立ち尽くすを、仙道はじっと見守っていた。
ここで彼女ひとりを置いて帰ることは出来ない。がひとりでいる様子など、想像しただけで危なっかしい。
(一応、一度は誘拐された令嬢なんだしねえ……)
の執事が来てくれれば話は早いのだが、どうやら執事からの連絡は無いらしい。
「ヤマブキさん、電話も出ませんわね……」
心細そうにが呟くのが聞こえた。諦めた彼女は、CCMのボタンをぽちりと押して電話を切り、CCMを閉じた。
しょんぼりと項垂れて、抱えたCCMを見つめる少女の悲しげな姿は、見ている方の気が塞ぎそうなくらいだ。
耐えかねたように仙道はに言った。
「あんたの執事が戻るまで、一緒にいてやるよ」
「えっ……」
「良いとこのお嬢様ひとり置いてけやしないだろ。何かあったら俺も迷惑だ」
は目を見開いた。声もなくその頬が赤く染まり、緩みかけて――しかし。直前で彼女は表情を引き締めた。
仙道に一歩歩み寄ると、先程までとは打って変わってしゃんとした様子で、は口を開いた。
「わたくし、確かにお嬢様かもしれませんけれど、それとこれは関係ないですわ。仙道くん!」
「はぁ? 何だ、いきなり……」
「何と言いますか、そういう特別扱いは嫌なんです!」
仙道が口を挟もうとすると、彼女はそれを遮って叫んだ。
自身、まだ言葉が纏まっていないようだ。しかし止めようとして止められる雰囲気でもない。
面倒くさいという感情を全面に押し出した表情のまま、仙道は彼女の話を聞くことにした。
「確かに私は世間知らずで無知なところがまだありますけれど、私も普通の女の子みたいにしたいんです。仙道くんとお友だちになるんですから、みんなみたいに遠慮なしにいっぱい言い合ったりバトルしたり、溌剌とやりとりを交わしたいんですの!」
「はいはい」
「ですから、気を遣って一緒にいて貰えるのはすごく嬉しいんですけれどっ、ご一緒できるならば是非そうしたいんですけれどっ、仙道くんと対等に交流できることを許していただいて、それから、その……!」
「ああ、そう。そうかい」
「お互いにそうやって友達だからこその時間を過ごしたく……! って、あのっ、すごく面倒くさがられてます!?」
「よく判ったな。偉い偉い」
普段の仙道とは真逆の棘の無い笑顔と生温い声で褒められたところで、は挫けた。
自分の語彙の無さ。話の拙さ。要点を纏めきれない、だらけた話し方。その他多くの自分の欠点を思い返していくうちに、少女は勝手に沈んでいく。
遂には小さな呻き声を上げるだけとなったを見て、今度は仙道が話し始めた。
「あんたがどう言おうがあんたがお嬢様なのは変わらないだろ」
「……かもしれません」
「だが別に俺は、あんたをお嬢様だからと特別視してるつもりは無い」
の肩がぴくりと揺れたのが、仙道の視界の隅に映る。
「あんたが何だろうが、俺には関係ないからね。あんたは、あんただ」
その言葉に少女が顔を上げた。大きく目を見開いて、仙道に見入っている。
彼女が話を聞いていることを確かめて、仙道は続ける。
「まさか、お前……俺がそんな下らないことを気にするやつだと思ってたのかい? 人のこと追っかけ回しておきながら、あんたは何を見てきてたんだ。俺がそんな小さい奴に見えたのか?」
「……いいえ」
静かにが首を振る。
潤んだ彼女の眼差しを受けながら、仙道は肩を竦めて笑った。
「だろう? まあ、俺の最初の言い方が悪かったのは認めるさ。“お嬢様”なんて言うから誤解させちまったみたいだしな」
仙道が謝ると、は、とんでもないと言った風に首をぶんぶんと振った。
彼女を見つめ返しながら、仙道は改めて口にする。
「あんたみたいな危なっかしいの置いて帰る訳にも行かないから、保護者が戻ってくるまで一緒にいてやるよ。」
放っておけないのだ、ということを、彼なりの言葉で。
は今度こそ素直に笑って頷いた。
「ありがとうございます、仙道くん!」
大袈裟なぐらいに嬉しそうな声でが言うと、やはり「いちいち大袈裟だねえ」と仙道が漏らす。
それすらにとっては喜びとなった。
「そうですわ! よかったら、わたくしのLBXを見てくださいませんか?」
「構わないぜ」
仙道が頷くと、はあたふたと鞄を開けた。その中から自分のLBX・ヴァルキリーを取り出すと、彼へ手渡した。
