顔をあげたジンは、静かに語り始める。
「三体に見えても実体は一体だけ。どれが本物かを見極めれば、破るのは簡単だ」
CCMを持つ仙道の手が震えているようには見えた。
本物を見極めて叩く。ジンの発言は、確かに理に敵ったものだ。だが“簡単”と言い切れるほど容易なことではない。
――それを、彼はやってのけた。
「三体の動きは、一見全く同時に見える。だが注意深く観察すれば、ほんの少し僅かに先行して動き出す一体がある。それが実体だ」
「まさかそれを見極めるために……わざと攻撃を受けていたのか?」
耳を疑う仙道へ、ジンは小さく笑ってみせた。ようやく彼が表情を変えた瞬間だった。
流れも、変わった。
プロトゼノンの瞳が輝き、走り出す。地に伏したままのナイトメア目掛けて、プロトゼノンはオベロンを振りかざした。
「仙道!」仲間の危機に、バンが叫ぶ。
オベロンがナイトメアへぶつかる直前、そこに迫る強烈なエネルギー弾があった。ハカイオー絶斗の必殺ファンクション・超我王砲だ。
プロトゼノンは攻撃を中断して後退せざるを得なくなる。ナイトメアもその隙に高台へと退避した。
ナイトメアの向かい側の岩山に、オーディーンとハカイオー絶斗が並んでいるのが見える。仙道は眉を吊り上げた。
「何しやがる!」
ジンにイリュージョンを見破られた動揺もあってか、何時もより荒々しい怒号をあげる仙道に、郷田はフッと笑う。
「てめぇなら避けられるだろ? プロトゼノンは俺がやる。バン、パンドラは任せた」
「おう!」
バンは迷わずに郷田へ答え、再びオーディーンを操りパンドラへ向かっていく。
「勝負だ、海道ジン!」
「ジンは俺の獲物だァ!」
ターゲットを変えた郷田と、譲るつもりのない仙道。二人の番長が、競り合うようにしてプロトゼノンを目指して行った。
二機が同時に振り下ろした武器を、冷静にオベロンで受け止める秒殺の皇帝。
『おおっと、これはー! ナイトメアとハカイオー絶斗のダブル攻撃だぁ!』
「ダブル番長の息もタイミングもぴったりのコンビネーションですわぁ! でもそれを簡単に防いでしまうジンくんヤバイですわ、まさしくエンペラーですわ……!」
図らずして放たれたナイトメアとハカイオー絶斗の連携、強固なプロトゼノンの防御。は目を見張る。
飛び上がったプロトゼノンに対してナイトメアが牽制の一振りを放ち、その隙に背後に回ったハカイオー絶斗が、プロトゼノンの右腕を切り落とす。
――これは決まりですわね! は両手を握りしめながら、その瞬間を見逃すまいと構える。
右腕と共に武器が地へと落ち、プロトゼノンは無防備となってしまう。
仕上げだと言わんばかりに郷田は叫んだ。
「今だ!」
「判ってる!」
苛立たしげながらも協調的に応じる仙道。二人が同時にプロトゼノンへ止めを刺そうとLBXを走らせる。
しかしジンは冷静にCCMを操作した。――なんと、ハカイオー絶斗とナイトメアの突進を、紙一重でかわしたではないか。
「何っ!?」
度肝を抜かれ、狼狽える二人を他所に、プロトゼノンは左手で武器を拾い上げる。
「必殺ファンクション!」
ジンの叫びと共に、アタックファンクション・ブレイクゲイザーが発動した。
全身全霊のエネルギーを込めて掲げられたオベロンが、地面へと叩き下ろされる。エネルギーは青い衝撃波となって地を抉りながらを駆けて行き、突進してくるナイトメア・ハカイオー絶斗を真正面から捉えた。
なす術もなくアタックファンクションの直撃を受けた二機は、青い炎に包まれ、ブレイクオーバーしてしまう。
『ブレイクオーバー! プロトゼノンが、ナイトメアとハカイオー絶斗を同時撃破ぁ!』
会場じゅうで巻き起こる声たちが、何処か遠くからする喧騒のように感じられるほどの衝撃を、は受けた。あんぐりと口を開け、モニターを見つめ、呆けるしかない。
