先日のイノベーターの襲撃により悠介社長を失ったタイニーオービット社内は、混乱に包まれていた。
先代の跡を継いだ弟・拓也の最初の命令が「タイニーオービット社の役員を本日付で全員解雇」という予想を超えたものだったからだ。だがその突飛な命令の理由はしっかりと存在する。自分の父や兄が守ってきた会社にイノベーターのスパイが潜んでいること・そして役員の殆どが海道と繋がっていることを知ったが故の、全員解雇だった。
地殻動発電計画は最終段階にまで進んでいるが、日々全力を尽くしている。
だが、この事件の傷は、バンの心を深く抉った。
彼はジンと共に、悠介が死ぬ瞬間を目の当たりにしてしまっていた。
突進してくるトラック。
エターナルサイクラーのサンプルユニットを強奪して走っていく男を庇い、飛び出した、悠介。
――怖いよ、父さん。
バンはひとり、部屋のベッドでうずくまりながら恐怖に震えていた。
――かつてアスカ工業という企業を引っ張っていた、霧島平治という男性がいる。彼は以前よりイノベーターの協力者として動いていた人物。悠介が庇ったのはこの人だった。
だからといって単純に彼を恨めはしなかった。霧島もまたイノベーターの被害者だったのだ。イノベーターの良いように操られ、タイニーオービット社を恨むように仕組まれていた。以前からバンたちの気付かぬところで、霧島が動いていたこともあるらしい。それほどイノベーターとは恐ろしい相手だと思い知らされる。
だがそんなイノベーターに反旗を翻した八神と、その部下である真野・細井・矢壁の三人組を新たにメンバーへ加えたシーカーは、いよいよ再起の時を迎えていた。
八神も宇崎兄弟も、イノベーターの策略によって大切な存在の命を絶たれていた。今ようやく敵が同じであることを知り、固い結束を結んだ。特に今までは強敵として立ちはだかって来た八神と最新の技術で作られたエクリプスでのサポートは心強い。
そして霧島は……俯きながらシーカー本部にいた。何と拓也は、霧島をシーカーのメンバーとして迎えようと言うのだ。
「霧島さんは強化ダンボールを発明し世界の物流に革命を起こした人物だ。これからタイニーオービットの開発陣、シーカーのサポートに加わっていただこうと思っている。きっとLBXに新たな力を与えるものを開発してくれるだろう」
「拓也さん、やはり私は……」
躊躇う霧島に、拓也は力強く語り掛ける。
「俺は霧島さんを恨んではいない。あなたも、俺と同じイノベーターの被害者だからだ。イノベーターに心の隙を突かれ、そして憎しみに呑みこまれてしまった。憎しみは、人を変えてしまう。霧島さんが特別なのではない。それは俺たちも同じことだ」
かつて海道義光への復讐を急いていた自分を兄が窘めてくれていたことを思い返しながら、拓也はその意思を霧島へ伝えた。
改まって彼は、霧島へ協力を仰ぐ。
「俺はシーカーを憎しみで行動する組織にはしたくない。霧島さん、改めてお願いします。あなたの力を貸していただけませんか」
視線を泳がせ、答えあぐねる霧島。
そんな霧島の背中を押したのは……アミだった。彼女はゆっくり霧島の前へ歩み出ると、悩みながら、考えながら、……意を決して口を開く。
「あの、色々あり過ぎて自分の中でまだ整理ができていないけど……でも、これだけは言わせてください」
途端にアミは、深々と頭を下げて叫んだ。
「強化ダンボールを作ってくれて、ありがとうございました!」
そんなアミに、霧島は勿論戸惑う。他の仲間たちも、思わず目を丸めた。
だがカズヤだけは、付き合いの深さから、すぐに彼女の言葉の意味を掴んで微笑む。
「そうだよな。強化ダンボールが出来たから、安心して俺たちがLBXバトルをすることが出来るようになったんだもんな」
「……ありがとう」
「だよな、LBXを戦争の道具になんかしちゃいけないよな」
ミカ、リュウも大きく頷く。
顔を上げたアミは、満面の笑みで霧島を見た。
「私、LBXを強化ダンボールの中に戻してあげたいんです。LBXが一番輝ける場所に!」
その言葉に、霧島は震えていた。ぼろぼろと大粒の涙を溢し、嗚咽を漏らしながら泣き崩れていく。
霧島はアミらの言葉に動かされ、シーカーへの協力を決心してくれたのだった。
ミソラ商店街のゲームセンターで、仙道はLBXバトルに精を出していた。とは言ってもその表情は常に不機嫌そうだ。次々と相手を打ちのめしていくものの、出るのは舌打ちばかり。
アキハバラキングダム以降どのバトルもつまらなく感じられ、また、未だに連絡のつかないのこともあって、心が晴れなかった。
何度目か判らない勝利を決め、そして舌打ちをしたときだった。
「勝ったんなら喜べよ」
