「、ペルソナ出してみる?」
「え? あ、やってみる」
奏夜の指示に頷き、は召喚器を構えた。
やはり一見、ただの銃。しかしペルソナを安定して呼び出すためには、この銃でもって自身を撃ち抜くという“儀式”が必要なのだと言う。
冷たく重い銃の感覚に一瞬息を呑みながら、その銃口をこめかみに当てる。
「おいで、――デオン」
無意識のうちに口をついて出た単語こそ、のペルソナが持つ名前だった。
引金を引いた瞬間、硝子が弾けるような音が響いた。
胸の奥に生まれた衝撃。
閃光が体を駆け抜けるような、今までの経験では喩えようのない衝動。
そして現れた、ペルソナ。
痛々しい姿に蝶の羽――。
初めて影時間に迷い込んだあの時、自分を助けてくれたそれだった。
「デオン、って言うんだ……?」
これがデオン。
これが自分のペルソナ。
もうひとりの、じぶん。
胸中でその実感を噛み締めながら、はペルソナを見上げる。ひび割れたデオンの顔が、小さく笑みを浮かべたような気がした。
が、すぐさま両腕の羽を揺らめかせて、デオンが舞う。
敵シャドウがその舞を見た途端、妙にざわめき出した。互いの顔を見つめたかと思ったら、急にシャドウ同士で殴り合いを始める。
「……ん? 何これ…」
「セクシーダンスだね」
間髪入れずに答えた奏夜に、「せっ……!?」は言葉を詰まらせた。
シャドウ討伐とペルソナ使いの先輩である彼曰く、デオンの先の舞――セクシーダンスは、敵を魅了し、同志討ちさせたりすることができるらしい。もちろん運によって成功したり失敗したりはするようだが、今回は敵全体を魅了状態にできたそうだ。
「ラッキーだね」と笑う奏夜に、は苦笑いした。
「お見事! 奴さん、メロメロっすよ~!」
「よし、畳み掛ける!!」
順平の賞賛と美鶴の掛け声の中、ひとまず役目を終えたデオンが消えて行く。
一度の召喚につき、一度の技を放って戻るのがペルソナの基本だそうだ。不便にも思えるが、ペルソナが消えた瞬間の疲労を考えると、妥当な気がした。
だがそれよりもはひどく気になっていることがあった。
現れたペルソナの姿である。
ドレスや長いウェーブの髪から察するに、女性のように思えた。
(ペルソナって、内なる自分みたいなものなんだよね?)
俺、女なのかよ!?
女装をしているとはいえ意識としては“自身は男”という確固たるものがあった彼の衝撃は大きかった。
そうやってがぼんやりしているうちに、戦闘は終了していたのであった。
◆◆◆
あれから程なくして、初参戦のタルタロス探索は終了した。
タルタロスから引き揚げてきた奏夜たちを迎えるゆかりと真田の様子に妙な違和感を覚えつつも、一行は寮への帰路を辿っていた。
歩きながらは、探索の内容を脳内で反芻していた。ペルソナ召喚。武器の扱い。タルタロス内部の情景……。さすがに一日では全てを呑みこめそうにない。
潔く諦めると、次にが考えたのは、ゆかりと真田のことである。ふたりが先ほどからに視線を送っているのだ。恐らくあちらは無意識のことなのだろう。
――もしかしたら……。ひとつ心当たりのあるは、風花に視線を移した。先日のようにぱっちりと目が合う。勘の良い彼女は、の視線の意味を察したようだ。何処か申し訳なさそうな、はにかんだ顔でを見つめ返してくる。
それではすべて理解した。
風花は、が男であることをふたりに打ち明けたのだろう、と。
は一瞬も迷わず、風花に感謝の笑みを見せた。
どう言い出すか決めかねていたにとって、風花の暴露は大きな助け舟だった。
言葉なきコミュニケーションを続けながら歩いているうちに、ようやく寮へと辿りついた。
ぴたりと足を止めた美鶴が、を振り返る。
「、最低限の荷物は持ってきていたな? 今日から遠慮せず、この寮を君の家と思い寛いでくれ。何かあったら気兼ねなく言って欲しい。同じ学生、そして女性同士仲良くしよう」
はきょとんとした顔で美鶴を見返す。何だか会社の上司か何かに言われているような雰囲気の言葉に、思わずは余所余所しく頭を下げた。
「な、なんかすいません。ありがとうございますー」
「そう気にしなくて良いんだぞ? 俺たちはいわば同志だからな」
「あ、そっか……」
真田の言う通りだ。遠慮する必要なんて無いのだ。寧ろ同じ事情を共有する仲間。同志なのである。は気が抜けたように笑って返した。
しかし、以前使わせてもらった部屋にまた泊まり、あの部屋が自分に宛がわれるとなったら気が引ける。
(あれは女子部屋だよね? 周り、風花ちゃんとかの部屋あったしね)
一応仮にも、自分は男だ。いくら女装しているとはいえ、女子と同じ階層はよくないはず。
ああ早く言いだそう! 良い機会をくれた風花ちゃんのためにも。というか今言わなければ下手しなくても“女性と偽って女性専用部屋に入った男”という犯罪者になってしまう!
