メタナスGXの内部は、薄暗く広かった。ヴァーチャル空間ながら、Dキューブのジオラマに似た岩山なども見える。空間の中央には、青く輝く光の柱があった。どうやらそれが本命の解読コードのようだ。
 早速オーディーンたちがそこに近づこうとした瞬間、異変が起きた。
 不意に空間が歪み、禍々しい紫の光がうねりだす。うねりが増し、広がると、それは……巨大なLBXとなって現出した。通常のLBXの5倍はありそうだ。
 謎のLBXが手を翳すと、空間が再び歪み、巨大な鎌が現れた。鋭い三日月のような刃をしている。見るからに威力の高そうな武器だ。

「これは……」
「LBX?」
「恐らくイノベーターが作ったヴァーチャルLBXじゃ!」

 困惑するバンとカズヤに、オタクロスがハッキングを続けながら答える。
 モニターいっぱいに映し出されるヴァーチャルLBXを見つめ、は硬直した。
 ――私は、あれを知っている。
 遠い昔の、忘れかけていた記憶が甦っていく。
 今以上に無知で無防備だった頃、見知らぬ人々に連れられて行ったその先で、自分はあれを見た……。

「――ハーデス……」

 震える少女の声を、仙道は聞き逃さなかった。

「知ってるのか?」
「……昔、見た気がします……。よく思い出せませんけれど……」

 の顔色が悪い。
 以前にもこんなことがあったのを、仙道は覚えている。
 アルテミスで灰原ユウヤの暴走を目の当たりにした時だ。あの時は放っておけば倒れるのではないかと思うほどだったが、今日はそこまで酷くはなさそうに見える。
 ただ、辛そうなことに変わりはない。

「不甲斐ないですわ……。名前だけ知っていたところでどうにもなりませんのに……。もっと何か覚えていたら……!」
「気に病む必要は無いさ。目的はあいつじゃなく、その後ろの解読コードとやらなんだからな」

 そんな仙道の言葉に、だけでなく、郷田まで視線を向けていた。
 仙道は眉を顰める。「何だよ……」主にそれは郷田に対して向けられた呟きだった。それを知って、郷田も返す。

「お前、のことはよくフォローするんだな」
「勝手に言ってろ」
「いちいちムカつく奴だぜ……ったく」

 番長同士が、またもや些か険悪なムードに陥る。自分のせいだと勘違いした少女が、申し訳なさそうに肩を縮めているのには双方とも気付いていないようだ。
 巨大なLBXは、解読コードにバンたちを近づけまいと大鎌を振るった。ちょうど攻撃範囲内にいたオーディーンが、一凪ぎで吹き飛ばされてしまう。ハーデスの攻撃力は、見た目以上に凶悪であった。

「なんてパワーだ……」

 バンがオーディーンを立ち上がらせるよりも先に、ハーデスの左手が伸びてきた。
 無慈悲なヴァーチャルLBXはオーディーンを掴み上げ、掲げる。オーディーンが必死に身動ぎするが効果はない。
 距離を取っていたハンターが、オーディーンを助けようとライフルを放つ。銃弾は間違いなくハーデスの手を直撃したが、やはりびくともしなかった。

「こいつにも効かないのか……!」

 カズヤの悲痛な声が響く。
 ハーデスはオーディーンを捕らえたまま、右手に携えた鎌を振り抜いた。すんでのとこでハンターはライフルを盾に攻撃を凌いだが、代わりにライフルは両断され、消えてしまう。
 武器を失ったハンターは、ハーデスの足へ体当たりを仕掛けた。

「オーディーンを離せ、こいつ!!」

 叫びながら、カズヤがCCMのボタンを連打する。その度にハンターは、何度もハーデスの足を叩いた。何度も、何度も。繰り返して。
 しかしハーデスは、そんなハンターを蹴り飛ばした。もろに攻撃を受けたハンターは岩壁にぶつかり、そのまま動けなくなってしまう。
 それを見たハーデスは、オーディーンを投げ捨てた。鎌を携え、動かぬハンターを目指して歩き出していく。先にハンターを仕留める算段のようだ。