からかうような笑い交じりの声が仙道の耳へ届く。声のしたほうを一瞥すると、どうしたことか、郷田の姿があった。
「お前か……」
嘆息しながら仙道はナイトメアを回収した。「誰かさんを待ってんのか?」二回目のからかいは黙殺する。それでも郷田が機嫌を損ねることはなく、笑い続けていた。
「暴れ足りねえんだろ? また俺の舎弟にしてやろうか?」
「ふざけるな」
一蹴して仙道は郷田の横をすり抜けて行く。
あと一歩でゲームセンターを出ようという時、郷田はこう言った。
「だったらもっと、デカイ相手と戦ってみねえか」
「何……デカイ相手?」
思わず振り返ると、相手がニヤリと笑って此方を見ている。何だかその笑い方が癇に障ったが、特に行く宛もない彼は――ひとまずの心配を置いて――、話を聞いてみようと思った。
には面倒だがマトモな執事がついている。きっとそのうち連絡がつくだろう。……そう考えて。
郷田と共に仙道が来たのはタイニーオービット社だった。道中、郷田はシーカーの事情を仙道に説明した。
シーカーの希望であるエターナルサイクラーが敵に奪取されたこと。悠介社長が死んだのもイノベーターの襲撃が理由であること。そして離反した元イノベーターのメンバーらも加わって調べた結果……エターナルサイクラーが今あるのは、神谷重工本社工場・ゴライアスの地下最深部であること。ゴライアスはイノベーターの兵器工場と言うこともあり、そこへの侵入は容易ではないことたちをだ。
「つまり、お前らはそこに乗り込むってことかい」
「そういうこった」
当然乗るだろ? と言わんばかりの郷田の笑み。
かつての自分だったら「無謀だ」と切り捨てていたかもしれない。だが、今の仙道は違った。
タイニーオービット社から出て来た、アミとカズヤの決意に満ちた眼差し。郷田のそれと同じだ。
「面白そうだから付き合ってやるよ。イノベーターの工場なんだろ? 珍しいパーツの1個も落ちてるかもな」
気が付くと仙道は、そう笑って返していた。
しかし、同時に気掛かりなことがあった。
……こんな事態だというのに、ここでもの姿が見当たらない。恐らく彼女の性格であれば、悠介が亡くなった時点で何も考えずにタイニーオービットへ来ていても可笑しくない。
一旦置いておこうと決めたものの、状況も相まって気になって仕方なくなってきた。
仙道は場違いだとは思いつつ、郷田たちに問う。
「なあ、こんな時に何だが……と連絡は取ったかい」
「勿論連絡したわよ」
一番に答えたのはアミだった。
「、こういう時に連絡しないと“仲間外れにされた”とか変に落ち込んじゃいそうだから。さっきも“大事な話があるからタイニーオービット社まで来れる?”ってメールしたの。でもずっと返事がなくて」
「いつ頃から連絡してる?」
「バンが学校に来なくなった辺りから一応、毎日一回は連絡してるんだけれど……」
言ってからアミも、その事態を不審に思ったようだった。
眉を顰め、顎に手を当てて考え込み始める。
「……いつもなら10分もしないで返信が来るのに、どうしたのかしら」
「俺も電話かけてみたんだけどよ、出ないんだよなぁ」
「まさかに何かあったのか!?」
カズヤが改めてへコールしている横で、郷田が血相を変えた。
「仙道、今の口ぶりだと、お前が連絡してもは何も返してきてねえんだろ?」
「ああ、そうだ」
「おかしいだろ、そんなの。あいつ、三度のメシより仙道を優先しそうな奴だってのに」
「否定できねー……」
カズヤはCCMを閉じて苦笑した。どうやら電話は繋がらなかったらしい。
ここにいる誰一人としてと連絡が取れないこの状況を、仙道は不安に思った。こっそりヤマブキにも電話を掛けてみたが、此方も通じない。
――イヤな感じだ。
タロットを引く気さえ起きない。どんな結果が出るか判らないのがタロットの面白さと深さだというのに、日々それを自覚したうえで占いを行ってきているというのに、今ばかりは恐ろしい。下手な結果が出ては揺らいでしまいそうだ。
「脱線して悪かったな。そのうちとはどうにか連絡ぐらいつくだろ……。目的をさっさと果たそうじゃないか」
これ以上のことを考えるのが怖くなって、仙道は自ら話題を変えた。
彼の動揺はポーカーフェイスですっかり隠されていて、アミたちは全く気付かない。
「そうね。には全部終わってから連絡しましょ」
「一応お嬢様なわけだし、あちこち連れまわしちゃ悪いぜ」
「は気にしねえと思うがな、そんなこと」
歩き出すアミ、カズヤ、郷田の後ろを、やや遅れて仙道はついて行く。
――どうしたってんだ、。あの嫌味執事まで。
胸中で少年は吐き捨てる。
皮肉にも、安否の知れぬとの再会は、もうすぐ先に迫っていた。
