「うそっ!?」マスターキングが目を剥き、会場中に緊迫と衝撃が走る。
 微動だにせずにいるアポロカイザー、そしてマスターキングへ向けて、バンは力強く叫んだ。

「これが俺たちの戦いかただ!」

 渾身のアタックファンクション・グングニル――。満身創痍のオーディーンが空高くから放った紅の大槍は、見事アポロカイザーの胸部を貫く。
 アポロカイザーは強烈な爆発と共にブレイクオーバー。その爆風と熱波を背に、オーディーンは氷上へと舞い戻る。
 戦いを終えた戦士の凱旋のような雄々しいその様に、は会場中の観客と共に大歓声を上げた。「決まったあああ!」実況・角馬王将もまた、バンたちの勝利を称える。

『勝者、山野バンチーム!! 凄まじい戦いを潜り抜け、遂に新しいアキハバラキングの誕生です!!』
「やったぁ!!」

 CCMを手にした右手を大きく振り上げながら、跳ねて喜ぶバンの無邪気っぷり。年相応の少年らしい姿を見つめる仙道と郷田の顔にも笑みが浮かぶ。そしてその流れのまま二人の番長はハイタッチを交わそうと手を上げ――寸前で我に返り、「ふんっ!」とそっぽを向いてまた距離を置いてしまう。
 誤魔化すようなその態度は尚更微笑ましさを倍増させてしまうだけだというのに。
 一方、敗北を喫したマスターキングは……、

「うわああああん! 負けちゃったあああ!」

 こちらもまた子供らしく、人目をはばかることなく泣き出していた。一瞬前までキングを支援していたハッカー軍団も、さっさと見切りをつけたかのように元キングから離れて行ってしまう。割り切っていると言えば良いのか、何なのか。ケジメに関してはしっかりしていることだけは印象に残る。
 マスターキングの凄まじい泣きっぷりに、バンたちは勝利の余韻に浸る間もなく、呆気に取られていた。

「ちょっとマー君、大丈夫よ!」

 慌てて駆け寄りマスターキングを抱き上げ、母親が頬擦りする。

「ママはここにいるから~! よく頑張ったわね、ママはマー君の味方よ。キャンディ食べる?」
「……うん」

 ようやく少し落ち着いたマスターキングは、若干ぐずりつつも、母親のくれた棒つきキャンディを食べ始めた。
 勝利を収めた親友たちの様子を見て、カズヤがほっと胸を撫で下ろす。

「なんとか勝ったな」
「当然だ。協力しあったバン君たちと、仲間を犠牲にしたマスターキング。その差が勝敗を決めた」

 カズヤへジンが冷静に返す。だがいつもより心なしか表情が和らいでいるように見える。
 ステージの上では、バンが改めて勝利を喜ぼうと、番長たちの間に立っていた。仙道の左手と郷田の右手を引っ張り、何とか勝利を分かち合う握手をさせようと試みるが、彼らはそっぽを向いたままかつ頑として動かない。
 彼らを見上げながら、アミは笑った。

「ええ。それに太陽神アポロカイザーの弱点を突いたしね」
「弱点?」
「弱点ですの?」

 きょとんとするカズヤとは、顔を見合わせた。
 アミの話を継いで、ジンが二人に解説してくれる。

「ああ。あのLBXは必殺ファンクション発動後、少しの間動けなくなる」

 ナイトメアのことをたちを思い出しつつカズヤは首をひねる。「あれは、避けなかったんじゃないのか?」も彼に同じだった。てっきり王者の余裕だとか、そういった類いの態度だとばかり思い込んでいた。
 不思議がるカズヤとに、アミが簡潔に述べた。

「アポロカイザーが動けなくなったスキを狙うため、ハカイオー絶斗とナイトメアが、オーディーンを守る壁になったのよ」
「そういうことか!」

 カズヤがようやっと納得のいった風に頷いた。そばで聞いていたは、バンの作戦とLBXに希望を託して盾となった二人と、その希望を見事に掴んでみせた少年への想いで、声を上げることすらままならいほど感極まっていた。
 ステージの上では、母の腕に抱かれ、すっかり落ち着いたマスターキングがバンらへニッコリを笑いかけている。

「お兄ちゃんたち強いよ! オタクロスの仲間だから嫌なヤツかと思ったけど、バトルはチョー面白かったよ!」

 子供らしい笑顔になっているマスターキングへ、郷田もまた笑い返す。

「なんだぁ? えらく素直じゃねえか」
「失礼ね! マー君は素直で良い子ですっ!」

 郷田のからかいへ間髪入れずにマスターキングの母親が怒鳴り返したときだった。

『騙されるなデヨッ!』

 アキハバラじゅうのあらゆるモニターが同時にジャックされ、画面いっぱいにオタクロスの怒り顔が映った。なかでもとびきり大きい空中投影型のモニターが、ずずっと勢いよくホコ天コロシアムへ近づく。その眼差しは、マスターキングへ向けられていた。

