は忙しなく会場を見渡していた。参加者自体はアルテミスほど多くはないが、LBXマガジンで見たことのあるプレイヤーたちがいる。
自分ですら知っているということは、かなりの有名人だ。写真でした見たことのない大物の存在に、ワクワクする心を抑え切れない。オタクロスの言った通り、アキハバラキングダムはアルテミスに匹敵する大会なのだと彼女は実感した。
「あの野郎……」
隣の仙道が恨めしそうに呟くのを聞いて、は我に返る。彼の視線の先にはオタレンジャーがいた。間違いなくオタレッドに対する敵意がある。肌がピリピリするほど剣呑な仙道の眼差しは、恐ろしくもあったがそれ以上に魅力的だった。どんな有名人よりも、自分の胸を高鳴らせるのはやはり仙道ダイキしかいない。彼以上の存在は有り得なかった。は人知れず頬を染める。
「どいつも何処かしらの大会のレコードホルダーだ。まあ、俺に任しとけ」
そう言って郷田がバンの肩を叩くと、間髪入れずに仙道が食って掛かった。
「ふん、お前に何が出来る?」
「あぁ? 舎弟のくせにお前こそ何が出来るんだ!」
売り言葉に買い言葉、瞬く間に二人は剣呑な雰囲気となってしまう。
バンとは慌てて間に割って入った。
「二人とも止めろって、いがみ合ってる場合じゃないだろ!」
「ば、バンくんの仰る通りです! なにせ今回はチーム戦ですしっ」
だが、それで場が収まれば苦労しない。郷田と仙道はガンを飛ばし合っている。
「てめえ、覚えてろよ!」
「お前こそな」
互いにそっぽを向く番長。それを見て溜息と共に肩を落とすバン。そんなバンの肩を叩いて必死に励ます。何とも奇妙な組み合わせだ。この調子では、先が思いやられる。
放送によると、アキハバラキングダムの試合形式はアルテミスと同じゼネラルレギュレーションだ。いよいよバトルが間近に迫り、観客たちも湧き立つ。
気を取り直して、バンは拳を握りしめるも――。
「絶対優勝だ! ……って、ええ、またぁ!?」
目を離している隙に、また郷田と仙道は喧嘩を再開していた。
の力尽きたような苦笑いを見て、バンは切なくなる。
……止めようとしてくれたんだね、。お疲れさま……。
少年は、そう胸中で溢したのだった。
「――バン、サポートはあたいたちに任せなよ!」
試合前のメンテナンスタイムに入り、リコたちが意気揚々と声を張り上げる。工具箱を持ちながらギンジが微笑む。テツオは、依然見かけた時と同じスナック菓子を頬張っていた。大柄な体のわりにのんびりとした印象が、何だかマスコットのような愛嬌と安心感をにもたらす。
一方で、リュウがアミに駆け寄って行った。
「アミちゃんのサポートは俺がばっちりやるからね」
「そ、よろしくね」
パンドラの調整に集中しているせいか、アミの返事は素っ気ない。リュウをちらりと見た後、その視線はすぐに手元のLBXへと戻された。
バンチームはと言うと、調整が終わり、一回戦の出場メンバーについて相談……もとい、口論へ発展していた。勿論、郷田と仙道が、だ。一回戦はシングルバトル、代表一名を選出しての戦いになる。
メンテナンスキットを抱えたまま、は不安そうに二人を交互に見やっていた。
「あ、あの、二人とも、落ち着いてください……」
「俺が出る! 一回戦に出るのはこの俺だ!」
「いいや、俺だ」
「ですから、二人とも……」
必死にが口を挟むも、ヒートアップした少年たちの耳には届かない。
「俺が行く!」
「ふん、お前じゃ駄目だね」
「何ぃ!? てめえなんかに任せられっか! ぜってぇ俺だ」
「俺が出るんだよ」
怖気づくというよりは、ぐったりしたを見て、今度はバンが二人に呼びかける。
「郷田、仙道、ちゃんと話し合って決めようよ」
しかし二人は口を揃えて、
「俺が出るんだよ!」
と叫び、再び口喧嘩に戻ってしまった。仲が悪い癖に、こういうタイミングだけは重なるなんて。実は馬が合うのではないだろうか?
