仙道くんに出逢ったことは、私にとって何よりも尊い、最大で最高の幸福です。彼がいてくれるから、私は“私”でいられる。この世界の鮮やかさを知って、年頃の女の子らしくはしゃいだり、彼に淡い想いを募らせたり、そうして毎日を笑顔で過ごすことができるのは、全てが仙道くんのお陰。
 今の私に残された自由な時間は、きっと、考えているよりずっと短い。
 だから私は、彼のあらゆる姿を、一瞬でも多くこの目に焼き付けておきたい。彼と過ごす瞬間の全てを、心に刻み付けておきたい。彩られた思い出たちを、大切に胸に抱いて進みたい。
 そして、足掻いてみたい。
 定められた運命と諦めていたことを、覆すまではいかなくとも。何もせずに受け入れるような真似はしない。爪痕ぐらいは、残してみせる。
 だって、他の誰でもない仙道くんが、誰よりも大切なそのひとが、私の背中を押してくれたから――。



「ヤマブキさん、その、先日お頼みした件は……?」

 パソコンに向き合うヤマブキに、はおそるおそる訊ねた。するとヤマブキはすぐに笑み、

「快諾して頂けましたよ」

 そう返した。
 返事を聞いた途端、は「やったぁ!」と飛び上がった。

「これで、存分にバトル映像を録画できますわね!」

 は今回のアキハバラキングダムの開催に向けて、タイニーオービット社長・宇崎悠介へコンタクトを取っていた。
 今大会がタイニーオービット主催ということで、カンパニーがスポンサーとして名乗り出たのである。大会の補助と共にいつ来るとも判らぬイノベーターへの対策、何より気がねなく仙道たちのバトルを観戦・撮影するために、こんな行動に出た。
 イノベーターからすれば、自身の傘下であるカンパニーがタイニーオービット社を監視しているように映るだろう。両親と悠介社長の許可も得たし、を阻むものは無い。
 ヤマブキはパソコンの電源を切ると、早速撮影機器の準備に取り掛かっていた。

「大会が始まるとお嬢様は撮影どころではないでしょう。全て私にお任せください」
「何から何まで有り難うございます、ヤマブキさん!」
「いえいえ。私も悠介社長には色々とお伝えしたいことがございましたので、そのついでですよ」

 ヤマブキは楽しげに語る。

「それに私とお嬢様の仲でございましょう。遠慮など無用です」

 父性に満ちた執事の微笑みに、は心から感謝した。「本当にありがとう!」ただの少女として改めて感謝を述べると、は自室へと引き返した。眠る前に両親に挨拶をしたかったが、最近二人は帰りが遅い。ほんの少し寂しさに痛む胸を押さえながら、はベッドへ潜り込んだ。
 しかしなかなか寝付けない。じっと瞼を閉じて待ってみても、羊を数えてみても、どうにも目が冴えてしまう。
 ……少し悩んだ後、はベッドを出た。CCMを手に作業机に向かうと、メンテナンスキットの箱を開いた。机の上には、パテ盛り途中のLBX。市販のパーツを組み合わせたりしながら、なりに模索しカスタマイズした習作である。壁には自分で考えたデザインの三面図を貼り付け、その絵と睨めっこしながら、は作業を始めた。

「うーん、これ以上は機体のスピードを損なってしまうし……。形ももう少し空気抵抗を無くすように考え直すべきかしら……。だからと言って耐久性を投げるのも良くない……」

 ひとりでぶつぶつと呟きながら作業に没頭する間に、時間はどんどん過ぎていった。
 ――一区切りついて息を吐いた頃には、既に日付が変わってしまっていた。幾ら眠れないにしても、夜更かしし過ぎた。は慌てて机を片付け始める。
 それから汚れた手を洗おうと、洗面所に向かう途中、玄関の扉が開く音が聞こえた。どうやら両親が帰ってきたようだ。は急遽方向転換し、玄関へと駆け出す。

「おかえりなさい! お父様、お母様!」

 彼女の読み通り、孜郎と京子が玄関にいた。ふたりはの出迎えに驚きつつも微笑んで返す。

「ただいま、。今日は随分夜更かしだね」
「LBXでもいじってたのかしら? 手も顔も汚れてるわよ」
「ま、まあ! 顔にまで!? うっかりしてましたわ……」

 恥ずかしそうに呟く娘の顔についた汚れを、母は優しく指の腹で拭った。

ったら本当にLBXが大好きになったのね」
「はい! とっても楽しくてドキドキしますの。もっと上手になりたくって、頑張ってるんですけど……なかなかそうはいかなくて」

