がコウスケに連れられてきた場所は、小さな指令室に似た部屋だった。正面の壁の半分が強化ガラスになっており、その向こうにある何かの生産ラインを丸々眺めることが出来た。
部屋にいたのは海道義光と、コウスケの父・神谷藤吾郎。
イノベーターの幹部とトップが居合わせているだけあり、その威圧感と恐ろしさは少女の身に大いに堪えた。
ふらつきかけたの肩を「深呼吸、深呼吸」と笑いながらコウスケが叩く。
神谷は熱心に海道へ話しかけていた。グラビティ・ポンプやドングリといった単語だけは拾うことが出来たが意味が判らない。少しでも情報が得られると思っていたは落胆した。
「それから、ご紹介します。息子のコウスケです」
不意に神谷がコウスケらを振り返る。はびくっと肩を震わせた。それをコウスケが抑え込んで、彼女を引っ張りながら歩み出る。
「初めまして。海道先生。ボクが来た以上、フェアリーテイル計画に失敗は有り得ませんよ」
「灰原ユウヤの代わりか……」
「あんな出来損ないと比べてほしくないですね。美しくない」
「口が過ぎるぞ、コウスケ」
まるでなど存在していないかのような三人の会話に、はただ耳を傾けるだけ。必死に気を強く持とうと自身に言い聞かせ、軋むだけ肩を掴んでくるコウスケに心の中で抗っていた。
「海道先生。人には天から与えられた才能があります。努力ではどうしようもないセンスというものがね。ボクにはそれが有ります」
しかしコウスケの言葉と態度には、自信が満ち溢れていた。ある意味、純粋に自分を信じ、意志を貫く強さが見えた。
その姿は、敵であると言うのに、一瞬恐怖を忘れて羨望を抱いてしまうほどだった。ぎりっと肩が痛んで我に返ったは、視線を落とす。
海道義光を前にして、コウスケはこう言い切った。
「何故なら、ボクは神に選ばれた男だから」
その尊大な言動が、父親である神谷を慌てさせた。「すみません、海道先生。礼儀の方は、これから教育しますので」深く頭を下げる神谷に関しては一瞥しただけで、海道は視線をずらした。
……へ向けて。
見つめられていることに気付きながらも、は顔を上げることが出来なかった。
どうやら海道がに興味を抱いているらしいと思ったコウスケは、にやりと口元を吊り上げながら説明した。
「海道先生、この子は。先生もご存知でしょうが、とある弱小企業の一人娘です。けれどなかなか面白い能力があるというので、ボクが多少無理を言って連れて来ました。もしかしたら計画にも一役買って出るかもしれません」
「そうか。……、か」
それきり海道はに興味が失せたように口を閉ざした。もう少し食いついてくるとばかり思っていたコウスケはやや不満げだ。
海道が気分を害していないと察し、ほっと安堵した神谷は、改まって海道を仰ぎ見た。
「海道先生、今後の計画を詰めたいのですが」「うむ」二人は揃って部屋の出口へと歩き出す。……だが、コウスケは動かない。
「どうした、コウスケ?」疑問に思った父が肩越しに息子を振り返る。
コウスケは笑った。
「ネズミが4匹――。どうしたらいいかな、ダディ?」
は思わず顔を上げて、神谷とコウスケを交互に見た。全く意味が判らない。
――ネズミ?
