はご機嫌だった。朝食が美味しく作れたこと、それを両親に誉められたこと、ヤマブキとのLBXトレーニングが快調だったことなど、朝から彼女にとっては嬉しいことだらけ。しかし彼女が心踊らせている一番の理由は、憧れの街・アキハバラへ、憧れの人・仙道ダイキと共にやって来た――ということだ。
オタク文化の集う“聖地”とも呼ばれる街。人や物で溢れかえるアキハバラの熱気に、は感心していた。
仙道はというと、街並みやショップには目もくれず、人探しに集中していた。
「コイツを知らねえか。コイツだ」
行き交う人々を適当に捕まえては、オタレッドの写真を突き付けて問い詰める。凄みある仙道の形相に、誰もが怯えて“知らない”と答えては逃げていく。
非効率だと判っていながら虱潰しで当たっていくしかない現状に、仙道は苛立ちを募らせる。それでも諦める様子は無かった。
「必ずアイツを見つけ出して叩き潰してやる……」
も、アキハバラや仙道に想いを馳せ惚けていただけではない。もまた、オタレッド探しの手伝いに励んでいた。仙道とはぐれない程度に離れた場所で、アキハバラの人々にオタレッドについて訊ねて回る。しかし仙道同様、なかなか芳しい成果は得られない。人へ声を掛け、“判らない”と言われるたび、少女は肩を落としていた。
それを眺めながら仙道は、道端の金網に背中を預けて休んでいた。流石の彼も、この人込みでの捜索に疲れてきたらしい。
本来であれば仙道は、自分ひとりでアキハバラに来る予定だった。だががそうはさせてくれなかった。
昨夜、彼女が急に電話を掛けてきたのである。そしてこう言った。
『仙道くんがアキハバラに行くんでしたら、わたくしも行きますわ。ユジンさんを探すんでしょう? お手伝いさせてくださいな』
此方の考えを見透かしたような言葉だった。仙道は、の勘の良さに、戸惑いを覚えた。
「そんなに俺の考えは判りやすいか?」
『私は仙道くんのファンですもの。そのぐらい判りますわ』
「なるほどね……」
『じゃあ明日、アキハバラですわね! 楽しみにしてますわ』
曖昧な彼の返答を肯定と受け取ったのか、は意気揚々と告げる。仙道もまた、断ることなく彼女の提案を受け入れていた。
実際アキハバラに来てみると、の提案に乗った自分の選択は正しいと感じた。自分が訊くのとが訊くのとでは、同じ相手でも反応が変わってくる。得られる情報も変わってくるのだ。
――俺にはあんな愛想良く人に訊くなんて無理だしな。
ふう、と仙道は溜め息を吐いた。
「仙道くん、仙道くん!」
不意に、慌ただしく叫びながらが駆け寄ってきた。
何かあったのだろうか。閉じかけていた目を開き、仙道は顔を上げた。
「どうした、」
「オタレッドさんの居場所はまだ判りませんけど、さっきオタクロスさんを探してる子がいたって聞きましたの!」
「オタクロス……」
オタレッドが“我が師”と呼んでいた人物が、そんな名前だった気がする。
仙道が考え込んでいると、は続けた。
「しかもそのオタクロスさんを探しているのが、バンくん、郷田くんたちらしいですわ。これは何かある気がしますわ!!」
「山野バンだけでなく郷田まで? どうしてあいつらがここに……」
「それは……よく判りませんけど」
が俯き、仙道は更に考え込む。
その時――。
『山野バン!』
何処からともなく男の声が響いた。反射的に路地から飛び出し、辺りを見渡す二人。
謎の声は、たちの頭上から……タワーの巨大モニターから発せられていた。そこに写し出される謎の人影が、再びバンに呼び掛ける。
呼ばれたバンたちは、揃ってモニターを見上げている。遠目にも彼らはよく目立った。
『ようやく気づいたかデヨ。ワシが、おまいらが探しているオタクロスじゃ』
仙道とは顔を見合わせた。
「どうやらあいつは、アキハバラの街を監視できるようだな」
