7月29日――。
この日は真田と美鶴が出掛け、タルタロスへの探索も無いということで、皆は早めに就寝していた。
しかし、その眠りは大きな警報の音によって遮られる。
慌てて4階の作戦室に集合した一同は、風花と美鶴の口から事情を聞かされた。
長鳴神社付近にてシャドウの反応あり、と。
反応自体は普通のシャドウだったものの、暴れ方がおかしかったらしい。
「近くにいた明彦が先に向かっているが、念の為、君達も準備してくれ」
美鶴が指示を終えたと同時に、作戦室に通信が入った。
そばにいた風花が素早く応答する。
「はい、こちら山岸です」
『いま現場にいる。悪いが、すぐ来てくれ』
勿論通信の相手は真田だったが、何やら様子がおかしい。
美鶴が素早く問う。
「どうした? 苦戦してるのか!?」
『いや、シャドウは片付いた。……と言うより、片付いてたと言った方が正確だな』
美鶴のみならず、皆が首をかしげた。
片付いてた、とは、一体どういうことだろうか?
真田が続ける。
『俺の代わりにケガした奴がいるんだ。出来れば助けたい』
言うなり真田は、一方的に通信を切ってしまった。
疑問は残るものの、一同は揃って影時間の闇へと踏み出したのだった。
◆◆◆
長鳴神社につくなり、風花が悲鳴を上げた。
「コロちゃん!?」
階段のそばに、白い犬が血塗れで横たわっている。
――コロマル。今は亡き神社の神主が飼っていた、アルビノの柴犬だ。
普段は凛々しい表情も、今は怪我のせいで辛そうに歪んでいる。
「すぐ手当てしないと!」
「とにかく止血と消毒だな」
風花やゆかりがコロマルに駆け寄り、手当てを始める。
その様子を見守りながら、真田は口を開いた。
「全く、大した奴だ。何しろ犬がシャドウに立ち向かって、しかも倒したんだからな」
順平と奏夜が目を丸めた。
「え、待てよ、それってつまり……」
「コロマルは、ペルソナ使い?」
真田が頷く。
順平と奏夜は声を上げて驚いた。
アイギス――ロボットの次は、犬までもがペルソナを発現したとは。
ペルソナは心の力。つまり心さえあれば、種族や姿形は関係ないのだろう。……と考えれば、納得出来なくは無い。
召喚器も知識もなしに想いの力でペルソナを発現し、シャドウを撃退したその強さには感服するしかない。
不意に、コロマルを見つめていたアイギスが顔を上げた。
「“守った”……と言っています。ここは“安息の場所”だそうです。――あそこに、花束が」
アイギスの指差した先、鳥居のそばには、確かに花束が供えられていた。
風花が目を丸める。
「あの花束……もしかして、神主さんが亡くなった事故の……」
「ホントに守ってたんだ……」
呟きながら、ゆかりがコロマルの頭をそっと撫でる。
コロマルが頷いてくれたような気がした。
そんな中、順平がアイギスに問い掛ける。
「つかアイギスお前、犬語ホンヤク機能つき?」
「犬に言語はないであります。でも言語だけが意思伝達じゃないであります」
「え。それってテレパシー的なものってこと?」
「俺に聞かないでよ……」
首をかしげる順平に話をふられ、奏夜も困ったように肩をすくめた。
「とんだ変わり種もいたもんだ」
「まったくですね」
「オマエもだっつの!」
真田の言葉に頷くアイギスに、順平が素早く指摘する。
そのうちにコロマルへの手当ては終わっていた。
ふうと息を吐いた美鶴が、顔を上げる。
「よし、あとは理事長に報告して作戦は終了だ。後は獣医の手配だな……」
いくらか元気を取り戻したコロマルを、ゆかりは安堵に頬を緩めながら撫でる。
「頑張ったね、オマエ。犬にしとくの勿体ないよ」
「ワフッ……」
コロマルの小さな一声は、言葉を理解し、答えているかのようだった。
そんなコロマルの視線が、不意に動く。
視線の先にいたのは、……だった。コロマルを見つめるその瞳は、小さく揺れている。
「、どうかした?」
そばにいた奏夜に呼ばれ、はハッとしたように肩を震わせた。
いつもの飄々とした様子は何処へいったのか、固い表情だ。何か思い詰めたような、辛そうな顔――。
(初めて見た。のこんな顔)
奏夜の問い掛けに、はぎこちなく笑ってみせた。
「いや、昔、俺も犬飼ってたからさ。……ビックリしちまっただけだよ」
はそう言うと、コロマルに歩み寄った。傷になるべく響かないように、その体を包み込むように優しく抱き上げる。慣れた様子のその手付きは、確かに犬を飼っていた経験があるように思えた。
コロマルも安心しているらしく、に身を任せている。
「お、結構大きいなコイツー」
の深い情に満ちた呟きがする。
その時、澱んでいた空気が流れを取り戻した。不気味な緑の燐光は薄れ、本来の夜が町に戻って来る。
――影時間が開けた。
その中を歩き出すの背に、拭えない違和感を覚えつつ、奏夜は何も言わなかった。
◆◆◆
後日、コロマルの容態はすっかり安定した。
出血こそ派手だったものの、怪我はそこまで酷くはなかったらしい。
美鶴からそう聞かされた一同は、ホッと胸を撫で下ろした。
「亡くなった神主さんが守ってくれたんだね……」
うっすら涙を浮かべて言った風花に「きっとそうだ」と奏夜は微笑んで返した。
それから、少し離れた場所に座るの様子を確認する。
こちらに背中を向けていたものの、肩越しに見えた表情には安堵が浮かんでいた。相当コロマルのことを気にしていたようで、強ばったその肩から力が抜ける様がよく判った。
何時もよりが大人しいと感じた順平が、不思議そうにに近寄っていく。
「どしたー。夏バテかー?」
「ん? ああ、何か最近暑いからちょっとねー……」
がいつも通り笑いながら答えたために、順平はそれ以上言及しなかった。
それからは腕時計に視線を落とした。時間を確かめると、あ、と声を漏らして席を立つ。
奏夜がそんなに声を掛ける。
「ん? バイト?」
「そのとーり。あ、影時間には戻るから、タルタロスなら誘ってねー」
「判った、いってらっしゃい」
「はーい、いってきまーす」
が奏夜を振り返ってやんわり笑い、寮を出て行く。
コロマルに対するの反応が未だに気掛かりだったが、奏夜は最後まで彼に訊ねられなかった……。
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