しかし父と子にとってはその言葉だけで十分だったようだ。神谷がにぃっと笑って返す。
「手短にな」
「ボクの好きにしていいんだね?」
「ああ、構わん」
とても短い会話の中に、はただならぬ悪意を感じ取った。
その正体を彼女が掴む前に、海道たちを見送ったコウスケは声を張り上げる。
「出てきなよ、ネズミさん。盗み聞きとは美しくない」
部屋に響き渡るそれが何を意味しているのか、程なくしては気付いた。
机の影から現れる少年と少女が、4人。そのどれもが彼女の見知った顔だった。アミ、カズヤ、郷田、そして――仙道。
どうして彼らが此処に? は酷く混乱した。
「一体、どうなって……。どうしてみんなが?」
「それはこっちの台詞よ、! どうしてここに?」
アミの叫びが心から自分を心配してくれているのが判って、は涙ぐんだ。
「わたくしは……」声を震わせ、答えるのがままならないに代わり、コウスケが口を開く。
「は、自分の両親と会社を人質にとられた。そこにイノベーターの物好き科学者が“が実験に協力してくれれば両親と会社を助ける”と持ち掛けた。彼女は迷わずに実験への協力を申し出たという訳さ」
コウスケはそこで一旦区切ると、声をあげて笑った。の肩から手を離し、それはそれは楽しそうに。がCCM――アミたちが見慣れた彼女自身のものでは無かった――を握り締めて、笑い声と拘束に耐えているのがアミたちには判った。
ひとしきり笑ったコウスケが、を一瞥してから吐き捨てる。
「まぁ、そこでもすっかり用済みになって利用価値が消えたみたいだったから、ボクが興味本位で引き取らせてもらったんだよ」
「を物みたいに言うな!」
「モノみたいなものだろ、実際」
怒号を上げたカズヤに、ふと笑みを消したコウスケが冷たい眼差しで返した。
「第一、今まで散々自分たちを脅してきた相手が、実験への協力で本当に見逃してくれると思うかい?」
の顔から、一気に血の気が引いた。
「……嘘、ですの?」
「あくまでボクの推測だよ、真に受けることは無いさ」
「そんな、でも、だって……じゃあ、まるで……私のしたことは……」
ふらふらとは膝からくずおれてしまう。極寒の地に投げ出された気分だった。
確かに、内容も判らない実験に自分が協力したぐらいで、イノベーターが見逃してくれる可能性の方が低い。なんの根拠もなく“協力さえすれば家族と会社は助かる”と信じ込んでいた自分の愚かさに気付いてしまった。
――私のしたことは、無駄だったの?
は声も無く泣いていた。ぽた、ぽた、と涙の雫が白い頬を伝っては落ち、また伝っては落ちていく。
絶望が、少女の心を塗りつぶしていった。
◆◆◆
――忍び込んだ先に、まさか彼女がいるとは思わなかった。
物陰から様子をうかがいながら、仙道は内心舌打ちした。
の肩を掴んでまるで自分の所有物かのように主張している青年の姿が気に食わない。の怯えきった表情からして、無理矢理この場に連れて来られたのはまず間違いないだろう。今まで連絡がつかなかったのも、きっとこれが原因だ。
彼女は望まぬ形でこの場にいる。……イノベーターに拉致された、というのが仙道の考えだった。
そしてそれはだいたい間違っていないことを、聞こえてくる会話から知った。
仙道は唇を噛み締めた。
――ずっと、ずっと捕まってたのか。
連絡が取れなかったこの数日間。ずっとはイノベーターの元にいたのだ。普段の屈託ない笑みの面影は何処にもない、恐怖と悲愴で引きつった痛々しい表情。
アキハバラキングダムが終わってから、の様子がおかしいことをもっと追及していたらこんなことにはならなかったのだろうか? 少なくとも、彼女があんな顔をしなくて済んだのではないか? 捕まることも無かったのではないか――?
