が黙っていると、仙道は事情を話し始めた。

「俺がキタジマに行くって話したら、キヨカが“自分もついていく”って言って聞かなくてねぇ。その途中で俺とはぐれて変なのに絡まれて、あんたに助けられたって訳さ」
「だって、キタジマなら私も知ってるから、ひとりで大丈夫だと思って……」

 絡まれたことに関してはキヨカに非はない。ただ運が悪かっただけだ。それでもキヨカは申し訳なさそうにしょんぼりと項垂れている。
 が気の毒に思っていると、彼女は同行したがった理由を教えてくれた。

「お兄ちゃんがお友だちと遊ぶっていうから。私も会ってみたかったの、お兄ちゃんのお友だちに」
「おともだち……?」

 目をぱちくりさせ、呟く。仙道を見やると、彼は僅かに頬を赤らめていた。「説明のしようが他に無かったんでね」少し棘のある口調が照れ隠しであることは確かめるまでもない。
 彼が嘘を吐く人間でないことをは十分に理解している。その仙道が、肉親に対して自分を“友人”だと言ってくれた。
 嬉しさのあまり、は破顔した。
 俯いたままのキヨカに、は屈んで声をかける。

「改めまして、と言いますわ。初めまして、キヨカちゃん」
「はじめまして……」
「わたくし、キヨカちゃんにお会いできて嬉しいですわ。来てくれて本当にありがとう」

 キヨカがおずおずと顔を上げる。正面には満面の笑みの。少女は安堵し、肩の力を抜いた。
「握手しましょ」とが右手を差し出すと、キヨカはすぐにその手を握る。はキヨカの手を握り返しながら深く頷いた。

「これでキヨカちゃんともお友達ですわ!」
「うん、お友だち!」

 つられて頷き返す妹を、仙道は何も言わず見守っていた。

(キヨカがもう気を許した……)

 とキヨカの出会い方が要因の1つだろうが、の人の良さも大きいだろう。裏表が無い、良くも悪くも真っ直ぐな交流を選ぶだからこそ、キヨカも警戒することなく打ち解けてしまった。
 キヨカは普段なら、もっと慎重で人見知りするタイプなのにな。
 胸中でそう呟きながら、仙道は笑った。
 妹たちは道端だというのに話に花を咲かせ始める。人目も憚らない調子だ。放っておけば延々と話し続けそうである。
 それでは困る、と仙道は二人に声を掛けた。

「二人とも、いい加減キタジマ行くぞ」

 ハッとしたようにとキヨカは仙道の方を見ると、慌てて話を中断して歩き出した。
 そのタイミングがぴったり重なっていたことに、仙道が吹き出し掛けたのを二人は知らない。


◆◆◆


 キタジマ模型店には、既にLBXを楽しむ多くの学生がやって来ていた。
 幸い、カスタマイズ用の机は空いていた。椅子もたちの人数分空いている。
 早速仙道が机に向かい、それを見守るように隣へたちが座った。
 はすっかりキヨカを気に入ったようで、幾度となくキヨカに話し掛けていた。キヨカも嬉しそうに返答している。おまけにキヨカは、いつの間にかの膝に座っていた。
 仙道は妙な疎外感を覚えた。
 カスタマイズについて教えてくれって頼んだのはお前だったよな、
 そんな文句をぐっと飲み込み、仙道は堪えた。指摘諸々を諦め、ひとりで黙々と作業をこなす。
 しかし空気を読める状態ではないは、一向にキヨカのことしか口にしない。

「仙道くんにこんな可愛らしい妹さんがいたなんて……もっと早くに知りたかったですわ」
「知ってもどうにもならないだろ」

 ご満悦のへ、仙道は素っ気なく返す。
 の膝に座るキヨカは、少し恥ずかしそうではあるが嫌がる素振りは見せない。不良たちから自分を助け出してくれたへすっかり信頼を置いているようだ。
 そんな二人はまるで姉妹のように仲良さげに、揃って仙道のカスタマイズ作業を眺めている。話が一段落したらしい。ようやく寡黙に耐えた仙道が報われたようだ。
 仙道を見守りつつ、ふとはキヨカに訊ねた。

「キヨカちゃんもLBXが好きですの?」
「うん。お兄ちゃんがLBXをカスタマイズしたり、バトルしているのを見てたら好きになったの」
「わたくしも、キヨカちゃんのお兄さんのお陰でLBXが大好きになりましたの。一緒ですわね」

 がそう言って笑うと、キヨカも嬉しそうに笑った。
 キヨカの笑顔を見たの頬が更に緩んだ。たまらない、といった様子で、はキヨカの頭を優しく撫でる。
 二人の様子を眺めながら、仙道が溜め息を吐いた。呆れたような眼差しがへ向けられている。耐えきれなくなった仙道は、不満を吐き出した。

、カスタマイズについて聞きたいって言ったのはあんただったよな? それとも、キヨカとお喋りするのが目的だったのか?」
「う、うっかりしてましたわ!」

 ふやふやの笑顔だったの顔が途端に引き締まる。名残惜しそうにキヨカを隣の椅子へ座らせながら、は鞄の中を探り始めた。「ごめんなさい、わたくしったら」自分のLBXやメモ帳を取り出しながら、は申し訳なさそうに頭を下げる。