「そこも気になりますけど、あれってオタクロスさんの私物という訳では無いですわよね……?」
明らかに公共のものであろうモニターがジャックされているのに、アキハバラの人々は全く気にしない。
「またやってるよ」
「ああいうの好きだよなぁ、オタクロス」
周囲の呟きから察するに、珍しい事態では無いようだ。
巨大モニター越しに、オタクロスとバンたちは会話をしていた。街の映像だけでなく音声まで拾える設備が導入されているのか、会話はとんとん拍子で進んでいる。生憎と距離があるせいでバンたちの声は聞こえないが、モニターから響くオタクロスのリアクションだけで十分に内容を推測することができた。
……とにかくオタクロスは個性的な人物であった。
『ワシは何でもお見通しデヨ。おまいの願いも知っている。だが断るデヨ』
バンたちが自分に頼み事をしに来ることを予期した上で断っていたり、かと思えばアミに目をつけ『萌えるのぅ、アミたん! ア~ミたん、ア~ミたん、ア~ミたん♪』とアミの名前を連呼し始めたり……。
この辺りまで来ると、仙道とも脱力しかけていた。
溜め息の後、仙道がゆるりとを振り返る。
「……あんたはなるべく俺の影に隠れてろ。万が一あれに見つかったら面倒そうだ」
「はい? わ、判りました」
は言われるがままに仙道の影へ身を潜めた。
その間にも、オタクロスとバンたちのやり取りは進んでいく。最終的にはアミの懇願により、オタクロスがバンたちの願いを聞き届けてくれることになった。
ただし『伝説のLBXを見つけ持ってくる』という条件つきで。
バンたちは早速、伝説のLBXの捜索を始めた。
それを見て、仙道が再びを顧みる。
「俺たちも行くぜ。あいつらの後を追う」
「はいっ。スパイのミッションみたいでドキドキですわー!」
「良いから歩け。……これで探す手間が省けたな」
はしゃぐの額を小突き諌めながら、仙道は口許を吊り上げていた。
アキハバラの街を行ったり来たりするバンたちを、気付かれないように追い掛ける。
オタレッドと色違いの仮面とジャージを身に纏う人物たちからの課題をクリアーしながら、バンたちは少しずつ、伝説のLBXのパーツを集めていく。
最後にバンたちが向かったのは、アキハバラタワーであった。オタクロスが映し出されていた巨大モニターの設置されている、この街一番の観光名所だ。
「仙道くん、あのタワーに入るには入場チケットが必要なのですわ」
バンたちがタワーに入っていくのを見ながら、が呟く。
仙道は舌打ちした。勿論チケットなど持ち合わせていない。ユジンへようやく近付いたというのに、目前になって手詰まりとは。
そんな仙道の苛立ちを払拭させようと、は明るく声を掛けた。
「こんな事態も予測して二人分のチケットを入手しておきましたわ! ささっ、どうぞ」
当然のように自分へチケットを差し出してくる少女を見て、仙道は目を丸める。
「準備がいいな」
「いえいえ、何時も素敵なバトルを見せて頂いているお礼ですわ」
「……ありがとよ」
チケットを受け取りながら仙道が礼を言うと、は嬉しそうに顔を綻ばせた。いつも通り真っ直ぐ此方を見つめる、輝かんばかりの笑顔。
そしていつも通り沸き上がる言い様のないくすぐったさを誤魔化すように、仙道は歩き出した。
タワー前の警備員へ入場チケットを見せ、早速二人はアキハバラタワーへと入った。
丁度イベントでも終わった後なのか、タワーの中に入るよりも出ていく人たちの方が多い。その波に逆らうように、仙道は押し進んだ。もはぐれないようにと、必死に彼の背を追い掛ける。
「あわっ!」
しかし慣れない人込みに、の足は縺れた。前のめりに転び、床に膝を打ち付けてしまう。とっさについた手の平にも痛みが走り、彼女は顔を歪めた。