後悔の念ばかりが押し寄せて、耐えきれなくなった時、敵の方から此方を呼び出す声がした。海道義光と神谷藤吾郎が出て行ったのを見計らって。
仙道たちが姿を現すと、の顔には大きな動揺が浮かんだ。
混乱しているのは此方も同じだった。困惑するアミたちへ、コウスケはの事情を語って聞かせた。
両親と会社の安全と引き換えに、イノベーターの実験への協力に応じたこと。その実験も終わって“用済み”となったところを、コウスケが気紛れで連れて来たということ。……あまりに悲惨だった。
イノベーターの実験がどんなものかは想像もしたくないが、を……わざわざ“人間”を指名したのは、そういうことだろう。
胸糞が悪い。仙道は今度こそ盛大に舌打ちをした。
コウスケはに「面白い能力がある」と話していた。アミたちには全く見当がつかないだろうが、仙道にだけは判る。の持つ能力。人とは異なるもの……恐らく、以前屋敷でLBXバトルをした際に見せられたものだ。
非常に疲労する代わりに、LBXの操作技術が別人のようにアップしたあの現象。
「第一、今まで散々自分たちを脅してきた相手が、実験への協力で本当に見逃してくれると思うかい?」
仙道の思考を、コウスケの台詞が遮った。
その言葉に、の顔が一気に青褪めていく。今にも倒れてしまいそうなほどで、すぐにでも駆け寄って支えてやりたかった。
「そんな、でも、だって……じゃあ、まるで……私のしたことは……」
遂にが膝から床に座り込んでしまうのを見て、仙道の怒りは頂点に達した。
の異変に気付けなかった自分への怒り。
ひたすら苦しみに耐えてきた彼女へ心無い言葉をぶつけ、嘲ったコウスケへの怒り。
全てが綯い交ぜになって、一気に膨らんでいく。
そんな彼を他所にコウスケは、泣き出したを見下ろしながら歪んだ笑みを浮かべていた。
「ああ。君のしてきたことは、もしかすると全て無――」
「黙れ!!」
無慈悲なコウスケの囁きを、仙道の怒号が掻き消した。
コウスケだけでなく、アミたちもも、仙道へ視線を向ける。
こんな感情を抱いたのは初めてだった。バンやユジン、郷田に打ち負かされた時とは別種の、強い怒りだ。目先が見えなくなる今までの怒りとは違うのに、自分の誇りや生き方を傷つけられた時のように激しい憤りを感じる。
怒りながらも仙道は再度自覚していた。の存在が自分にとってどういうものなのかを。どれほど掛けがえのないもので、切り離せなくて、大切に想っているのかを。
仙道はコウスケを睨んだまま、叫んだ。
「そいつを……をこれ以上泣かすような真似は許さねえ! ブッ潰す!」
激昂する仙道を、が見つめていた。ぽろぽろと涙が零れ続け、光を失いかけていた瞳に希望が蘇っていく。
「仙道くん……」
CCMを手放し、は彼へ向けて手を伸ばした。今すぐにでも立ち上がって、彼の元に駆け寄ろうと足に力を込める。仙道もまた、無意識のまま彼女へと手を差し伸べる。
――だが、二人の間にコウスケが立ちはだかった。
「随分安っぽい台詞だなぁ、美しくない」
いびつな笑みのまま、コウスケはのCCMを拾い上げた。そして、が引っ込めるよりも早く伸ばしていた手を力任せに掴み、CCMを握らせる。
「CCMを持て。君のヴァルキリーを、戦場を舞う美しき女神として活躍させてあげるんだ」
「い、嫌、です……!」
「大丈夫だよ。ボクがリードする」
言いながらコウスケはDキューブを投げた。ジオラマは仙道たちの唯一の退路を遮るように展開していく。
無理矢理立たされたの抵抗がただならぬものであることを感じながらも、仙道らに打つ手はない。しかもの抵抗は、何故か彼女のCCMが開かれるとともにピタリと止んだ。さっきまでもがいていたのが嘘かのようだった。
……考えていても埒が明かない。郷田はいち早くCCMを手にした。
「やるしかねぇようだな」
腹を決めた彼を、コウスケは鼻で笑い飛ばす。
「薄汚れたネズミではボクに触れることすら出来ないよ。――さあ、君たちに世界のルールを教えてあげよう。……ルシファー!」
呼び声と共に、彼の誇るLBX・ルシファーがジオラマへと降臨した。