ナイトメアの幻影を集中力で見抜いた。あれほどの威力の必殺技を、片腕を失いバランスも崩れた“試作機”で放った。そして、ナイトメアとハカイオー絶斗を倒した。
――これが秒殺の皇帝、海道ジン。
こうも見せつけられてしまうと、は、素直に彼の人並外れた実力に感嘆するしかなかった。
「か、片手で撃ちやがった……」呆然と呟く仙道と、「……やるな」流石だと微笑む郷田の姿が、ワンテンポ遅れて目に入る。
あまりのことに、普段からのんびりとしたの脳の情報処理能力はトラブルを起こしているようだった。
バンは一気に孤立してしまった。
『さぁ、これで残るはオーディーンとパンドラ、プロトゼノン! 2対1の戦いです!』
角馬のアナウンスの語尾に半ば重ねながら、すっかり沈黙していたカズヤが笑う。
「いいや、3対1だ! フェンリル!」
カズヤがCCMを操作すると、何と瓦礫の中からフェンリルが飛び出してきた。両手には接近戦用のダガーが装備されている。あれで瓦礫を切り裂いて来たのだろうか。フェンリルが近接武器を手にしているのは珍しい。
『何と! ここでフェンリル復活!』
「ブレイクオーバーしてなかったのか!?」
三機揃ったジンチームを見て、郷田が驚く。
郷田の表情に、カズヤは笑みを深めながら答えた。
「接近戦でも戦えるよう、フェンリルをカスタマイズした。アミのアイデアでな」
――武器を変えてきたのか……!
激戦を共に潜り抜けてきたからこそ、その手強さが判る。いつになく緊迫したふうにバンの表情が強張っていく。
「行くぞ、バン君!」
「遠慮はしないわ!」
「優勝はもらったぜ!」
ジンたちの息つく間も与えぬ連続攻撃を受けて、オーディーンは吹き飛ばされてしまう。機体は弧を描いて地面に落下し、凄まじい粉塵を巻き起こした。……だがまだ、ブレイクオーバーはしていない。
歯を食い縛りながら、バンは突破口を探して脳をフル回転させる。
――勝つ方法はないのか? ……いや、ある……! これしかない!
思考の果てに、バンは勝機を見いだした。
一か八かの賭けだと、駆け出すオーディーン。
『オーディーンが仕掛ける! これは無謀か!?』
「ま、真正面から!? バンくん、危ないですわ!」
ステージ下で慌てふためくに“大丈夫”と返すのは、全てが上手く行ってからにしよう。心にそう決めたバンは、じっとジンたちの動きを見据えた。
――三人は攻めることに集中している。その隙を突く!
オーディーンの前進を受けて、ジンたちが揃って駆け出す。
「決めるわよ!」
「おう!」
アミの号令に、カズヤが応じ、ジンも無言で頷く。パンドラ、フェンリル、プロトゼノンが勝利へ向けて武器を翳す。
オーディーンは、三体の連携を、紙一重かつ最小限の動きで回避していく。僅かな油断も許されない綱渡りのような、この回避行動こそ、バンの作戦の肝だった。決してジンたちには悟られず、三体のLBXを一固めにすること。これがバンの目的だった。攻撃に夢中な彼らは、早く勝利を手に掴まんと急いている。
パンドラ、フェンリル、プロトゼノンたちが、バンに誘導されたとは気づかぬまま纏まった。その背後には、岩山。
「――今だ!」
バンが叫び、オーディーンが遥か上空へと舞い上がる。アタックファンクション・グングニルだ。槍先に込められたエネルギーが一気に膨れ上がり、緋色の閃光がプロトゼノンら目掛けて叩き込まれる――……。
……黒煙が晴れると、地面はアタックファンクションの威力ですっかり抉れてしまっていた。クレーターの中央には、ブレイクオーバーしたジンチームのLBXが倒れている。
ふぅ、と安堵し、肩の力を抜いたバンの顔に笑みが浮かぶ。彼は、再度の窮地を脱したのだ。
はたまらず両手を上げて、少年の大立ち回りへ歓声を送る。
「すっばらしいです、バンくんー! 窮地に追い込まれながらも諦めることを知らぬ強くてまっすぐなお心に感服するのみですわー!!」
