アキハバラキングダム当日――。
 一行は、オタクロスの部屋に集結していた。

「いよいよこの日がきたデヨ! みんな、やる気に満ちた良い顔しとるの」

 オタクロスはうんうんと頷きながら笑う。「この子には負けるがの」そう続けてさくら☆零号機に頬擦りするとこさえなければ、格好良く引きしまった台詞だったのに。だがこうでなければオタクロスらしくない。
 顔を綻ばせかけ、しかし、集ったメンバーの中に予想外の人物が紛れていることに気付き、ははたとした。
 ――海道ジン。イノベーターを率いる海道義光の孫であり、組織の刺客でもあった少年だ。
 はひっそりジンを見つめた。何か固い決意に満ちた彼の眼差しや雰囲気は、敵とは思えない。どういう理由でこの場に来たのだろうか。

「なんで海道ジンが?」

 そう不満げに溢したのはカズヤだった。
 僅かに俯くジンを見て、庇うようにバンが答える。

「俺が誘ったんだ」
「なんか企んでるんじゃないだろうな?」
「そんなことない。ジンは信じられる」
「って言われてもなぁ……」

 幾ら親友の言葉とはいえ、今まで敵だったことは消えない。そのせいかカズヤはいまいち納得できないようだ。恐らくジン自身も、最初から信用してもらえないのは承知の上でここにいる。
 見ていられなくなったのか、アミがそこに割って入った。

「全く、何ぐすぐす言ってんの! ……今まで色々とあったけど宜しくね」

 アミが微笑むと、ジンは小さく頷いた。たしなめられたカズヤも、それ以上言及しようとはしなかった。
 も深くは考えないことに決めた。どちらかと言えば自分も、ジンに似た立場なのだ。存外気が合うかもしれない。事情は追々知っていけば済む。
 何処と無く肩身の狭そうな彼に、も声を掛ける。

「こんにちは、ジンくん。こうしてしっかりお話するのは初めてですわね。わたくし――」
カンパニーのご息女、さんですよね。昔、おじい様が会わせてくれた……」
「まあ、覚えてくれてましたの! 嬉しい!」

 は微笑みながらジンの手を取った。少しでも彼の張りつめた心を解そうと、努めて優しい調子で話す。

「何だかいろいろと込み入っているみたいですけど、まずは今日の大会でのご健闘を祈ってますわ」
「有難う、さん」

 ジンもの手を握り返しながら、小さく笑ってみせる。
 バンたちに協力するということは、彼はイノベーターと決別したのだろうか。深い事情を聞くのは何だが憚られた。下手をすれば、大会に向けて意気込む少年たちに水を差しかねない話題だ。ひとまず、純粋な気持ちで激励するだけに留める。
 様子を見守っていた郷田も、渋々といったふうに呟く。

「俺は反対だが、バンが良いなら」

 仙道はというと、「俺はどうでもいい」とそっぽを向いた。

「所詮信じられるのは自分だけだ」
「そんな寂しいこと言わないでくださいな……」
「ふん、事実を言ったまでさ」
「な、何だか今日はご機嫌がよろしくないようですわね、仙道くん……?」

 が困ったように仙道の顔色を伺ったその時、入口の方でエレベーターが動く音がした。誰かが来たらしい。
 ちらりとエレベーターの扉に目をやった後、オタクロスは杖でカズヤを指した。

「おい、おまい」
「えっ、俺?」
「そうデヨ。おまいに客が来たデヨ」

 タイミングを図ったかのようにエレベーターの扉が開く。
 部屋に入って来たのは、上等なスーツをきっちり身に纏った壮年の男性だった。右手にアタッシュケースを提げ、真っ直ぐ此方に歩み寄ってくる。
 はその人が、タイニーオービット社を経営する、宇崎悠介社長であることにすぐ気が付いた。
 一行の前に来た悠介は、オタクロスを見て会釈した。

「初めましてオタクロスさん。お噂はかねがね
「ようこそデヨ。タイニーオービット社長、宇崎悠介殿」

 オタクロスと挨拶を交わす悠介を、不思議そうにカズヤが見ている。

「悠介さん、俺に何か?」
「ああ、これを。開けてごらん。君の力になるはずだ」

 言いながら悠介は、アタッシュケースをカズヤに差し出した。
 緊張した面持ちでケースを受け取り、そっと開くカズヤ。その中身を確認した少年の目が、驚愕で見開かれた。

「えっ! これは、フェンリル!?」

 ケースに収められていたのは、フェンリルのアーマーフレームであった。インフィニティーネット内での対ハーデス戦で、圧倒的な力を見せたLBXである。しかしあくまでもフェンリルは、山野博士がメタナスGX内に組み込んだヴァーチャルLBX。データ上の存在のはずだ。
 どういうことか判らずにいるカズヤたちに、悠介が説明する。

「あの戦いの最中に、オタクロスさんがフェンリルのアーマーフレームデータを保存しておいてくれたんだ」
「それを宇崎氏に送り作ってもらったというわけじゃ」

 オタクロスがウインクした。かなり強烈で個性的な人物だが、やることがたまに粋である。あのハッキングの最中、データを保存した技術力といい、やはりこの老人は只者ではない。
「さ、カズくん」悠介に促され、早速カズヤはフェンリルを組み立て始めた。瞳の輝きと滲んだ笑みは、どんどん増していく。
 そうして遂に完成した新たな相棒・フェンリルを手に、カズヤは感動を噛み締めた。

