美鶴が告げた事実に、重い沈黙が広がり、部屋を満たしていった。
 隠されていた事故の真相に、誰もが反応できず、ただ呆然とするばかりである。
 そんな中、沈黙を破ったのは、美鶴に真相を問い質したゆかりだった。

「それじゃこの部の活動って……無関係の私たちを使って、その時の後始末ってこと?」

 訊ねるゆかりの声はひどく震えている。
 対する美鶴は無言だった。
 その沈黙が肯定であることをゆかりは悟り、きつく美鶴を睨んだ。

「……騙したんですか?」

 何も答えない美鶴から、今度は真田へとゆかりの視線が移った。

「真田先輩だって知ってたんでしょ? これじゃ私たち、都合よく利用されてるだけじゃない!?」
「それは……」

 真田は渋い顔をして言葉を詰まらせている。ゆかりを納得させるだけの答えが彼には無かった。しかし、ゆかりの指摘通り彼も事実を知っていながら隠していたらしいことは知れた。
 その態度が更にゆかりの怒りに拍車をかけた。

「それとも先輩は、戦う理由なんて、どうでもいいってことなんですか?」
「そんな風に言った覚えはない!」

 怒りのままに叫ぶゆかりにそう反論しながらも、真田は次の句が言えなかった。

「理由なら……あるさ……」

 苦しそうに声を詰まらせ、真田が俯く。
 ゆかりが更に口を開きかけた時、それを美鶴が遮った。

「どう取ってくれてもいい……黙っていたのは、確かに私の意思だ。……済まなかった」

 だが、と美鶴は続けた。

「しかし、筋道よりも君らを確実に引き入れることのほうが私には大切に思えた。理不尽だろうと戦えるのは私たち“ペルソナ使い”だけだからだ」

 美鶴は目を伏せた。
 悲しそうな、辛そうな眼差し。全てが自分のせいで自分が悪いとでもいうような、強い自責の念を感じさせながら美鶴は零した。

「それに私には……力を得るかどうか選ぶ余地などなかった。私は……」
「美鶴……もういい」

 労るような真田の声に、美鶴は口をつぐんだ。
 気まずい空気の中、ただひとり、幾月は穏やかに口を開いた。

「罪は過去の大人たちにある。そして彼らはみんな自らの行いによって命を落とした……今はもう、当事者はいないんだ。いわれの無い後始末なのは、みんな同じなのさ」

 さて、と、幾月は話題を切り換えた。その淡々とした調子が、沈んだメンバーたちにとっては大いに助けとなった。僅かに顔を上げて、たちは幾月の言葉に耳を傾ける。

「事故から10年……シャドウ達がどうして今になって目覚めたかは、本当に分からない。でも目覚めたって事は、見つけて倒せるって事でもある。これ、どういう事か分かるかい?」

 皆は合点がいかない風に首を傾げたり、視線を巡らせた。
 そんなメンバーの様子を微笑ましそうに見つめながら、幾月は付け加えた。

「あの12体こそ、全ての始まりなんだ。……と言ったら、分かるかな?」

 その言葉に、真田が目を見開いた。

「奴等を全部倒せば……影時間やタルタロスも消える……?」
「その通り!」

 幾月が満面の笑みで頷く。それから皆を見回す彼の様は、何処か自慢げである。

「さっきは話の腰を折られちゃったけど、どうだい、朗報だろ? 確証となる記録もあるんだ。ここからが本当の戦いの始まりだね」

 本当の戦い――。
 幾月の言葉に、自然とメンバーたちの気が引き締まる。
 果てが無いと思われた戦いに、希望が見えたのだ。
 さっきまでの重たさを払拭されるような気がして、は、自然と顔に笑みが滲んでいくのが判った。
 怖い、大変だ、と必死に戦っている自分たちの努力は無駄ではない。
 そう思うと嬉しくなった。

「事情がどうあれ、人を守る為なのは変わらない。シャドウ達は、だんだん力をつけてる。待ってるだけじゃ勝てない」

 幾月の言葉に、誰もが頷く。
 それを見た幾月も嬉しそうに頷いて返した。

「それに、タルタロス自体にも謎は多いからね。何故あんな巨大なものが現れたのか……。僕らの知らない“答え”がきっとある筈だ」

 そうして、11日の夜は、得も言われぬ重たさと、新しい希望を抱え、更けていったのだった――。



◆◆◆



 しかしは、あの夜で全ての疑問を解決できた訳では無かった。
 誰にも話してはいないが、10年前の事故は、にとっても大きく重要で、関わりのあるものなのである。
 あの事故の夜、どんな記録にも残っていないとしても、は――大切なものを失ったのだ。
 そう思うと、本当の戦いや希望のことが薄れて行く。

(……怪我人はいなかった、なんて。嘘だろ)

 考え込むうちに澱みかけた思考を振り切って、は顔を上げた。
 悩むのも考えるのも、自分の柄ではない。
 それよりも目の前のことに向き合おう、とは気を取り直した。

「風花ちゃん!」

 びくりと肩を震わせ、風花が丸い目でを見つめる。

「なに? くん」
「勉強おせーてっ!」

 それは、なりの気遣いだった。
 あの話以来、風花は皆の顔色をうかがっては、寂しそうに目を伏せている。感受性豊かな彼女は、気まずくなったこの寮内の現状を、誰よりも悲しんでおり、悩んでいるのだ。
 そんなの思いに気付いたか定かでは無いが、風花は笑って頷く。

「良いよ。一緒に勉強しましょう」
「やった! ……あ、俺こないだ作っといたクッキー持ってくるから、摘みながらまったりやろ」
「うん、ありがとうくん」

 は早速自室へ向かうと、勉強道具を抱え、風花の待つラウンジへと戻って来た。
 すると、丁度帰って来たらしい奏夜と鉢合わせた。彼は「ただいま」と短い挨拶をすると、の横を過ぎ、すたすた階段を上っていった。

「……じゃ、風花せんせ、よろしくお願いしまーす」
「ふふ、こちらこそ」

 そうしてと風花の二人は、ラウンジにてテスト勉強に取り掛かった。
 は、自身の頭脳が悪くも良くもないことを自覚していた。対する風花は常にトップクラスの成績を誇る優等生である。そのため、が突っかかった問題を、風花が解説するというスタイルで勉強は進んだ。
 風花の教え方は丁寧で判り易かった。しかしその癒し系とも言える雰囲気とボイスは、の中の睡魔をじわじわと引き摺り出して行った。どちらかと言えば勉強が嫌いなの性格にも問題があった。
 しかしと睡魔の格闘は、突如終わりを告げる。

おきろおおお!」
「おはっ!?」

 不意に現れた何者かが、真後ろからの両肩を揺さぶったのだ。唐突な衝撃に仰天し、慌ててが振り返る。
 ……そこには、奏夜が意地悪そうな笑顔で立っていた。の声に驚いて風花が顔を上げる頃には、その笑顔は爽やかなものへと転じていた。
 は腹の底で「こんちくしょう」と恨み事を呟いた。
 そんなを他所に、奏夜は風花の隣へと腰を下ろした。テーブルに自身の勉強道具を広げながら、のんびりと告げる。

「俺も仲間に入れて」
「か、構わないけれど……」
「いきなり絶叫とかさあ止めてよリーダーびびったじゃんけー!!」
「そんなの知らない」

 の抗議を涼しい笑いでかわすリーダーに、風花は思わず笑いを零した。
 その夜は、三人仲良くテスト勉強をして更けていったのだった。

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