――ホテル・シャン・ド・フルール。
 今回の大型シャドウとの戦いの舞台である。
 中には這い回るシャドウ、黒い棺桶のような形に変わった――象徴化と美鶴たちは呼ぶ現象だった――利用客の姿……。何度見ても薄気味悪い風景だ。

『上の階の一番奥の部屋から反応を感じます』
「了解」

 ペルソナを介して伝達してくる風花の声に、奏夜が短く答える。
 四人は指示通り、上の階を目指して行った。
 襲いかかってくるシャドウは、どれも戦い慣れたものばかりである。いわゆる雑魚であった。
 それでも回数を重ねれば疲労になる。戦闘と消費を最小限に押さえながら、たちはようやく3階へ辿り着いた。

「……あそこ?」

 一際大きく、派手な扉をが指差す。
 確かにただならぬ雰囲気が伝わって来る。プレッシャーが黒いオーラとなり、滲みだしてきて目に見えるようだった。あそこで間違いないようだ。

「風花、この部屋?」
『はい! ……皆さん、準備は良いですか?』
「もちろん。真田先輩は言うまでも無いでしょうし……は大丈夫?」

 ゆかりに話を振られ、は慌てて頷いた。

「んぁ? ああ、大丈夫!」
「もー、ぼさっとしてると怪我するわよ?」
「へーきへーき。これは適度な緊張感を保とうと……」
「じゃあ行くよ」
「えっ、ちょ、待っ……!」

 の台詞を遮り、奏夜は最奥の部屋、『法王の間』の扉に手を掛けた。
 ――中にいたのは、巨大なシャドウ。確かに普段戦っているシャドウと同じような仮面を身に着けている。脂肪の代わりに夜闇でも蓄えて肥えたであろう大きな腹を抱えたシャドウが、心もとない椅子に腰かけ、王様でも気取っているかのようだった。
 それにしても、大きい……。
 そして――気持ち悪い!
 初めて見る満月のシャドウに、は息を呑んだ。

「こいつがボス? 何よ、結構マトモじゃない」
「えっ、これマトモな部類なの? どんなん想像してたの!?」
『皆さん、準備を! 来ます!!』

 ゆかりの呟きに思わず反応しているうちに、すっかり敵シャドウは臨戦体勢となっていた。
 更によく見るとシャドウは、後ろから女性に抱えられているような姿をしていた。
 風花の素早いアナライズで判明したアルカナは『法王』、ハイエロファント。
 しかしには、アルカナが判ったところでどうしたら良いのか、いまだにさっぱりだった。アルカナごとに攻撃や弱点が偏るのだろうか? それを分別できるほどの経験はにない。

!」
「っとぉ危な!」

 すんでの所で攻撃を回避する。一瞬前まで自分がいた場所には、小さな稲光の残滓が見える。今のはジオ系の攻撃ということだ……。つまり雷属性は厳禁だと判った。

「ってか真田先輩には不向きじゃないっすか?」
「雷が駄目ならば、拳で挑むだけだ!」

 の呟きに触発されたように、その身一つで真田がシャドウに突進していった。
 真田を援護するように、合間を縫ってゆかりが矢を放つ。
 奏夜はというと、静かに召喚器をこめかみに当てていた。

「オルフェウス!」

 竪琴を背負った奏夜のペルソナが、出現と同時にハイエロファント目掛けて突撃する。そして頭上高く竪琴を掲げると、勢いよく敵の脳天へ振り下ろした。
 鈍い打撃音。動きを止めるシャドウに真田が拳を打ち込む。
 一旦身を引くと、召喚器を構えた。シャドウが体勢を直す前に、ゆかりがガルで追い討ちを仕掛ける。
 その間に呼び出された真田のペルソナが、更にシャドウへ攻撃をする……。

「すげぇ……」

 素早い連携の数々に、は小さく呟いた。何とか追撃に参加するので精一杯な自分の力量を、密かに悔やみながら。
 敵に攻撃させる暇を与えない……。つまりそれは、この巨大シャドウの攻撃が、一撃でも加わったら手痛いことになるという意味があることも自ずと理解した。だからこそ必死に彼らの勢いに食らいつき、意地で続いて行った。
 ふと奏夜が剣を構え、を見やる。

「切り込むよ」
「っ、任しとけ!」

 二人は同時にシャドウの懐に飛び込んだ。奏夜の剣が、の刀がシャドウの身体を貫く。
 同時に払われた刃に腹から切り裂かれたシャドウは、今度こそ体勢を崩した。

「来た、総攻撃チャンスっ!」
「いくよ、皆」

 四人は一斉に、シャドウへ畳み掛けた――。



◆◆◆



 シャドウの姿が霧散し、完全に消失すると、風花から労いの声が入って来た。

『お疲れさまでした、無事に倒せて良かったです』
「うん、今から戻る」

 そう短く奏夜が答え、踵を返す。剣を腰にさげて、ドアノブを掴み――そこで奏夜は止まった。
 ドアノブを何度も回し、遂には無言になる彼に、真田が声を掛ける。

「どうした、天谷?」
「……開かない」
「何っ?」

 奏夜に代わり、今度は真田がドアを引っ張る。乱暴に回されるドアノブが、がちゃがちゃと音を立てる。更に扉を押して、次は引いて、また押してみる。
 びくともしない。

「くそっ、駄目だ。本当に開かないぞ」
『そんな……なぜ?』

 此方の異変を察したのか、それとも何かあったのか、風花の動揺した声が響く。

『部屋にまだシャドウの反応があります! さっき倒したのとは別のシャドウです!』

 疲労が見え始める一行の顔に、動揺が浮かぶ。
 部屋から出られないのは、そのもう一体のシャドウの仕業らしい。だが目に見えてその存在を捉える事はできない。まるで訳が判らなかった。
 風花が外からルキアで探知を続ける中、たちも部屋を調べ始めた。
 シャワー室、トイレ、ベッドの下……。そこらじゅうにあるものを引っ掻きまわす勢いで調べて行ったが、特に怪しいところは見当たらない。

「ちっくしょー、判んないや……」

 再度各々で部屋を調べ回る。はそれこそ部屋の隅から壁をべたべた触って確認していった。疲労と混乱で、半分泣き声である。
 そんな中、ふと、ゆかりが顔を上げた。部屋の壁に備え付けられている、大きな鏡が目についた。それをじっと見つめて、首を傾げる。

「この鏡……何か変じゃない?」

 呟いたゆかりが違和感を確かめようと皆を呼んだ瞬間、鏡は、まばゆく発光した。
 その光はゆかりを、奏夜を、真田を、そしてを呑みこんでいった――。

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