泣きたくなったが、素直にそうできるほど幼くもない。何よりこんな場所で踞っていては迷惑になってしまう――。
はきゅっと唇を引き結び、急いで立ち上がった。鈍い痛みがなかなか引かない。しかし彼女は、早く立たなくてはならなかった。
「待ちやがれ!!」
いつになく荒々しい叫びを上げる仙道へ、早く追い付くために。
人の少なくなったイベントホールの中央に、見覚えある人影が揃っていた。バンにカズヤ、アミ、郷田。対峙するように並ぶオタレッドとその仲間が勢揃いしている。
そこへ、怒り露に仙道が駆け寄っていく。
「見つけたぜ、ユジン!」
「仙道!? ……だけじゃなく、も一緒か!」
思わぬ乱入者たちを見て、真っ先に郷田が声を上げる。一足遅れてやって来たに対しても丁寧にリアクションしてみせた彼を見て、はつい頬を緩ませた。
「こ、こんにちはですの」
「たち、どうして此処に?」
「それは……」
アミの問い掛けにが答えようとするものの、その声は仙道の怒号によって遮られてしまう。
「ユジン! 俺とLBXバトルをしろ!」
すっかりユジン――もといオタレッドしか目にないようだ。荒れた仙道の様子に、オタレッドが静かに向かい合う。
震えるだけ拳を握り締めながら、仙道は言った。
「俺は認めねぇ、てめぇみたいなふざけたヤツを」
「残念です……。あなたは、我が師オタクロスに賛同し、オタクロス流LBX闘法を学ぶために志願されたわけではなさそうですね」
「誰がそんなもんに!」
仙道がオタレッドに詰め寄ろうと足を踏み出した。
だがその二人の間に、郷田が割って入る。
郷田は、無言で仙道の前に立ちはだかった。彼の目は仙道を捉えた後、その背後に立つ少女へと移された。
祈るように胸の前へ両手を翳し、不安げに仙道と郷田を見つめている。僅かに覗いた少女の手の平には、真新しい擦り傷があった。
(仙道について来たんだな……)
状況を理解した郷田が、仙道へ視線を戻す。
仙道は不快そうに目を細めた。
「何のつもりだ、郷田? お前なんかに用は無い」
「仙道、俺が相手になってやる」
間髪入れずに郷田が返した。
バンたちは勿論、オタレンジャー、も成り行きを静かに見守っている。
仙道は嘲笑した。
「役者不足なんだよ、お前じゃあな。また大事なLBXをぶっ壊されたいのか?」
挑発に乗ることなく、郷田は静かに腕を組み、仙道を見据えていた。
は不安を必死に堪える。鈍く痛む両手と膝の傷が、彼女の平静を保たせていた。
(仙道くんと郷田くんの様子、いつかのゲームセンターの時とはまるで逆ですわ)
は少しだけ仙道へと歩み寄りながら、二人の番長の睨み合いを見守った。とても口を挟める雰囲気ではない。
どっしりと構えたまま、郷田は仙道へ返す。
「壊してみろよ、やれるもんならな。てめぇの腐ったLBXじゃ今の俺は倒せねぇ!」
腐ったLBX。
未だかつてない侮辱に、仙道は激昂した。怒りの余り、彼の顔には歪んだ笑みが浮かぶ。
低く呻くような笑いを上げながら、仙道は答えた。
「……良いだろう。その代わりお前が負けたら、一生舎弟として俺に尽くしてもらう」
言いながら彼はDキューブを取り出し、展開させた。ジオラマは、夕焼けに染まる荒野。
仙道の提案に、郷田は頷いた。
「判った。だが俺が勝ったら、お前が俺の舎弟だ」
Dキューブを挟んで、ミソラ一中とミソラ二中の番長が向かい合う。
狂気染みた笑みに染まる仙道。
静かにその仙道を見据える郷田。
今ここで、二人の番長の因縁に決着がつこうとしていた。
「仙道くん……郷田くん……」
二人の放つプレッシャーが、の胸中に大きな不安を生んだ。しかし同時に、今までに感じたことのない高揚も満ちていく。
早くもは、これから始まる対決へ心を踊らせ始めていた。
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