アルテミス世界大会から数日後。
 ミソラ商店街は何時もより人通りが少なく思えた。お台場スタジアムの人混みを体験した後だから、そう感じるだけかもしれない。

「何にせよ天気は良くて安心ですわ」

 は、軽やかな足取りでキタジマ模型店を目指していた。
 昨夜、がLBXのメンテナンスについて仙道にメールで訊ねたところ「実際に見せた方が早い」という話になり、キタジマ模型店で落ち合うことになったのである。
 うっとりと目を細め、は赤ら顔で独り言を溢す。

「仙道くんたら本当に優しいですわ~。わたくしのこと友達だと思ってくれてるのかしら……!」

 ご機嫌なは、ふとその歩みを止めた。
 ちょうどの進行方向に、妙なものが見えた。何やら素行の悪そうな男子学生が数名固まっている。いわゆる不良であるとは認識した。
 不良たちが囲んでいるのは小柄な少女であった。長い紫色の髪をした、物静かそうな女の子。その子の顔立ちには何故か見覚えがあるような気がした。
 だが少女が今にも泣き出しそうな顔で震えているのが判った途端、は考えるのを止め、走り出していた。

「何してるんですか、あなたたち!」
「あぁ? オメーこそ何だよ!」

 不良たちは、粗っぽい言葉と共にを睨み付けてきた。
 の剣幕も彼らに負けていない。

「質問したのはこっちです!」

 は厳しい口調で返すと、不良たちの間に無理矢理押し入った。
 突然現れたの存在に少女は大層驚いていた。怯えを孕んだままの痛々しい瞳で、を見上げてくる。
 はそんな少女を安心させようと、目線を合わせるように屈み、にっこり微笑んでみせた。

「もう大丈夫ですからね」
「……お姉ちゃん、だれ?」
「私はと言います。あなたの味方ですよ」

 がそう言って頭を撫でると、少女はぽろりと涙を溢した。余程怖かったのだろう。そのままに抱きつき、嗚咽を堪えながら静かに泣き始めた。

「怖かったですよね。頑張りましたわね」

 優しく少女の背中を擦ってやりながら、は何とか彼女を抱き上げた。些か自身の筋力不足を感じつつも、身を任せてくれている少女をしっかりと支える。
 その間、邪魔をされた不良たちはコソコソと話をしていた。

「おい、この女って……」
「間違いねー、仙道の金魚のフンやってる奴だ」
「じゃあまとめて痛い目見させるか」

 勿論、の耳にその話は届いていた。
 少女を抱き上げたまま、はきっと不良たちを睨み付ける。

「何やら仙道くんによろしくない気持ちを抱いている方々のようですわね」
「おう、いけ好かねぇのさ。あいつが」
「わたくしがどう言われようと構いませんが、そこに仙道くんやこんな小さな女の子を巻き込むとなれば見過ごせません」

 が強く返すと、不良のひとりが「うるせぇ!」と拳を振り上げた。
 ――にはかつて誘拐された過去がある。その時に“身を守る強さを欲しい”と望んでから、彼女は必死に護身術を学んだ。LBXの腕前は素人だが、喧嘩や体術に関しての知識と能力は10年近く毎日磨いてきたのである。
 そんなにとって、不良の攻撃を避けるのは容易かった。
 が少女と共にひらりと身をかわすと、不良の拳は空を掻いた。その勢いのまま体勢を崩した相手の足に、すかさずは自分の足を引っ掛ける。ろくに受け身もとれず、不良は派手に転んだ。

「っでえ!」

 不良が情けない叫びを上げているその隙に、たちは輪の中から抜け出した。
 はすぐに少女を地面に下ろした。戸惑う少女の頭を撫で、優しい声で告げる。

「さあ、お嬢さん。今のうちに逃げて」
「お、お姉ちゃんは……?」
「大丈夫ですわ! あの人たちとちょっとお話するだけですから」

 そう笑って、は少女の頭をもう一度撫で、背中を押す。
 少女はしばらく心配そうにを見上げていたが、小さく頷くと走り去った。
 少女が去ったことを確かめてから、は再び男子学生たちに向き直る。ちょうと転んだ不良を、仲間たちが支えながら立ち上がらせているところであった。
 腕を組み、仁王立ちながらは彼らを睨む。

「あんな小さい女の子を苛めたり、私に殴りかかってきたり、非常識ですわ!」
「るせぇんだよ! 金魚のフンに用はねえ!」
「わたくしはフンじゃなくて仙道くんの友達ですわ! 仙道くんに喧嘩を売るのでしたらまずわたくしを倒してからにしなさい!」

