に案内され、キヨカは屋敷じゅうを巡った。
宝石から切り出したかのような輝きのシャンデリア。意匠を凝らした窓はガラスも枠もつやつやに磨きあげられている。細かなレース模様の描かれたオフホワイトの壁紙と、踏み心地のいいカーペット……。
キヨカが興味を示したものをひとつひとつ、は丁寧に説明してくれた。
そうしてが最後に見せてくれた部屋で、キヨカは今日一番の歓声を上げることになる。
「わあ……すごい!」
そこは、今では使われなくなった屋敷のあらゆるものがしまわれた物置部屋だった。ベビーベッドや小さな棚、まだ使えそうなソファーなど様々な物がある。どれもきちんと種類ごとに纏められており、掃除も行き届いていた。それでも部屋の空間はまだ余っている。
保管された品々の中で最もキヨカの目を惹いたのは、クローゼットに並ぶ子供用の洋服だった。
は洋服を手に取りながらキヨカに見せ、楽しげに語る。
「私が小さい頃に着ていたものですの」
「すごくかわいい……」
「この辺りの服でしたら、多分キヨカちゃんにぴったりのサイズですわね」
期待に満ちたキヨカの眼差しを受け、は提案した。
「良かったら何着か着てみませんか?」
「いいの?」
「ここにしまわれたままだと服が可哀想だもの。キヨカちゃんさえ良かったら、ですけど」
「うん!」
キヨカは満面の笑みで頷いた。
に促されるまま、早速キヨカは洋服を選び始めた。どれも可愛いが、その中でも特に気に入ったものを一着手に取った。
袖や裾に可愛らしいフリルがあしらわれた、淡い紫色のワンピース。乙女心を擽る愛らしいそのデザインに、キヨカはすっかりご機嫌だ。
すぐに着替えた少女は、ワンピースの裾をふわりと舞わせながらを顧みる。
「どうかな……?」
「キヨカちゃんの髪色ともぴったりですわね。可愛いですわ、キヨカちゃん!」
笑うの隣には、いつの間にか大きな姿見が用意されていた。そこに映る自分の姿を見て、キヨカはますます嬉しそうに頬を緩める。
「お姉ちゃん、あのね、私……すごくこのお洋服が好きになっちゃった」
「それは良かったですわ!」
は両手を合わせて楽しげに頷いた。そしてキヨカのはにかみ顔を見つめ、
「気に入って頂けたなら、キヨカちゃんにプレゼント致しますわ」
まるで当然のことのように、そう言った。
着せてもらっただけでも嬉しかったキヨカは反射的に頷きかけた。しかし、の厚意を素直に受け取ることができるほど、彼女は子供では無かった。
キヨカの顔から笑みが消え、代わりに困惑が浮かぶ。俯きながら彼女は呟いた。
「でも、そんな、お姉ちゃんに悪いもの……」
「どうしてですの?」
「私、遊んでもらってお洋服までもらうなんて、欲張りになっちゃう……」
どれを何着でも好きなように着ていい、と言われても、キヨカはそれを我慢した。それでも申し出自体を断るのはに悪いと思ったし、キヨカ自身、可愛い服たちへの興味を完全に断つことが出来なかった。だから中でも一番気に入ったものを一着だけ、こうして着させて貰った。だから、これで自分は我慢しなくてはいけない――。
そうキヨカは思い込んでいた。
「お姉ちゃんは、私のワガママを聞いてくれた。お姉ちゃんのお家で遊びたいって言ったこと、許してくれた。なのにお洋服もなんて、私……」
キヨカの言葉に、はフッと笑った。俯くキヨカの顔を覗き込むようにしゃがむと、少女の両手を優しく掴むように握り締める。
「私ね、前にもお話ししましたけど……妹が欲しかったんです」
「うん……」
「妹と一緒に遊んだり、ご飯を食べたり、好きなお洋服を妹に着せてあげたりしてあげたいなって。ずーっと憧れてたんです」
