転寝の最中、は衝撃を感じた。
 べしん、と、頭をはたかれるような、地味な痛みだった。というか、間違いなくはたかれた。
「なんだよぉ……」が不機嫌そうに呻きながら瞼を開けるや否や、怒声が響いた。

「屋久島着いたぞバカー!」
「じゅ、順平くん?」

 怒声の主である順平の顔は泣きそうであった。は寝ぼけるどころか一気に覚醒し、目を丸めた。
 ぺしぺしとをはたきながら、順平は叫び続ける。

「オマエ、変なタイミングで船酔いなんかしやがってー! オレと風花であの重たい空気なんとか持ち上げてたんだぞ!」
「ああ……、そういうことか……」

 は申し訳なさにうなだれた。
 滅多に乗らない船に乗ってはしゃぎ、つい珍しいからと船から身を乗り出す勢いで波を見つめていたら船酔いしてしまったのである。
 少し休むつもりでソファーで横になってから、そのまま寝てしまったようだ。

「安心してくれ順平くん……。陸に上がったら俺も本気出す」
「おう、頼りにしてんぜっ!」

 順平とはがっしりと手を握りあった。
 7月20日、今日から三泊四日の屋久島旅行である。
 案内された桐条の別荘は、まさしく「世界の豪邸」という佇まいであった。普通に学生生活を送っていたならばその邸内へ入るどころか、一目見ることさえ無かったであろう。
 そして……本物のメイドを目にする事も無かったはずだ。

「ようこそいらっしゃいました。どうぞこちらへ」

 黒いドレスに、シミ一つない真っ白なエプロンを纏った由緒正しきメイドの女性たちの出迎えに、美鶴と真田を除く一同は呆然としていた。

「メイドって、実在してんだな……」
「やっぱり先輩、スゴい人なんだ……。改めて実感」

 そんなメイドたちの姿が何ら変哲無い普通なことであるふうに、美鶴はたちを振り返る。「まあ、ゆっくりしてくれ」と小さく笑う生徒会長の凄さを、まじまじと実感したのであった。



◆◆◆



 降り注ぐ太陽の下、順平、真田、奏夜は、女性陣より一足先にビーチへとやって来ていた。

「んー、この、ビーサンに足の指の付け根が食い込む感じ…ようやく“夏”実感だぜ!」
「沖に目印になるような物は無いな…。泳ごうかと思ってたが」

 喜び両手を上げる順平の横で、真田は海をじっと見つめている。こんなときでも彼はトレーニングのことが頭から離れないらしい台詞だった。
 そんな真田に何やら言おうと振り返った順平は、しかし、目に飛び込んできた衝撃的な光景に驚愕した。考えていた言葉は全て吹っ飛び、ありのままの叫びが漏れる。

「ちょ、なんスかその水着!!」
「何がだ?」
「ブーメランなんて……んなピッチピチの、エグいっすよ!」

 つられて真田を見た奏夜も噴き出しかけた。
 どう頑張って意識を逸らしても入ってくる、ある意味見事とも言えるブーメランタイプの水着。真田らしいといえばらしいのだが、とてつもないインパクトだ。
 ぴくぴくと痙攣しそうな頬を気合いで押さえ、一生懸命差し支えない言葉を絞り出す。

「さすが真田先輩……。先輩じゃないとソレは似合いませんね」
「そうか? 泳ぎやすいんだぞ」

 笑う真田に、順平は溜息をついた。「まるで海のことを何も判ってない」と言いたげに首を振る。

「出ました、遊びに海来たのに黙々と泳ぐタイプ」
「悪いか。お前こそ何して過ごす気だ」
「そりゃあ、夏で海と言ったら、お楽しみは決まりっしょ! ほら……来た来た!」

 答える代わりに、順平が輝く視線を向けた先にいたのは……ゆかりだった。
 彼女は遠目に見ても判る順平の異様なテンションを悟り、少し不審そうな顔で歩いて来た。
 ピンクのビキニにデニム生地のホットパンツという姿は、何時も以上に健康的な魅力を放っている。順平ほどではないにしても、男子としてはいささか気持ちが浮ついても仕方が無いだろう。

「え……なに?」
「おーっ、ゆかり選手、想像より結構強気のデザインですな! やっぱ部活でしぼれてるって自信が、大胆さに繋がってるんでしょうか!?」

 順平が嬉々と解説する横で、真田が溜息をついた。奏夜はどうでもよさげな何時もの表情である。しかし順平はひとり盛り上がる。寧ろ順平の素直な反応は、青少年としては健全な姿であろう。
 そこに風花もやってきた。髪色よりずっと淡い青色の水着が可愛らしい。普段はしっかり制服を着込んでいる風花の露出やへそ出しというのは、不思議な新鮮さを持っていた。
 少し恥ずかしそうに周りを見渡しながら、風花が口を開く。

