翌日――。
 順平、真田、奏夜は海へとやって来ていた。
 昨日の気まずさは何のその、ウキウキと女性陣を待つ順平と、どうでもよさそうな奏夜。泳ぐ気満々の真田……。
 そんな三人に歩み寄る、ひとつの足音。いち早く音を聞き付けた順平がざっと顔を上げた。

「このパターンは! だ……な……?」
「あったりー」

 確かにだったが、昨日とは正反対に女らしい格好だった。水色のタンクトップビキニに、ショートパンツ。
 何時ものらしい姿だが、しかし、女物の水着まで持っていたとは……。そして、着てしまう上に似合うとは。
 感心とも驚嘆とも取れるような顔をして、三人はの姿をまじまじと見つめる。
 順平は「まあ、だもんな」と簡単に整理をつけた。両脇のふたりは、まだ呆然としている。
 この空気すら楽しむような笑顔で、は順平に歩み寄る。そして「メイドさんから預かったお手紙だよ」と一枚の紙を差し出した。

「女性陣からの伝言だって」
「え? なになにー……“三人で縄文杉を見て来ます。”……ええっ!?」

 伝言を読み上げるなり、順平は大袈裟なまでに肩を跳ねさせ、目をむいた。

「夏に南の島へ来て、なんで、海に来ねーんだ!? いいのかソレ人として!!」
「お前が原因だろ……」
「昨日のは、重たい空気を何とかしようって、オレなりに気ィ使ったんスからッ」
「俺に言うな」

 精一杯に答えたものの、真田に冷たくあしらわれた順平はますますしょげる。
 どうでもよさそうな顔をした奏夜は、ちらりと順平を見た。

「男だらけで泳ぐの?」
「そんなんゴメンだぜ、持ち合わせが無ければ現地で調達! これ、兵法の初歩なりってね!」

 順平はキリッと鋭い視線で、声高らかに宣言した。

「ズバリ名付けて“ヤクシマ磯釣り大作戦”!」
「いわゆるナンパですな」

 がふんふんと頷く。
 順平はきらきらとした笑顔で真田を顧みると、ずいっと詰め寄った。

「昨日の男バージョンもいたら尚良かったんだけど……ねえねえ、どうスか? 真田サンがいれば絶対イケますって!」
「逆に無理じゃね?」
「なっ!?」

 本人より素早く口を挟んできだの辛辣な一言に、真田は言葉を失った。
 真田の心外そうな眼差しをものともせず、は続ける。

「真田先輩、此処にいる中じゃ一番そういうの向いてないよ」
「な、何だと……」
「偉そうに言うのも何ですが第三者的視点ってことで許してね? ……いくら格好よくても、女心を理解しつつ会話できないと。真田先輩は、気が急いて持論ばっか並べちゃって空気読めないタイプだよ。勿体ないよね」
「んなっ……」
「そ、そこまで言うか!? しかも断言!?」

 わなわなと震える真田の異変を察知し、順平が慌てて話に割って入る。
 しかしは止まらなかった。

「だって普段のファンクラブのあしらい方見てみなよ。スルーじゃん? シカトじゃん? そして普段の真田先輩との会話を思い出してごらんよ。何処かズレて、ひとりで突っ走り気味じゃない? 天然っていうかさ。てか高校生なんて、屋久島リゾートに来てるお姉様がたからしたらオコサマ過ぎて相手にしてもらえないんでないの?」

 超高校級のボクシング部主将も、の前では形無しだった。
 決して間違ってはいない気もするの発言に、順平は困った。先輩をフォローしようと言葉を探すあまり、沈黙してしまう。
 対する奏夜は笑いを堪えるのに必死らしく、頬がぴくぴくと痙攣している。
 そして……散々に言われた渦中の人、真田は、震える拳を握り締めながら顔を上げた。

