緑色に澱む街を、二人で歩く。
棺桶が立ち並ぶ様は、幾らか慣れたとは言え気味が悪い。
は申し訳なさそうに眉尻を下げた。
「ごめんなぁ、順平くん」
呟くの顔色は冴えない。未だに彼は、死神と対峙した恐怖を引き摺っていた。
その姿を見て、順平は首を振った。「気にすんなって」自分の肩を掴むの手が震えていることには触れず、順平は言った。
「オレも初めて見ちゃった時は死にそーだったしな。戦ったことは無かったけど、アイツむちゃくちゃ速いじゃん? おまけに何あの銃、何あの長ラン! 怖すぎるっつーの! 慌ててオレたち脱出ポイントまで逃げたもんよ」
は思わず笑った。随分と饒舌な順平から、自分を励まそうとしてくれているのが伝わってきたからだ。久しぶりに友人と突っかかりなく話せている嬉しさもあっただろう。
そんなを見た順平も、小さく笑う。
「……ってな感じでオレらもさ、今までアレ相手に危ない目はあってきたけど。あんな間近で死神と鉢合わせたのはが初めてだなぁ。すげーじゃん」
「マジかよ? 自分の不運っぷりを呪うわ……。順平くんいなかったらガチで死んでたもん……」
死神に対する話題は収束し、細やかな沈黙が生まれる。
その沈黙を破るように、順平は再び口を開いた。
「あのさ、」
「ん?」
言い辛そうに顔をしかめる順平を、はじっと見つめた。黙って彼の次の句を待つ。
順平はしばらく悩んでいた。どう言うべきか探っているような、複雑そうな表情で。更にもう少し悩んだ挙句、彼はようやく切りだした。
「こないだは、悪かったよ。オレ……酷い事言っちまったよな。マジごめん」
は目を丸めた。考えるまでも無く順平が、先日の喧嘩の件を謝っているのだと判った。
何時もだったら明るくヘラヘラと返すところだが、今は生憎そんな元気はない。
意外な順平の言葉に、はただ戸惑った。上手い言葉が出ず、しどろもどろになりながらも何とか答える。
「あ、いや、本当のことだったし、気にしてないよ」
「でもあん時、泣きそうだったろ」
「んー、でも今は大丈夫だし……本当に平気だから。俺も、不躾だったし。ごめん……」
は力なく頭を下げた。それから、順平の顔色をうかがうようにゆるゆると顔を上げる。
順平は不満そうだった。そして、拗ねた子供のような調子で声を荒げる。
「いーから! 無茶苦茶悩んだ結果なんだぞ、とにかくオレがごめん! オマエがよくてもオレが釈然としねーのよっ! だからやっぱ謝んなきゃだろ? 男として!」
「う、うん? そだな、こちらこそ……」
「よっし! じゃあまた改めてよろしくな!」
言い切った途端、順平の笑顔が復活した。何かを自分に言い聞かせるように、うんうんと頷いて、彼はすごく満足そうだった。
はそんな順平の様子に呆気にとられながらも、不思議と嫌ではなかった。似たような勢いの良さに覚えがあった。一体似ているんだっけ、と考えてすぐには思い当たった。
――ああ、俺じゃねえか。
強引に意気を取り戻した順平の勢いが自分と似ていることに気付くと、は思わず噴き出した。
「やっべーわ。俺さぁ、順平くん超大好きだわ」
「おぅ? そりゃあこんな美男子なかなかいねーからな!」
「美男子とまではいかなくてもまぁ、確かに格好良いよ」
「そ、そこは全部しっかり否定してくれた方いんすけど」
中途半端に褒められたら照れくさいだろー、と順平は嬉しそうにぼやいた。
彼の反応を見て、は更に笑った。
「本当にありがとうな。そして今後ともよろしく」
は歩みを止めると、順平の肩に掛けていた腕を離した。それから左手に携えていた刀を支えに立ち直すと、無言で順平に右手を差し出した。
それに対して順平も無言で応じ、の右手をしっかりと握った。
言葉なき友情を誓う、かたいかたい握手が交わされた瞬間だった。
しばらくしてから手を離したと順平は、どちらからともなく笑い始めた。
「っはー! はっずい、はっずいわー! 何この青春っぷり? 大袈裟っしょー!」
