心滅入りつつ、寮で美鶴たちと落ち合った。時刻に遅れてしまったことをすぐに謝ったが、誰も咎めることは無かった。話が急であること、がまだ不慣れなこと、それらを十分に判ってくれているのである。
それどころは、心配そうにしてくれている気がした。その親身さには感激していた。きっと誰もが最初は不安でたまらなかったのだ。こんな異常な空間、不安じゃない方がおかしいだろう。
「さん、ぶっつけ本番になるけど大丈夫?」
「タメなんだしで良いよ、ゆかりちゃん。……まあ、何とかします」
「はは、その意気だ」
不安など微塵も感じさせない軽快な笑みで真田が言った。当たり障りないようには笑い返しておいた。
「――」
不意にすっと美鶴が歩み寄ってきて、に何かを差し出した。
見覚えのあるピストルとホルスター。
事前に説明は受けていたものの、実物を目の前にすると緊張が走る。
思わず身を固くするに、美鶴は改めて説明した。
「これを。君の召喚器だ」
「……銃ですよね」
「安心しろ、銃弾は入っていない。銃口も塞いである。……判ってるだろう?」
それでもビビるものはビビる!
は胸中では叫びながらも、静かに頷いて召喚器を受け取った。平静を装いながら、美鶴を見返す。
「何回も見ましたから」
「そうか。……武器も必要だな。天谷、余っている剣を貸してやってくれ」
「はい」
美鶴に促され、奏夜が差し出してきた剣。鋭い輝きを放つそれを、はおそるおそる受け取った。確認するまでもない。明らかに本物の剣だ。
喩えるなら、切れ味を限界まで特化した柳刃包丁といったところだろうか。
人のいない方に向けて何度か振ってみる。字のごとく空を切る剣。思っていたよりは重くない。素人でも何とかなりそうだ。
――いや、何とかしなくちゃいけない。
そんなの様子を確認してから、美鶴は踵を返した。
「さて、タルタロスに向かうとするか。――覚悟は良いな、?」
肩越しに此方を見る彼女に、はこっくりと頷いて答えた。
◆◆◆
話に聞いていたタルタロス内部――。
壁の所々に付いた血糊、見慣れない模様の空間。
しかし何よりを怯ませたのは、視覚に入る異質さやシャドウの存在ではない。
――ここが学校だなんて。
月光館学園こそ、シャドウの巣窟だったという事実だった。
影時間だけとはいえ、変貌しきった学園の姿に言葉が出ない。
何がどうなればこんなことになるのだろう。
つい自分の教室が血塗れな様を想像してしまい、ひとり身震いした。
「大丈夫? 」
「えっ? あ、ああ。大丈夫だよ、ほら、皆いるし」
「顔色が悪い。本当に平気?」
不安そうなの心境を察し、先頭を行く奏夜が声をかけてくれた。
ポーカーフェイスで感情が掴みづらいが、気の利く彼の優しさを痛感しつつ、は剣を握り直した。
奏夜に続くように、美鶴がの背を叩く。緊張を解こうとしてくれているのだろう。励ますような優しい感触に、は少し気が楽になるのを感じた。
「私たちがサポートする。君は感覚を掴む事に集中してくれれば良い」
凛々しく、かつ頼もしい、先輩の風格と気品が溢れる言葉だった。
異性同性関係無く、彼女に惹きつけられるのが良く判る。
こんな状況だと言うのに、不安と緊張が、遠くに行ってしまいそうになる。代わりにときめきでもやってきそうになるの思考を、気合いに満ちた順平の声が引き戻す。
「そうそう、さんはオレが守りますから!」
「……ありがとう」
いろんな意味の感謝をこめて、は微笑んだ。
◆◆◆
その頃、サポートに回っている風花と、待機しているゆかり、真田たち。
探索組に異状が無いことを確認すると、話題は参入したてののことになっていた。
「のペルソナはどんなだろうな。強いんだろうか」
「大丈夫かな……」
真田とゆかりが暇を持て余し、互いに別のことを懸念する中で、風花はぽつりと呟いた。
「さん、喧嘩強いですから……結構何とかなるかもしれないです」
「そうなの?」
「以前、一度見たことがあるんです。男の人に絡まれて、綺麗な蹴りをお見舞いしてました」
「へえ、逞しいな」
「てっきり女っぽさの固まりで、静かな人だと思ってたのに……」
笑う真田に反して、ゆかりの表情はやや引きつっている。だが二人とも、の見た目に反した風花の話を意外に思っているらしいことは変わらなかった。
あくまでその印象も、を「女性」と認識しているが故のものである。
ひっそりと深呼吸し、風花は切り出した。
勘違いしている二人と違い、彼女は把握しているのだ。
のことを。
「凄いですよね、本当に女の人みたいで」
「え?」
風花の言い方は、もちろん二人に引っ掛かった。女性に「女の人みたい」というのは、どういうことなのだろうか、と。
よりにもよって人一倍他者に気を遣う風花がどうしてそんな言い方をするのだろう?
そう言いたげに真田とゆかりが首を傾げるのを見て、風花は付け足した。
「その……さんは、男の人なんです」
――時が止まった。
真田とゆかりの目が、まさしく点になっている。
「ん? 何だって? 今、俺にはよく判らなかったぞ」
「嘘、やだ風花ったら! いやまさか、そんな」
「ほ、本当なの……。本当になの」
風花は更に続けた。頭の中に、のことを思い浮かべながら。
自分が女装しているだけとは言い出せずに、説明を聞いたり順平と対している際、が困っていたのを彼女は気付いていた。話すタイミングを掴みあぐねて悩むの心を、風花は鋭敏に感じとっていた。
本人が言うのが一番かもしれないけれど、難しいなら、私が代わりに。
そんな思いで、風花は一か八かで切り出したのだった。
「私、さんと同じクラスで。ちょっとあって、女装してるって聞いて。なんていうか、凄いですよね」
上手く言い表せない感情だった。勿論風花だって最初は、女装をしていると聞いたときは驚いた。だが、驚いたり戸惑うのが馬鹿馬鹿しいほどにが堂々としているものだから、そういうものなのだと受け入れてしまっていた。
そんなの女装を打ち明かせたことで和む風花とは反対に、真田とゆかりの顔は強張っていく。
「いや、だか、あれで、いや……あれは女の……」
「私も初めはビックリしましたから」
「嘘……、あんな細くて、腰もくびれて……っ」
「理事長から貰った資料にも、男って書いてます。理事長自身も驚いてましたけど。そういえば、女装の許可を求めてきた生徒がいて面白半分に許可を出したなあとかって……」
いまだ衝撃を隠しきれぬ真田とゆかりは、おずおずと風花が差し出した資料に目を落とした。
。
名前の横の性別欄は――男性。
しっかり、そう記載してあった。
まさか学園で噂の大和撫子が男だったなどと、誰が予想できよう。この事実が知れ渡ったら、沢山の男子がショックを受けるに違いない。
女性に興味のない真田でさえ言葉を失う程なのだ。健全な思春期を送る男子高校生ならば、その衝撃はどんなにか。
「……順平、気付いて無いんだろうな……」
に熱烈なアタックを仕掛けていたクラスメイトを思い、ゆかりはそっと溜息をついた。
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