◆◆◆
イノベーターに連れられて行った先で、は蓋をし続けていた過去の記憶をより鮮明に思い出していた。会社でのフラッシュバックとは、また感覚が違う。
――攫われた先で何を見たのか。
――攫われた先で何をされたのか。
――攫われた先で何が起こったのか。
周囲には複雑な機械たちと科学者、空中モニターには様々なグラフや数式などが投影されている。には到底理解できない内容のものばかりだ。大雑把な意味さえ捉えることが出来ない。
機械から伸びるコードを体や頭の周りに取り付けられながら、はあらゆる実験を受けた。意識が途切れて記憶は断片的なものばかりが積み重なっていく。だが、過去に受けたものと“これ”はほぼ同じであることを心身で理解していた。
何度目か判らない意識の覚醒ののち、はLBXの操作を命じられた。言われるがままに与えられたCCMでLBX・ヴァルキリーを操作する。攫われ、実験を受けているという現実すら思考の外へ投げ出され、の中には“LBXを動かす”という意思のみが残された。そのうちという自身の存在すら外へ追いやられて行く。
「やはり……が――し、……開花している……!」
「だが――……コントロール……のは……」
「以前の――……LBX……CCMとの催眠――を――」
ただLBXを操る機械と化したの傍で、科学者たちが騒めいていた。
……それが一番新しい記憶だった。
気が付くとは違う場所に移されていた。質素な仮眠室のような場所だ。服も着せ替えられてある。イノベーターに連れて来られた時着ていたものだった。
今までいた実験施設とは明らかに雰囲気が違う。しかし何処かは判らない。
ベッドから身を起こすと、目先の机にヴァルキリーが置いてあった。与えられたCCMもある。
「別の施設に移されたのかしら……」
悩んでいると、突然部屋の扉が開いた。
「だっ、誰!?」
反射的には怯えて身を引いた。慌ててベッドの上へ逆戻りし、部屋の入り口を見つめる。
「お目覚めかい、」
入って来たのは自分より少し年上らしき青年。随分前にモニター越しに出会った人物――神谷コウスケだった。
優雅に歩み寄ってきた彼は、の顔をじっと覗き込む。怯える彼女の姿を見ると、自信に満ちたその顔に不敵な笑みを浮かべてみせた。彼の端正な顔立ちを、内側に宿る冷たいものが歪に輝かせていて、は小さく震えた。
「へぇ……こうして見ると、ますますただの世間知らずなお嬢様って感じだ。平凡だね」
「そ、そうですか」
「そんなに怯えなくても平気だよ。もう実験は終わったそうだから」
「どういうこと、ですの……?」
から離れたコウスケは、机の上にあるヴァルキリーを手にした。「悪くはないけど良くもない」と呟きながら、丁寧にヴァルキリーを観察している。じっくり観察を続けながら、コウスケは淡々と語る。
「ここはボクのダディの会社、それも本社の工場内。とびっきりセキュリティの厳重な場所だよ。もう君を変に弄るヤツとはサヨナラできたということだから、もっと喜んだらどうだい」
「ますます意味が判りません、どうしてわたくしが神谷様の会社に――」
不意にコウスケはを見据えた。笑みも怒りも何もない、冷たい表情だった。まるでを人間として認識していないかのような、異質なもの。その剣呑な瞳は鋭い針となって彼女の心を突き刺した。
声を詰まらせ、それ以上言えなくされてしまったへ、コウスケは口元を吊り上げる。
「何はともあれ、残念な腕前の君の中にあった原石が無事に輝き出したのさ。その導きは、このLBXたちがしてくれる」
ヴァルキリーとCCMを抱えて、再びコウスケはへと歩み寄った。
硬直するの両手を無理矢理引き寄せて、その手にCCMを握らせる。
「さあ、ついておいで。ダディたちが待ってる」
拒否する権利などないというふうに、コウスケは笑みを張り付けたまま告げた。命令に等しかった。
手の震えを、少女は強くCCMを握り締めることで抑え込んだ。ヴァルキリーと共に、ゆっくりとベッドから立ち上がり、小さく頷いて答えた。
満足したようにコウスケが踵を返す。その後姿へ、は、従者のように静かに続いた。
得体の知れぬ恐怖と、これから待っている人物たちのことを考えると、血の気が引いていく。少しでも相手の機嫌を損ねるようなことがあったら……などと、次々に不安が不安を招く。
――お父様とお母様、ヤマブキさんは無事かしら。
他人の心配をすることで、不安を紛らわせようとしてみる。案じる気持ちに偽りはないはずなのに、目前の恐怖はすっかりそれらを上回っていた。
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