「はははっ、俺も我ながら堅苦しいと思った! でも良いじゃん、青春はフルに満喫しないと!」
「だな」
語りあいながら、二人は顔を見合わせた。
今、間近にある青春とは何か。
テスト地獄を乗り越え、喧嘩を乗り越え、今や肩を並べた二人が脳裏に描いたもの。
それは――。
「屋久島か」
「屋久島な」
屋久島旅行、ただひとつであった。
屋久島と言えば豊かな自然。
つまりは海。
海と言えば――水着である。
我らが特別課外活動部の女性陣のレベルの高さを思い返す。幸いなことにとびきりの美人と可愛い子が揃っているのだ。一生に一度関われるか、というレベルのあの桐条先輩だっている。
普段は制服に隠れた彼女たちの柔肌も、屋久島の陽と海のもとでは、惜しげもなく披露されることであろう……。そう、水着によって。
思春期真っ只中の二人は、想像しただけで震えてしまった。
「っくうー! 神様ありがとー!」
「ああワクワクするっ、明日はしっかり準備しとかねぇと!」
影時間の闇夜とは対照的な、歓喜に満ちた青少年の声が響く。
怪我のことを忘れ、うっかりはしゃぎすぎたがふらつき、慌てて順平が支えた。
「っと。……見掛けによらず、こういう話食いつき良いのなー」
「中身は君と同じ、思春期の男児ですから」
「だな。何か納得した。やっぱオマエも男だな」
は少し恥ずかしそうでだった。頬をかきながら「そりゃあなぁ」と小さく頷く。
「あの麗しいメンツじゃあ、男のサガを押さえろって方が無理だろ」
「でもオマエ、部屋、女子の……」
「女性陣のオソロシサも心得てるつもりだ。……間違っても下手な真似はしないよ」
死にたくないし、とが小さな声で続けた。
は、成り行きで女子の階の部屋があてがわれたままだった。別に男子の部屋に移っても良いのだろうが――というか移るべきだと自身は思っていたのだが――、周りが言及しないため、現状のままとなっている。
「それに、今となっちゃあ、良かったんじゃないかな。夏の間は天田くんって子が来るんでしょ」
「だなぁ。寮に来て女子部屋あてがわれたら……みたいに淡々とはできないだろーな」
夏休みに入ってからのことらしいが、幾月たちがら寮生にそう話したのである。
初等部の天田乾という少年が、自分たちの寮に来るということ。彼は両親を亡くしており、夏休みの間、ひとりで寮にいるのも可哀相だという幾月の計らいだった。
しかし理由はもうひとつある。
巌戸台分寮に招くということは、天田にも“適性”が存在するということなのだ。
影時間を知り、ペルソナを発現させる力。
小学生が持つには重たいだろう、とは思った。自分たちでも辛いのだ。小さければ尚更辛いだろう。
がそんなことを考えていると、ふと順平が訊ねてきた。
「でもよー。天田が来たって部屋は余ってんじゃん」
「ああ、真田先輩の隣んとこ? あそこ、もう住人決まってるんだって。だから駄目なんだと」
だから自分があの部屋になったのは、正解だったのかもしれない。
答えながらそう納得し、は何となしに空を仰いだ。
――何時かの日、「自分はこの部屋で良いんだろうか」と呟いた時の、女性陣の反応が蘇る。
「うん、なら平気じゃない?」
「ああ、なら大丈夫だろう」
「だって、くんだもんね」
どういう意味なのか気になった。
自分は男として認識されていないのだろうか? 何かがやらかしても造作なく対処できるといことなのだろうか?
考えれば考えるほど余計なダメージを被りそうな気がして、はそれ以上口を開くことができなかった。
「……まあ、元気出せよ」
黙したの心情を察したかのように、順平が彼の背をぽんと叩いた。
は無言でこくりと頷く。
そうして二人は巌戸台分寮へと帰ると、真っ直ぐに各々の部屋へ帰り、眠りについた。
夢の屋久島旅行は、もう目の前である。
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