とヤマブキ、そして孜郎と京子。四人は世間話に花を咲かせながら、食事を楽しんだ。今日のメニューは、クリームシチューとサラダに、焼きたてのパン。どれもがヤマブキと共に丹精を込めて作ったものだ。

、また料理の腕が上がったんじゃないか?」
「ヤマブキさんが手伝ってくれたからですわ、お父様」
「謙遜することはないですよ、お嬢様。この調子だと、私や京子さんの腕前を越す日も近いかもしれません」
「あら、たまには私も料理しなくっちゃね!」

 ヤマブキも何時もより砕けた口調で会話に加わっている。
 かけがえのない親しい人達との、かけがえのない時間がこうして積み重なっていく。
 その喜びを実感すればするほど、は緊張した。
 夕食の後片付けをヤマブキと共に済ませた彼女は、両親の待つリビングへ向かう。
 いよいよ話さなくてはならない。
 聞かなくてはならない。
 強張ったの背を、ヤマブキは優しくポンと叩いた。

「きっと大丈夫ですよ、お嬢様」
「……はい」

 リビングでは、寛ぎながら両親がを待っていた。
 は、ゆっくりとソファーに腰を下ろす。それから両手を握り締め、二人を見た。

「お父様、お母様。お訊きしたいことがあります」
「なんだい?」
「お父様たちは……海道義光様が、危険な研究をなさっていることをご存知なのですか」

 思い切って切り出す。
 娘の問いを受け、孜郎と京子は静かに顔を見合わせた。――何か決心したように二人は頷くと、改めてへ向き直る。

「遂に、全てを話す時が来たね」
。どうか落ち着いてきいてちょうだい。これから母さんたちが話すことを……」

 は深く頷く。
 娘の覚悟を再確認した両親は、全てを語り始めた。
 カンパニーは孜郎の父の代から、海道義光と関係があった。故に今まで倒産の危機を免れ、生き残ることが出来た。その代償として、カンパニーは海道への協力を余儀なくされた。
 しかし海道の野望、イノベーターの存在を知り、孜郎らは“このままではいけない”と海道を告発するために動き出した。その矢先に起きたのが、前社長の事故死との誘拐である。どちらも孜郎たちへの警告と脅迫を目的とした、イノベーターの行動だった。
 孜郎たちは再び海道に従い続けた。しかし次第に海道の野望は、世界の平和自体を脅かす程に膨らんでいった。
 このままでは娘は愚か世界が危ういと感じた時、シーカーの一員である檜山からコンタクトがあった。檜山の説得を受け、それ以来、孜郎らは海道傘下で手にした情報をシーカーたちにリークする……いわば二重スパイとなったのだった。
 その一部始終、理由から経緯の全てを、両親はに明かした。

「……お祖父様が亡くなったのも、わたくしが誘拐されたのも、イノベーターのせい……」

 は震えていた。あまりにも無知な自分の愚かしさと情けなさに、視界が霞んでいく。
 両親はを守るために、海道の非道な行いに協力していた。父と母はずっと苦しんでいた。ヤマブキも、を守るために動いてくれていた。
 なのに自分は何も知らず、ただただ日常を繰り返していただなんて。

「わたくしだけ何も判らずに……お父様とお母様が、ヤマブキさんが苦しんでるのを知らずに、呑気に遊び呆けて……! ごめんなさい……!」

 は泣きながら何度も謝った。

「ごめんなさい、私が、もっとしっかりしてたら……! お父様たちが戦っているもの、もっと早くに気付けていたら……!」

 自分が拐われたりなんかしなければ、きっと少しは両親たちの負担が減ったはずだ。
 家の人間である以上、自分も責任を追うべきなのに。

「ごめんなさい……」
「……は悪くないよ。子供にこんな話をしたくない、知らせたくない……。もう危険な目にあわせたくない。そう思ったのは私たちなんだ」

 父の言葉に、は顔をあげる。ぽろぽろと涙を零しながらも、その眼差しに曇りはない。

「有難う……。お父様、お母様、そしてヤマブキさん。……でも私、もう大丈夫です」

 の脳裏に、バンたちの姿が過る。より年下で、その小さな体に大きな意志を秘め、イノベーターと戦うバンたち。
 彼らの決意を見たからには、自分だけが逃げ出すわけにはいかない。
 そんなつもりもない。
 だからこそ、こうやって話すための機会を求めたのだ。

「私も戦います。家の人間として。今までお父様たちに守って貰ったお陰で、私、だいぶ強くなりましたの。絶対に負けませんわ!」

 このまま海道義光やイノベーターの思い通りにさせてはならない。
 自分でも役に立てることが、何かあるはずだ。どんなに小さなことでもいい。世界や大切な人たちを守るために、自分も戦いたかった。

「だから、もう私に隠し事はしないで。私にも、お父様たちと同じものを背負わせてください」

 深く頭を下げて、は懇願した。
 ――父も、母も、ヤマブキも、彼女の覚悟を受け入れた。



◆◆◆



 自室に戻ったは、机に向かい、今日撮影した仙道と郷田のバトル動画を見ていた。二人の操るLBXの動きや攻撃などを自分なりに纏め、ノートへ書き込んでいく。
 両親たちとの会話で決意を新たにしたなりの、今出来ること。それはバンたちの手助け……彼らが目指しているアキハバラキンクダム優勝へ向けての協力だ。会社のこともこれから学んでいかなくてはならないし、やることは山積みだ。
 あれやこれやと様々なことを考えているうちに、ははたとした。

