幾らハードな影時間を抜けたとて、学校は平常どおりにある。むしろ普通の人にとってはそれが普通で、影時間を経験する自分たちの方が異質なのだ。
しかし、毎夜の奮闘の疲労が残る身体は、いささか重たい。の場合、そこにバイトもブッキングするため、他の活動部のメンツに比べると消耗が激しかった。
もうすぐテストなんだし、バイトを控えた方が良いかもしれない。
そんなことを考えながらは、ゆかりと風花に挟まれながら登校していた。彼女たちから、相談を受けていたのである。
「奏夜くんと順平くんがねぇ……。ごめん、判らないな」
「やっぱり? でも何か順平がすごい勢いだったからさ……」
「奏夜くんも心当たり無いみたいだし」
七夕の夜、シャドウを倒した後のこと。がバイトに直行したあと、順平と奏夜が喧嘩になったらしい。と言っても順平が一方的に怒り、奏夜に言い募った形だったらしい。その原因を何か知らないか、と、彼女たちはに相談してきたのだ。
しかしにも判らず、結局力にはなれずじまいであった。
彼女たちが落ち込むのを見て、励ますようには笑った。
「大丈夫、すぐ仲直りするよ」
「だと良いけど……」
「俺も、そろっと探ってはみる。何となく順平くんの気持ち、判る気するし」
「え? ……うん、ありがとうくん」
「いーって事」
予鈴が鳴った。
が「やば」と呟き、駆け出す。ゆかりもすぐに後に続き、風花も慌てて追い掛けたのだった。
◆◆◆
放課後になるや否や、は隣のクラスに突撃した。今まで目立たないように生活してきたにとってこの行動は、大胆なほうに分類された。
しかし腹を括ったように、周りの視線を気にすることなく、堂々と、は突撃を行った。
この位なんだ、とは胸中でぼやいた。
いつの間にかラブホテルの個室にいたと思ったら、いきなりシャワールームから学校で人気の先輩が半裸で出て来ることに比べたら、大概の事は何とも無い気がしている。
今年の七夕は、に要らぬ度胸をプレゼントしてくれたらしい。
「順平くん、一緒に帰ろう!」
「え、?」
「さあさあ行くぞー」
戸惑う順平を鞄ごと引っ張る勢いで、はずんずんと歩く。状況を理解できないまま、順平は、に引き摺られるようにして学校を出るしかなかった。
――と、に連行された順平がやって来たのは、巌戸台駅前の甘味処・小豆あらいだった。
「あ、白玉あんみつ2つお願いしますー。……さて!」
注文を手早く済ませ、少しの沈黙で心を整理すると、は順平に向き直った。
「奏夜くんと喧嘩したんだって?」
「……関係ねーだろ」
単刀直入なの物言いに、順平は、明らかに不機嫌そうに顔をしかめた。
は困った。自分には遠まわしに探りを入れるような器用さは無い。真正面から聞くしかないのだ。
とりあえず、運ばれてきたあんみつに手を付けることにする。はスプーンを手にしながら、友人の顔色をうかがった。
「うん、そうかもしんないけど。……えと、あんみつ嫌いか?」
「嫌いじゃねーけど……」
「じゃ、ほら、まぁ食べて」
やや強引にに勧められ、順平が応じる。
浮かない様子の順平を見ながら、は、勢いで行動した自分を恥じつつあった。
――俺、かなりお節介じゃない?