 落ち込むに、孜郎は「大丈夫だよ」と話した。

「好きこそ物の上手なれ、さ。の“LBXが好き”という気持ちに、LBXも応えてくれるよ。周りにLBXの上手なお友達もいることだし、きっとも強くなっていけるさ」
「……そうであることを願うばかりですわ」
「父さんたちも応援しているからね。頑張りなさい、

 は深く頷いた。

「はい、頑張りますわ! ……そのためにもそろそろ寝ます。おやすみなさい。お父様、お母様」

 おやすみ、と両親が微笑んで返す。
 それを確かめてからは洗面所に行った。手と顔を綺麗に洗い、再び自室に戻るとすぐに布団に入った。
 は、近づきつつあるアキハバラキングダムのことを考えた。
 仙道と郷田は、特訓の甲斐あって更にその強さに磨きを掛けていた。バンたちもきっと各々、大会に向けて準備を整えているはずだ。
 アルテミスに勝るとも劣らないアキハバラキングダムで、どんな戦いを見ることができるのか。今から楽しみでならない。

「その為にも明日から最終調整、頑張らなくっちゃ……」

 呟きながら、は瞳を閉じる。
 カスタマイズ作業の疲れか、両親の顔を見た安堵からなのか、驚くほど容易く眠りに落ちることができた。



◆◆◆



 ――いよいよアキハバラキングダムが明日に迫った放課後。「最後の特訓だ!」と意気込む郷田と共に、仙道とはミソラ商店街で特訓……もといストリートバトルに励んでいた。

「いよっしゃあ! 連勝だぜ!」

 相手をブレイクオーバーさせた郷田がガッツポーズで叫ぶ。彼の勝利を、も満面の笑みで称えた。

「素晴らしいですわー! ランドグリースと破岩刃の使い分けも完璧ですわー! 参考になりますわー!」
「そんだけ喜ばれると、違う武器を試した甲斐もあるってモンだ」

 郷田は心底嬉しそうに笑い返す。
 ただひとつ納得がいかないとすれば……このバトルが、仙道とのタッグバトルだったことぐらいだ。
 仙道も未だ納得がいかないようで、勝利の余韻に耽ることなく、眉間に皺を寄せている。
 タッグバトルをする羽目になった発端は、勿論。アキハバラキングダムの詳細が謎に包まれていることもあり、あらゆる状況に対応せんとが提案したのだ。

「わたくしは撮影がありますし、もしかしたら大会でお二人が組んで戦うこともあるかもしれませんもの」

 と、それらしいことを言っていた。しかし“番長同士のコンビネーションが見たい”と彼女の本音ともいうべき願望が、二人にはひしひしと伝わってきていた。
 仙道も郷田も、互いに気を許したつもりは毛頭無い。しかし不思議なことに、彼等のに対する態度や抱く感情は実によく似ていた。は、LBXメンテナンスやバトル動画での復習など、慣れないなりに懸命に番長たちに協力してくれていた。だからその気持ちに報いろうと思い、提案を受け入れた。ただそれだけ。

「うーん。やっぱりタッグを組むには時期尚早なのでしょうか……」

 二人の番長の間を無意識のうちに取り持つ当の少女は、彼等の思いを他所に一人悩んでいる。

「お二人の強さが掛け算になると思ったんですけど、そう上手くはいきませんわね……。まあ、お二人とも既に十分お強いのですけれどね!」

 そして一人で疑問を解消し、笑った。その屈託の無い笑みを見ると、番長たちの胸には暖かなものが込み上げてきた。こんなにも真っ直ぐな目で、絶対的な信頼で語られたら、誰だって嬉しくなるだろう。
 ただ仙道は些か面白くなかった。今までは無条件で自分にのみ注がれていた笑みが、よりにもよって郷田にまで平等に向けられている。ひとたび沸き上がった不快感は、みるみるうちに広がり、喜びを覆い隠していってしまう。
 しかしが仙道を信頼していることは違いない。それに、彼女の博愛精神は今に始まったことではないだろう。
 言い聞かせるのは簡単だ。頭は理解してくれる。だが、心の奥の場所ではそう単純に済まない――。
 ぐっと不快なものたちを噛み殺して、仙道は涼しげな笑みを見せた。

「明日はよく見ときな、。この俺が、郷田もキングもぶっ倒して、頂点に立ってやるよ」
「てめえ、言うじゃねえか。そっくりそのまま返すぜ。キングになるのは俺だからな!」
「ハン、性懲りもなく出来もしないことを……」
「明日になりゃ全部わかるこった」

 静かに闘志を燃やす郷田と仙道。火花を散らすような睨み合いを続ける二人を止めること無く、「全く何時も通りですわねぇ」とは微笑ましげに見守っていた。

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