邸には、執事のヤマブキ以外にも数人の使用人がいる。流石にヤマブキだけでは手の回らない数々の作業をこなすための、必要最低限の人材。ヤマブキは彼等に数日間の休暇を与え、屋敷から人払いをした。
 ――今夜の会話は、誰にも聞かれる訳にはいかない。
 勿論、怪しまれないように対策は万全だ。昔からヤマブキは、の両親が屋敷にいる時には家族水入らずで過ごせるよう努めていた。その為に両親がいる間は、自分以外の使用人たちには休暇をとらせ、屋敷から出すようにしているのである。何年も行われ慣習化したそれを、使用人たちはさして疑問も抱くことなく受け入れていた。
 今日も使用人たちはヤマブキの指示に従い、屋敷を出ていく。
 これで屋敷内にいるのは、ヤマブキと、早めに帰宅したの両親の三人だけ。

「後は、お嬢様が戻ってきたら一緒に夕食の支度をするのみですね」

 一段落したヤマブキのCCMに、ちょうど着信が入る。慌てずにヤマブキは通話ボタンを押し、すぐさま電話に出た。

「もしもし。いかがなさいましたか、仙道君」
『……出るの早いな』

 電話を掛けてきたのは仙道であった。
 意外な相手からの電話に驚きつつ、ヤマブキは返す。

「それは勿論、正確さとスピードが命の執事業なので。まさかうちのお嬢様が何かやらかしてしまいましたか?」
『いや……今日は寧ろ、大人しかった。俺と郷田のLBXバトルを撮影して帰ってった。というか“やらかした”前提ってどうなんだよ、あんた……』
お嬢様はかなりのドジですからね。お嬢様のドジではないとしたら、ご用件は何でしょうか?」

 いまいち歯切れの悪い仙道に、ヤマブキは淡々と切り返す。そのせいか『チッ……』と仙道が小さく舌打ちするのが聞こえた。

『この間、の家でバトルした時のことを確かめときたくてね。まるで別人みたいにLBXの操作技術が上がったアレさ。他にも聞きたいことがたんまりあるが、ますばそれだけで良い』
「たんまりとですか。ちなみにどのような?」
『だから今はソッチは後回しにするって言ってんだろが』

 電話の向こうで忌々しげに眉を顰めている少年の顔が容易に想像出来る。ヤマブキは笑いそうになるのを必死に押し殺していた。

の口ぶりだと、自分でもそうしたくないのになっちまう……って話だったじゃないか。あれは何なんだ? 何時からどうしてああなった? もしまたああなったら、どうすりゃ良い?』

 どうやら仙道は真剣にを案じているようだ。
 ヤマブキは笑いを引っ込めた。こんなにも真剣な相手に半笑いで答えるというのは失礼にも程がある。それに仙道へならば、ある程度事情を伝えておくべきなのかもしれない。
 仙道もまた、世界の命運を懸けた戦いに踏み込んだひとりなのだ。

「お嬢様のあの力が初めて発現したのは、誘拐事件の直後……、お嬢様のご両親が“気分転換に”とプレゼントしたLBXで遊んでいた時のことです」

 ヤマブキは当たり障りのない言葉を選びながら、説明を始めた。

「事件のショックからか何なのか理由は不明ですが、脳が極限まで活性化し、ただならぬ集中力を発揮するとともにLBXの操作技術が向上しました。しかしその負荷や疲労は尋常ではなく、能力発動後には脳への栄養を……つまり糖分を補給し、休養する必要があります。初めて力を発現した際、お嬢様は昏倒してしまったほどでした」
の奴、昔はLBXで遊んでたのか……』

 ヤマブキの説明を聞いて、仙道は意外そうに呟く。
「その一度きりでしたがね」小さく笑って、ヤマブキは続けた。

「恐らくお嬢様は覚えていないでしょう。能力が発現し昏倒して以来、極力LBXに触れない環境になるよう努めて参りましたので」
『あの能力はLBX限定なのか?』
「いえ、パソコンや他のゲームなどでも発現したことがあります。ただLBX操作時に比べると負荷も軽く、お嬢様自身も気付いていないかと。傍目にはすぐ判るのですがね」
『……目、か』
「はい、お察しの通りです」