見たことのないLBXに、仙道が興味深そうに視線を落とす。
は、緊張ぎみに説明し始めた。
「ヴァルキリーって言いますの。両親の会社でLBXを売り出す計画を立てたときに作られた試作機なんですけれど、あんまり癖が強すぎてボツになっちゃった子でして……」
「つまり、初心者向きじゃあないってことだな」
「は、はい……。でもどうしても日の目を見せてあげたくて頑張ってますの」
仙道はしばらくヴァルキリーを眺めた後、を見た。
「動いてるところが見たい。ちょっと動かしてみてくれないか」
「は、はいっ! ちょっと待って下さいね」
はCCMを取り出し、言われるままにヴァルキリーを動かし始めた。
ジャンプ、ダッシュ、前進と後退、ステップ移動、武器を振る……。
の操作とヴァルキリーの動きを見守りながら、仙道がぽつりと呟く。
「見るからに必死だねぇ……」
「そ、その通り必死なんです! これでもマシになった方なんですけど……」
「機体のカスタマイズも必要だが、もう少し力を抜いて操作してやったらどうだい? そうでなきゃ、もっと扱いやすい他のLBXで慣れてから、こいつに戻す……。とかな」
「他のLBX……ですか」
が言い淀む。何か悩んでいるようだ。珍しく視線が泳いで、仙道を見ようとしない。
仙道はそれを不審に思った。
「何かあるのか?」
「……いえ、その……。他にもうひとつ……あるには……ある……です、けど……」
「じゃあ、それも出してみな」
仙道の指示に、は無言で固まった。
……何が彼女をこうおかしくさせているのだろう。全く見当がつかない。
ただただ疑問が浮かび、仙道は眉を寄せた。
「見せられないようなものでも持ってんの、あんた」
「み、見せられないというか、恥ずかしいというか……」
「何でLBXを見せるのが恥ずかしいんだい? 変な話だねぇ……」
「だって……だって……この子は……!」
ぷるぷると肩を震わせながら、は呻いた。かと思いきや、突如鞄の中に手を突っ込み、荒々しくまさぐり、勢いよく何かを引っ張り出した。そしてそれを、仙道の目の前に突きつける。
が持っているものを見て仙道は目を丸めた。
真っ赤になりながら、は叫ぶ。
「仙道くんリスペクトの、ジョーカーさんだからですっ!!」
が持っていたもうひとつのLBXは、ジョーカーだった。
それも市販のカラーそのままではなく、仙道の使っていたジョーカーのカラーリングをすっかり真似たものである。
「ファンですからっ! おんなじ色のジョーカーさんにしようと思って、色を揃えたんです! 初心者向きではないと判っていながら、買わずにはいられなくてっ! お小遣い注ぎ込みましたの! カスタマイズやチューンナップはほとんど出来てませんけれど、色は、色だけは、完全コピー致しました!」
よほど恥ずかしかったのか、力を使ったのか。捲し立て終えたは肩で息をしていた。ジョーカーを持つその手は小刻みに震え、それでも落とさないようにとしっかりLBXを支えている。
……仙道はようやくの動揺の意味を理解した。そして、嘆息した。
「そんなことかい……」
「そんなことって、かなり恥ずかしいですわよ!? 本人に知られてしまうなんて……」
「別に良いじゃないか。あんたのLBXなんだ、あんたの好きにしてもね」
どっちかって言えばファンだなんだと迫られてここまでされる俺の方が恥ずかしいというか動揺するんだが……。
らしくない台詞はぐっと飲み込み、仙道は涼しげに返す。
「確かにカラーは俺が使ってたジョーカーそのままだ」
「よ、よかった……」
「バトルやカスタマイズの腕前はともかく、カラーリングのセンスは人並み以上にあるんじゃないの」
仙道が褒めると、の瞳は輝いた。
「そう言ってもらえると嬉しいですわ。私、もっともっと頑張ります!」
「まずはマトモに操作できるようにならないとな。暇だし、俺なりのコツをちょっと教えてやるよ」
「有り難うございます、仙道くんっ」
そうしてと仙道は、LBXを中心に話を広げ、共に時間を過ごしたのだった。
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