叫びながらは、ふと、アングラビシダスでのバトルのことを思い出していた。仙道が操る三体のジョーカーを一直線に並べ、そこを狙ってバンが勝利を飾った戦い。あの時もは、バンの誘導に全く気が付かなかった。彼のこの強かさがこれからどんな風に成長していくのか、考えただけでワクワクしてしまう。
『海道ジンチーム、三体同時ブレイクオーバー! マスターキングへの挑戦権を獲得したのは、山野バンチームとなりました!』
角馬により、正式にバンたちの勝利が告げられた。
歓声に囲まれながら、バンたちは優勝の喜びを噛み締める。
バンの肩を叩き、左手の親指を立ててグーサインしながら笑う郷田。バンも嬉しそうに笑い返す。
二人を見守るように一歩後ろにいる仙道の顔にも、笑みが滲んでいる。あんなに穏やかな微笑は滅多にない。
はこっそりと、その光景を目と記憶に焼き付けていた。
壊れたプロトゼノンから視線をあげたジンの顔にも、満足げな笑みがあった。完敗だ。それがとても清々しい。ジン自身、驚くほど晴れやかな心境だった。
「おめでとう、バン」
「バン、やったな」
「ありがとう、アミ、カズ」
親友二人からの祝福を受けるバンへ、そっとジンが近づいていった。
「バン君……」
少し間を置いて、微笑んだままジンは言う。
「……負けたよ。君の強さは本物だ」
「ジン……」
ぽかんとしていたバンは、心底嬉しそうに顔を綻ばせたのだった。
ようやくこれでキングと戦える。早速バンたちは、LBXのリペアに取りかかった。
壊れなかったのが不思議なほどの激戦だ。特にナイトメア、ハカイオー絶斗の損傷は激しい。もここぐらいは彼らに手伝えることがあるのではと思った。負け戦を重ねるうちに、少女のリペアの腕前だけは人並み以上に成長していたのである。
郷田の方は手伝ってくれる面子が多い。仙道は助力を乞うタイプではないこともあり、一人で作業をしている。は彼を手伝おうと決めた。
「仙道くん、いよいよですわね!」
「口じゃなく手ぇ動かしてくれ。手伝ってくれるってんならな」
「はい!」
素っ気ない仙道に、笑みを絶やさずは頷く。そして彼の注意を全く聞いていなかったのか、興奮が冷めやらぬのか、彼女はまた喋りだした。
「仙道くんのハンターのごとき鋭い眼光、とっても素敵でしたわ。イリュージョンも冴え渡って、私、舞い上がってしまいそうでした。私に羽がなくて本当に良かったです」
「よく判らないが、もし羽があったとしてもあんたにゃ上手く扱えなさそうだ」
「ま、まあ……。否定出来ないですけれど……。そのぐらい興奮したんですの。仙道くんたちにそんなつもりはなくても、ダブル番長の攻撃がぴったし重なったところなんか、もう、たまりませんでした」
「そのダブル番長って、俺とあいつをさも仲良しコンビみたいに括るのはよしてくれ」
「気にしすぎですわ、仙道くん。それに間違ってはいないでしょう?」
「……好きにしな」
作業の合間あいまに、は楽しげに戦いを振り返る。
仙道もとうに彼女の語りを止めることは諦め、適度な相づちを打ちながら作業に励む。
「今まで仙道くんはおひとりで戦うことが多かったですから、とても嬉しいです。バンくんたちと仙道くんが一緒に戦うと、強さの相乗効果でますます素敵になっていくんですもの。私の脳みそに記憶しきれないぐらい、一瞬一瞬が素晴らしくキラキラと輝いていますわ」
「おべっか言うにしても、もうちょっとマシな言い回しはないのかい?」
「ごめんなさい、つたない本音を打ち明けているだけですから。それに、下手に言葉を取り繕うようなことをして、歪んだ言葉で伝えてしまったら失礼だと思って」
作業の手を一旦止めたは、はにかんで頬を赤らめた。
「私は本当に何も知らないし、知識もおっつかなくて下手だから、ありのまま素直に感想を言うしかないんです。それが頑張っている仙道くんたちへ私が出来る精一杯の誠意というか……。えっと、興奮して言葉が纏まらないのも事実なんですけれどね」
