とキヨカが部屋に戻ると、ヤマブキと仙道はソファーに腰掛けて会話をしていた。
その光景の穏やかさと珍しさに瞬きしつつ、は安堵した。
やはり男同士、通じた何かがあったんですわ!
ついの頬は緩む。
キヨカと共にソファーへ座ったは、早速仙道たちへ訊ねた。
「仙道くんとヤマブキさん、なんだか仲良くなってませんか?」
「男の友情?」
続くキヨカの言葉に、仙道は肩を竦めた。
「そんなんじゃないさ。まあとびきり仲が悪いわけでもないね。普通だよ、普通」
「仲が悪くないなら良かった」
安心したキヨカが笑って頷く。そんなキヨカの側に、大きな手提げ袋が置かれていることに兄は気付いた。
部屋に入ってくる時はが持っていたものが、どうしてキヨカの隣にあるのだろう?
「その袋は?」
「お姉ちゃんのおさがり。お洋服貰ったの!」
「へえ、良かったじゃないか」
仙道は、笑いながらへ視線を移した。
「悪いな、」
「いえいえ! わたくしのワガママをキヨカちゃんが聞いてくれただけです」
「よく判らないが……まあ、あんたが良いなら構わないさ。有難うよ」
「どういたしましてですわ!」
キヨカは、兄とのやりとりを嬉しそうに見つめている。
ヤマブキもまた、微笑ましげに子供たちを眺めていた。そして執事はさも当然のように提案する。
「では早速LBXバトルでも楽しみましょうか」
思わずは跳ね上がった。
「えっ! わ、わたくし、心の準備とイメトレがまだ……」
「お嬢様。戦いとは唐突にやってくるものです」
「安心しな。レギュレーションはスタンダードだ、壊しゃしないよ」
「仙道くんとのバトル、既に決定ですの!?」
「時間掛けてゆっくり相手してやるさ」
仙道の妖しげな笑みに、は頬を染めながら視線を泳がせる。
「嬉しいような厳しいような……わたくしに仙道くんのお相手が務まりますかどうか……」
「肩の力を抜きな。前にも言ったろ、」
「お兄ちゃん、あんまりお姉ちゃん困らせちゃダメだからね」
「キヨカさん、大丈夫ですよ。お嬢様が勝手に一人で困っているだけです」
「やっぱ鬼だな、あんた……」
ヤマブキとキヨカに見守られながら、はまさかの仙道とのLBXバトルに励むことになってしまった。
いつか仙道と肩を並べられるようなプレイヤーになりたいと常々思ってはいる。だがしかし彼と対決したいと思ったことは無い。
だが、やるからには全力で臨むことをは決心した。このぐらい出来なくては、肩を並べるどころか、彼を追い掛けることすらままならない。……そう自分を奮い立たせた。
勿論の勝算は無いに等しい。しかし懸命には戦う。
(仙道くん、手加減してくれてますわ)
仙道のファンであるは、そのことにすぐ気が付いた。まるでを導くような、普段の仙道とは打ってかわって優しいバトルスタイル。嬉しく思う反面、は、彼の力を引き出せない己の実力の乏しさを痛感した。
いつか仙道と共にバトルを楽しみたい――。そんな目標を持つは、力不足を少しでも補おうと集中する。仙道へ相対するために、CCMの操作に全力を注いだ。
次第にの操るヴァルキリーが、ジョーカーMk2の動きを捉え始めた。仙道が加減しているとはいえ、にしては凄まじい進歩だ。
「お姉ちゃん、すごい!」
キヨカが歓声を上げる横で、何故かヤマブキは表情を曇らせている。
「まさか、お嬢様……」
最初は攻撃を受けたり、かわされたりする度に声を漏らしていたは、いつの間にか無言になっていた。それだけ集中している証拠でもあるが、ただの集中にしては様子が可笑しい。
対戦している仙道も、の異変を察したようだ。
「おい、? 大丈夫か?」
は答えない。その眼差しはCCMへ注がれたまま微動だにせず、LBXを操作するスピードが早くなっていく。「まだ足りない……まだ……」譫言のようにがそう呟いたのを、仙道は聞いた。
が仙道の声に答えないなど、やはり可笑しい。
ヤマブキはの肩を叩いた。
「お嬢様、落ち着いて下さい!」
それでもは答えなかった。
楽しげに応援していたキヨカも、不穏な空気を察して笑みを消す。
ヴァルキリーの動きは更に速く、鋭く、激しくなっていく。は止まらない。
再び仙道はを見る。
彼女の瞳が、淡く輝いていた。普段より青みを増した瞳の光が、そこからの思考にまで至り、蝕んでいる。
――どうしちまったんだ、?