「また会えたな、フェンリル。……オタクロス、悠介さん、ありがとう!」

 深々と頭を下げるカズヤに、悠介は笑って返す。「活躍を楽しみにしてるよ」そして社長は、アキハバラキングダムの準備へと戻っていったのだった。
 悠介が去ると、コホン、とオタクロスが咳払いし、

「ではチーム分けを発表する」

 そう言った。
 オタクロスの発言に、バンたちはきょとんとする。

「チーム分け?」
「言ってなかったかの? アキハバラキングダムはチーム戦デヨ。1チーム三人までとなっておる」
「そうだったんだ」

 納得したバンが頷く間も無く、オタクロスは続けた。

「では1チーム目……バン、郷田、仙道」
「えっ!?」
「なっ!?」
「こいつと!?」
「そしてもう1チームは、海道ジン、青島カズヤ、アミたんデヨ」
「ちょっと待って!」
「勝手に決めんなよ!」

 ジンと以外の全員が抗議の声をあげたものの、オタクロスは何処吹く風だ。豊かな髭を撫でつけながら、食えない老人はニンマリ笑う。

「もう遅い。さっきワシが、今のチームで参加登録してしまったデヨ」

 アミたちはともかく、仙道と郷田が一緒のチームとは。バンの協調性ならば二人を纏められそうだし、夢にまで見たダブル番長の共演とあり、としては最高の采配だった。
 しかし、現実はそう暢気な話では済まない。仙道と郷田は早速、無言の睨み合いを開始してしまった……。

「お二人とも火花がとてつもないですわ……」
「でも、郷田も仙道も強いから、頼もしいよ!」

 前向きなバンの言葉に、は安堵した。
 自分より年下のはずのこの少年からは、只ならぬ活力を感じる。希望を捨てない直向きさは、周りの人間たちにも力を分けてくれる。カズヤやアミたちが今までイノベーターと戦ってこれたのも、このバンの力強さが少なからず影響しているはずだ。その証拠に、彼らと会うときは、いつもバンが中心にいた。
 ジンのことも、そのバンが信じて連れてきたならば、友として、仲間として、受け入れる。そういうことらしい。
 ――本当に、無限の可能性を秘めた子って感覚ですわ!
 の生暖かい視線を背中に受けながら、バンは、睨み合う番長たちに近付いていった。

「郷田、仙道、よろしく」

 二人は答えない。敵対心剥き出しの眼光をぶつけ合うことに集中し過ぎて、バンの存在と声かけに全く気が付いていないのだ。

「う……あの、二人とも……?」

 そしてそのまま大して状況が改善しないうちに、バンたちは会場へ向かうことになった。
 オタクロスを先頭に歩き出してからも、番長たちは互いにガンを飛ばし続け、バンとは脂汗を滲ませながら二人を見守るしかなかった。
 アキハバラタワーを出ると、は驚いた。大会の観客であろう人たちで、街中がごった返していたのである。
 その道中でキタジマ模型店の夫婦と出会ったり――店長の妻・沙希が出場に向けて意気込んでいた――、リコたちミソラ二中の面々が合流したりした。ほとんどが郷田を慕う面々だ。ただリュウという少年は、アミに好意を寄せているらしい。明らかにアミへの態度が恋するそれだ。アミのクールなリアクションから察するに、片想いのようだが。
 郷田を中心にわいわい騒ぐミソラ二中のメンバーを見ながら、仙道が鼻で笑う。

「お友だちがいなきゃ心細いってか」
「まあまあ、仙道くん! わたくしと仙道くんもお友だちじゃありませんか」

 明らかに郷田がムッとしたのが判り、素早くは割り込んだ。仙道をしっかり見つめながら、出来うる限り全力で、にこやかにハキハキと話す。

「わたくしがしっかり煩いぐらい仙道くんを応援しサポート致しますわ! 大丈夫ですわ!」
「はぁ? 今のはそういう意味じゃ……」
「だい、じょー、ぶ! ですっ!!」

 有無を言わせぬ、笑顔の圧力。その裏から伝わってくる、必死すぎて鬼気迫るもの。
 思わず仙道が口を閉じると、やりとりを見ていたアミがくすくすと笑った。

「そういう意味で良いじゃない、仙道」

 悪戯っぽいアミの言葉だけならまだしも、ぴったり隣を歩くの笑顔に毒気を抜かれてしまう。仙道はそれ以上何も言う気になれなかった。
 オタクロスに案内されるがまま、たちはアキハバラ一の交差点に出た。会場らしきものはないが、そこでオタクロスの足がぴたりと止まる。
 どういうことかが老人に訊ねようとした瞬間――大音量の警告ブザーと地響きが轟いた。「ひええっ!」驚き、立ちくらむの背へ、さっと仙道が手を差し伸べる。

「あ、ありがとう仙道くん」
「気を付けな、あんたはただでさえドジなんだからねぇ」
「返す言葉もありませんわ……」

 しょげるの姿を見て、仙道がフッと微笑んだことは誰も知らない。
 その間に、交差点のアスファルトがまるでシャッターのように開き、その底から大きなステージがせり上がってきた。アルテミスのステージに匹敵する大きさである。
 ステージを見上げ、オタクロスは歓喜の声をあげた。

「見るデヨ、ここがホコ天コロシアムじゃ! ここでアキハバラのキングが決まるデヨ!」

 司会者の席には、その業界では有名人である角馬王将の姿。彼は、自慢の低くよく通る声で、高らかに宣言した。

「お待たせしました、アキハバラ最強を決めるアキハバラキングダム……これより開催致します!」

 ――遂に、キングを決める大会が始まる。
 はぎゅっと拳を握り締め、緊張と高揚の眼差しでホコ天コロシアムを見つめていた。

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