「私の婚約も……もしかして海道様の思惑……?」

 そんな時、ノートの隣に置いてあったCCMが鳴り出した。慌てて手に取り着信画面を見た彼女は、はっと息を呑んだ。
『仙道ダイキ』
 電話の主は、仙道だった。
 深呼吸してから、は通話ボタンを押す。

「もしもし、仙道くん。こんばんはですわ!」
『こんばんは。今、大丈夫か?』
「はい、勿論!」

 涼しげかつ低すぎない、何処か神秘的な響きを感じさせる仙道の声。は自然と顔を綻ばせていた。

『今日は悪かったな。郷田の奴と鉢合わせるとは思いもしなくてねぇ』
「滅相もございませんわ。わたくし、お二人のバトルを拝見している時、とっても楽しかったですもの。今ちょうど動画を見返してましたけど、色々と発見があって勉強になりますわ」
『なら良いが……。あいつがいると騒がしくて練習になった気がしないね、俺は』
「ふふ、自覚しないうちに力になっているかもですよ!」

 他愛ない会話が嬉しかったが、は不思議だった。仙道がわざわざ電話を掛けてきたからには、それなりの理由がある気がするのだ。しかし一向に本題へ入る様子はない。珍しく言い渋っているようだ。
 そこでは、たまには年上らしく気を遣ってみることにした。

「ところで仙道くん。わざわざお電話くださった理由をお聞きしても大丈夫ですか? わたくしとしては仙道くんと世間話をできる、というのも十分幸せなのですけど、仙道くんの用事は他におありなのでは……?」

 電話の向こうで、仙道が息を呑んだのが伝わってきた。『まあな……』ぼんやりと声を漏らし、一拍置く仙道。
 言葉を待つ

『――あんた、婚約者がいるんだってな』

 今度は、が息を呑む番だった。

「……ヤマブキさんから聞きましたの?」
『そんなとこさ。何て言やいいのか……。大変だな、あんたも』
「仕方ありませんわ。よくある話ですもの」
『らしくないねぇ』

 悄気たの返答に、仙道は笑った。電話の向こうで彼が涼しげな笑みを浮かべている様を、少女は鮮明に思い描くことが出来た。

『あんたはもっと諦めの悪い奴だと思ってたんだが、俺の見込み違いだったか』

 いつになく切なく軋む胸を押さえながら、は返す。

「これは……会社を守るために必要なんですの。今のわたくしには、他の方法が見つかりませんから」
『会社を守るために、自分を犠牲にするってのかい? 少なくともあんたが婚約に対して乗り気じゃないってのは、俺にも判るぜ』

 は口をつぐんだ。
 確かに、出来ることなら婚約を破棄したかった。しかし自分にそんな権利はない。万が一海道が婚約に絡んでいるのだとしたら、婚約破棄は、会社の後ろ盾がなくなってしまうに等しい。そうなれば、カンパニーに未来はない。これは会社の未来を約束するための婚約なのだ。幸いにも婚約相手の従兄弟はに対して好意的だし、人の良い性格だ。海道の野望とは無縁そうな、優しい少年である。
 しかし――。
 今、少女が抱いている恋心が、それらを良しとしない。したくなかった。初めてこんなにも人を“愛しい”と思えたのに。それを幸せだと感じているのに。その人と今、話していられるのに。

「……確かに今の私は、このまま結婚するのを嫌だと思っています。まだ結婚まで時間はありますけれど、このまま流されてしまいたくない理由が出来てしまったから」

 CCMを握り締めながら、は溢す。

「でも……でも、どうしたらいいか判らないんです。会社は守りたい。でも流されて結婚したくはない。ただ足掻くしか、出来ないんです。そんなんじゃ何も実を結ぶとも思えないけど、他に何をどうしたらいいか、判らないの」

 泣きそうな彼女の本音に、仙道は静かに耳を傾けてくれていた。茶化すこともなく、の弱音を受け止めてくれた。
 そして、その想いを無下にしなかった。

『足掻くだけでも、良いんじゃないかい?』
「え……」

 仙道は続ける。

『人に決められたレールの上を走るなんざ、つまらないだろ。足掻けば何か変わるかもしれない。一番愚かなのは“何もしないこと”だからねぇ』

 まるでを導くような、優しく静かな言葉たち。はじっと彼の声に聞き入っていた。

『あんたはそのまま諦めないで、足掻いてみたらいい。平気さ。へばって倒れないように、見といてやるよ』
「仙道くん……」
『まあ、郷田やら山野バンやら、幸か不幸かあんたの周りにゃお節介な奴が多い。大丈夫だ』

 の胸は、暖かな仙道の言葉でいっぱいになっていた。
 愛しい人に想いを告げることは出来なくても、友人として確かな絆を育んでいる喜び。
 たまらなく幸せだった。

「ありがとう、仙道くん」

 ありったけの想いを込めて、は告げる。
 すると仙道は、おかしそうに小さな笑い声をあげた。

『礼を言われるほどのことはしてないさ。結局何の解決にもなってないんだぜ? ……長話して悪かったね』
「いいえ。とても助かりました。電話してくれて、本当にありがとう……」
『ゆっくり休めよ。じゃあな』
「はい、おやすみなさい」

 そうして電話は切れた。
 仙道がどんな意図で電話をしてきたのか、は判らずじまいだった。しかしそんなことすら気にならないほど、彼女の胸はいっぱいになっていた。

「本当に、大好きです……仙道くん」

 CCMを両手で抱きながら、は呟く。
 そんな彼女の真っ白な頬を、一筋の涙が伝い落ちていった。

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