 立て続けに“金魚のフン”呼ばわりされ、流石のも腹が立っていた。
「あれの友達だぁ?」の発言を彼らは鼻で笑う。
 はますます憤慨した。

「人のことを“あれ”呼ばわりだなんて、品位の欠片もない! マナー知らずにも程がありますわ! 親御さんや先生方から何も学んでいませんの?」
「たりぃ女だなぁ、オイ」
「今なら謝れば許してやんぜ? な?」

 詰め寄ってきた不良の一人が、の肩を強めに叩く。一瞬ふらついたものの、は足に力を込めて耐えた。
 その姿が彼らの気に障ったらしい。

「マジ痛い目見ねーとわかんねぇか、てめえ」
「わたくしに非があるのでしたら謝りますわ。あるとは思えませんけれど」

 たちを取り囲む不穏な雰囲気に、通行人が足を止める。様子を窺ってはいるものの、誰も止めようとはしない。もし親切な誰かが割って入ったとしても、彼らが謝るまでの怒りは収まらないだろう。
 それだけにとって、彼らの言動は腹に据えかねるものがあった。

「謝るべきはあなたたちでしょう? わたくしを殴ろうとしたのは構いません。ですが小さな女の子をよってたかって苛めようとしたことを、今すぐ反省しなさい!」
「るせぇんだよ、このアマ!」

 逆上した不良の一人がを突き飛ばした。予想よりその力が強く、耐えきれずにの体が傾いだ。
 このまま転んでしまう……! そう察したが反射的に目を閉じた瞬間、

「危ないねぇ」

 の体を受け止めた人物がいた。
 予想に反した緩やかであたたかい衝撃に、彼女は目を丸めた。しかも、今しがたした声は、にとってとても馴染み深い声だった。
 私の大好きな人の声――。
 まさかと思った。自分の両肩を掴み、支えてくれた人物を確かめようと、慌てて振り返る。……の予感は的中した。

「仙道くん!」

 を助けてくれたのは、仙道ダイキその人であった。いつの間にかの後ろまでやって来ていたらしい。
 歓声を上げたへ、彼は涼しげに微笑んで返す。

「怪我はないかい?」
「は、はいっ。お陰さまで」
「そりゃあ何よりだ。さて……」

 仙道は顔を上げると、不良たちを見た。の肩から手を離すと、ゆっくりと彼らに近づいていく。
 不良たちは突然の仙道の登場に酷く狼狽えていた。そこに追い討ちを掛けるように、仙道の冷ややかな眼差しが注がれる。

「生意気な連中には、痛い目でも見てもらおうか」

 仙道の言葉を皮切りに、不良たちは束になって突っ込んできた。自棄になったか、一気に畳み掛ければどうにかなると思ったのかもしれない。
 それを仙道は悉く一蹴した。ミソラ一中の番長たる彼にとって、この程度の相手では話にならなかった。不良たちは次々に昏倒し、道に伏していく――。

「……物足りないねえ」

 不良たちの山を見下ろしながら、仙道が低い声で呟いた。余裕たっぷりの涼しげな笑みを浮かべながら。
 鮮やかとも言える番長の腕前と風格を目の当たりにし、は思わず感心してしまった。

「お強いんですのね、仙道くん……」
「お前もな、
「え?」

 訳が判らず首をかしげるに、振り返りながら仙道は言った。

「聞いたぜ。こいつらに真正面から怒鳴って行って足払いしてやったんだってな」
「え? 聞いたって一体、どなたから……」

 そんなの疑問は、すぐ解消される。
「そいつからだよ」と言って、仙道がの後ろを指した。促されるままには背後を振り返る。

「お姉ちゃん、大丈夫?」

 いつの間にか、さっき逃がしたはずの少女が戻ってきていた。少女は急いでへ駆け寄ってくる。の姿を一通り見渡し、大事がないことを確かめると、ホッと胸を撫で下ろしてみせた。ずっと心配してくれていたらしい。
 の無事を確認した少女は、ふと仙道を見上げ、満面の笑みで言った。

「お兄ちゃん、ありがとう!」

 お兄ちゃん。その単語には目を丸めた。
 改めて少女を見つめ、それから仙道を見る。
 二人の髪の色、目の色、顔立ち……。よく似ている。
 少女を見た時の既視感の正体を、は今しがた理解した。少女は仙道に似ていたのだ。
 そして少女の、仙道に対する「お兄ちゃん」という発言。
 への「お姉ちゃん」という呼び方とは違う、もっと深い親しみの籠った声。
 が驚いて固まっていると、少女はこちらに向き直った。

「さっきは助けてくれてありがとうございました」
「い、いいえ、そんな、無事で何よりですわ」

 あたふたと返すに、微笑みながら少女が名乗る。

「私は、仙道キヨカです。いつもお兄ちゃんがお世話になってます」

 何とが助けた少女は、仙道の妹だったのだ。
 そっくりなふたりを見つめ、はしばし呆然としていた……。

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