「くそっ、立て、立ってくれハンター!」

 カズヤは何度もCCMを操作するが、ハンターは指一本すら動かせない。
 それを見て仙道は嘲笑った。

「あーあ、こりゃダメだな」

 もちろん郷田が黙って聞いているはずが無かった。「てめぇ!」と怒り露に仙道を睨み付ける。
 仙道も怯むことなく、郷田を睨み返す。
 は二人を見て眉を吊り上げた。

「仙道くん、今のはあんまりですわ! 郷田くんも落ち着いてください!」

 番長たちはお互いにフンと鼻を鳴らして明後日の方向を見る。
 友人たちのピンチに、普段は冷静なアミも焦っていた。

「オタクロスさん、何とかならないの!?」
「こっちはこっちで精一杯なんデヨ、今はバンたちに頑張ってもらうしかないデヨ!」

 額に汗を滲ませながら、オタクロスは必死にハッキングを続けている。
 遂にハンターの前に立ちはだかったハーデスの鎌が、勢いよく振り下ろされる。
 皆が、ここまでかと息を呑む。
「ハンター!」悲痛なカズヤの叫びが響く。
 鎌がハンターに直撃する寸前、絶望的な状況に一筋の“光”が差した。
 光は真っ直ぐに進み、ハーデスの鎌に命中し、弾き、退ける。
 ハンターが救われた事実と、突然齎されたその光は、バンたちを大いに混乱させた。

「えっ!?」
「なんだ!?」

 動揺しながらもバンとカズヤ、そして仲間たちは、空間内を見渡し、光の主を探した。
 ――岩山の頂上に、一機のLBXの姿があった。大きなライフルを肩に背負った、まるで狼のようなLBXである。何処と無くハンターの面影を感じさせるその機体は、深い緑色をメインにカラーリングされていた。
 謎のLBXが、ふわりと宙に浮かびあがる。その姿が強く発光し、瞬く間に光の球となった。光の球はゆらゆらと揺れながら、ハンターへと向かっていく。
 光がハンターの目の前で止まると、カズヤは確かめるように口を開いた。

「俺を、助けてくれたのか……?」

 光は静かな声で答えた。

『君が来るのを待っていたよ、青島カズヤ君』

 と仙道はいまいちぴんと来なかったが、その声を聞いたカズヤ、アミ、郷田、バンたちが目を丸める。
 カズヤとバンがほぼ同時に叫ぶ。

「この声は!」
「父さん!」

 何と、声の主はバンの父・山野淳一郎博士のものだったのだ。前もってメタナスGX内に細工をしておいたらしい。
 淳一郎の声が再び響く。

『バンと共にゴッドゲートに来るのは、きっと君だと思っていた。これはプラチナカプセルの解読コードを守るために用意しておいたヴァーチャルLBX。名前はフェンリル』

 淳一郎の声を聞いて、はひとり納得したように頷く。

「北欧神話で語られる狼の名前ですわね! オーディーンにフェンリル……。バンくんのお父様のセンスと技術力、凄まじいですわ~!」

 そして何より、淳一郎が“ここに辿り着くのが自分の息子とその親友であると信じていたこと”に、は感極まっていた。

『このフェンリルは、ハンターの後継機としてプログラムしてある。カズヤ君、君ならばきっと使いこなせるはずだ』

 フェンリルのデータを込められた光球は、ハンターの中へと引き寄せられるように入っていく。

『イノベーターの手から世界を守ってほしい。バンと、力を合わせて』

 切なる淳一郎の願いと共に。
「父さん……」呟く親友の隣で、消えかけていたカズヤの闘志が再び燃え上がった。

「よし、やってやるぜ……!」

 フェンリルのデータを取り込んだハンターの姿が光に包まれたかと思うや否や、閃光がヴァーチャル空間内を満たしていく。
 ……光が収束すると、そこには、ハンターから転じたフェンリルの姿があった。

「ハンター……いや、フェンリル!」
「これがフェンリル……」

 カズヤとバンがフェンリルに見入る横で、オタクロスも「うっひょー!」と歓声を上げている。
 しかしハーデスに此方の情緒が伝わるはずもない。再び鎌を構えたハーデスは、勢い良くフェンリルへ向けて刃を振り下ろした。
 それを、フェンリルはひとっ飛びで容易く回避する。ハーデスの遥か後方の岩山に着地した。「なんてスピードだ……」フェンリルの圧倒的な性能に、カズヤは興奮を押さえきれない。
 岩山から、フェンリルは砲撃を放った。正確かつ強力な銃弾は、ハーデスの鎌を容易く弾き返す。

