上等なのは間違いないが、柔らかすぎてどうにも落ち着かないソファーの上で、ひたすら仙道は少女たちの帰りを待つ。
仙道が紅茶を飲みきってしまったのを見て、ヤマブキがすっと立ち上がった。
「もう一杯いかかですか?」
「頼もうかな。あんたと話すよりは黙ってコレを飲んでる方が楽だ」
「私は随分と嫌われているようですね……。些か……いいえ、かなり傷付きました」
「そうは見えないけどねぇ」
ヤマブキの大袈裟な嘆きようを、仙道は鼻で笑った。
手際よく注がれた二杯目の紅茶を彼の前に置き、ヤマブキはまた嘆く。「LBXバトルの腕前に劣らぬ手厳しさですね」褒めているのか貶しているのか判らない台詞だ。紅茶を啜りながら、仙道はヤマブキの真意を探る。
……ふとヤマブキは、仙道を顧みた。
「お嬢様とキヨカさんが戻るまで暫く掛かりそうですし、それまで二人で沈黙に耐えるのも辛くはありませんか?」
「……暇っちゃ暇だな」
「ならばやはり、ここはLBXバトルといきましょう」
そのままソファーに座ることなく、ヤマブキはポケットからDキューブを取り出した。床に投げ出されたDキューブは瞬く間に展開し、ジオラマが姿を現す。
「何だ? そのジオラマは……」
思わず仙道は瞬きした。
深い青一面のジオラマの壁面や床を、淡い水色の光を放つ直線が走っている。その線は時折直角に曲がりながら、ケーブルのようにジオラマじゅうに張り巡らされていた。障害物らしきものも一応ある。宙に浮く立方体、所々に聳える壁……。ヴァーチャル空間とでも言えば良いのだろうか。
とにかく仙道が目にしたことのないジオラマだ。
展開されたジオラマを指しながら、ヤマブキは呟く。
「これは私が作ったものです」
その一言で、仙道はすぐに気が付いた。
「の特訓の為にかい?」
「お察しの通りです。トレーニング用に私なりに一から考案しました」
宙に浮く不安定な足場、身を隠すには心許ない障害物たち……。トレーニングの為と言われるのも納得の作りになっている。それにの使うLBX・ヴァルキリーは、白を基調としたカラーリングだ。こういった暗色系のジオラマでは姿が目立つ。
厳しい執事を持ったもんだな、も。
仙道は同情めいた溜め息を漏らした。
「つまりこの勝負、あんたが有利ってことか」
「原石である少年少女の力を磨くため、時には鬼にもなりますよ」
「原石ね……。いちいち大袈裟なんじゃないの?」
LBX・ジョーカーMk2を取り出しながら仙道が返すと、ヤマブキは笑った。
「大袈裟なことがありますか。君たちは無限の可能性を秘めているのだから。……その可能性を引き出すのも、私たち大人の務め」
そう言うとヤマブキもLBX・カブトを出した。
以前戦った時はムシャを使っていたはずだ。大会で仙道にLBXを壊された後、新しく購入したのだろうか。カラーリングもカスタマイズも済んでいるようだ。
「レギュレーションはスタンダードで行きましょう」
「残念だな。あんたをまたボコボコにしてやりたかったのに」
「考えようによっては一番相手をボコボコに出来るレギュレーションですよ?」
「それもそうか」
笑いながら仙道はCCMを手にする。
ヤマブキも同じようにCCMを構えた。
「私もただサンドバッグになるつもりはありません。色々と確かめさせて頂きます」
「よく言うね。ジオラマなんざ大したハンデになりゃしないってこと、思い知らせてやるよ」
睨み合う二人と二機。動き出したのはほぼ同時であった。しかしスピードの勝るジョーカーMk2の鎌が先に迫り、寸でのところでカブトの剣が防ぐ。
体験したことのないジオラマとヤマブキを相手に、仙道は戸惑うどころか楽しんでいた。
瞬く間にジオラマへ順応した彼は、得意のイリュージョンバトルでヤマブキを追い詰めていく。