「ついキヨカちゃんの可愛さにうつつを抜かしてしまいました」
「あんたらしいっちゃらしいがねぇ……」

 仙道が再び溜め息を吐き、可愛いと褒められたキヨカはひっそり赤くなる。
 ふたりの姿をまじまじと見つめながら、ぼんやりとは呟いた。

「わたくし、妹が欲しかったなあってずっと思っていて……ついその願望が……」
「じゃあ、あんたは一人っ子かい?」

 仙道に問われ、がこくりと頷く。彼女の穏やかな眼差しの中に寂しげな光が紛れ込み、声音には大きな羨望を滲ませているのが判った。

「兄弟がいるって憧れですわ。家族は多ければ多いほどきっと楽しいですもの」
「多すぎも問題だろ。……まあ、あんたん家なら広そうだし平気か」
お姉ちゃんのお家、大きいの?」

 二人の会話に、興味津々といった様子でキヨカが入ってきた。
 ずっと訊きたくてたまらなかったらしく、キヨカは好奇心に任せてへ問い掛けてくる。

「もしかして、お姉ちゃんってお嬢さまなの? しゃべり方とかお洋服が、お嬢さまみたい」
「ま、まあ、困りましたわね……。どう言ったら良いのか……」
「どうもこうもお嬢様だろ、あんた」

 答えあぐねるの代わりに、間髪入れずに仙道が返した。
「すごい……!」9歳の少女のキラキラと輝く瞳が、硬直したへ向けられる。あまりの目映さに、は曖昧に笑って返すしかない。
 更に仙道は淡々と続けた。

「キヨカも聞いたことあるだろ、カンパニーって。そこのお嬢様だよ」
「ちょちょ、仙道くん……!」
「そんなに焦らなくても、キヨカは言いふらしたりしやしないさ」

 なあ、と兄に振られ、妹は真剣な顔でこっくりと頷く。

「うん。大丈夫、気にしないよ。それにね、お嬢さまだからってなにか変わるわけじゃないもの。お姉ちゃんは、お姉ちゃんだから」

 キヨカのその言葉は、かつて仙道がに掛けた言葉によく似ていた。どうやらキヨカは、外見や趣味だけでなく、考え方も兄譲りらしい。
 。当たり前のことなのだが、そう言って貰えることが心底嬉しかった。
 しかしキヨカは「気にしない」と言いながらも、の“広いお家”に対する興味を押さえきれないようだ。

お姉ちゃんのお家、行ってみたいな……」

 小さなちいさなキヨカの声が、すぐ隣のの耳にはしっかり届いた。
 ――は、思わずこう返していた。

「でしたら今度、わたくしのお家に遊びに来ませんか?」
「いいの!?」

 身を乗り出すキヨカに、は微笑み、頷く。
 キヨカは顔を輝かせて「お兄ちゃん!」と仙道を振り返った。
 作業の手を止め、彼は頬杖をついている。

、良いのかい?」

 静かな声だった。どうやらが反射的に答えていたことを見透かしているらしい。
 勢いで返したのは事実だが、の思いに偽りはなかった。

「お友達と一緒に自分の家で遊ぶのは、普通のことでしょう?」

 笑みを絶やさず答えたに、そうかい、と仙道も笑って返す。
 キヨカは早速、いつの家へ遊びに行ったらいいか、考え始めた。時間がたくさんあるときが良いとか、だったら土曜日か日曜日にしようだとか、次々にキヨカは提案していく。
 こうなるともう、LBXのカスタマイズどころではない。
 作業を切り上げ、キヨカを中心に、三人で遊びの計画を練った。といっても仙道は殆ど口を挟まなかった。妹たちのしたいようにすればいい、という諦めに似た表情を浮かべながら……。

「――では、今度の土曜日、ミソラ駅で待ってますわね」

 話も一段落し、日も沈み始めた頃。
 キタジマ模型店を出たは、仙道とキヨカに向き直ってそう言った。
 キヨカは真っ直ぐにを見上げている。

「約束だからね、お姉ちゃん」
「ええ、約束ですわ」
「じゃあ、約束の指切りしよう」
「判りましたわ」

 キヨカとは互いの右手の小指を絡めた。「ゆびきりげんまん……」声を揃えて、二人が歌い始める。
 仙道は黙って指切りが終わるのを待っている。歌を聴きながら何となしにの顔を見た彼は、ひっそりと息を呑んだ。
 酷く穏やかな微笑み。普段のとは全く違う、大人びた表情であった。
 その姿に、心臓が強く脈打ち、体温が僅かに上がるのを彼は自覚した。

「……お兄ちゃん?」

 気がつくとキヨカとの指切りは終わっていた。
 妹の呼び声に、兄はハッと我に返る。

「じゃあ、お気をつけて。仙道くん、キヨカちゃん」

 がそう言って二人に手を振る。キヨカも「ばいばい」と手を振り返す。
 仙道も妹に合わせ、軽く手を振ってに返す。

「あんたも気を付けてな、

 嬉しそうに笑ってから、は駅の方角へと歩き出した。
 彼女の背中が小さくなると、兄妹も帰路についた。
 との約束に胸を躍らせながら、キヨカは兄を見上げる。

「土曜日、楽しみだね。お兄ちゃん」
「そうだな」

 短い答えだった。
 しかし仙道が自分に合わせるためだけにそう返した訳ではないことを、妹はしっかり判っていた。
 楽しげな微笑みを浮かべた横顔が、言葉より沢山の感情を伝えてくれている。今までに見たことがないぐらいにキラキラとした兄の瞳が、夕日を返して更に輝く。

(きっと、お兄ちゃんもお姉ちゃんと遊びたいんだ)

 キヨカは、ますます約束の日が楽しみになった。

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