「ううっ……」
何とも言えない表情でバンが声を漏らす。
「止めようとすればするほど此方が困るだけの気がしてきました……」
ぼやくに、バンは小さく頷いて同意した。
番長同士が言い争っているうちに、一回線第一試合が始まった。メテオトレインvsハッカー軍団という、初戦から気になる組み合わせだ。前者はLBXマガジンに掲載されたこともある実力者、後者はバンたちの目的の為に協力してもらわなければならない存在である。
しかし、尚も番長二人組は喧嘩中で、バンたちは気が休まらない。試合を観戦するどころではなかった。「俺が出るっつってんだろ!」「笑わせるな」「俺が出る!」「ふんっ!」ここは大会に集中し、対戦することになるであろうチーム各々のバトルスタイルを確認したいというのに。
「もー! 二人とも!」
バンが耐えかねて叫んだ時だった。
『あーっと、メテオトレイン、ブレイクオーバー!』
実況の角馬の声が会場中に響いた。思わずは耳を疑い、CCMで時間を確認した。……試合が始まってまだ1分も経っていない。
流石に郷田たちも諍いを止めた。
「もう終わったのか」
「やるねぇ……」
「メテオトレイン相手に圧勝だなんて……」
バンは呆然としていた。ハッカー軍団の実力がこれほどとは予想外だった。バンたちが試合を勝てば、次はそのハッカー軍団との対決になる。果たして団結すらままならない状態で勝てるのか――。不安に駆られたバンが、バトルステージの反対側に視線を移すと、ちょうど沙希がステージへと向かうところだった。
彼女はバンにウインクし、微笑みながら階段を上っていく。
それを見て、バンは決心した。
「郷田、仙道。一回戦は俺が出る。沙希さんと戦ってみたいんだ!」
二人は眉を顰めてバンに言葉を返そうとした。だが、真摯な少年の瞳の輝きは、諍いで荒れる番長たちの心を不思議と宥めてしまう。
「……バンがそう言うならしゃーねーな」
郷田はさっぱりとした笑みで頷いて応じた。仙道も、舌打ちをしたものの文句は溢さない。
バンの肩をがっしりと掴み、郷田は声援を送る。
「とにかく立ちはだかる奴をぶっ潰せ! 派手に決めてこいよ」
「ああ!」
「違うな」
意気込むバンに、仙道は呟きながら一枚のタロットカードを閃かせ、翳して見せる。
「ほら、隠者だね」
「なんだそりゃ……」
意味が判らず顔を顰めた郷田に、仙道は淡々と告げた。
「戦いは始まったばかり。油断するなってことさ」
「はん、てめえのタロットは本当に当たるのかよ?」
「何っ!?」
どちらかと言うと、すぐ喧嘩になる二人の関係の方こそチームメイトとしては油断ならない。
バンは睨み合う彼らに叫んだ。
「と・に・か・く! 俺たちの番だ、行こう!」
渋々郷田と仙道が喧嘩を中断したのを見て、は笑う。
「頑張ってください! ファイトですわ!」
そして、心からの声援と共に、バトルへと向かう彼らを見送ったのだった。
沙希とバンチームがDキューブを挟んで対すると、角馬の号令が響く。
『レディ……バトル、スタート!』
沙希のLBXはクノイチ。武器は薙刀・斬鉄だ。
キタジマ模型店には何度も訪問しているが、沙希のバトルを見るのは初めてである。の胸は期待に満ちていた。いつもニコニコと明るい笑顔、優しい対応で迎えてくれる彼女のことだ、きっとバトルも綿密な計画や戦略を用いて堅実に攻め、立ち回るのであろう。
「きっとかなり手強いですわね、沙希さ……」
ひとり呟いたの声は、突如Dキューブから響いた轟音によって途切れた。
――え?
は硬直した。
沙希の操るクノイチが猛烈な勢いで突進し、ジオラマの地中海遺跡の柱に激突していた。見間違いだろうか、とモニターをじっと見つめたが、柱から立ち上る粉塵を見る限り、確かなようだ。
――何で?
は首を傾げた。あれは本当に沙希さんの操作しているLBXなの? なんで柱に激突したの? というか……。
「おらおら、ぶっ飛ばすよー! はははぁ、突撃突撃ぃ!」
あの荒々しい叫びは、本当にあの沙希さんのものなのですか……!?
