押し殺しきれない狂気を滲ませながら、仙道が冷ややかな笑みを見せる。

「どっちが上か思い出させてやろうか」
「うるせぇ! 舎弟になるのはてめぇの方だ!」
「やれるもんなら、やってみろ」

 食って掛かる郷田に、仙道は静かに返す。いつの間にか彼は一枚のタロットカードを手にしていた。

「“塔”の逆位置。必要とされる破壊――だ」

 その占いが何を暗示しているのか、それは誰にも読めない。
 以前の郷田であれば何か一言ぐらい返しそうなものだが、今の彼は静かに目を細めるのみに留まった。
 二人はどちらからともなく、LBXを取り出す。

「ジョーカーMk-2!」
「ハカイオー!」

 2機のLBXが、ほぼ同時に荒野へ降り立ち、駆け出した。

「覚悟しろ、仙道!」

 郷田の声に応じたハカイオーが、ジョーカーMk-2へ向かって突進し、武器を振り下ろす。しかし、仙道の得意とするイリュージョン……高速回避によってかわされてしまう。今の仙道のLBXは、更なるカスタマイズとユジンへの執念により、アルテミス当時以上のスピードを生み出していた。

「すごいですわ、仙道くん! 更に強くなってますわ!」

 思わずは歓声を上げる。
 渾身の一振りを容易くかわされた郷田もまた、ジョーカーMk-2の素早さに目を剥いた。

「何っ!?」
「それで斬ったつもりか?」

 仙道が鼻で笑いながら、CCMを操作する。するとジョーカーMk-2は残像を生むほどのスピードでハカイオーの背後に回り込んだ。
 無防備なハカイオーの背に鎌が叩きつけられ、その勢いに乗ったまま、ジョーカーMk-2はハカイオーを蹴り飛ばした。仙道のメカニック技術により、ジョーカーMk-2はストライダーフレームとは思えぬほどの力を引き出されていた。
 吹き飛ばされたハカイオーが岩壁にぶつかり、轟音と土煙を上げる。しかし持ち前の強靭さで、ハカイオーは攻撃を凌いだ。武器を支えに体勢をを立て直し、ジョーカーMk-2を睨み付ける。
 手に汗に握る激戦に、は興奮を押さえきれない。

「さ、流石ですわ仙道くん! でも、郷田くんも負けてませんわね……!」

 緊張と興奮が混ざり合う、複雑かつ激しい高揚感。
 そのバトルに、のみならず、バンたちも目を奪われている。 ハカイオーがまだ動けると見るや否や、仙道が笑った。

「今度はこっちから行くぞ」

 猛烈な勢いで走り出すジョーカーMk-2。
 それを見て、郷田が歯を食い縛りながらCCMのボタンを叩く。
 ハカイオーが、ジョーカーMk-2の鎌を武器で防ぎつつ、大きく振り抜く。しかし再びジョーカーMk-2のハイスピードな回避により弄ばれ、空ぶってしまう。

「ちっ、またか!」

 郷田が舌打ちをした。
 その間にジョーカーMk-2は一瞬で上空の岩場へと移動し、ハカイオーを見下ろしている。必死にハカイオーは辺りを見渡すも、なかなかジョーカーMk-2の居場所に気づけない。
 ようやくハカイオーが岩場を振り返りかけた瞬間を狙って、真後ろから再びジョーカーMk-2が襲撃した。落下のスピードにより威力を増した踏みつけが、ハカイオーを直撃する。
 先よりも激しい粉塵が舞い上がった。
 その中から飛び退いて抜け出したジョーカーMk-2は、優雅に着地を決める。そして、今だ舞い上がる粉塵を楽しげに眺めていた。

「何度やっても同じこと。お前に俺のイリュージョンバトルは破れない」

 冷ややかな眼差しと笑みを浮かべながら、仙道がそう告げる。
 明らかにハカイオーは相手のスピードについていけずにいた。傍目にも、素人のにも、そのことはよく判る。しかしバトルはスピードが全てではない。
 類い稀なるバトルセンスとカスタマイズ技術により裏打ちされた実力や、高いプライドを持って戦いを進める余裕ぶりは彼の魅力のひとつでもある。時に気品さえ感じさせるような孤高のプレイヤーである仙道に、は強く憧れ、惹かれた。偽りないその思いは、彼を思い、彼に接するたび、増していくばかりだ。
 だからこそ、同時に強く不安でもあった。

「もし、このバトルが仙道くんの思うようにはいかなかったとしたら……仙道くんはどうなってしまうんでしょう……」

 ユジンへの復讐に駆られ、余裕を失って剣呑としていた仙道の姿を見続けていたは、深く悩んでいた。
 この戦いを終え、ユジンに挑むことが、本当に仙道のためになるのだろうか?
 不安げな少女の呟きを、側にいたオタレッドは聞き逃さなかった。