我慢するキヨカの姿に、ついは幼い頃の自分を重ねてしまった。次第に彼女の脳裏には、幼い日々の記憶が蘇っていく。
物心ついた頃から、の両親は屋敷にいることが少なかった。メイドたちが世話をしてくれていたし、両親が決して自分のことを蔑ろにしている訳ではないことを理解していた。
(お父さまもお母さまも私のためにがんばってくれているのだもの)
それでも彼女は寂しかった。心は泣いていた。一緒にいてくれる家族が欲しかった。本やテレビで見る、仲の良い兄弟や姉妹の姿に憧れてた。
(私にきょうだいがいたら、さみしくないし、さみしくないようにしてあげるの。きょうだい、ほしいなあ……)
そんな最中に、は誘拐されてしまった。詳しいことは今でも思い出せない。しかし事件の衝撃は、彼女の心に深い傷を残した。
誘拐事件が起きてから、両親は更に家を空けるようになってしまった。はその理由を薄々感じ取り、喉元まで出掛かった悲しみを飲み込んだ。時には耐えきれずに、ベッドの中で泣きじゃくりながら。
事件を受けて、の傍にはヤマブキが仕えることになった。ヤマブキと過ごすことで寂しさが少しずつ紛れ、が時間をかけて立ち直ろうとしていた矢先。
と従兄弟の縁談が持ち上がった。
その時、の心は再び折れた。抗えない大きな力の存在に、彼女は気付いていた。
しかし縁談も悪いことばかりでは無かった。お陰ではLBXの存在を知った。そして折れたままではいたくない一心で飛び出した街の中で、彼を見つけた。
――仙道ダイキ。
彼を一目見た途端、は、未だかつて経験したことの無い胸の高鳴りを覚えた。逆上せたように身体が熱くなり、ときめきは収まるどころか秒ごとに増していった。
彼の全てが輝いて見えた。
にとって、仙道はまさしく世界を変える存在だった。
(ああ、きっと私は、この人に出逢うために生まれてきたんだ)
心からはそう思った。
彼に恋をしてしまったのだ。
実ることの無い恋と知りながらも、自分の想いに嘘は吐けなかった。
彼に関わる全てをいとおしく想い、大切にしたいと願った。孤高で在ろうとする彼にとって、邪魔にだけはならないようにしながら。その想いを通してLBXにも打ち込み、は必死に彼の姿を追う。
いつか迎える別れの為に“ファン”という立場を盾にして……。
そんなにとっては、キヨカも大切にしたいと想うもののひとつになっていた。彼女とも絆を育みたかった。
――仙道くんのことを抜きにしても、私はとっくにキヨカちゃんのことが大好きですけれどね。
不安そうなキヨカに、は優しく告げる。
「キヨカちゃん。あなたにこの服をプレゼントしたいのは、私のワガママなの」
「お姉ちゃんの……ワガママ?」
「姉のおさがりの服を妹が着る……。そういう姉妹みたいなことが、ずっとしてみたかったんです」
キヨカと初めて会った日。少女に“お姉ちゃん”と呼ばれた瞬間の喜びが、再びの胸を満たす。
「一人っ子の私が言うのも可笑しいけれど、あなたのことを本当の妹のように思ってますの」
キヨカが潤んだ瞳をぱちくりさせてを見つめる。まだ不安そうな少女へ、は訊ねた。
「私のおさがりじゃ、イヤ?」
「……ううん! そんなことない!」
ぶんぶんと首を振ったキヨカは、同時にの手を振りほどいた。「えっ……」が驚く間も無く、キヨカはへ抱き着いていた。
抱き着いたまま、キヨカは言った。
「私もね、会ったばかりでヘンかもしれないけど、お姉ちゃんが大好き。もっと前にお姉ちゃんに会いたかったな」
「キヨカちゃん……」
「だからね、お姉ちゃん」
幼い少女の手が、優しくの髪を撫でる。
「そんな、泣きそうな顔しないで?」
はハッとした。
