アルテミス会場・お台場スタジアム内では事件が起きていた。
警備員数名が殺害され、優勝商品のメタナスGXが強奪されたのである。
海道義光の狙いがメタナスGXだと判り、何か強行手段に及ぶのではと危惧したヤマブキが、警備員たちへ申し出ようとした時のことであった。
間に合わなかった――。
ヤマブキは愕然とした。
今までにも海道義光は自分の謀略のために様々な手段を行使してはいるが、表立った行動は避けてきていた。
だが今回は違う。死人が出たのだ。
手段を選ぶ余裕がなかったのか、それを気にする必要すらなくなったのか……。何にせよ、海道の恐ろしさが強まったことには違いない。
考え込みながら歩くうち、ヤマブキは受付前までやって来ていた。
そこに見覚えある人物がいることに気づき、彼は思わず声を掛けてしまった。
「宇崎拓也様、でしょうか?」
呼ばれたその人物は、こちらを振り返った。ヤマブキの思った通り、彼は宇崎拓也であった。
拓也は不審そうにヤマブキを見つめていた。
「私は山吹誠一と申します。家にて、お嬢様の執事として仕えさせて頂いております」
ヤマブキが名乗ると、拓也はすぐに警戒を解いた。
「の方でしたか、それなら良かった」
「信用して頂けて何よりです。……事件のことも聞きました。もしかしなくともこれは……」
「恐らく、お察しの通りです」
拓也の顔が曇った。それを見て、ヤマブキの表情も陰る。
「申し訳ございません。私がもっと早くに動けていれば、何とかなったかもしれない」
「苦しいなかご支援下さっているだけで、我々は有り難く思っています。それに、あなた方の事情はこちらも十分に理解しています」
拓也の気遣いに、ヤマブキは力なく笑って返す。
――カンパニーは、海道義光率いるイノベーターたちに従いながらも、屈した訳ではない。その傘下で、海道を大臣の椅子から引きずり下ろし、その悪行を世界に知らしめるための準備を進めていた。
海道の傘下で情報を集め、反海道義光の勢力へその情報を伝える。いわばスパイ活動だ。
勿論この事が海道に知られては、ただでは済まない。
を守るために海道に従ったはずの孜郎たちが、そんな危険な行動に出たのは理由がある。
海道の恐ろしい野望と計画により、娘どころか、世界の平穏が脅かされんとしていることを知ったからである。
一歩間違えれば娘が再び危険な目に遭うかもしれない。だがこのまま海道に従っていても恐ろしい事態がやってくる。
孜郎たちが悩んでいたその時、カンパニーにひとりの男がやって来た。
イノベーターに対抗する組織・シーカーに所属する、檜山蓮である。
檜山は孜郎たちに協力を申し出た。そしてこのままイノベーターに与していては、も孜郎たちも危険であることに変わりはないと語った。真の平穏を望むならばそのための覚悟が必要だと。
――説得を受けた孜郎たちは、彼の申し出を受けることにした。
そうして、カンパニーは、イノベーターとシーカー、相反する組織に密かに通じる立場となった。
以前がブルーキャッツへ届けたUSBメモリも、孜郎たちが手にしたイノベーターの情報が保存されたものだ。
「以前があのメモリを持ってきたのを見たとき、何となく察しました。ご両親は近いうち、彼女にも戦いのことを明かすのだろう、と……」
「はい。迫っている危機がどういうものかを把握していなければ、身を守れませんので。……お嬢様があなたがたの仲間入りをする日も来るかもしれませんね」
「その時は歓迎します」
「有り難うございます。拓也様」
人目を忍ぶような小声の会話の後、ヤマブキは深々と頭を下げた。
本当ならばには何も知らず過ごしていてほしい。しかし立場上、そうはいかない。
迫る危機に対する覚悟を持たなくてはならない。
そのことを考えると、ヤマブキの心は塞いだ。
幸せそうにLBXにうちこみ、好きになった少年のことを思って笑う彼女の幸せを、壊してしまうことになるのだろうか……?