「えっ、オタクロス?」
「騙されるなって、どういうこと?」

 バンとアミの問いかけに、遂にオタクロスは語り出した。
 ――自身とマスターキングの間にある“因縁”の正体を。

『前回のアキハバラキングダムでそやつは、そやつは……』

 握った拳を震わせながら、オタクロスは吠える。

『ワシがわざと負けたらくれると約束した“東海道リニア開通三十周年記念ゼロ系48分の1モデル五百個限定”をくれなかったんデヨ~!!』

 デヨー、デヨー、デヨー……。むなしく反響するオタクロスの声。
 開いた口が塞がらないバン、郷田、仙道。そして会場の全ての人たち。
『卑劣な奴デヨ、マスターキング!』何とも言えない空気を生み出した張本人であるオタクロスは、呆然とする此方を他所に捲し立てる。
 それまでご機嫌そうにキャンディを舐めていたマスターキングも、対抗して顔を顰めた。

「あれはボクのお気に入りなんだ! あげるわけないだろ」
「なにいいいっ!?」

 怒りのあまり、オタクロスの目には悔し涙が滲んでいるのが見える。
 額を押さえるカズヤ、目を伏せ口を閉ざすジン、がっくり脱力するアミ。無理もない。
 この因縁バトルの価値は当人たちにしか判らないのだ。
 老人と子供の喧嘩に微笑ましさを感じていたバンは、ふと我に返った。ハッとステージ下のハッカー軍団へと視線を向ける。
 ――これで協力してもらえる。プラチナカプセルの解読コードが手に入る。
 バンの胸には、大きな安堵が溢れていた。



◆◆◆



 バン、カズヤ、アミたちの顔は晴れやかであった。
 戦いが終わり、しがらみの無い状態で面と向かって話すと、彼らハッカー軍団はいい意味で予想を裏切ってくれた。バンの願いをヤマネコらはあっさり快諾してみせたのだ。
 それを確認したジンも、ひとまず自分の役目は終わったと帰っていく。

「仙道くん、本当に素敵でしたわ」

 もまた、帰路についていた。隣には仙道。途中まで一緒に行ってもいいかと問うたへ、仙道が「好きにしな」と返した結果であった。
 勿論はいまだにアキハバラキングダムでの仙道たちの勇姿に熱を上げていた。

「最初は正直ハラハラしてもうおかしくなりそうでしたけれど、杞憂でしたわね。素敵なスリーマンセルでした。是非もう一度拝見したい組み合わせで……」
「またあいつらとだなんて騒がしくて敵わないね」
「大丈夫です。私、今度はもうメガホンで喚いたりしません!」
「そういうことじゃないんだがねぇ……。いや、まあ、あんたが騒がしいのも確かだけど」
「地声で勝負しますわ!」
「枯れそうだな」

 妙な意気込みを見せる少女に彼は嘆息した。背後から自分を呼ぶ大きな声がしたのも、丁度その時だった。

「仙道!」
「はん?」

 立ち止まり、肩越しに振り返る。
 歩道橋の上に、目立つ緑髪の男が立っていた。つんつんの緑の髪、古風な番長スタイルのいでたち。確かめるまでも無く郷田だ。さっきまで戦いを共にしていたチームメイトでもある。
 胡乱げな仙道に、郷田は豪快な笑みと共にこう言った。

「舎弟ごっこは終わりにしてやるよ!」

 仙道が返事をすることは無かった。ふん、と鼻を鳴らし、何事も無かったかのように向き直って歩き出す。
 二人のやりとりを見守っていたは、ホッとしたように顔を綻ばせた。言葉の代わりに、彼女は郷田へ深く頭を下げた。それからすぐさま顔を上げると、少し先を行く仙道の後を追いかけた。
 そんな仙道との背中を、郷田は、深い笑みを浮かべたまま見送っていた……。
 駆け足で仙道に追いついたは、まず彼の顔色を窺った。

「いつも通りクールな感じですけれど、いつもよりちょっと優しい気がします……」
「何だい、人の顔をジロジロ見て楽しいか?」
「そういう趣味はありませんけれど、いつでも仙道くんへの興味は津々ですから」

 ふふ、と笑いながらが答えると、仙道は諦めたように視線を彼女から外した。
 真っ直ぐに前を見つめて歩み続ける仙道の横顔を、は存分に堪能させてもらうことが出来た。
 ……ほんのちょっと前だったら、きっとこうやってお隣を歩かせていただくことなんて許されなかった。
 の心は、少しばかり落ち着きを取り戻していた。冷えた頭で改めて現状を見つめると、それがとても幸運に恵まれた環境であることに気付く。決して楽なことばかりではないが、こうやって仙道といられるだけで幸せなのだ。
 高鳴る鼓動を押さえつけるように、は両手を胸に当てた。感傷に浸るよりも先に、彼女の脳裏を先ほどまでの激戦の残影が過った。