まだ半月も交流していない相手が、首を突っ込める話なんだろうか。
しかし、友情の深さと年月は必ずしも比例するわけではないはず。
何より風花たちに「探ってみる」と話した手前、投げ出す訳にはいかない。
思案しつつも食は進み、反して話は止まり、ほぼ無言のまま、互いにあんみつを平らげてしまった。
「……出ようか!」
の一言に、順平も頷く。
会計はが持つつもりだったが、順平が「女の子にたかったみたいじゃん俺」とぼやき、結局割り勘になった。気を遣うつもりが遣わせてしまった自分の情けなさを、は苦笑いで噛み殺した。
気まずい沈黙の中、二人は寮を目指し、並んで歩く。夕方とはいえ、七月に入ると蒸し暑い。しかし、沈黙が与える居心地の悪さが勝っていた。
「……あのさ」
沈黙を破ったのは順平だった。
は順平を見た。彼の話そうとする意思を感じ、静かに次の句を待つ。
「オマエは、イヤじゃねえのかよ。だいたい時期は同じなのに、ひとりだけ出張るのとかさ、その……」
「……奏夜くんがリーダーなのが?」
が聞き返すと、順平は小さく頷いた。苦いものを無理に留めて味わっているような彼の表情に、は納得した。「やっぱりそういうことか」呟き、静かに受け止めたに、順平は言い募る。
「そりゃあペルソナいっぱいあんのはすげーけどよ。けどオレにだってペルソナがあるし、ちゃんとやれるって……。でも先輩たちも皆、アイツばっか持ち上げて……」
はまたしても困っていた。
男としては当然の羨みである。自分も「もう少し皆みたいにやれたら」と、経験不足を痛感していた。日々力不足を悔やんでいるが、思ったように能力は伸びるものではない。
順平と奏夜が戦いに身を投じるようになったのは、ほぼ同時期だと聞く。だったら、葛藤は尚更のことであろう。
こんな客観的な俺は、もう少し順平くんを見習うべきなのかもしれない。
何処か自分は「このぐらいでいい」と思っているのかもしれない。だから力不足だと感じていても、順平のように憤るほどまでいけないのではないか――。
が俯く横で、順平は話し続ける。
「真田サンだって、後輩に任せて悔しくねーのかよ……。任せるにしたって、何でオレじゃねーんだよ……」
「まあ、落ち着けって、順平くん」
「落ち着いてるっての!」
順平は声を荒げた。初めて聞く声量だった。その大きさに、は慌てて周囲を確認した。幸いなことに自分たち以外に人が通る様子はない。
の想像以上に、順平の胸中は複雑で、荒れているのだ。
「だって、悔しくねえのかよ」
「俺には……リーダーとか、無理かなって」
「はぁ?」
順平の怪訝そうな声にめげることなく、は素直に答えた。
「戦ってると自分のことでいっぱいなのに、そんな中で周りに気を回せるほど器用じゃない。だから俺、それこなせる奏夜くんはリーダー向きだと思うよ」
しかしの返答は、順平の不機嫌に拍車をかけてしまった。
「お前も奏夜サマサマってわけね」
「そういうわけじゃ……」
「だよな、ビビってるだけだもんな。ようは綺麗なこと言って逃げてんだろ」
は何も言えなかった。
自分が逃げているのは、紛れもない事実だ。
それを隠して、当たり障りない言葉で奏夜を肯定しようとした。
それは順平に対して失礼な行為だった。
「男同士なら、気持ち判るかもって思ったけど……オマエ、やっぱ中身まで女々しいじゃん。そのくせして『自分には気持ち判るよ』みたいな顔して、お節介やいてくんじゃねーよ!」
は顔を上げた。柳眉を寄せ、不機嫌そうに低い声で返す。
「それ、今の話と関係ある? 自分が苛々してるからって、そういう八つ当たりアリかよ」
「親切ぶってつついてくるよか良いだろ!」
順平は、順平らしくない程の剣幕で捲し立てる。
「だいたいお前みてーに、平気で女の格好してヘラヘラしてられるような奴に、何が判るってんだよ!」
は言葉を失った。出て行くはずの空気が、喉奥に引っ込んでいくのを感じた。
鈍器で殴られたような、強く重たい衝撃だった。
“女の格好してヘラヘラしてられるような奴”――。その通りだ。傍目にはそうにしか映らない。
だがの本心は、女装の理由は、全く違った。何かから逃げるためではない。自分なりのケジメだった。しかしそれを打ち明ける勇気もつもりも無い。
は何も言い返せなかった。胸や頭の中で、言い表せぬ靄が渦巻いた。吐き気がするほどに、苦しかった。
今日何度目かの沈黙が、二人に重たくのし掛かって来る。
……遂に耐え切れなくなったように、順平が口を開いた。
「……先帰る」
やはりは何も言わなかった。
それから、順平が立ち去ったのを確認すると、逆方向に向けて駆け出した。
情けない半泣きのまま、無我夢中に足を動かした。
遠ざけて久しい自己嫌悪の波に呑まれながら、は声にならない声を上げていた。
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