オタクロスの突然のアキハバラキングダム出場宣言の翌日――。
 は、仙道に呼び出されてミソラ商店街のゲームセンターにやって来た。『大会に向けての相談をしたい』とのことだったが、果たして自分のような素人に、彼の相談役が務まるか怪しい。
 一抹の不安を抱えながらゲームセンターの扉を潜ったの耳に、軽快な少年の呼び声が届いた。

「よお、!」
「は、はて……? 郷田くん?」

 笑って手を振る郷田の隣にいるのは、不機嫌そうに顔をしかめて腕を組む仙道。
 状況を飲み込めずが首を傾げていると、郷田は説明し始めた。

「仙道と一緒にお前も俺の舎弟になったろ? てな訳で今日から俺のLBXバトル特訓に付き合って貰うぜ!」

 は「なるほど」と頷いた。舎弟について詳しくない彼女は、素直にその話を受け入れる。
 しかしどうにも不貞腐れた仙道のことが気になり、は彼を見た。

「仙道くんがわたくしを呼んだのは、特訓のためでしたのね?」
「まあな。……ただ郷田に関しては完全に予定外だったよ。運悪く鉢合わせちまったんだ」
「そ、そうでしたか。でも郷田くんとのバトルは、とっても良い訓練になると思いますわ!」

 が励ますものの、仙道の眉間には深いシワが刻まれたままだった。
 それから一触即発な二人をが間に入って宥め、何とか二人にLBXバトル特訓を始めさせることが出来た。
 が見る限り、二人の力はほぼ同格。バトルを通して切磋琢磨するうちに、二人はきっと素晴らしい成長を遂げるはずだ。
 二人のバトルを見守りながら、は先日のオタクロスの話を思い出していた。

(アキハバラキングダムにて優勝し、ハッカー軍団の手を借りる……でしたわよね)

 インフィニティーネットに散らばったデータを集めるためには、大変な人手と時間が掛かる。それにはアキハバラのハッカー軍団の手を借りるしかない。だがハッカー軍団たちはアキハバラで本当に力があると認められたもの、つまりキングの言うことしか聞かないという……。
 てっきりオタクロスがキングかと思いきや、今のアキハバラのキングは“マスターキング”だという。実力は自分の方が上だとオタクロスは豪語していたが、曰く“マスターキングの許しがたい行い”に破れたらしい。
 どんな行いだったかは聞けずじまいだが、オタクロスの激昂ぶりから察するに、相当屈辱的だったようだ。
 兎も角、ハッカー軍団の力を借りるため、一行はアキハバラキングダムへ出場することになった。
 仙道は乗り気では無かったが、郷田の“舎弟”ゆえに、半強制的に参加が決まっていた。同じ舎弟ながら自他共に認める戦力外のは、出来うる限りのサポートをする心構えである。
 オタクロス曰く“アルテミスより強いLBXプレイヤーがいるかもしれない”という今大会……。しっかり気を引きしめ、準備をしなくてはならない。

「わたくしで力になれることは何でも致しますわ!」

 胸をぽんと叩き意気込むを見て、郷田は豪快に笑った。

「良い心意気だぜ、! 仙道もを見習ったらどうだ?」
「ふん、ほざいてろ」

 顔を合わせれば喧嘩、がすっかり定着した二人の番長を、は苦笑しながら見守っていた。
 二人が特訓バトルを開始してからも、なかなか口論は止まらない。

「どうしてお前の練習に付き合わされなきゃならないんだ?」
「口の減らねえ舎弟だなっ!」
「バラバラにしてやる」
「返り討ちだ!」

 もうこれは恒例行事のようなものだ。
 ここまで来ると、喧嘩をしない二人の方が想像できない。喧嘩とは、二人が本調子である印なのだとは考えることにした。
 それに……以前と比べれば、喧嘩もそう怖くはなくなっていた。が慣れたのか、はたまた仙道と郷田の関係が幾らか改善されたのか。出来れば後者の理由であることを少女は願っていた。

「っていうか、これ完全にわたくし要らないのでは……」

 見守るしかないを他所に、郷田が仙道に言う。

「俺を倒せたら舎弟は無しにしてやっても良いぜ!」
「一度勝ったぐらいで良い気になるな」
「確かに対戦成績は一勝一敗……なら決着をつけるか。アキハバラキングダムで!」
「ルールは?」
「キングになった方の言うことを聞く!」