紫の翼を背負う、白と金で彩られたナイトフレームのLBXだ。神谷グループの武器開発と、コウスケがA国で学んだ最新技術の全てが注ぎ込まれた、神谷コウスケの為だけの機体である。
その隣に、一拍遅れてのLBX・ヴァルキリーが舞い降りた。
「なっ、ヴァルキリー!?」
「どうしてが私たちと戦うの!?」
カズヤとアミが明らかな動揺を見せると、コウスケは喉を鳴らすような笑みを溢した。
……の顔からは、感情がごっそりと抜け落ちていた。ぼんやりと青く異質な発光を帯びた瞳の奥には何もない。真っ暗な闇が広がって、の感情を全て覆い隠している。
それでもなお「!」と呼びかけるアミたちを見て、コウスケは高笑いをあげた。
「無駄さ! 言ったろう、彼女はイノベーターの実験に協力していた。その結果なんだよ!」
「に何しやがった!」
「ボクは何もしていないよ。科学者連中がやったことさ」
仙道の怒りは収まらぬまま、バトルは唐突に始まってしまう。真っ先に動いたのは、渦中の人物・のヴァルキリーだった。
ヴァルキリーがいち早く狙ったのは、やや後方で射撃準備を整えていたカズヤの愛機、フェンリル。目にも止まらぬ速さでその背後に回り、無防備なフェンリルの背中目掛けて槍を突き出した。
「くそっ!」反射的に側にいた郷田のハカイオー絶斗が剣を振って迎撃を試みるが、ヴァルキリーは一瞬でルシファーの隣まで移動して回避する。
「本当になのか、この動き!」
「おいおい、どうなってんだ? あんなスピード出せたのかよ?」
カズヤと郷田が戸惑うのも無理はない。普段のの技術は初心者そのもの。奇襲と回避を一瞬で行うどころか、高スピード移動さえ出来っこない。アミも信じられないと言った様子でを見つめていた。
そんな反応を見て、満足そうにコウスケは語る。
「君たちも知らなかっただろう? これがに隠されていた力さ!」
ルシファーが動き出し、仙道たちのLBXの四方八方から斬撃を叩き込む。彼等は防御するのに精いっぱいだ。とても反撃の隙など見当たらない。
その猛攻の中でも、コウスケは嫌味に思えてくるほど丁寧な説明を続けた。
「彼女は過去に誘拐された際、脳を極限まで活性化させる能力に目覚めた。あらゆる感覚が研ぎ澄まされるんだ。例えば、周囲の動きが全てスローモーションに見えたりするらしい。この能力は素晴らしいの一言に尽きる。脳の活性化が、素人同然の彼女の技術を急激にレベルアップさせる。ボクには到底及ばないが君たちを翻弄するには十分な力だよ」
絶え間ない斬撃で一番に膝をついたのは、アミのLBX・パンドラだった。フレームが罅割れ、その隙間から電気が漏れる。
ルシファーが勢いをつけた剣の一薙ぎでパンドラを吹き飛ばす。「パンドラ!」アミの呼びかけ虚しく、吹き飛ばされたパンドラはヴァルキリーの追撃を受け、ブレイクオーバーしてしまった。
の行動に満足げに頷いたコウスケは左手で額を押さえ、友人同士だというのに潰しあわなければならない彼らを嘲笑った。
「まさにLBXバトルにうってつけ、正真正銘の戦乙女になるというわけさ!」
大舞台で名演技を見せる役者かなにかのように彼の振る舞いと語りは大袈裟だ。その間もLBXによる攻撃を止めないのだから恐ろしい。
「ただ彼女は望んで能力を発動できるわけじゃない。科学者面々は、この能力のトリガーをLBXバトルに仕込んだ。CCMとLBXからの発信される一定のシグナルを受けると、能力が発動するという寸法さ。そしてバトルが終わるまで、彼女の発動した能力は止まらない」
また一機、LBXがブレイクオーバーする。フェンリルだ。どうやら最初のの奇襲が響いていたのだろう。突かれた背中の損傷が激しい。
メンバー随一の防御力を誇るハカイオー絶斗も、トップクラスのスピードを有するナイトメアも、ルシファーとヴァルキリーの連携をひたすら防ぐしかなかった。
はすっかりコウスケの操り人形だ、しかし――。
「……おい、仙道」
「うるせえ、言われなくても気付いてる」
郷田と仙道は、相対する仲間の顔を見つめた。
自我を失ったはずのは、仲間のLBXを攻撃するたび涙を流していたのだ。
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