……その喧嘩、買ったぞ!」
「え? 喧嘩?」
「ずけずけとよくも……。俺に対する挑戦として受け取った! やるからには負けんッ」

 傍から見ると、女の子から散々に言われてフラれた男子のようで、既に勝敗はついているように思えた。
 しかし火のついた彼は止められない。勝負事に熱い真田は、奏夜をがばりと振り返った。

「天谷!」
「っ、はい?」
「順平が言ったな。これも“作戦”なんだろ? リーダーはいつもどおりお前がやれ」

 自分でやらないんですか? という言葉を飲み込み、奏夜は素直に頷いた。
 真田は改めてを睨むと、びしっと指をさして宣言する。

「作戦が成功したら、さっきの発言は撤回して貰う」
「うん。失礼なこと言ってすみませんでした、って謝罪します」
「当然だ!」
「1人でもナンパできたらそっちの勝ちで良いですから」

 がにっこり笑った。何処か、悪どい感じがするのは気のせいだろうか。
 順平と奏夜がひっそり震える中、真田は憤然としていた。

「後で吠え面かいても知らんからな!」

 意気込む先輩の声にも、は不敵に微笑むだけだった――。



◆◆◆



「っ、はははははーー!!」

 微笑みを通り越し、は大声で笑いながら腹を抱えていた。目尻には涙が浮かんでいる。
 彼の目の前には、落ち込む真田と順平、そして冷静なままの奏夜。
 ……ヤクシマ磯釣り大作戦は、見事に失敗した。
 まずファーストチャレンジから全く相手にされず、お姉さん方に「子供はお呼びじゃない」とあしらわれる始末。
 それからはもう、思い出すのも遠慮したいほど散々だった。

「サイッコーにウケるー! 真田先輩は食われかけるし、順平くんも“お姉様”の毒牙にホイホイかかるし!」
「かかる前に逃げたっつーの!」
「うぁっはっはっは、たまんねー!」

 は笑いすぎで息も絶え絶えな状態である。失礼な男だ、とこのときばかりは順平も彼を恨めしく思った。
 奏夜は変わらぬ涼しい顔のまま、ぽつりと呟いた。

「あの時、真田先輩さえ気付かなかったら、今頃順平はどうなってたのかな」
「なっ! 天谷、まさかお前気付いて……」

 奏夜は真田の声が聞こえないふりをして、視線を斜め上空に逸らした。真田は僅かに青ざめながら奏夜を凝視している。
 その時、懸命にと言い合いをしていた順平の声が、不意に消えた。
 何かあったのかと奏夜たちが振り返ると、順平はぼんやり赤い顔で遠くを見ていた。も目を丸くして、同じ方向を見ている。

「やっべぇ、可愛い……」

 順平が小さく呟いた。
 彼らの視線の先にいたのは、ひとりの少女だった。
 白い肌に、陽を受けて煌めく金髪と、青い瞳。スカイブルーのワンピースは膝下より僅かに長く、ひらひらと優しく風に揺れていた。
 少女は桟橋の先に立ち、何か考え込んでいる風に海を見つめていた。
 金髪碧眼の少女を見て、真田も頷く。

「確かに可愛いな……」
「こりゃとんでもないビッグウェーブっすよ! 行きましょ行きましょ!」
「順平、行くってまさか……」
「勿論! これが成功したら今までの負けも返上っしょ!」

 嬉々とする順平を、笑いながらが後押しする。

「うんうん、頑張れ。真田先輩だって負けるの嫌なんでしょ?」

 の言葉に真田はピクリと肩を揺らした。遠退きかけていた闘志が再び燃え上がり、彼を奮い立たせる。

「……ああ、少なくとも順平と同レベルは嫌だ」
「何それどういう事!?」
「行くぞ天谷!」
「えぇー……どうでもいいんですけどー……」

 真田と順平に連行される奏夜は、肩越しにを振り返ると、彼に向けて細やかな恨みの視線を飛ばした。
 発破かけたな、め。
 そしては「ごめん」と、笑っていた……。
 そして、この“ヤクシマ磯釣り大作戦”は、思わぬ形で収拾をつけることになる――。

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