「やられっぱなしと言うのも格好がつきませんね」
「じゃあ早くやり返してみな。あと一本だぜ」
仙道が笑うと、ヤマブキは苦笑した。
「出来たらとっくにしていますよ」
――結果は仙道のストレート勝ち。
だがヤマブキは善戦した方だった。幾度となくジョーカーMk2へ迫り、追い詰め、あと一歩というとこまで行ったのだ。それでも仙道の実力が上回っただけのこと。
残念がるヤマブキの表情を見る限り、手を抜いた様子はない。
「有難うございました、仙道君。お陰で色々と私も勉強になりました」
「俺もそれなりに楽しめたぜ」
仙道も仙道で、久々に骨のある対戦相手とバトル出来たことに満足げだ。
そんな仙道に、ヤマブキは申し出た。
「まだお嬢様たちは時間がかかりそうですね。今一度、男同士、腹を割って話してみませんか。君には話したいことが沢山あるのです」
「ああ、付き合ってやるよ」
仙道は、自分でも驚くほどすんなりと頷いていた。バトルを通してヤマブキへの印象が変わったのか。ヤマブキのいつになく真面目な声音に応えたのか。
理由を確かめる前に、ヤマブキと仙道はソファーへ戻った。
普段の常に気を張ったようなものとは違う、執事ではない“ただのヤマブキ”として、彼は話し始めた。
「もともと私は、お嬢様の両親……孜郎と京子さんとは長い付き合いでね。親友というのかな。だからお嬢様のことも、小さい頃からよく知っていた」
「随分と砕けたな、あんた」
「腹を割って話そうって言っただろう? “執事ぶった話し方が嫌いだ”と、先日君に怒られたしね」
「まあ、文句はつけたな……。って、おい、話が逸れたぜ」
「おっと、すまない」
仙道からわざわざ話を戻そうとするあたり、少なからず話題に興味を持っているようだ。
安心したようにヤマブキは続ける。
「昔からお嬢様は明るくて人懐っこい子だった。……とある事件に巻き込まれるまでは」
「誘拐されたんだろ? 大騒ぎになったからな」
「やっぱり知っていたんだね」
改めて関係者から訊かされると、やはりが誘拐されたことは事実なのだと思い知らされる。少年の胸中で、事件の重みが増していく。
仙道は静かにヤマブキの話に耳を傾けた。どうしてヤマブキがこんな話をするのか知るために聞き役に徹しているのだが、ヤマブキは語りの順序を崩さない。過去を記した本に目を落とし、丁寧に文を指先でなぞりながら読み上げるかのように。
「無事助かったものの、事件のショックで塞ぎ込んだお嬢様は、屋敷から出られなくなってしまった。その頃に私は孜郎たちから頼まれて、執事としてお嬢様の教育や警護を引き受けることになったんだ」
以前ヤマブキが自身を“付け焼き刃執事”と称していたのは、そういう理由からだったらしい。仙道はひとり納得した。
「そして……引きこもり続けていたお嬢様に、昨年の夏、縁談がもち上がった」
縁談。
その一言に、仙道は目を見開いた。
雷に打たれたような衝撃を受けた、とは、こういった時のためにある言葉なのだろう。
自分でもどうしてこんな反応をしてしまったのか、仙道は判らなかった。何が自分をここまで揺るがせているのか、自問自答を繰り返す。涼しい表情を必死に保つその裏、少年の心は大きく波打っていた。
その動揺を察しながらも、ヤマブキは話を止めなかった。
「縁談の相手はお嬢様の従兄弟で、君と同い年。カンパニーより大きな企業の一人息子だ。その少年が、お嬢様にLBXの存在を教えてくれた」
俯くヤマブキの視線の先には、飲みかけの紅茶のカップがある。思い詰めたような彼の顔が、その中に写り込んでいた。
「LBXに興味を持ったお嬢様は、私と共に数年ぶりに街へと繰り出した。しかし慣れない街を歩くうちにお嬢様は疲れ、LBXへの興味も薄れ、全部を諦めかけていた。このまままた“あの”生活に戻ろうとしていたその時、お嬢様と私は、一際賑やかな人込みを目の当たりにした」