 仙道の観察眼に、ヤマブキは感心した。
 あの一回のバトルで、の能力やその印に気付く鋭さ。そして彼女を案じて――仙道は否定しそうだが、好奇心で訊ねてきていると言うには声音が真剣過ぎた――、ヤマブキに電話してくる優しさ。
 仙道にとっての存在は、それなりの大きさを占めているのだろう。
 ヤマブキは、まるで自分のことのようにそれらが嬉しかった。にも伝えたいところだが、流石にそれはお節介が過ぎる。
 気を取り直して、ヤマブキは話を進めた。

お嬢様の目が青く輝いて見えたら、能力発動の印です。その光が消えれば発動は終わります」
『もしあんたがいない時にその能力とやらが出たら、どうすればいい?』
「万が一出先でお嬢様が能力を発動した際には、甘いものをすぐ摂るようにさせて下さい。今夜お嬢様にも、ご自身で飴か何か持ち歩くように私から話しておきます」
『……とにかく甘いもの、ね。判った』

 仙道の声音に何となく安堵が滲んでいるような気がする。
 自分でもの非常時に対処できることを聞いて安心したのだろうか? それらをヤマブキは言及せず、考えるだけに留めた。

「後は仙道君に励まして頂けば、お嬢様は不死鳥のように蘇ります。ドジで真っ直ぐで判りやすい性格をしていますので」
『あんたさ、執事ってか親戚のオジサンみたいな感じだぞ……』
「実際に親戚のオジサンのようなものですから」

 仙道の的確な指摘に、ヤマブキは楽しげに笑った。

「お嬢様を案じてわざわざ電話してくださったことに、心から感謝いたします」
『……そんなんじゃないさ。には借りがあるから、返さなくちゃならないってだけだ』
「それでも感謝いたしますよ。……そうだ、ナイトメアの調整はどうですか?」

 恥ずかしそうな少年の心情を察して、ヤマブキは話題を変えた。すると仙道も幾分話しやすくなったのか、スムーズに語り出す。

『だいぶ済んだ。けど、まだもう一押しって感じだねぇ。アキハバラキングダムまでには間に合わせるさ』
「そうですか、それは楽しみです! 当日はお嬢様と共に応援に向かう予定ですので、かなりワクワクしております」
『そうかい。にはしゃぎすぎないよう言っといてくれよ』
「勿論」

 電話越しに二人が笑っていると、屋敷の扉が開く音がした。「ただいまですわー!」どうやら、が帰ってきたようだ。いつにも増して元気な声が響いてくる。

「おっと、お嬢様が“ただいま”致しました」
『こっちにも聞こえた。……また何かあったら電話する』
「はい。それではまた」

 電話が切れると、ヤマブキはCCMをポケットにしまった。
 ちょうどそこに、が駆け寄ってくる。息を切らしているが、その顔には笑みを輝かせていた。

「こちらにいらっしゃったのね、ヤマブキさん! お父様とお母様は?」
「二時間ほど前にお戻りになられました」
「まあ、早速お夕飯の支度をしなくっちゃ! わたくしは荷物を置いてきますから、先にヤマブキさんはキッチンに!」
「はい、畏まりました」

 ぱたぱたと急ぎ足で階段を上るの背を、ヤマブキは静かに見送った。
 今夜は大事な決断の夜になる。きっともそれを薄々感じているはずだ。そんな中でも先のように笑ってみせた彼女に秘められた強さを、彼は信じたかった。だからこそがLBXに触れ、外界に繰り出すことを止めず、見守ると決めた。
 ヤマブキは深く深呼吸し、今一度気を引き締め直す。それからすぐにの指示通り、キッチンに向かった。
 ――今夜は、とびっきり腕をふるわなくては。
 自然と執事の顔は綻んでいた。

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