さん。貴女の彼を想う気持ちは痛いほど判ります。今も貴女は、まるで自分のことのようにバトルを見つめ、考えている」
「オタレッドさん……」
「前にも似たような話をしましたが……彼をそんなに大切に想うさんなら、きっと彼の力になれます。その気持ちで、今まで通りに、彼のために想いをぶつけ続けることが大事なんですよ。バトルが強い弱いなんて関係ありません。そのハートが一番の鍵です」

 仮面で表情が隠れているが、オタレッドが笑ってくれていることをは確信した。
 優しい励ましの言葉に、彼女は涙ぐみながら頷いて返す。

「有難うございます。……そうですわよね。わたくしに出来る精一杯は、それだけですもの」
「素晴らしい“精一杯”ですよ! そのためにも、このバトルの行方はしっかり見届けましょう」
「はい!」

 二人がDキューブへと視線を戻すと、ちょうどジョーカーMk-2がハカイオーへ歩み寄っていくところであった。
 鎌を肩に担ぐようにしながら、じわじじわりと距離を縮めていく。
 仙道は、ハカイオーと郷田を見下ろしながら言った。

「そろそろトドメを刺してやる。俺の舎弟になる覚悟は出来たか?」
「くっ……!」

 顔をしかめながらも、郷田はまだ諦めていなかった。
 攻撃から一転、ハカイオーは後ろへ飛び退くようにしながら岩山を上り始めた。ジョーカーとの距離をとり、体勢を立て直す戦法だろうか。
 それを見た仙道は素早くCCMを操作した。

「逃がすものか……!」

 持ち前の素早さで、すぐにハカイオーを追いかけていくジョーカーMk-2。
 あっという間に追い付くかと思いきや、岩山を越えた先にハカイオーの姿はない。
 破壊すべき相手を見失い、ジョーカーMk-2は辺りを見渡す。
 ――不意に、小さな岩が転がり落ちてきた。位置的には、丁度ジョーカーMk-2の真後ろである。
 反射的にジョーカーMk-2は振り返った。
 その瞬間、ジョーカーMk-2の背後を狙うように黒い影が飛び上がってくる。
 ハカイオーだ。
 どうやらジョーカーMk-
2の隙を生むための作戦だったらしい。
 このままではもろにハカイオーの攻撃が入ってしまう。
 ジョーカーMk-2が、仙道が負けてしまう――! そう思ってしまったは青ざめる。
 だが、そうはいかなかった。
 仙道の口許が吊り上がる。

「馬鹿め、気付かないと思ったか?」

 お見通しだ、と言わんばかりの表情だ。
 素早く正面に向き直ったジョーカーMk2は、手にした鎌を思いきり振り抜いた。
 鎌はハカイオーの右腕を両断した。無惨に岩山を転がり落ちていく右腕の音が空しく響いていく。
 遂に勝負あったか、と思われたその時――郷田が笑った。

「待っていたぜ!」

 切り落とされた腕はそのままに、ハカイオーは左腕でジョーカーの右腕を捕らえた。反動でジョーカーは鎌を手放してしまう。そのままハカイオーはジョーカーへ飛びかかり、馬乗りになった。
 ジョーカーは身動きできない。此処に来て、ハカイオーとのパワーの差が仇になって出てしまった。びくともしない。
 その間に、ハカイオーの胸部にエネルギーが充填されていく。そこはまるで砲口のような構造になっていた。
 今から何が起きるのか、はすぐに察した。
 ――仙道くん!
 握りしめた両手の傷の痛みすら忘れてしまうほどの苦しみが胸中を満たし、少女は目を細める。
 郷田が高らかに叫んだ。

「肉を切らせて骨を断つって奴だ!」

 郷田のCCMから、音声が響く。
 アタックファンクション〈我王砲〉発動の合図であった。
 ハカイオーの胸部の砲口から、極限まで圧縮されたエネルギーが放たれ、ジョーカーの視界を緋色の閃光が染めていった……。
 大きな爆発の後、フィールドに立っていたのは、郷田のハカイオー。
 つまり――仙道の敗北を意味する。

「何故だ……。何故、俺が郷田に勝てない……」

 ブレイクオーバーした自分のLBXを見下ろしながら、仙道は震えていた。握りしめたCCMが、軋み、音を立てる。
 ハカイオーを回収した郷田は、仙道に向き直るとこう言った。

「言ったろ、お前の腐ったLBXなんぞ俺様の敵じゃねぇ」
「腐ってるだと!?」
「ああ、その通りだ」

 再び放たれた“腐ったLBX”という言葉に、仙道は怒りを抑えることが出来なかった。
 荒々しく叫びながら、仙道は郷田に詰め寄る。

「せ、仙道くん! 落ち着いてください!」
「うるせえ、黙ってろ!」
「あっ……!」

 一歩間違えれば殴り掛かりそうなその勢いに、は反射的に動いていた。慌てて仙道を止めようと手を伸ばすも、激昂した彼にあっさりと払い除けられてしまう。
 よろめくには目もくれず、仙道は郷田を睨んだまま怒鳴り続けた。