何時もの少女らしさの消えた、無表情な姿。理由は定かではないが、今のは正気を失っているようだ。
何時も自分を追ってくれている慈愛に満ちた眼差しが、まるで幻だったかのように。
仙道は胸の奥が痛むのを感じた。
同時に、手加減を止めることにした。
ひたすらヴァルキリーの攻撃を防いでいたジョーカーMk2の動きが一変する。突進してきたヴァルキリーをかわしがてら、その背に全力で鎌を叩きつけた。吹っ飛ぶヴァルキリーが体勢を立て直す前に、ジョーカーMk2は肉薄し、追撃を繰り返す……。
――瞬く間にヴァルキリーはブレイクオーバーし、動かなくなった。
それと同時に、も、まるで糸が切れた人形の様に膝から頽れてしまう。
「!」
「お姉ちゃん!」
「お嬢様!」
仙道たちは口々に彼女を呼び、駆け寄った。
呼び掛けにはぴくりと肩を震わせた。声に答えるようとしているが、酷く辛そうだった。のろのろと重たげに顔を上げる、は呟く。
「わたし……やっぱり負けてしまいました?」
何処か虚ろな、無理矢理繕ったような微笑み。疲労に満ちて色の悪くなった顔には、脂汗が滲んでいる。
仙道の口から、はあ、と溜め息が漏れた。安堵と呆れの綯交ぜになったような、そんな眼差しがに注がれていた。
「自分が負けたことすら判ってないのか、あんた……」
「ごめんなさい、途中から集中してしまって……あなたを追い掛けなくちゃって、必死で……」
涙ぐみながらは俯いた。ふわりと広がったスカートの裾を握りしめながら、まるで怒られた子供のように悄気る姿は、いつも通りのだった。
感情のままに自分と接してくれる大切な少女に戻っていた。
――仙道は苦笑した。
「別に責めちゃいないさ。人が変わったみたいに動きが良くなったもんだから、少し驚いただけだ」
優しくの頭を一撫でして、仙道はそう告げる。
するとは、心底安心したように笑って、再び顔をあげてみせた。
「良かったです、嫌われたりしなくて……」
「あんなんで何をどう嫌うってんだ」
「そうよ、お姉ちゃん」
兄に続いて、キヨカもを励ます。
「お兄ちゃんだって私と同じで、お姉ちゃんのこと大好きだから大丈夫」
「えっ!?」
「き、キヨカ……!」
真っ赤になると、慌てふためく兄を見ながら、キヨカはニコニコと笑う。
緊張で張り裂けそうだった状況が、少女の一言で嘘のように和やかになった。
LBXとDキューブを回収したヤマブキが、子供たちを振り返る。
「皆様、やはりのんびりお茶に致しましょう」
皆が席につくと、手際よくヤマブキが紅茶を用意してくれた。
「助かりますわー」
ふやけた、というよりは疲れたような笑顔で、が自分のカップに角砂糖を入れていく。ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ……更にふたつ。
さっきはストレートで飲んでいた紅茶に、は大量の砂糖を投入していた。そしてそれを苦もなく、小さく喉を鳴らしながら飲み始める。
「砂糖多すぎだろ……」
「甘いものが欲しくって……」
仙道の独り言にも、この令嬢は律儀に反応し、頬を染めた。
さっきのバトルでの豹変ぶりは本当に何だったのか。
杞憂で済むならばそれに越したことはない。だがヤマブキの動揺から察するに、そうはいかない類いのものであろうことを、仙道はうっすら感じていた。
恥ずかしげにカップを抱えたまま、は溢す。
「実はわたくし、昔から機械いじりが苦手で……機械を触っているとたまに集中が度を超えてしまって、色々ぶっ飛んで疲れちゃうことがあって……」
「今まではLBXもまともに触ったことがなかったのは、それが関係してるのかい?」
「はい……。最近はめっきり出なくなっていたのですけれど」
は、紅茶にまた角砂糖を足しながら微笑んでいた。
ようは集中力が高まりすぎると、の意思を無視して、脳が限界以上の力を引っ張り出すらしい。その症状が出るのは、何故か機械を弄っているときのみ。そして最近はその症状が出なくなっていたため、今回油断していたら出てしまった……ということのようだ。
仙道は嘆息すると、ヤマブキを見た。
「ヤマブキ、あんたにゃ聞きたいことが山ほど出来たよ……」
「では連絡先をお伝えしておきましょう。何時でも何なりと、どうぞ」
さっきの慌てぶりは何処へやら、冷静かつ淡々とヤマブキは仙道に名刺を差し出した。
「ここにアドレスも番号も書いてございます」
頭を下げるヤマブキから、仙道は無言で名刺を受け取る。
それを見ていてたキヨカが、「あっ!」と何か思い付いたように口を開いた。
「私も、お姉ちゃんのアドレス教えてほしいって思ってたの。メールや電話したいなって……」
「まあ! 嬉しいですわー!」
キヨカの言葉に、はそう笑ってティーカップをテーブルに置いた。砂糖づけの紅茶はすっかり空だ。それだけ喉が乾いていたのか、糖分が欲しかったのか……。理由は知れないが、飲みきるのが早い。
仙道は何故か感心してしまった。
そんな彼を他所に、嬉々としながらCCMを引っ張り出し、がボタンを操作し始めている。
「是非とも連絡先交換致しましょ、キヨカちゃん!」
「うんっ」
二人はすぐに連絡先を教えあうと、早速試しにメールを送ったり、電話を掛け合ったりしていた。
こんな間近で確認しなくとも、と仙道とヤマブキは思った。だがそれらを口にはしない。
楽しげに笑い合う少女たちの姿を見ていると、水を差すような真似はしたくなかった。
楽しい時間はそうして瞬く間に過ぎていった。
とキヨカはどちらからともなく「また一緒に遊ぶ」ことを誓い、キヨカは兄と共に帰路につき、は執事と共に屋敷へと戻った。
――帰り道の途中、キヨカは不意に兄を見上げた。
「ねえ、お兄ちゃん」
「何だ?」
「お姉ちゃん、大丈夫かな」
LBXバトルの最中にを襲った異変を、キヨカもしっかり感じ取っていたらしい。
聡い妹に、仙道は不安を拭ってやろうと静かに返す。
「少し調子が変わったが、すぐに戻ったろ。大丈夫さ」
「だと良いんだけど……でも」
尚も不安げなキヨカに、仙道は笑ってみせる。
「万が一また何かあっても、止めて声を掛けてやりゃいいだろ」
「……うん!」
ようやっと安堵したらしい妹の手を握り直し、仙道は再び歩き出した。
頼もしい兄の言葉に、キヨカは笑みを深くさせていった……。
(お兄ちゃんに何かあったらお姉ちゃんが、お姉ちゃんに何かあったらお兄ちゃんがそばにいてくれるよね)
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