「あ、そうですわ。仙道くん!」
「なんだい?」
「さっきのアポロカイザー戦のことで、お礼をしなくちゃと思って」

 胸に当てていた手を今度は膝の前で揃えて、は仙道の正面へと回り込む。
 首を傾げて立ち止まった仙道に、は深々と頭を下げて言った。

「ランドグリースを使ってくださって、有難うございました!」

 一瞬呆気に取られたような間が空いて、はあ、と仙道が大きく息を吐くのが聞こえた。
 ゆるゆると顔を上げたの目に、呆れたような仙道の笑みが映る。

「利用できるモンは利用したってだけだ。礼を言われる筋合いは無いね」

 笑みを浮かべたまま、仙道が歩き出す。そのままの横を過ぎるだけかと思いきや、ぽん、と彼女の頭を軽く叩いていったではないか。
 たったひとつの行動に、仙道からの想い――少なくとも自分に対して友好的なもの――が込められている気がした。は喜びを噛み締めながら、仙道を振り返った。
 少し先で、仙道が立ち止まっている。沢山の人が過ぎて行くのはモノクロのように味気なく映っているのに、彼の存在だけは確かな色彩と鮮やかな彩度を保っていた。
 少年はを見つめていた。が此方に来るのを待っている。

「仙道くん……」

 嬉しさのあまり彼女が駆けだした矢先、ポシェットの中でCCMが鳴り出した。
 それは、幸福の時間の終わりを告げる鐘の音だった。
 ――初めからは、諦めていた筈だった。
 自分がこうして自由に過ごせる時間はもう少ないこと。いつか友達や仲間、好きな人が出来ても、必ず別れなくてはならないこと。それらを知りながら、世界へ飛び出した。
 その自覚を薄くさせたのが、仲間であり、友であり、そして恋しい眼前の少年だった。
 諦めることを諦めようと、もがくだけもがこうと、少女は決心した。
 だがその決心も思いも、あっさりと挫く瞬間が訪れた――。
 何となく嫌な予感がしながらも、は立ち止まる。いまだ鳴りやまぬCCMのベルの音。
 向かいに立つ仙道の表情が少し曇る。
 は恐る恐る電話に出た。CCMを握る手に力がこもる。
 電話の相手は、ヤマブキだった。いついかなる時も冷静沈着な彼が、珍しく急いていた。

『お嬢様、落ち着いて聞いてください』
「一体どうしたんですの、ヤマブキさん」

 努めて平静を装ったが、声が上擦ってしまったのが自分でも判る。
 静かに答えを待つ少女に、一拍置いて執事は告げた。

『イノベーターが旦那様と奥様の元に向かいました』

 さっきまで赤らんでいたの顔から、一気に血の気が失せる。
 体が一気に極寒の地に放り出されたような寒気に襲われて、震えてしまう。
 切迫した執事の声が続く。

『お嬢様を頼む、と、お二人から仰せつかっております。出来る限り手は尽くしますが、此度は分が悪すぎます。急いでお嬢様が身を潜められるような場所とそこまでの移動手段を必ず確保致します。改めて連絡を致しますので、それまでは組織の目を欺くために……』
「ヤマブキさん」

 ようやくが絞り出した声は、先程に比べて落ち着いていた。
 電話の向こうでヤマブキは何か察したように息を呑む。
 は数メートル先に立つ仙道の顔を見つめていた。最初の頃は少なかった表情も今では豊かになって、こうして自分を心配する眼差しを向けてくれるまでに至った。
 ――何て心地良い視線なんだろうか。
 ゆっくりと瞬きすると、は笑った。

「お父様とお母様は会社にいらっしゃるのでしょう? わたくしもすぐに会社へ向かいます」
『お嬢様!? 早まってはいけません!』
「ヤマブキさん、本来あなたはわたくしたちとは関わるはずのなかった人間ですわ。どうか、安全なところへ逃げてください」
『お嬢――』

 通話を切ると、はCCMへ視線を落とした。
 その中には、バンたちからのメール、バトルの写真や動画、メモなど、沢山の思い出が詰まっている。仙道と連絡先を交換した時にもらった初めてのメールや、着信履歴。その一つ一つが、彼女にとってかけがえのない宝物だった。
 は無言でCCMを操作する。そして、CCMの初期化を行う画面を開いた。今から敵の陣地へ乗り込むも同然なのだ、バンや仙道たちの情報がここから流れてしまうことだけは防ぎたい。
 ――イノベーターだったら、データの復元も出来てしまうのかしら。
 そうではないことを祈り、は初期化のボタンを押した。最終確認の為に問われた4桁のパスワードは、自分が仙道と初めて出会った日付。躊躇わず彼女はパスワードを入力していく。
 いよいよ心配でじっとしていられなくなった仙道が、此方に歩み寄って来るのが何となく判る。