悩むに、それまで沈黙を守っていたゆかりがそっと声を掛けた。
「男子部屋も空いてるよ?」
「え、本当に? 助かったあ!」
諸手を挙げて歓喜したに対する視線が、その瞬間変わった。
「あ、あの、さん? 男子部屋っすか!? だ、大胆ー……」
「――どゆこと?」
順平と奏夜が並んで悩むそばで、ゆかりが笑いを堪えている。
何も言わないものの疑問を感じて首をかしげる美鶴に、無言の真田がそっと資料を差し出した。「なんだ?」おもむろに、ほとんど反射的にそれを受け取った美鶴は、黙々と資料に目を通し、そして――言葉を失った。
「おっ、男……!?」
美鶴の動揺した顔を、はまじまじと見つめていた。
あの桐条先輩が動揺している。いや、動揺させたのだ――自分が。
秘密を打ち明けかねて募っていた罪悪感が、不謹慎ながら吹っ飛んで行くのをは感じていた。何十日も続いていた曇天がひっくり返り、雲ひとつない晴天に変わったような清々しさである。
申し訳なさはとうに無い。
はすっかり開き直っていた。
だがまだ事実を受け入れられない美鶴は、資料を見つめながらもごもごと呟いている。
「だって、いや、男には……」
「正直、俺もまだ半信半疑だけどな」
「あはは、何なら確かめます?」
笑って茶化してきたの言葉を、真田は真に受けたらしい。
妙にやる気に満ちた笑顔で、を引っ張った。
「よし、こっちに来い」
「え? あ、マジなんだ……」
大した抵抗もしなかったは、真田によって男子トイレへと速やかに連行された。
訪れたのはしばしの沈黙。
その後に一瞬聞こえた、驚いたような真田の声。
そしてまた沈黙。
――トイレから出て来たは、腹を抱えて笑っていた。対する真田は、少し呆然としている。実際確認するまでは信じられないという思いがまだ彼の中にもあったのだろう。そうでなければ、よほどの物を見たのか。誰も深くは聞こうとしなかった。
しみじみと真田は呟きを零す。
「事実だったな、やっぱり……」
「……らしいよ、順平?」
先輩の言葉を受け、あからさまに状況を楽しむゆかりが順平を振り返る。順平は明らかに動転していた。信じたくない、と顔に書いてある。全てを受け入れ、悟りを開いたかのような静けさで隣に立つ奏夜とは対照的である。
順平は頭を抱えた。
「う、嘘だぁ……。だって、こんな可愛くて、細くて、色っぽいんだぜ……? ねぇって、そんなの……」
「ちゃんと在ったぞ?」
「真田サン、そっちじゃねえっスよ! お下品ーッ!」
動揺しながらも先輩のずれた発言への指摘は忘れない順平に、がそっと歩み寄る。
わざとらしいぐらいにしおらしい歩き方だ。
既に半泣きの順平に、彼女――否、彼は申し訳なさそうに話し始めた。
「なんか、ごめんね? “俺”のせいで色々と困惑させちゃって……でも」
延々と謝罪が続きそうな悲しい顔は一変し、満面の笑みとなる。
「男か女かなんて、聞かれなかったしね!」
まるでそれは、一世一代の悪戯が成功した子供のように無邪気な姿であった。
けろりとするに、順平は表現しがたい衝動に襲われた。
悔しいと言えばいいのか、悲しめばいいのか、怒ればいいのか。
――悩んだ挙句、彼は心のままに吠える。
「フツー、聞くまでも無く女にしか見えねーよ~~!」
そのままくずおれる順平に同調するように、悟り顔の奏夜はそっと頷いていた……。
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