「パラソル……空いてるとこ、勝手に使って良いのかな?」
「おっとー、続いては風花選手ですなー」

 そんな風花をまじまじと見つめ、順平がほんのりと頬を染める。彼女の質問に答える余裕は今の彼にない。麗しい女性陣の水着姿にすっかり気を取られていた。

「つーか、風花オマエ……メッチャ着痩せするタイプ…!?」
「え……ええっ?」

 風花が火でもついたような勢いで真っ赤になる。相当恥ずかしかったらしい。黙り込んでしまった彼女に、順平はいきいきとした笑顔を見せた。

「そんなハズかしがんなくてもイイじゃんよー。ムフフ」
「ムフフって、変態かっつの!」
「そんで、トリを務めますのは……」

 ゆかりの鋭い言葉にも順平はめげない。
 ――白いパレオを纏った美鶴がやってきた。胸元を飾る赤いハイビスカスがまた似合う。美鶴の日本人離れした魅力と容姿だからこそ様になっていた。
 その完璧さの余り、順平のみならず、同じ女性である風花とゆかりですら美鶴を凝視している。

「桐条先輩、キレイ……」
「ホントすっごい、白くてキレイ! 日焼け止め、もう塗りました?」
「い、いや……」

 二人が放った思わぬ言葉に、美鶴の頬が赤くする。クールビューティとして有名な彼女の、貴重な照れ顔であった。
 きゃいきゃいと騒ぎ始める女子から視線を逸らし、ひそひそ声で順平が奏夜に話しかけた。

「おい、オマエって、どのタイプがイチオシよ?」
「どうでもいい……」
「まーた、そういうこと言って~。このムッツリめー!」

 盛り上がる一行に、ひとつの人影が歩み寄って来た。

「うはー。皆眩しいねー」

 順平が顔を上げる。
 皆も自然と声のした方を見た。
 そして誰もが首を傾げた。
 ――これは誰だ?
 暖色系のパーカーベストと水着を着た少年だった。黒髪を幾つかのピンでまとめ、整った顔立ちに快活そうな笑みを浮かべている。その顔に見覚えがあるような気がするが、いまいちぴんと来ない。
 固まる皆を見て、少年はおかしそうに声を上げた。

「やっだなー皆。俺だよ俺」
「え? その声…」
「そうだよだよ!」

 一同は目を丸めた。
 といえば女装男子……そんなイメージが定着していた。しかし目前のはどう見ても男の格好だ。流石に女性の水着は着れなかったのか、それとも別の理由なのか。
 どちらにせよ、初めて見る“少年”の姿をしたに、驚きを隠せなかった。

「うそっ、? オマエ、本気出すってこういうこと!?」
「よく見たら本当にだ。だよ」

 順平と奏夜の言葉に、が恥ずかしそうに頬をかく。

「たまには男らしい格好しなきゃね。どうかな、ちゃんと男に見えてる? こういうのアリ?」
「ちょっと軽そうだけど……うん、アリかな」

 普段は鋭い指摘の目立つゆかりの優しい言葉に、はガッツポーズをしてみせた。その喜びようを見て、大袈裟なんだから、とゆかりが笑う。
 順平はそんな様子を一通り見守った後、ぐるっと海の方を見た。

「よっしゃ、全員集合したし、そろそろ水に浸かるとしますか! 行くぜっ!」
「待てっ、一位は譲らん!」

 駆け出す順平を、真田が追いかける。
 すっかりはしゃぐ彼らを見て、美鶴はくすりと笑った。

「全く……子供だな」
「ふふっ、だって私たちまだ未成年ですから。子供ですよ」
「そうね」

 風花とゆかりが、美鶴と共に海に向かう。
 も続いて海に向かおうとして、「奏夜くんもいこーぜ」と振り返り、はたと止まった。
 奏夜が何やら森の方を見つめているのだ。何かいたのだろうか? は奏夜に訊ねた。

「どした?」
「……視線を感じたんだけど、気のせいだったかな」
「ん? ……そうか」

 しばしの間ふたりで森を見つめていたが、特におかしなところは無い。
 やはり気のせいだったのだろう。
 海では先に入った友人たちが盛り上がっている。「おまえらも早く来いよー!」順平が両手を振って此方に向かって叫んだ。
 奏夜とは、揃って海へと入った。

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