がアルテミス出場選手出入口の扉へ向かったとき、ちょうど風間と森野が出てくるところであった。
「あのっ……」彼らを呼び止めようと口を開きかけ、は止まった。ろくに知り合ってもいない自分が、彼らにどう声を掛けたら良いのだろう? 悩んでいるうちに二人は、お台場スタジアムを出ていってしまった。
はひとり肩を落とした。
「選手でもないわたくしじゃ試合会場には入れませんし……どうしましょう」
すると、選手出入り口の扉から慌ただしく誰かが飛び出してきた。はっとがその方を向くと赤いジャージ姿の青年がいた。オタレッドもとい、ユジンである。
「あれっ? もういない……。困ったなぁ……」
膝に手をつき、肩で息をしながらユジンが呟く。どうやら風間たちを追いかけてきたらしい。「これ、どうしましょう……」ユジンがそう言って掲げたものを見て、は目を丸める。
彼が手にしていたのは、仙道が落とした審判のタロットカードだった。
慌ててはユジンへ駆け寄った。
「ユジン様、いいえ、オタレッド様!」
「はっ、はいっ! な、なんですか? えっと、どちら様ですか!?」
急に声を掛けられ、ユジンは大層驚いたらしい。わたわたと大慌てで、タロットカードを落としかけながらの方を振り返った。
無礼は承知で、は話し始めた。
「突然申し訳御座いません。わたくしと申します。どうかそのカードをわたくしに託して頂けませんか?」
「えっ? でも、これは落とし物で……」
「承知しております。わたくし、あなたと対戦なさった仙道ダイキくんの知り合いですわ。彼がそのカードを落としたのをモニターで見て、拾って届けてあげられないかと此処まで来ましたの」
最初は戸惑っていたユジンも、の話を聞いているうちに表情を和らげていく。
「なるほど、彼のお知り合いでしたか! でしたらお願いします」
そして納得したように頷くと、すぐにへカードを差し出してくれた。
人当たりの良い彼の笑顔に、も笑い返す。そして深々と頭を下げて感謝した。
「本当にありがとうございます、オタレッド様」
「い、今はユジンで結構ですよ。あと様って言われるのも恥ずかしいので……」
「判りましたわ、ユジンさん」
ユジンの様子は、仮面をつけている時とは打って変わって静かであった。自信が無さそうで、本当に同一人物なのかを疑うほどである。
ユジンもユジンで、の事を不思議そうに見つめていた。何か言いたげな彼の眼差しに、は首をかしげた。
「ええと、何かお気に障ったでしょうか……」
「あっ、いいえ! さんは彼のお知り合いなんですよね?」
「はい、一応……」
が答えると、ユジンは躊躇いながらも口を開いた。
「彼のバトルを見て、どう思われましたか」
ユジンの質問に、は思わず俯いた。
仲間を巻き添えにしてでも勝利を掴もうとした仙道の非情さ。故にユジンの怒りを買い、敗北したこと。常に独りで戦い、何がなんでも勝つことに重きを置くその姿勢……。
言い表すのが難しかった。感情が氾濫して考えが纏まらない。
ユジンがどうして、にこんなことを訊ねたのかも判らなかった。
それでも真剣に此方を見つめる彼に、は答えなければならないと思った。
「わたくし、ずっと仙道くんを応援していますの。だから仙道くんが負けてしまったのは、悔しいですわ。でも……負けてホッとしているのも事実ですわ」
「どういうことですか?」
ユジンの追求に、は顔を上げ、おずおずと返す。
「孤高の強さ、勝利へのストイックさ、他にもいっぱい仙道くんは魅力的ですわ。でも……仙道くんが、仲間や友達と協力したら、きっともっと素敵になるはずですわ」
言葉にするうちに、少しずつ感情が整理されていく。そうして、ぼんやりとだが、自分の考えや望んでいることの輪郭が掴めてきた。
仲間や友達といれば、ひとりでは出来なかったことや気付けなかったことが見つかる。
LBXと同じだ。様々なパーツを組み合わせてより良い方法を探したり、様々な手段を試して自分なりのスタイルを磨き上げるように、仲間との交流は自分の力になる。
仲間からの刺激が新しい可能性を見出だし、自分をレベルアップさせるのだ。
ひとりでいるより、誰かといるほうがずっと良い。
楽しいことも辛いことも分かち合える存在がいるだけで、人間は強くなれる。
「ユジンさんに負けたことで、仙道くんが少しでもそのことを考えてくれたなら……と思いますの」
の言葉を、ユジンは真剣に聞いてくれた。彼女の言葉に大きく頷いて笑ってみせる。
「さんの言う通りです! 仲間の存在は何にも代えがたい力です」