「一発で吹っ飛ばした! すげえ、すげえぜフェンリル!!」

 歓喜するカズヤは、その勢いに身を任せ、親友を顧みた。

「一気に決めるぜ、バン!」
「ああ!」

 オーディーンの槍とフェンリルの射撃による、隙の無い連携攻撃が炸裂する。闇雲にハーデスが振り回した鎌が地面に突き刺さると、オーディーンはその鎌を伝ってハーデスの顔まで上り詰め、槍を繰り出す。
 反撃しようとするハーデスに、そうはさせまいと再びフェンリルのライフルが火を吹く。幾度と無い攻撃を受け、遂に禍々しい大鎌が粉々に壊れた。
 武器を失ったハーデスに、オーディーンが力の限り槍を突き立てる。そのままハーデスの体を持ち上げると、バンはカズヤを見た。

「カズ、今だ!」
「任せろ! とどめだ、フェンリル!」

 フェンリルの構えたライフルの銃口を中心に、大きな光の照準が展開される。銃身に、ありったけのエネルギーを込めながら。

〈アタックファンクション・ホークアイドライブ〉

 大きな三つの光弾がライフルから放たれ、無防備なハーデスの体を貫いていく。ひとつ当たるたびにハーデスの機体はひび割れ、最後の一発が中心部を撃ち抜く。
 遂に凶悪なヴァーチャルLBX・ハーデスは、爆発した。機体を構成していたデータが塵と化し、空間へと溶けていく。
 博士の機転と、二人の友情が、勝利を切り開いたのだ。
 モニターを見ながら、アミも嬉しそうに笑っている。

「すごいわ、カズ!」
「博士とフェンリルのお陰さ……」

 決して驕らない、カズヤらしい感想が微笑ましい。
 ――宇崎氏よ……大した子供たちじゃな、彼らは……。
 カズヤたちを見守るオタクロスの眼差しには、年を経た者ならではの温かさがあった。
 ハーデスという脅威を消し、あとは解読コードを手に入れるのみ。そんな安堵と勝利の余韻に浸る一行には混じらず、じっとモニターを眺めていた仙道は、ふと訝しげにに眉を寄せた。

「なんだ、あれ」

 反射的に一同がモニターを見つめる。
 解読コードの上空で、データがまるで竜巻のようにうねり出していた。うねりは加速し、規模を増し、大きな磁場嵐のようなものが生まれた。嵐は解読コードのみならず空間すべてを巻き込みながら膨れ上がり、最終的に――炸裂した。
 とてつもない閃光がモニターを埋め、部屋中を照らす。
 ……光が消えてようやくモニターに視線を戻した時には、解読コードは見当たらず、画面にはインフィニティーネット内が映し出されていた。
 混乱したアミがオタクロスの方を振り向く。

「何が起きたの!?」

 オタクロスは歯ぎしりしながら、握り拳を机に叩き付けた。

「イノベーターめ! メタナスGXの内部データをすべて破壊しおった!」
「じゃあ、解読コードは……」

 バンの問いに、オタクロスは静かに首を振る。

「バラバラになって、インフィニティーネット中に飛び散ってしまったデヨ……」
「そんな……これからどうすれば良いんだ……」

 俯くバンに、押し黙る仲間たち。
 オタクロスはパソコンの電源を落とし、椅子から下りるとこう言った。

「さすがのワシもデータを全て集めるのは無理デヨ」
「なにか方法はないの?」

 詰め寄るアミに、オタクロスが顎の髭を撫でながらニヤリと笑い返す。

「そうじゃなあ……アミたんの頑張り次第で何とかなるかもしれないデヨ」
「ええっ……私?」

 思わず身を引いたアミと、バンたち。それぞれの顔を見渡しながら、オタクロスは言った。

「一週間後に開催されるLBXの大会、アキハバラキングダムで優勝するデヨ!」

 データを収集するためにLBXの大会に出る。
 全く意味が判らず目を丸めるバンたちを見て、オタクロスの笑みは更に深くなっていった。

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