 郷田の提案に、仙道が頷いた。

「良いだろう。お前は勿論マスターキングも倒して、俺がキングになる! LBX最強の使い手がこの俺だということを証明してやるよ!」
「けっ、この目立ちたがりが! ……ま、俺も似たようなもんだがな」

「あぁ?」仙道は思わず聞き返していた。
 そんな仙道の反応すら予想の範疇だったのだろう。楽しげに笑いながら郷田は答えた。

「俺も強くなきゃ我慢ならねぇんだよ」
「……お前と一緒にされちゃ迷惑だ」

 嘆息しつつ、仙道は何時ものようにタロットカードを一枚取り出した。アルカナは、悪魔の正位置。

「ちっ、最悪だ……」
「何がだ?」
「何でもねぇ!」

 占い結果が相当気に入らなかったのか、仙道の攻撃が激しさを増す。それに応じる郷田の反撃も必然的に激しくなり、バトルの熱気は加速していった。
 二人のバトルをただ見守るだけではいけないと思ったは、自分のカバンからタブレットPCを取り出した。LBXバトル動画や写真の鑑賞・整理、情報収集などの為に小遣いを叩いて購入したものである。
 映像撮影機能付きのそれを使って、は二人のバトルを撮影し始めた。
 映像を見直せば、二人のバトルスタイルの長所や短所が見つかり、特訓に繋がるかもしれない。それににとっても、様々な意味で良い資料になること間違いなしだ。
 そんなの行動に気付いたのか、郷田がをちらりと見る。

「何してんだ、?」
「お二人のバトルを撮影していますの。後から映像を見直せば、自分では気付かないクセなんかが見つかって役立つかと思いまして」
「なるほどな! 頭良いな、お前!」
「い、いえそんな。ただバトルを見てるのも勿体無いものですから……」

 恐縮するに、仙道が笑う。

「まあ、あんたの良い勉強になるだろうね。郷田みたいにガサツな攻めはナンセンスだってな」
「何だと!? じゃあ俺は、仙道みてえに小細工だけじゃ対応しきれねぇ力の差ってのを見せてやらぁ!」
「言ってろ!」

 思わぬ形でヒートアップしてしまった二人の姿へ、は生暖かい眼差しを注ぎ続ける。
 こうしてLBXバトルを眺めていると、の心は安らいだ。しかし完全に安堵が胸中を満たすことはない。心の片隅で燻る不安が、少女の心を休ませてくれなかった。
 ――イノベーターを率いる海道義光と、両親……否、の関係性。先日郷田の口から明らかにされたその事実は、にとって大きな問題だった。
 何時までも先伸ばしに出来る内容でもない。問い質すことは決して楽ではないが、この悶々とした気持ちを抱えたまま知らぬふりを続けて日々を過ごすよりは、全てを明らかにして向き合う方がずっとましだ。
 はバトルを撮影する傍ら、両親とヤマブキに宛ててメールを送った。

『お父様、お母様、ヤマブキさん。とても大切な話があります。出来ればわたくしたちだけで、誰にも聞かれないようにしたいです。どうかわたくしに、ほんの少しで良いからその為の時間をください』

 大きな決意を秘めた少女のメール。
 まるでその思いを察したかのように、ヤマブキだけではなく、普段は仕事で忙しい両親からもすぐに返信が来た。

『私はお嬢様の執事です。幾らでもお話を伺います』
『父さんも母さんも、に話したいことがあったから丁度良かったよ。今日は早めに帰るから、ゆっくり話そう』

 そのメールを見て、はひとまず胸を撫で下ろした。
 ――後は今夜、確かめるだけ。確かめたあとにどうするかは、その時に考えることにしよう。
 でなければ、動揺が押さえきれなくなりそうだ。
 気持ちを切り換え、は再び番長たちのバトルに意識を集中した。彼女にとって、バトルスタイルが全く違う実力者同士のバトルは興味深く、勉強になることが多い。

「わたくしも、もっと強くなりたいですわ……」

 そして一歩も譲らぬ仙道と郷田のバトルは、ついに決着がつかぬまま時間切れを迎えたのだった……。

「明日こそ俺が勝つ!」
「そのまま返すぜ」

 帰り際まで変わらぬ様子の二人に、はひっそりと笑みを溢す。
 彼らと共に純粋に日々を楽しむ為にも、自分に出来うる精一杯のことをしよう――。
 少女は、改めてそう誓った。

prev Top next