 呼ばれるがままには顔を上げた。
 目の前に立つ仙道の真剣な瞳を見据えて、彼女は苦笑する。

「すみませんでした、ちょっと電話があって……」
「そりゃあ見てたから判るさ。で、何だったんだい? 世間話にしちゃ表情が硬かったね」
「ええ、会社のことでちょっと。両親とこれから会うことになったんです」

 真実を伝えるわけにはいかなかったが、出来れば彼に嘘はつきたくない。
 その想いから、はそう告げた。こう言えばきっと仙道は言及することはないと、今まで彼と一緒に過ごしてきた経験から考えて。そして、の読みは見事に的中した。

「そうかい。ご令嬢は大変だな」
「ご令嬢とやらも、今わたくしの横を通り過ぎた子も、みんなそんなに変わりませんわ」

 の反論に仙道は肩を竦める。「違うところの方が人間ってのは目につくんだよ」彼らしい言葉と涼し気な声音に、は今一度聞き入った。
 何もかもこれっきりになるかもしれないのだ。少女の決意は揺らがなかったが、抑え切れない感情が激しく心を揺さぶっている。視界が霞みそうになるのを懸命に堪え、少し気を抜けば嗚咽が溢れそうになるのを飲み込みながら、は仙道へ告げる。

「わたくし、ここで失礼いたします。仙道くん、今日はお疲れさまでした」
「ああ。あんたもな。あんだけはしゃいだんだ、今夜は熟睡できるだろうさ」
「素敵な仙道くんの勇姿を思い返すうちに気分が高揚してしまって、逆に寝付けないかも」

 仙道の皮肉を、は笑顔で受け止めた。

「そうかい。……まあ、気を付けてな」
「仙道くんも。じゃあ、さようならです」
「ああ、さよなら」

 短い返事と共に仙道は歩き出した。
 は再び、仙道の背中へ向けて声を張る。これで最後だ。

「仙道くん、本当に、素敵でしたわ! 今日も素敵な仙道くんを見せてくださって、有難うございました!」

 仙道は、振り返る代わりに、ひらりと手を振ってみせるだけにした。恥ずかしいの声援は今に始まったことではないが、最近殊更恥ずかしく感じるのだ。今振り返ったら、どんな情けない顔をしてしまうか判らない。の言う“カッコいい仙道くん”とやらのイメージを壊したくないという想いと強がりが、頑として歩みを止めようとさせなかった。
 それでもにとっては十分だった。いつも通りの仙道を見送り、彼女もまた、別方向へ向かって歩き出す。ふわりと舞い上がったスカートの裾が、風をはらんで柔く膨らんだ。
 素早く路地裏に駆け込んだは、ポシェットからCCMを取り出すと、LBXのメンテナンス用に持ち歩いていたドライバーで裏蓋をこじ開けた。丸見えになったCCMのバッテリーから基盤まで、引っ張り出せるものは引っ張り出して、コンクリートの壁に押し付けて傷をつける。擦れるたびに、ガリ、と固い音が響く。何度も繰り返すうち、いつの間にかの瞳からは、大粒の涙が零れ落ちていた。涙を吸い込み、色を変えるアスファルトの地面。色は更に広がって行く。
 怪我をしたわけでもないのに、どうしようもなく胸が痛かった。喉も焼けたようにヒリヒリとして、呼吸すら辛く感じられた。
 データが消え、ボロボロに壊れたCCMを、はポシェットへ戻した。捨てた方が安全な気もしたが、ここまで壊せばいくらイノベーターでもデータを引っ張り出すことは出来ないはずだ。
 服の袖で、涙が零れるより先に強く拭い去る。目が赤くなっても構わなかった。
 屋敷に戻ったは、自室のパソコンのデータも消した。そして壊した。両親とヤマブキは、こういった“もしも”の事態に備え、屋敷にデータは残していないことを彼女は教えられている。自分ももっと早くにそうするべきだった、とは後悔した。
 友人たちに繋がりそうな情報を全て削除し、は改めて両親の元へ向かった。
 出来ることは全てやった。
 存分に幸せな時間を過ごした。
 ――私なりに、戦わなくては。
 無力な子供がひとり飛び込んだところで勝てるような相手では無いことは、自身が一番判っている。それでも彼女は、両親と敵の待つ会社へと向かった。
 ポシェットの中に、壊れたCCMをお守りのように大事にしまいこんだまま。

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