海で散々遊んだその日の夜――。
 一同は美鶴の父、桐条武治に呼ばれて、別荘の応接室へと集合していた。

「美鶴からだいたいは聞いているな。すべては大人の……我々の罪だ。私の命一つで贖えるのならとうにそうしていたところだが、今や君らを頼る他ない。――すまない」

 重々しい謝罪ののち、武治は話し始めた。

「私の父、鴻悦が怪物の力を利用してまで作り出そうとしたもの……。それは、“時を操る神器”だ。時の流れを操作し、障害をすべて事前に取り除ける、未来を意のままにできると言っても良い」

 話の大きさにが目を丸めていると、順平がそっと耳打ちしてきた。

「野望のサイズがデカいな」
「うん、いきなり話がおっきくなった」

 まだ話のスケールに戸惑うが返事をしている間にも、話は続く。

「だが研究は父の指示によっておかしな方向に進んで行った。晩年の父は何かとても深い虚無感を持っていたようだ。今にして思えば、父の乱心は、それを打ち破る為に始まったのかもしれん……」

 武治は一瞬だけ目を伏せた。には、親の異変を気付きながら止められなかったことを悔やんでいるかのように見えた。

「――君らが全てを知りたいと望むのは当然のことだ。私にも伝える義務がある」

 武治の言葉を合図に、部屋の照明が落ちる。ごう、と僅かに物音が響く。反射的にたちが視線を上げると、天井の隙間からモニターが下りてきた。壁一面を覆わんばかりの大きさだ。
 ザザ、と酷いノイズ交じりの映像が、そのモニターに映し出される。

「現場にいた科学者によって残された、事故の様子を伝える唯一の映像だ」

 武治がそう説明した。
 幾らか砂嵐が和らぎ始めたモニターに、ぼんやり人が映っているのが判った。だが、顔はよく見えない。

『この記録が、心ある人の目に触れることを……願います』

 辛うじて人だと判るそれが喋り始める。男の声だった。

『ご当主は忌まわしい思想に魅入られ変わってしまった。この実験は、行われるべきじゃなかった! もう未曾有の被害が出るのは避けられないだろう……。でもこうしなければ、世界の全てが破滅したかもしれない!』

 映像は先より幾分か鮮明になっていた。
 荒れた画像でも判るほどの炎が、男性の背後で燃えている。怪我をしているのか、男性は、赤黒く滲むシャツの上から左肩を右手で押さえていた。

『この記録を見ている者よ、誰でも良い。よく聞いて欲しい。集めたシャドウは、大半が爆発と共に近隣に飛び散った』

 死の間際とは思えないくらいに強い声で、男性は続けた。

『悪夢を終わらせるには、それらを全て消し去るしかない!』

 男性の言葉は、理事長が言っていた、12体の大型シャドウの話と結び付いていた。
 心なしか空気が張り詰め、部員の面々の表情も険しくなっていく。
 男性は顔を伏せ、悔しそうに呟いた。

『すべて……僕の責任だ。全てを知っていたのに、成功に目が眩み、結局はご当主に従う道を選んでしまった……』

 不意にノイズが和らいだ。
 男性の顔が、ようやくはっきりと認識できるほどに。
 それを見たゆかりが、人知れず息を呑む。彼女自身も無意識のうちに、ソファーから立ち上がりながら、食い入るようにモニターを見つめていた。

『すべて、僕の……責任だ……』

 何かを確信したゆかりが、顔を歪める。

「――お父さんっ!」

 男性を囲む火が強くなる。爆音と共に、火が舞い上がり、硝子のような破片たちが炸裂し、ブツリと映像は途切れた……。
 呆然と立ち尽くすゆかりに、美鶴は戸惑った。とても声を掛けることが出来ず、代わりに彼女は父を顧みた。

「お父様、これは……!?」
「彼は岳羽詠一郎。当時の主任研究員で、実に有能な人物だった」

 武治は静かに続ける。

「その彼を見出して利用し、こんな事件にまで追いやってしまったのは我々グループだ。――詠一郎は、桐条に取り殺されたも同然だ」

 取り殺された。
 その言葉に、ぴくりとゆかりの肩が震えた。

「それって……つまり、私の父さんがやったってこと?」

 自嘲するような痛々しい笑みを浮かべ、ゆかりは零した。次第にその笑みは歪んでいく。
 苦しみに呻くような声音で、彼女は喋り続けた。

「影時間も、タルタロスも、たくさん人が犠牲になったのも……みんな父さんのせいってこと?」
「おい……岳羽!」

 制止しようとする真田の声も聞かず、ゆかりは続けた。いつ泣き出してもおかしくないほど、少女の瞳は涙で潤みきっている。

「いろいろ隠してたのって、ホントはこれが理由? 私に気を遣って隠してたってこと? そういうことなの!?」
「岳羽、それは違――」
「かわいそうとかやめてよッ!!」

 美鶴の声を遮り、ゆかりが叫ぶ。しかし、すぐ我に返ったように瞬きをすると、彼女は泣きそうな顔のまま、部屋を飛び出して行ってしまった……。
 誰も何も言えなかった。普段は飄々と過ごしていられるも、流石に口を開くことが出来なかった。
 どんな言葉を掛ければ良いのか、判りやしなかった。


 重い空気のなか、奏夜が席を立ち、ゆかりを追いかけた。順平も彼に続いていく。 その後、奏夜と順平と共にゆかりは戻ってきた。飛び出して行った時に比べ、だいぶ落ち着いた様子だった。
 しかし、一度大きく軋んだ雰囲気がそうすぐ戻る筈もない。
 一同は重苦しい雰囲気のまま、旅行一日目の夜を越した……。

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