試合が始まるや否や、沙希は豹変してしまった。障害物に当たろうが突っ込もうが、お構い無し。斬鉄をぶんぶんと振り回し、猪突猛進の猛攻撃を続ける。
よく車を運転すると性格が変わる、という話を聞いたことがある。普段は物静かなのにハンドルを握ると人が変わったように荒ぶり、口調まで変わってしまうのだと。もしかすると、それと似たような現象なのだろうか。
「あ、あんなにお優しいキタジマ模型店のご婦人が……! 顔つきまで何だか荒々しく……!」
は戦慄した。こうやってバトルを見守っている自分ですらこんなに動揺するなら、以前から沙希と交流があり、今まさに戦っているバンの動揺はこれ以上だろう。実際、彼女の凄まじい気迫に押されているのか、攻撃は次々とバンのオーディーンに命中している。
「くっ、ただ突撃してくるだけなのに!」
「何やってんだ、バン!」
唇を噛み締めながら防御に徹するバンに、郷田が声を荒げた。バンらしからぬ防戦一方の様子を心配しているのが判る。
試合を眺めながら、仙道が一枚のタロットカードを取り出し、占った。
「まさに戦車だな……。ただし、ブレーキは壊れてる」
確かに沙希の戦いぶりは戦車と呼ぶに相応しい。「おらおらおらぁ!」スピーカー要らずの彼女の叫びが、の元まで届いている。
「隙がない……」
「んな訳あるか! どんだけ強烈でもワンパターンのごり押しだろ! 弱点を探せ!」
苦戦するバンを郷田が激する。心配のあまり、バン以上に焦っているように見えた。郷田の面倒見の良さや性格からして、見守るというのはどうにも落ち着かないのだろう。
「弱点……?」
「お前が言うか?」
励まされたバンは考え込み、仙道が郷田に向かって小さく溢す。
カッと見開いた目でCCMのボタンを叩き続ける沙希が高笑いを上げる。
「誰もあたしを止められやしないのさ!」
宣言通り、沙希は止まらない。
ようやっと彼女の豹変に慣れたは、もどかしさを抱えながら試合を見守る。自分にはそれしか出来ない。ただ応援するしか出来ない。
――もっと、強くならなくては。
その為には、このぐらいのことで動揺していてはならない。バンたちはとっくに動揺を抑え、試合に集中している。彼らを見習わなくてはならない、と少女は気合を入れ直す。
攻めあぐねているバンを、郷田は励まし続ける。
「プレイヤーの性格は、LBXの動きに出る。弱点を探すんだ!」
「そんなこと言われたって……」
「お前、こんなところで負けていいのか!?」
郷田の言葉にバンは顔を歪めた。彼の言う通りだ、自分はここで負けるわけにはいかない――。
仙道は再度タロットカードを翳す。
「戦車の逆位置。血の気が多い奴ほど……単純だ」
バンは不思議に思った。が、すぐにそれが仙道なりのアドバイスであることに気付いた。
少年の脳裏で今までのバトルが、沙希のバトルスタイルが繰り返される。そして仙道と郷田の助言から、彼は、活路を見出した。
「そうか、やってみる!」
決心したバンの意志を乗せ、走りだすオーディーン。
沙希が怒号を上げた。
「真っ向勝負かい、この小僧が!」
オーディーンがリタリエイターをクノイチ目掛けて思い切り投げる。しかしクノイチは薙刀でそれを弾き飛ばした。
だがバンの狙いは槍を直撃させることではなかった。素早くオーディーンが身を屈め、スライディングしていく。
薙刀を振る動作からすぐに対処することは出来ず、クノイチはもろにスライディングを受け、派手に転んでしまった。その間に、弾かれたリタリエイターを空中でキャッチし、オーディーンが着地する。
沙希は激昂した。
「やってくれたね! 百倍返しだ!」
体勢を立て直したクノイチの凪ぎ払いと連続突きがオーディーン目掛けて繰り出される。そのどれもを紙一重で回避していくオーディーン。
苛立ちを抑えることなく……むしろ膨らませながら、沙希が叫ぶ。
「ちょこまかと! いい加減串刺しになりやがれ!」
怒声と共にクノイチが飛びかかってきた。そこにオーディーンは冷静にリタリエイターを投げつける。空中で無防備になっていたクノイチへ、今度こそその槍が直撃した。
「ナイスヒットですわ!」
思わずは拳を握り締めた。
落下するクノイチに、再び武器を手にしたオーディーンが迫る。
クノイチは慌てて立ち上がるも、ふらついていた。自身の無茶な戦いや、オーディーンの攻撃、今の落下の衝撃。度重なるダメージにより、足の駆動部が悲鳴を上げているではないか。
「今だ!」