言うや否や、はさっと仙道から顔を逸らしてしまう。まだ赤いままの頬や、必死にリペア作業を進めるの横顔に、彼は釘付けになっていた。
「……応援だけじゃなく、はやく一緒に戦えるように強くならなきゃ……」
が無意識のうちに溢した呟きに、仙道もハッと我に返り、作業を再開する。
(嫌でもあんたの存在がこっちにゃ飛び込んでくるんだ。もう一緒に戦ってるようなもんだろうに……)
そう声を掛けてやりたかったが、他の面子に聞かれるのは御免被りたい。
大会が終わった後もが気に病んでいるようだったら、こっそり言ってやることにして、仙道は作業に集中した。
――リペア作業とインターバルを終え、バンたちは改めてステージへ向かう。「根性ですわー!」という的はずれなの声援にバンが苦笑し、郷田は手を振り、仙道は嘆息する。
バンチームが揃ったのを確かめ、角馬はマイクのスイッチをオンにした。
『それではお待ちかね! アキハバラの頂点に君臨し、その華麗なるバトルで世界を魅了する天才LBXプレイヤー・マスターキングの登場です!』
ステージにスモークが立ち込める。会場が自然と静まり返り、まるで神聖な儀式のひとつかのようにキングの登場を待ちわびていた。
いよいよマスターキングとの対面だ。
期待を胸に、スモークが晴れるのを皆が待っていた。程なくしてスモークの晴れたステージに立っていたのは、一人の女性であった。紫のジャケットと揃いのスカート、アップで纏めた髪、逆三角形のフレームの眼鏡。その姿を一言で表すと、漫画やアニメによくいるお金持ちの奥様のような姿であった。見るからに気難しそうな、きっちりとした印象をこちらに与える。
威圧感があるといえばあるのかも知れないが、この人がキングなのだろうか?
やバンたちは一様に首を傾げる。
「は?」
「え?」
「なんだ、あのおばさん……」
思わず郷田が溢してしまった本音に、「おばさん!?」女性は目敏く反応した。そこそこ距離があるはずなのに、よく聞き逃さなかったものだ。
「まったく失礼しちゃうわねっ! マーくん、出番よ!」
「まーくん?」
カズヤが瞬きしたのち、おばさんと言われてしまった女性の横で機械音がした。
ステージの一部の床が開き、真っ暗な穴が現れる。一体どれほどの深さなのだろう、底が判らない。次に、穴の奥から何かがせり上がってくるような音が聞こえた。出てきたのは、アルファベットのMを装飾にあしらった豪奢な椅子。金と赤で彩られたそれは、まさしく玉座と呼ぶに相応しい目映さだ。
だがそれよりも一行の目を引いたのは、玉座で悠々を頬杖をつきながら座る、まだ10歳足らずの子供の姿であった。
「あ、あんな小さな子供なの?」
面食らったアミたちを他所に、少年を見てハッカー軍団たちがきっちりと並び、敬礼する。「マスターキング様!」揃って彼らは少年をそう呼んだ。どうやら、間違いでも手違いでもないらしい。
「あいつがマスターキング!?」
バンが目を剥くと、少年――マスターキングは不敵な笑みを見せた。
「そうさ、ボクがマスターキング」
よっ、とマスターキングが椅子から飛び降りる。やはり小柄な体には大きすぎる椅子らしい。得意気な笑みを崩すことなく、マスターキングは言った。
「そしてこれがボクのLBX、太陽神アポロカイザーだっ!」
掲げられたLBXを見たとたん、スタジアムを包むコールが起こった。「キング! キング!」絶え間ない観客たちの声に応え、会場中へ手を振って返すマスターキング。
……そんな幼い少年の姿を、オタクロスは、自室のモニター越しに睨み付けていた。
「マスターキング、許さんでよ」
憤る老人の呟きは、広く薄暗い部屋の中へと霧散する。しかし、オタクロスの眼差しに宿る激しい怒りの炎は、徐々に勢いを増していた。
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