朝、5時30分。
が起きたらしく、モゾモゾと動いた。
「んぅ、荒垣さん、はなして……」
「あ……?」
「こし……、はなして」
寝ぼけて動かない俺の手を、は何とか引き剥がそうとした。少し面白かったのでわざと力を込める。
「でっ!」
思いっ切り手の甲を抓られた。……、加減きいてねぇぞ。
は不機嫌そうに起きて、部屋を出て行った。
それから30分後。俺もようやくベッドから出る。の髪留めを見つけた。寝ぼけて忘れてったんだな、アイツ……。
ラウンジに降りると、山岸、桐条、そしてアキの姿があった。休みだってのに早起きな奴等だ。
「あ、おはようございます」
「おはよう、荒垣」
「おはよう。随分早起きだな、シンジ」
「ああ。たまにはな」
ぶっきらぼうに返してキッチンに向かう。いそいそとが食事の用意をしていた。
「」
「あれ? おはよー荒垣さん」
「ああ、おはよう。……ほら、忘れてんぞ」
持って来た髪留めを見せると、は目を丸めた。自分の頭を触って、「ほんとだ、ない!」と叫ぶ。
思わず笑っちまった。が恥ずかしそうに口を尖らせてぼやく。
「笑わないでよー……」
「悪ぃ悪ぃ。……ほら、じっとしてろ」
の後ろに回り、普段こいつがやってるように髪を留めてやった。
振り返りながらが「ありがとう」と頬を染める。
可愛いじゃねえか、この……。
つい抱き締めて、の肩口に顔を埋めた。くすぐったそうにがもがいたが気にしない。
「ん、ご飯の準備……」
「ああ……。俺も手伝うぜ」
「ありがたいけどっ、まず離して下さい……」
不意にキッチンの扉が開いた。
「さん、何かお手伝い出来る事はあるでしょうか」
「オレっちも早起きしちゃったから手伝うぜー」
アイギスと順平か。
を抱き締めたまま、俺は二人を見た。
順平が「わお……」と口を押さえて赤くなる横で、アイギスが首をかしげる。
「何故荒垣さんはさんを抱擁しているのでしょうか?」
「アアア、アイちゃん! 此所は退散しましょ!」
慌てふためく順平が、アイギスの背中を押しながらキッチンを出て行く。
「お取り込み中しつれーしましたぁあああ!」
「おう」
「あ、あ……荒垣さんッ!」
が真っ赤な顔で俺を睨む。だから何なんだお前、何でそんなに可愛いんだよ。
これ以上べたべたすると本当に怒り兼ねないの様子に、俺はようやくを解放した。
休日だってのに珍しく全員揃っての朝食になった。
「伊織、アイギス。さっきはどうしてあんなに慌ててキッチンから出て来たんだ?」
「お取り込み中だったのであります」
「こらアイちゃん、しーっ!」
賑やかな食事を終えると、アキが空いた食器を集め始めた。が不思議そうに尋ねる。
「真田先輩、どうしたの?」
「いや、たまには片付けでもしようかと思ってな。皿洗いぐらいなら出来る。は休んでろ」
アキの言葉に、は目を潤ませ、少し頬を染めた。
……何だよ、その反応は……。
ちょいとばかしムカついたが、いちいち口にしたりはしなかった。そこまで餓鬼じゃない。
「まぁ、お母さん嬉しいわー」
「ははっ、じゃ、ゆっくり休んでてくれ。お母さん」
の冗談に笑顔で返し、アキは食器を抱えてキッチンへと姿を消した。
俺もアキが運び切れなかった食器を抱えて、キッチンへ向かう。
「ん? シンジか。お前も休んでいて構わないのに」
「良いんだよ」
決して手際は良くないが、アキはしっかり皿洗いをこなしていた。
アキが洗った食器を、俺は横に立って拭き始める。
「こういうのもたまには良いな」
「どうした急に」
少し恥ずかしそうにアキが笑う。
「がああも喜んでくれるなんて、思わなかった」
「……が好きなのか?」
「なっ!? いや、いきなり何を言うんだシンジっ」
アキは、「あっちもこっちも男同士だ」だの「何時もの礼になればと思っただけ」だの、聞いてもねえのに補完し始めた。
「とにかく、そういうのじゃない。俺にとってアイツは、頼れる仲間のひとりだ」
「そうか、安心したぜ」
アキが首を傾げた。
俺は淡々と返す。
「お前とを取り合うことになったら、骨が折れそうだからよ」
「――え?」
「ほら、あとちょっとだ。最後までしっかり洗え」
アキは不満そうだったが、もう一度促すと、渋々ながら手を動かし始めた。
……片付けも一段落して、ふたりでラウンジに戻る。
が天田と一緒にテレビに食いついていた。番組は「フェザーマンR」。ああ、天田が好きなんだったな。天谷が話してた。
「ああ、来週に続くんだー」
「最近前後編に分けるの多いですね。次も見させようって作戦なのかなぁ」
「なるほど……ありうるやも!」
天田が「汚いよなぁ……」と呟きながら席を立ち、階段を上がって行く。「勉強頑張ってね」とが声を掛けると、少し照れくさそうに頷いて返していた。
「本当にお母さんみたいだな、」
アキが笑ってソファーに腰を下ろす。位置はの右隣。俺はの左隣に座った。
「あっ、真田先輩に荒垣さん。片付けありがとうございました」
「どういたしまして」
アキは何処となく嬉しそうだ。あんなこと言ってたが、やっぱり……。
「荒垣さん?」
ぼーっとしてたらしい。が不安そうな顔で俺を見ていた。
アキもこっちを見ている。
……俺は、を引き寄せた。
「なっ、シンジ!?」
「何にもねえんだろ?」
が言葉もなく目を丸めている。
「俺がと引っ付いてても、昨日は一緒に俺の部屋で寝てたって言っても平気なんだろ?」
「なん、だって……」
「あっ、荒垣さん!?」
「アキにとっちゃは只の“仲間”なんだろ?」
自分でもよく判らねえ。何してんだ俺は。きっと焦ったんだ。アキにをやる訳にはいかねえ……ってな。
アキは顔を真っ赤にして震えていた。ぎっと拳を握り締めて、俺を睨んでいる。
「そうだ。は仲間だ。……だが」
アキは立ち上がった。
「シンジ、から離れろ! 何だか……嫌なんだ、を離せッ!」
が困ったようにアキと俺を交互に見る。
「アキ。やっぱりテメェ、が好きなんじゃねえか」
「っ! ……ああ、好きだよ、悪いか!?」
「ええっ!? むぐっ」
叫んだの口を右手で押さえる。
「悪くはねえよ。だが……」
俺は笑った。
「大人しく渡すつもりもねぇってだけだ」
アキの表情から察するに、その時の俺は大層意地の悪い顔をしてたんだろう。
「望むところだ!」
激昂したアキの叫びが、寮中に響いた――。
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