足から火花を散らすクノイチへ向かって、オーディーンの必殺ファンクション・グングニルが放たれる。真っ赤に燃えるエネルギーが槍先から開放され、それはクノイチの胸部を貫いた。
クノイチが豪快な爆発と共にブレイクオーバーする。……バンとオーディーンの見事な勝利だ。
『クノイチ、ブレイクオーバー! 山野バンの逆転勝利だー!』
「さすがですわー、バンくん! 郷田くんと仙道くんの声援もさすがですわー!」
ステージの下で、は人目も憚らず叫ぶ。予め悠介社長に頼んで大会スタッフパスを用意してもらっていなかったら、他のスタッフによって観客席へと追いやられても可笑しくない盛り上がりようだ。
無事に初戦で華々しい勝利を飾ったバンたちがステージから降りてくると、はすぐさま彼らに駆け寄った。
「お疲れ様ですのー! 素晴らしいバトルでしたわ!」
はしゃぐに、郷田が頷く。
「だな。よくやったぜバン、まずは一回戦突破だ!」
「ああ!」
バンも嬉しそうに笑っている。沙希との戦いは少年にまた新たな経験を与えたのか、頼もしさが増して見えた。
喜ぶ三人を他所に、つんとした表情のままの仙道。クールな彼らしい態度だ。はそう思ったが、郷田は納得がいかなかった。チームメイトとして勝利を分かち合いたい気持ちからか、つい声を掛けてしまう。
「おい、仙道! ちったあ勝ちを喜んだらどうだ?」
「狙いはキングだろ。雑魚相手に勝ちを拾ったぐらいで受かれるなよ」
気だるげに仙道が返すと、郷田はチッと舌打ちした。応じるように仙道もフンとそっぽを向く。
そんな様子にも慣れてきたのか、まだ勝利の余韻に浸っているのか、バンの笑みが絶えないことに、はひっそり安堵した。
バンたちの一戦が終わると、次はオタレンジャーとサイバーナイツの試合が始まった。アキハバラの平和を守る五人組と、LBXマガジン掲載常連チームの対決は、オタレンジャーの圧勝であった。オタブルーの鮮やかかつスピーディーな一撃の前に、サイバーナイツのカブトが呆気なく倒されてしまったのである。
「まさしく戦隊モノのブルーという感じの素早さですわね!」
「なんだそれ……」
一人納得するに、仙道は呆れたような呟きを漏らした。
あっという間に一回戦目の最終試合まで来た。遂にアミチームの出陣である。代表はジンのようだ。相手はジェイソン・クロサワと名乗る、見るからに日本の侍に憧れている風の外国人であった。試合開始と共に歌舞伎のような見栄を切り始めたジェイソンに対して、ジンは一切耳を傾けることなく一撃で彼のムシャカスタムを沈めた……。まさに圧巻である。
「ムシャカスタムが一瞬で……勿体無い」
試合撮影とスタッフ補助に徹していたヤマブキも、ついそんな私語を漏らしてしまうほどの一瞬の試合だった。
「LBXが変わっても、秒殺の皇帝は健在か」
皇帝のタロットカードを見つめながら、仙道が笑う。「ですわね!」とは大いに同意した。今のジンのLBXはプロトゼノン。名前から察するにまだ試作段階のようだが、それであの圧倒的な強さとは、信じられない。
ジンたちがステージから降りてくると、バンは満面の笑みで迎えた。
「やったなジン!」
「喜ぶのはまだ早い」
「ああ、そっか」
冷静なジンの言葉にバンは気を取り直した。だがバンからの祝福を喜んでいないわけではなさそうだ、ジンの表情は柔らかい。
バンたちに向かって、アミとカズヤが言った。
「順調に勝ち進めば会うのは決勝戦ね」
「手加減はしねえぜ」
普段は頼もしい友人だが、この大会中はライバルでもある。バンは笑って二人に頷いた。
今から決勝のバトルが楽しみだ。彼らのバトルが見たい、とは心から思った。きっと彼らにとっても素敵な経験になるはずだ。
「友情ごっこの馴れ合いか、あぁ臭いクサイ」
そんな和やかな雰囲気を、聞き慣れぬ少年の冷酷な声が引き裂いた。
ハッとしてやバンたちが声のした方を振り返る。
「お前が山野バンか」
白く短い跳ねた髪の少年が、不敵な笑みを浮かべながら問う。傍らにはステッキと本を携えた魔女のような雰囲気の女性と、大柄な体格にニット帽の少年が立っている。そして背後には、揃いのパーカーを着込んだ集団……。
「……そうだ」
少年の言葉に、バンが警戒心を秘めた声音で答えた。
彼らがメテオトレインを秒殺したハッカー軍団であることを、はバンたちより一歩遅れて気付いたのだった。
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