様々な想いを馳せるうちに、切ない痛みが心を刺したこと。いつか仙道やキヨカとも会えなくなるであろうこと。他にも言い表しがたい様々なこと……。そんなの葛藤や想いを、キヨカは話の節々や表情から察してくれていたのだ。
気を遣うつもりが、逆に気を遣わせてしまった。情けない話だ。更に情けないことに、はキヨカの言葉に涙ぐんでしまっていた。
「ありがとう、キヨカちゃん」
「気にしないで、お姉ちゃん」
から腕を離すと、しっかり目を合わせるようにしながら、キヨカは笑った。
「私もね、お姉ちゃんのこと、本当のお姉ちゃんみたいに思ってるから。家族なら、支えあいっこは当然でしょう?」
たまらずは、キヨカを抱き寄せた。小さな温もりを確かめるように、心から慈しむように、少女の頭を撫でる。
は嬉しくて仕方がなかった。
「キヨカちゃんは優しい子ね。お兄さんとそっくりで、本当に優しい……」
「お兄ちゃんのこと優しいって言ってくれたの、お姉ちゃんがはじめて」
「でも、キヨカちゃんもそう思うでしょ?」
「うん。考えることがおんなじなんて、本当に姉妹みたいだね」
キヨカとは何度も笑い合った。
沢山のことを語り合った。
殆どが“お兄ちゃん”のことだった。
髪の色も目の色も性格も、住む場所も何もかもが違う。
それでもふたりは、互いを家族のように感じていた。きっと何年後になっても、揺らぐどころか強く太く結ばれていく……絆の力というものを。
「――そういえばね、お姉ちゃんに相談したいことがあるの」
自分の服に着替え終えたキヨカが、ふと呟いた。
プレゼントすることに決まった洋服を手提げ袋にしまいながら、はキヨカを振り返る。
「どうしたの? 私で力になれることだったら何でも聞きますわよ」
「うん、あのね。最近のお兄ちゃんのことなの」
項垂れながら、キヨカは語り始めた。
「アルテミスの後から、お兄ちゃん、時々こわい顔で出かけていくようになったの。だれかを探してるみたいで……お姉ちゃん、何か知らない?」
「アルテミス……」
はすぐに思い当たるものがあった。
仙道が探そうとしているのはユジンに違いない。熱く仲間の大切さを語り、仙道を打ち負かしたオタレッド。あの大舞台での敗北は、やはり仙道の中へ暗い影を落としていったらしい。
恐らくユジンを探し出し、リベンジするつもりなのだろう。仙道とユジンの対極的な性格や性質を考えると、穏便に済むかどうかは怪しい。
キヨカが心配そうな顔で、のスカートを掴んだ。
「お姉ちゃん、なにか知ってるならお願い。お兄ちゃんをひとりにしないで」
信頼に満ちた“妹”の眼差しを受けて、はしっかりと頷いて返す。
「仙道くんが“来るな”って言っても引っ付いて行きますわ。今まで以上に!」
拳を握り締めて誓ってくれた“お姉ちゃん”に、キヨカは安堵に満ちた笑みを浮かべた。
それから、ようやく二人は物置部屋を出た。部屋に入る前と同じように手を繋ぎながら。見た目は何ら変わらない。しかし、二人の心の距離はぐっと近付いた一時であった。
「わたくしのお部屋に戻ったら、LBXで遊びましょう! まだ時間はたっぷりありますわ」
「うん! ヤマブキさんはそこそこ強くて、お姉ちゃんはまだ初心者ってお兄ちゃんが話してたから、楽しみ」
「しょ、初心者っていうかもう素人というかあれですが……」
ヤマブキは問題ないが、果たして自分の腕前はキヨカの期待に添えるものかどうか。
一抹の不安を抱えつつ、片手に服をしまった袋を提げ、もう片手でキヨカと手を繋ぎながら、は忙しなく脳を働かせる。
部屋につくまでひたすら、の脳内ではLBX操作のシミュレーションが繰り返されていた……。
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