ユジンは開いた右手を自分の胸に当て、熱のこもった口調で語り始める。すっかりスイッチが入ったようだ。
「ひとりでは乗り越えられない痛みを分かち合い、自分だけでは知ることのできない高みを目指して互いを磨き合える。彼にそれを判ってもらうのは一筋縄ではいかないかもしれませんが、LBXを愛するもの同士、何時か判り合えるはずだと……そう、思っています」
「はい。わたくし、仙道くんに気付いてもらえるよう頑張りますわ」
「私も応援しています。さんの仲間を想う愛の炎が、彼の凍えた心を解かせるように!」
最後に大袈裟な言い回しでを激励すると、ユジンは選手の控え室へと去っていった。決勝ファイナルステージに向けて、LBXの調整や準備があるのだ。
そしてもまた、ユジンから受け取ったカードを手に駆け出した。
まだこの会場にいるはずの仙道を探して……。
◆◆◆
仙道は、スタジアム観客席にいた。席には座らず、観客席へ上がってくるための階段近くの壁に凭れながら、立ったままバトルを眺めていた。
自分の戦いは終わってしまったが、まだアルテミス自体は終わっていない。予選もあと1ブロック残っている。そして自分を倒したユジンはもとより、かつてアングラビシダスで戦ったバンや“秒殺の皇帝”ジンと、有力者揃いのこの大会の行く末は気になった。
「仙道くん!」
真剣に試合を待っていた彼のもとへ、馴染みある少女の呼び声が届いた。確かめるまでもなくである。
仙道が言葉もなく溜め息を吐くのを見て、は少し不安になった。だがそれも一瞬のことで、すぐに気を取り直すと彼へ訊ねた。
「一緒に観戦していても良いですか?」
「好きにしな」
「ありがとうございます!」
嬉しそうには笑って、仙道の隣へ添うように立った。そして大人しく観戦し始めるのかと思いきや、再び仙道に呼び掛けてきた。
「あの、仙道くん。これ……」
先程より控えめな声音だ。仙道は不思議そうに彼女の方を向いた。
曇りの無い輝く瞳がじっと仙道を見上げている。何時もと変わりない、仙道への憧れに満ちた眼差し。
どうしてそんな目で俺を見る?
先のバトルの敗北の余韻を抱えた彼にとって、何時も通りなの視線は妙に居心地が悪かった。
彼女の顔から目を逸らすように、仙道は視線を落とした。そして、が大事そうに両手で抱えた何かを差し出してみせていることに気付いた。それが何か、すぐに仙道は判った。
が持っていたのは、彼が普段から持ち歩いているタロットカードの一枚だった。
“審判”のカード。ユジンとの戦いの際に暗示として出たものである。
いつの間にか落としていたらしい。そしてはそれに気づき、わざわざ拾って届けに来たのだろう。
カードを受け取りながら、仙道は口を開いた。
「わざわざ有難うよ」
「とんでもないですわ! わたくし、仙道くんがステージから降りるときにこれを落としたのを見たんですけれど、流石に選手専用の場所には入れなくて……ユジンさんが持ってきてくれたんです」
ユジンという名前に、仙道が顔をしかめた。声には出さないものの、相当不愉快そうである。
こうなることを予期していながら、あえては正直に告げた。ユジンのことを伏せようかとも思ったが、それではいけない気がしたのだ。
明らかに機嫌の悪くなった仙道に、は怖じけることなく続ける。
「ユジンさん、仙道くんのことを“強い”って話してましたわ。更に強くなれるはずだ、とも」
「あんたまで俺に説教垂れるつもりかい?」
「説教だなんて、そんなつもりじゃないです」
にとっては、どんなに仙道の言葉が刺々しくとも、言葉が返ってくるというだけで十分だった。それが自分の話を聞いてくれていることの証だからだ。
「私はLBXバトルも弱いし、まだ始めたてで、それでも負けたら凄く悔しいです。私ですらあんなに悔しいのに、長くLBXに触れて努力している仙道くんだったらどんなに悔しいか……。想像しただけで辛いです」
「……それで?」
「辛いことは、ひとりでいると、もっと辛くなります」
仙道が再びと目を合わせた。すぐに視線が外れるかと思いきや、そんなことは無かった。じっとを見つめている。彼女の言葉を最後まで聞こうとする意志があった。
いつになく真剣な少女の姿に、少年も相応の姿勢で応えてくれていた。
は意を決して、彼に告げる。
「仙道くん。私は、あなたと一緒にいられるようなお友だちになりたいんです」
の申し出に、仙道は目を見開いた。
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