しかし、すでに戦いに身を置く少年少女がいることも事実だった。
(お嬢様だけ何も知らないままでは、済まない時が来たんでしょう)
の友人となってくれた、バン、カズヤ、アミ、郷田たちは、すでにイノベーターとの戦いを経験している。シーカーの一員でもあった。
子供たちが危険な戦いに巻き込まれることは悔やまれるが、悔やんでいるだけではどうにもならない。
大人は大人として、全力で彼らを守りきるのみだ。
「時が来れば私も、共に戦わせて頂きます」
「心強いです。……そろそろ、のところに行ってやって下さい。こちらは大丈夫ですから」
拓也はそうヤマブキに告げた。
その言葉に、ヤマブキは再び深く頭を下げる。
……拓也もまた、海道義光の被害者だとヤマブキは聞いていた。肉親の命を奪ったのが、海道なのだという。
海道義光とイノベーターの強大さ、そして非道さに、ヤマブキは憤った。表情には出さないものの、考えれば考えるほど怒りは膨れていく。
絶対にあの男を止めなくてはならない。そう誓った。
――ヤマブキは会場を出ると、CCMを確認した。
からのメールと着信が二件ずつ入っている。
ヤマブキはすぐにメールを確認した。
一件目のメールはヤマブキが何処にいるか訊ねるものだった。しかしその数分後に届いたらしい二件目のメールは、内容が違った。
『ヤマブキさん、どこですか? 仙道くんが一緒にいてくれることになったので寂しくはありません。それに仙道くんが、ヤマブキさんが来るまでいてくれるって。優しいですよね! 私はスタジアムの外にいます。待ってますね』
が一人ぼっちではないことを知ると、彼はほっと胸を撫で下ろした。
仙道のもとに行ったのならば大丈夫だろうと思ってはいた。だが、ヤマブキの想像以上に仙道は面倒見が良いタイプのようだ。
会場を出ていくらか歩くと、すぐにたちは見つかった。
どうやらの持ってきたLBXをメインに会話を繰り広げているらしい。のLBXを手に取り、眺めながら、仙道が何かをに告げている。はその一言一言を丁寧に手帳に書き記していた。時には仙道自らLBXを動かして見せ、に教えている。
二人ともすっかりLBXに熱中しており、楽しげだ。
微笑ましい空気に立ち入るのはやや気が引けたが、ヤマブキは思いきってその空気を破った。
「お待たせ致しました、お嬢様。そして仙道君」
「ヤマブキさん!」
ヤマブキの姿に、はホッとしたように笑った。
「ようやく来たか」仙道が小さく笑って呟くのを見て、ヤマブキは彼へ向き直る。
「お嬢様のお守り、お疲れさまでございました」
「普段のあんたの苦労が何となく分かるお守りだったよ」
「あ、赤ちゃんじゃないんですけれど、私……」
ヤマブキと仙道のやりとりを見て、が非難するように小声で溢す。
拗ねた様子のを軽やかに流しながら、ヤマブキは訊ねた。
「それはそうと、随分楽しげでしたね。やはりLBXトークでございますか」
「ええ、仙道くんにカスタマイズについて教えて貰いましたの!」
途端にの顔に笑みが咲く。
仙道は「大したこと教えてないがね」と謙遜したが――が初心者であることを考えると、実際に本当に大したことを教えていない可能性も高い――、は首を振る。
「そんなことないですわ。とってもとっても勉強になって楽しくて嬉しかったですから!」
「ひとりで浮かれて本当にめでたい奴だよ、あんたは……」
「有り難うございます!」
「褒めてないんだけどね……」
すっかり舞い上がると、少しげんなりした様子の仙道。
二人の子供を見つめながら、ヤマブキはうんうんと頷き、微笑む。
「お嬢様と仙道君がすっかり仲良しになられたようで私も嬉しゅうございます」
「わざとらしい丁寧な話し方は、止めてくれないか?」
「申し訳ございません。付け焼き刃執事なもので」
実際にヤマブキの経験は浅かった。執事などというのか、の執事になれと言われたからなっただけであり、やっていることも執事とは大分違う。を甘やかさず育て、その護衛をすることがメインだ。
それらしくしようとはするが、ヤマブキ自身、執事という言葉が自分に似つかわしくないことは重々承知している。
それでも止めようとは思わなかった。
「仙道くん。ヤマブキさんは執事っぽくない執事で、お兄さんみたいなものだからこんな感じでいいんです!」
的外れな言葉ではあったが、が弁護してくれたことが、ヤマブキには嬉しかった。
仙道もそれ以上言及するつもりがなかったようで、そうかい、と短い返事で話を切った。
こうして仙道との様子を眺めていると、のみならず、仙道の雰囲気も大分変わっていることに執事は気づいた。
以前よりも仙道の角が取れ、二人の距離が縮まったように思える。
ヤマブキの笑みは自然と深くなった。
「さて、そろそろ帰りましょう」
「はい、そうしましょう!」
は頷くと、仙道を振り返った。
今日の彼のバトル、一緒に会話した時間、LBXへのアドバイス……。それら全てへの感謝を込めて、は深々とお辞儀する。
「仙道くん、今日は本当に有り難うございました!」
「良いから、早く帰りな。俺も帰る」
「はいっ、仙道くん。お気をつけて。また今度です!」
そうしてとヤマブキは、仙道と別れ、帰路についた。
道すがら、はヤマブキに今日のことをたくさん語った。バトルでのドキドキ、暴走したユウヤへの心配、最後のトラブル……。
丁寧に順繰り話していくの声に、執事は静かに聞き入っていた。