「まさか……」
仙道の呟きに、ヤマブキがゆるりと顔を上げる。
「そう。そこでお嬢様は君を見つけた。お嬢様は君のバトルに目を輝かせ、頬を赤く染め、何時ぶりか判らない満面の笑みを浮かべたんだ。その時の感動は、今でもしっかり覚えている」
父性に満ちたヤマブキの笑みと声音。感極まった様子で、彼は仙道に頭を下げた。
「本当に有り難う、仙道君。お嬢様が笑みを取り戻したのは君のお陰だ」
まさか礼を言われるとは思わず、仙道は面食らった。よりにもよって相手がこの執事である。縁談話を聞かされた時とはまた違う動揺を覚え、少年はそっぽを向く。
「俺は何もしてないさ。たまたまあんたらが俺を見つけて、たまたまが気に入ったってだけだろ」
「そんな事はない。君を見つけたからこそ、お嬢様は元気を取り戻せた。毎日を楽しく過ごすことが出来るようになった」
「だから、いちいち大袈裟なんだっての……」
善意を向けられることに慣れていない仙道は、かなり困っていた。こうしていると、彼もやはり年相応な少年だと実感する。そしてこの反応を見る限り、仙道も仙道なりにを信用してくれているのではないか……?
そう思うと、自然と執事の笑みは深くなった。
「君には感謝してもしきれない。何時もお嬢様を楽しませてくれているばかりか、先日は私がいない間、お嬢様に付き添ってくれた」
「アルテミスの時のか? あのぐらい大したことじゃないさ」
「私たちにとっては大したことなのさ。……そこで、だ」
ヤマブキの浮かべる笑みが変わった。昔話を語る穏やかなものではなく、何処か含みある――“いつもの”ヤマブキの笑み。
「僅かながら日頃のお礼をさせて欲しいんだ」
執事は席を立った。そして何と「すぐに戻るよ」と言って、仙道を置いて部屋を出ていってしまったではないか。
お礼をさせて欲しいと言った矢先にこれかよ。
呆気に取られる仙道が扉を見つめていると、ヤマブキは宣言通りすぐに戻ってきた。何やら片手に小さな箱を抱えている。
ソファーに座ると、ヤマブキは改めて仙道と向かい合った。そして、持ってきた箱の蓋を開けながら、仙道へ差し出して見せた。
「これなんだが……どうだい?」
中身は、見たことの無いLBXのアーマーフレームであった。どうやらストライダーフレーム用のものらしい。武器も専用のものが付属されている。何処と無くジョーカーを思わせるフォルムやデザインだった。
初見ながら、そのLBXは大いに仙道の興味を惹いた。だがすぐに飛び付くようなやんちゃさは彼には無い。
「どういう風の吹き回しだ?」
訝しげに仙道が首を傾げると、ヤマブキは続けた。
「このLBXの名前はナイトメア。ちゃんと“真っ当な手段”で手に入れたものだよ。ジョーカーよりじゃじゃ馬だが、その分スペックは高い。仙道君ならば使いこなせるはずだ。……良かったら受け取ってくれないか?」
この機体がタイニーオービット社で作られたジョーカーの後継機であることを、ヤマブキは告げなかった。しかしそれらしいニュアンスは話のなかにしっかり含ませる。
そしてヤマブキの意を悟れぬほど、仙道は鈍くなかった。
「タダって訳にはいかないんだろ?」
「私が君に渡したことや詳細は内密にして欲しい。……大丈夫だ。例え何が起きようとも、この機体を使うことで君が咎められる事はないよ」
「真っ当な手段で手に入れたんだもんな」
笑いながら仙道は箱を受け取った。
「良いね、ナイトメアか。その名前通り……いや、それ以上の力を引き出してやるよ」
その行為はつまり、了承の証。
ヤマブキも仙道に笑い返しながら呟いた。
「ご活躍を楽しみにしております。私も、お嬢様も」
恭しく、頭を垂れながら。
prev
Top
next