「郷田ァ! お前も同じだろ、俺と! 腐ってンだろ!?」
「違う」

 あまりにも落ち着いた郷田の眼差しと返答に、一瞬仙道は言葉を詰まらせた。

「……っ、何が違うってンだ!」
「俺には守るべきモノがある。シーカーとして、漢として守るべきモノがな!!」
「何言ってンだ、郷田……」

 予想だにしない返答と、突然飛び出してきた聞きなれない“シーカー”という単語に、仙道が眉を顰める。
 郷田は腕を組みながら、仙道に負けない大声で返した。

「俺は、レックスと一緒に世界を守るって決めたんだ! 男に二言はねぇ!! ……それにな」

 ふと郷田は、バンたちを顧みた。友人たちひとりひとりの顔を見渡したあと、彼は仙道へ向き直る。郷田の表情はひどく穏やかだった。

「今の俺には大事なダチもいる」

 沈黙する仙道に、郷田は話した。

「いいモンだぜ、ダチはよ。コイツらには俺の背中を預けられる。……仙道よ、お前もダチの有り難みってのが少しは判ってるんじゃねえのか?」
「どういうことだ……」
「ダチでも何でもねえ奴と、お前は一緒にいるのかってこった」

 そう言って郷田が見つめたのは、だった。視線を追った仙道も、自然とを見ることになった。
 視線を受けたは、戸惑ったように二人を見つめ返す。

「わたくし……?」
「おう。お前ら一緒に此処まで来たんだろ? ダチじゃなきゃ何だってんだ」

 郷田に問われ、はおそるおそる口を開いた。

「わたくしは……お友達のつもりですわ。仙道くんのことが大好きですから……。一緒に頑張って、一緒に楽しんで、辛いことがあったら支えてあげたいと思いますの」
「だろうな」

 素直なの答えに、郷田は笑顔を浮かべる。そのまま彼は、仙道へ視線を戻した。

「仙道。お前の性格からして、ダチでも何でもねえ奴と一緒に行動するなんてこたぁ無えだろ」
「それは……」
「それともお前は、のことも、アルテミスの時みてぇに捨て駒にするつもりで連れて来てんのか?」

 仙道は何も言えなかった。
 いつもの通りの自分ならば、今さっきの郷田の質問にも“そうする”と返せたはずだ。
 それが何故出来ないのか。
 きっと今日、仙道が“来るな”と言えばは来なかった。だが彼はそうしなかった。つまりの同行を、仙道自身が望んでいたことになる。
 仙道は、自分自身でもよく判らなくなっていた。
 以前キヨカに、を紹介したときのことを思い出す。
“友達”という言葉に、が泣き出しそうなほど喜んでいたこと。
 と過ごすうち、彼女となら一緒にいてもいい――友達と呼んでもいいと、そう思ったこと。
 そして時に友情という枠には収まりきらぬ、別の何かを感じていること。
 しかしそれらをどう口にしたら良いのか判らない。

「……郷田くん。今回に限ったことではないのですけれど、いつも私が“一緒に行きたい”とワガママを言って、仙道くんに同行させていただいてるんです」

 思い悩んで沈黙を続ける仙道に代わり、口を開いたのはだった。

「それに私、まだバトルが弱いですから……駒でも盾でも、仙道くんの役に立つバトルが出来るなら本望ですわ。仙道くんのLBXが傷つくよりずっと良いです。それに私、メンテナンスは大得意ですから問題ないです! これもLBXの醍醐味ですわ!!」

 心からそう思っているであろう微笑みだった。
 喜んで犠牲になると言い切ったの言動に一番驚いたのは、話題の中心である仙道だった。まるで信じられないものを見るかのような彼の眼差しは、少女を捉えたまま動かない。
 迷いの無いの語りは続く。

「確かに仙道くんの戦い方が郷田くんにとって好ましくないのかもしれませんけれど……私もびっくりしたりしますけど……。私は、私を救ってくれた仙道くんのLBXバトルが大好きなんです。LBXに直向きで一生懸命で、ストイックな仙道くんのことが大好きです」

 そう言ってはゆっくりと歩み出し、郷田の前に立った。
 郷田がを見下ろし、も真っ直ぐに郷田を見上げる。
 しばしの沈黙の後、は、郷田に向かって頭を下げた。

「仙道くんのLBXに対する思いは、郷田くんたちと同じですの。本当にLBXを大好きなんです。ですから……彼のLBXを“腐ったLBX”だなんて言わないでください。お願いします」

 真摯な少女の願いに、郷田は苦笑した。

「本当にあんたは仙道が好きなんだな……」
「はい、私は仙道くんの大ファンですから!」
「そうだったな。……判った。仙道、腐ったLBXなんて言って悪かった」

 予想以上に素直に郷田はそう謝った。
 顔を上げたは「有難うございます!」と喜んでいた。
 仙道は相変わらず沈黙していた。ただ表情だけは変わっており、相当困惑していることが見ている側にも伝わってくる。
 いまいち状況を掴みあぐねているような、彼にしては珍しい素の姿だった。

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